台湾旅行記2013 3日目
この日は朝食を食べてすぐに雙連の朝市へと向かった。
目的はまたしても茶である。以前、冬に来た時にはここの朝市でも茶を扱っていてそれが安価かつ美味であったので今回もそれを期待してのこと。
雙連朝市へはMRT淡水線で台北から2つめ、雙連駅で下車。2番出口を上がって目の前がもう朝市である。北に向かって200mほどの小道沿いにひしめき合う小店舗、出店、露店の数々。文昌宮というお廟の門前市として大変賑わっていた。
肉、魚、野菜、果物といった定番から衣類、雑貨まで。多種多様な品目を扱うこの朝市だが残念ながら今回は茶が見当たらなかった。まぁ、前回も雑貨屋の店先に仮住まい同然の形で陳列してあっただけなのだが。
とは言え、市場を漫然と歩くこと自体が楽しかったりもするので、前回は立ち寄らなかった裏路地などにも足を踏み入れてみる。日本にあったら『孤独のグルメ』でゴローちゃんが吸い込まれていきそうな小食堂がそこかしこに散在しており、うっかりホテルで朝食をとってきたことを後悔した。
裏路地を抜けた先には馬偕医院というかなり大きめの病院があるのだが、明らかにそこに入院しているんだろうなぁという出で立ちの老人が小食堂で実にうまそうに魯肉飯などを堪能していて、夫婦揃って苦い入院経験を持つ我々は「気持ちはよく分かる」と口々に言い合った。
さて、茶である。
妻が「心当たりがある」というのでそれを当てにして道案内を頼む。道案内も何もないくらいの程近い場所、病院から駅方面に戻って道を渡ったところに店があった。
台香商店という店の名前を確認するのももどかしく店内に入ってすぐ、私が探しているものが見つかった。高山烏龍茶の数ある銘柄のひとつ、杉林渓。標高1600m以上の高地で生産されたこの茶は私にとって特別な存在である。メジャー度合いで言えば阿里山のほうが上なのだが、個人的にはマグロの大間、ウナギの浜松、牛肉の松阪というくらいの存在感を持つ。
これが300gで1200元。日本円に直せば約4200円。グラム1400円と言えば肉でもかなりの高級品だが、杉林渓の持つ清々しい味と香りは何物にも代え難い。また、300gあればかなりの期間楽しめるので日割りにするとそこまで高いものでもない。
さて。私は主目的を達したが勿論まだまだ体力に余裕があるので今度は西門に移転したらしいアニメイトに行ってみる事にした。
実は、ここ雙連駅から台北駅までは実は地下街でつながっているので、そこを延々歩いていこうという気まぐれを起こした。
その動機の1つになったのが案内に書かれた『地下書店街』の文字。以前来たときは営業時間外だったので概ねノーチェックだったということもあって足を踏み入れたくなったのである。
にしても英語で『Undergroud Bookstore』って書かれるとどんなヤバイ書籍を取り扱っているのかと思ってしまう。ちなみに、光華新天地ビルの向かい側にあるほぼ18禁の本屋みたいなのはさすがになかったが、同人誌を取り扱っている本屋はあった。しかも、台湾の作家さんが描いたオリジナル同人誌がある。
話が前後するが、その同人誌を売っている本屋にたどりつく少し前、総合書店のひとつで『異人茶跡 淡水1865』という漫画を手にとった。“イギリス人商人とアモイの商人コンビが台湾烏龍茶を巡って伝奇旅をする!”という帯のアオリ文にワクワクが止まらなかった。大昔、シルクロードを旅する茶商人の伝奇小説を書こうとして頓挫した経験を持つ私にはツボに入りまくる設定である。
喜び勇んでレジに持っていき、会計を済ませて数分後、今度は『時空鐵道之旅』なる漫画を発見。高校時代の同級生とタイムスリップして時代時代の鉄道に出会うというストーリーで、百年前の蒸気機関車、阿里山森林鉄道、台湾糖業鐵道、そして1970年代の青いキョ光号が登場する。これも『異人茶跡』同様、台湾の過去を舞台にした作品であり、どちらも台湾の作家さんならではだ。
