落語「メイド寿司屋」
もしかしたら似たようなお話が存在するかも知れませんが、一応オリジナルです。経緯を少しばかりお話させていただきますと、この噺は最初じょしらじの『おーぷにんぐこばなし』投稿用で書いていましたが、聞いているうちに「これは有名な噺をパロった内容の方が良いんだな」と感じ、それまで書いていたものを一旦止め、改めてその方向性で探ったものの形になる前にじょしらじが終了してしまいまして。
まぁ、せっかく手を付けたんだから書き上げてしまおうと思い直して最初に思いついたメイド寿司屋の噺に再び取りかかり、なんとか完成にこぎ着けました。
現在創作リハビリ中の身、大変つたない内容ではございますが、御笑読いただけましたら幸いでございます。
メイド寿司屋
一席、おつきあいをお願い申し上げます。
えー、今や世の中にすっかり「メイド」というものが定着してございまして。初めはメイド喫茶くらいだったものがメイドマッサージやメイド耳かき、挙句はメイドトレインなんてものも実在するようになりまして、存在しないものをでっち上げようという者にはなんとも油断のならぬご時世でございます。
また、このメイド産業、アキバくらいだったものが、大阪ニッポンバシ、名古屋は大須、博多は天神と日本各地で見られるようになりまして…。みなさまも気がつくとご自宅のほど近くにそんなお店が出来ていたりする、そんな油断も隙もないご時世となっております。
ドンドン。
「おう、オタ吉、いるかい?」
「オタ五郎かい。知ってるだろう。俺が部屋に居ないのはトイレに行く時だけだよ」
「そう言うなよ。せっかく飯でも食いに行こうと声をかけに来たんだぜ」
「飯?飯ならさっき密林から届いたコロッケソバがあるからそれでパパッと済ませるつもりだった」
「おめぇのこったからそんなことだろうと思ったぜ。コイツを見な」
「なんだい、このいかにもなちらしは…メイド寿司?」
「そうよ。この街にもできたらしくってな。これなら普段引きこもりっぱなしのおめぇも外に出る気になるんじゃねーのかい?」
「おごりかい?」
「あたぼうよ!と言いたいところだが、まわらねぇ寿司だからなぁ」
「ちょっと待っててくれ。おっかさんにこづかいねだってくらぁ」
「お、行っちまいやがった。…なんだかあいつをダシにして俺がタカッてるみたいでどうにもかっこわりいな」
「おっかさん、外に飯食いに行くっつったら涙流して喜んで小遣いくれた」
「おめぇの普段が忍ばれるねぇ……さ、行こうか」
「おう」
というわけでオタ吉とオタ五郎、連れ立ってメイド寿司屋へと参ります。
「お、ここだここだ。思いっきり『メイド寿司』って看板が出てるな」
「というか、まんまなんだな店名」
「中へ入ろうぜ」
がらりと戸を開けますと、中はごくありふれた、回らない方の寿司屋の内装ですが、そこに立っている店員は全員が全員エプロンドレスを身にまとったメイドさんという、どうにも摩訶不思議な光景。
「おかえりなさいませー」「おかえりなさいませー」「おかえりなさいませー」
「2人だけど、いいかい?」
「どうぞこちらへ」
「お、おれ、回らない寿司もメイドさんの居るお店も初めてだ」
「そのふたつが並列ってのもどうなんだ」
「お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
「何になさいますか?」
「そうだなぁ……」とふたりが壁にかけられた品書きをサッと眺めますと、どうにも見たことの無い名前ばかり。いえ、正確にはオタ吉もオタ五郎も、その名前そのものを見たことはございますが、寿司屋ではついぞ見かけぬ名前ばかり。
「あのー、あそこの『若本』って言うのは?」
「はい。所謂アナゴのことでございますご主人様」
「……………ああ」
「そういうことか」
「お分かりかも知れませんが、ご説明させていただきますと、普通にメイドが寿司を握るだけではいささかインパクトに欠けると思いまして、お出しするネタ全部をその方面の名前で置き換えさせていただきました」
「……オタ五郎、どうする?なんだかちょっと思ってたのと違うよ?」
「どうもこうもあるかい。俺もお前もイッパシのオタクなんだから、こういう趣向はおあつらえ向きじゃねえか。楽しませてもらうとしようぜ。おう、せっかくだ。その、若本の握りを2貫頼むぜ」
「かしこまりましたご主人様」
「大丈夫かな?」
「まずかったら適当に頼んでとっとと引き上げてそれこそコロッケソバでもたぐりゃいいさ」
「お待たせいたしました。若本2貫でございます」
「おお、回転寿司と違ってちゃんと煮ツメが塗ってあるな。どれどれ」
「んぐんぐんぐ……これ、うまいよオタ五郎」
「こいつぁ驚いた。久しく食べたことがねぇ」
「お次は何になさいますかご主人様」
「そうだな。握り寿司と言えばマグロが定番だが、このメニュー表だとどれになるんだ?」
「オタ五郎、分かるかい?」
「おめぇもちっとは考えろ」
「あの『豊作』ってのは違うかい?」
「豊作?ほうさく…あれか、サーモン豊作か!」
「はい、ご名答でございますご主人様」
「なんだか正解しても負けた気がするが、せっかくだ。マグロの前にサーモンも行っとくか。豊作2貫!」
「かしこまりましたご主人様」
「あそこの、『チエちゃんの友達』ってのはなんだろうね」
「そりゃお前、ヒラメだろ」
「『三平』はカッパだね」
「これはサービス問題だな」
とまぁ、あれこれ類推していると、次から次からそのネタが「お待たせしましたご主人様」と、彼らの前に置かれます。
「注文してないけど、返すのも悪いしなぁ」
と、ふたりが食べていると、あれよあれよという間に腹一杯になってしまいました。
「ああ、もう限界だ。これ以上は食えねぇ」
「えい、降参だ。メイドさん、マグロは結局どれだったんだい?」
「あちらのモザイクがかかった札(ふだ)がマグロでございます、ご主人様」
「なんだってモザイクなんかかけてるんだ?」
「ネタも値段も大人向けですので」
おあとがよろしいようで。
PR