勇んでレジに持っていくと、先程と同じ店員さんが納得顔で会計を済ませてくれる。
「いやぁ、ここ通って正解だったな」
つれづれ歩きながらそんなことを言っていると、先述の同人誌屋さんを発見する。
「ああ、ついにこういうところにもこういう店が」
という感じで軽いノリにて店内に入ったところ、衝撃が走った。先程購入した『異人茶跡』と明らかに同じ作家さんが描いたと思われる『茶商與買辧』という同人誌が目に入ってきたのである。
「ああ、これがこの本の元になってるんだ」
同人で描いた作品が認められ、商業作品として発行される!この出版形態が台湾でもあるのか、と思うと無性に嬉しくなった。
これも即決購入である。
購入時にB4サイズポスターをプレゼントされたが、ホテルに帰って開けてみると別の作家さんのものでちょっと拍子抜け。
話を戻そう。
もうアニメイトに行かなくてもいいんじゃないか?というくらいに収穫を得てしまったが、普通の本屋でこれだけ発掘出来たのだからアニメイトにはもっとあるかも知れないという思いと、何にも無くてもとりあえず場所だけは押さえておきたいという思いから移動を再開する。
台北駅からは板南線で1駅、西門駅。その6番出口を上がっていくと、目の前にはランドマークのひとつ、西門紅樓がある。
それを横目に見つつ、大通りの中華路一段へ出る。この大通りを北上すること少しでアニメイトの看板が見えてくる。
一緒に『指南針』と書かれた看板もあるので、光華の時と同様一緒になっているようだ。
店の前の歩道で何かのチェックをしている腐女子らしき一群を見かけたが見なかったことにして店内へ。
店内のレイアウトはリニューアル前の大阪日本橋店に似ている気がした。ただ、ちょっと違うのはあちらが上に伸びているのに対してこちらは下に伸びている。1階はひたすら本で埋まり、グッズやコスプレ衣装等は地下1階に展開している。本は翻訳モノがほとんどだが、漫画やラノベのみならず画集にまで及んでいるのはさすがの一語。
毎度楽しみなのが18禁コーナーで、日本と台湾で規制に関する考え方の違いがクッキリ出る。
『Kiss×sis』あたりが該当するのはまぁ納得なのだが『夏の前日』が規制対象なのは「厳しいねぇ」と言いたくなってしまう。日本の少年漫画誌レベルの規制をはみ出るようなものは概ね18禁なようだ。まぁ、実写でも18禁マークがついていてなおヌードグラビアの胸の部分に星マークがついたりするような国なので仕方ない。
そのコーナーのさらに奥には日本で出版された同人誌のコーナーがある。ここからが『らしんばん』のテリトリーなようだ。
同人誌以外に中古CD(同じく日本の物)なども扱っているのだが、店内に流れている『Free!』のドラマCD(当然日本語)だか本編音声だかが気になって状況を明確に把握出来ない。日本語で繰り広げられるキャラクターたちのやりとりが店内に延々と流れているのを聞いていると、つくづくここがどこだか分からなくなる。
一応陳列棚はひととおりチェックしたが、やはりここに並ぶ品物は台湾の方に購入していただくのがスジだろうと思い手ぶらで撤退。その足で地下のグッズコーナーへと向かった。
階段を降りてすぐの一等地にCDやDVDが並び、そこを過ぎると日本のアニメイトと遜色ない品揃えで所狭しと各種グッズがひしめいているのだが、作品名のポップがオール日本語なことにはもうツッコむ気が起きない。いわんや、その奥あるコスプレ衣装コーナーにおいておや。
一周して満足し地上へと戻ると、再び本、本、本の世界が広がる。
日本漫画の台湾翻訳版よりもここに来る前に入手したような台湾オリジナルの作品を探し求めたのだが、これが見当たらない。『FancyFantasy』という情報誌はあったが、今イチ食指が動かない。
これは手ぶらで帰るも止むなしかと思っていたところに視界に入ってきたのが『猫散歩』という猫写真集。当然のように台湾オリジナル。台湾も日本同様猫好きな事にかけてはかなりのハイレベルで、猫だらけの村もあるくらいなのでこういう本が出版されているのは何の不思議も無いのだが、アニメイトで売ってるあたりが面白い。
これを唯一の戦果として店を後にし、宿に戻った。
戻ってもまだ昼過ぎ。まだまだ十分動ける時間。
帰りがけに買ってきた胡椒餅を昼食として楽しみながら、今後の予定について企画会議。
「どこか行きたいところある?」
「思いつかない」
妻がそう言ってこちらに判断を任せてきた。
半日というのが実になかなかクセモノで。京華城や永康街などの買物スポットには行ってもおそらく時間が余る。かと言って台南、高雄などの地方都市に行くには時間が足らない。
まさに、帯に短し襷に長し。
片道小一時間程度でで行って帰って来られる場所で、わざわざ足を向ける甲斐のある場所。そんな都合のいい場所があるか。
「ひとつ、あるな」
「どこ?」
「北投温泉」
「ああ」
台北駅からMRTでだいたい40分くらい。ラジウム泉と硫黄泉の湧き出る台北の奥座敷。日本統治時代から続く老舗旅館どころか銭湯までもが今なお営業を続けている。大正時代には当時皇太子だった昭和帝も行啓なされた地。
初めて台湾を訪れた時から一度行ってみたいと思い続けていたのだが、これは丁度いい機会ではなかろうか。
あっさりと妻の同意も得られ、タオルなどのお風呂セットをコンパクトにまとめて部屋を出、MRT淡水線に乗り込む。
北投温泉へは北投駅ではなく、そこから支線で一駅の新北投駅で下車。この、北投駅の乗換時間を利用してトイレで用を足したりインフォメーションセンターでパンフレットをもらったり。パンフレットは当然のように日本語のものが用意されている。
パンフレットを熟読しつつホームで待っていると、賑々しくラッピングされた4両編成の列車が入線してきた。
「コメントに困るな、コレは」
外観のみならず、車内にもモニターがあったり装飾があったりでJR九州の特急列車を彷彿とさせるような造りになっている。
これが限定イベント列車ではなく毎日北投〜新北投間を行き来しているのは大阪環状線西九条駅とユニバーサルスタジオ駅とを往復する列車を連想させた。
ただ、困ったことにこの電車、外が見られない。厳密に言うと見られない訳ではないのだが、窓にもぴっちりラッピングシートが貼られているので見づらいことこの上ない。
せっかくの良い眺めなのだが、かと言って運転席後ろの窓にかぶりつくのもいささか気が退けたので諦めてひたすらに待つ。
電車はのんびりのんびりとした走りで新北投駅に到着。
ホームに降りたってみると、台北市内よりもいささか涼しい。やはり山あいにある街だからだろうか。
日帰り入浴をどこでするか、というアテは特に無かったのだが、今回は下見くらいのつもりで源泉の湧き出る地熱谷を目指して気軽に歩き始める。豊かな森林に包まれたゆるやかな坂道という光景が箱根を連想させた。ちなみに有馬にも似ていなくはないが、あちらはもっと坂の傾斜がきつい。
左手にはホテル、右手には公園。公園には湧出量豊かな温泉が川となって流れている。少し行くとレンガ造りの温泉博物館が見えてくるが、敢えてスルー。下見なので、どこかにアタックをかけるより大雑把でもある程度広く回ってしまいたかった。
そこからさらに坂を上がっていくと水着着用で入る親水公園にたどりつくが、妻から「それじゃあ風情がない」との一言で却下になった。
それではと、再び地熱谷を目指して歩いていくと程なくして雨が降り始める。昨日買った傘が早速役立った。
この雨があっという間に本降りになってしまったので、地熱谷行きを断念。雨宿りも兼ねてどこか日帰り入浴出来るところに入ろうとしたところ、不思議な光景が目に入った。
足湯である。
降りしきる雨を物ともせず、濛々と湯気をあげている川に足をつけている人たちが何人もいる。
「あれ、いいな」
「いいね」
なんだろう。実に楽しそうなのである。もうアレでいいな、ということになり。橋を渡り階段を降りて河原へと出ると、硫黄の香りが鼻先に漂ってくる。
好適地は既に先客に押さえられてしまっていたが、それでも木陰に何とか座れる場所を確保すると、靴と靴下を脱ぎ他の荷物と一緒に濡れないように傘をさしかけてから、ゆっくりと足をつける。
足首から下が溶け出してしまいそうな心地よさに長嘆息が漏れる。
普通、足湯というのは足首からせいぜいふくらはぎにかかるくらいまでをつけるものだが、あまりのお湯の気持ち良さに、なんとかもっと足を入れ込めないか工夫してみる。足を投げ出すように伸ばすと、膝下いっぱいまでつけることができた。
じっとしているのが苦手な私だが、今回ばかりはずっとこうしていたくなった。
しかし、5分程して妻が湯当たりを起こしてしまったので早々に中止となった。
小やみになってきた雨に当たって、動けるようになるまで熱を冷ます。
この温泉の効能はもう言うまでもない。北は函館谷地頭温泉から南は指宿海底温泉まで日本中あちこち入ってきたが、その中でも群を抜いて効いた。
幸い、妻の湯当たりも少し休むと動けるようになったので撤収開始。
熱を蓄えた身体に心地よい涼風を浴びながら駅を目指して歩くと、左手に瀧之湯やら加賀屋やら日本ゆかりの建物がいくつも見えてくる。それを撮影しつつ「今度はぜひじっくり来よう。ここで1泊してもいいな」などと話していると品の良い老婦人から「日本の方ですか?」と声をかけられた。
老婦人は「私、小さいころは日本人だったので、日本語がしゃべれるんですよ」とおっしゃられていた。
こちらも、新婚旅行で来て夫婦でこの国が大好きになり毎年のように台湾に来ているが、今回初めて北投温泉にやってきた。大変良いお湯でした、ということをお話させていただく。
「台湾、良い国ですねぇ。明日帰国なんですけど、帰りたくないです」
「未練があるんですねぇ。でも日本だって良い国じゃないですか。私、もう何回も行っていますし、これからも行くつもりですよ」
なぜだかこのとき、涙が出そうになった。自分でもよく分からないのだが、どうしようもなくこみ上げてくるものがあった。
さすがに気恥ずかしかったのでなんとか誤摩化し、老婦人に「ありがとうございます」とだけ述べてお別れする。
その後、水分補給と気持ちの整理とを兼ねてスーパーで飲み物を購入し、公園で小休止。
「来て良かったな」
ぽつりと呟いたら、妻が小さくうなずいていた。
帰りは車中で熟睡してしまったので取り立ててネタも無く。かなりギリギリまで寝ていたので乗り過ごしたりせずに済んで幸いだった。
この日の夕食は今回の台湾旅行最後の夜ということもあり各種候補があがったが、妻の湯当たりダメージが完全に回復していないということもあり、再び台北駅2階へ。
ここにある夜市をイメージしたフードコートで飯を食わないとどうにも台湾に来た気がしない。
フードコートは金曜の夜なので混雑していたが、探すと2人分の座席は無事確保出来た。店の入れ替えがあったりしたものの、私が求めてやまなかった魯肉飯、青菜炒め、かきオムレツに魚団子のスープの定食風セットは無事残っていた。妻は台南名物擔子麺。
街歩きと温泉とでたっぷり汗をかいた後だけに、魯肉飯の塩っけが全身に染みる。うまい。どうしようもなくうまい。
「この味も、食べ終わったらまた来年かぁ」
「冬にもう1回来る?」
「来れたらいいけどなぁ」
「温泉行くんだったら冬の方がいいし」
生臭いことを言わせていただくと、給料が回復したら年1回を2回に増やすことがギリギリ可能になる。今年いっぱいは厳しいが、来年度から復活する約束なのでそうなったらぜひ実現させたい。
この日も食後にデザートとして豆花を買って帰り、ホテルの部屋で惜しむように味わって食べた。
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