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 目が覚めると外は小雨模様だった。晴れていれば五稜郭公園でも桜見物と思っていたのだが…。とりあえず何はなくとも腹ごしらえだ。宿は朝食付きなのだが、せっかく函館に来たのだから朝市をのぞかない手はない。
 部屋のカードキーが1つしかないので交代で朝風呂に入り、さっぱりしてから朝市へ向かう。

 比較的早い時間だった事もあって、それほど人は多くない。込みだすと厄介なのでとっとと朝食を、と思ったが、妻が「一回りしてみよう」と言い出したのでウロウロを開始。「カニ買わない?」攻撃や「安くしとくよ」攻撃を避け、イカ釣りゲームやさきイカ製造マシーンに気を惹かれたりしながらぐるっと一周し、結局いつものきくよ食堂へ。
 ウニカニイクラシャケイカホタテ等々、豊富なメニューを前にいつもながらあれこれと悩む。組み合わせは無限に近いが、食べられる量と予算は有限。実のところ後者はあまり考慮に入れていないが、それでも食べたいモノを全部注文していたら胃袋がいくつあっても足らない。納得いく組み立てができあがるまでに結構な時間を費やして、ようやく決定。

 私が焼き鮭ハラス定食にイカの塩辛と厚焼き卵。妻が銀ダラ定食にめかぶとほうれん草。なんだかパッと見はどこでも食べられそうなメニューになってしまったが、凡百の定食メニューとは素材が違う。ハラスは贅沢に大きなものが3切れあったし、銀ダラも脂が乗った一級品。イカの塩辛やめかぶも自家製。厚焼き卵はできたて。そんなわけで食べ始めると無言になる我々。黙々と食べ続け、満足して店を出た。

 さて、これからどうするか。
 まぁ何はなくとも宿をチェックアウトするとして、問題はそのあとだ。天候はやや持ち直してきたが、撮影中に降り出してくるとカメラを濡らす危険性が高いので五稜郭公園で咲いている桜を探すというのはナシ。空港近くの湯の川温泉まで行ってみようかという妻の提案もあったが、湯の川温泉に関する情報をあまり持ってない上、路線バスや路面電車で行くと結構な時間がかかってしまうのも勿体なかったのでこれにも乗らず。
 検討の結果、元町公園に写真歴史館という施設があるそうなので、歴史にも写真にも興味関心を持つ我々の雨傘企画としてはふさわしかろうということでそちらへ向かうことにした。まずは身軽になるため函館駅のコインロッカーに荷物を預ける。

 地図に寄ると、函館駅前から路面電車で10分ほどの末広町電停から徒歩圏内。
 ただし、徒歩で基坂という結構な急坂を上らないといけない。これは計算外だったが、坂の途中にふてぶてしい黒猫がとぐろを巻いていたのでかえってラッキーだった。私も妻も上る足を止めて画像を確保する。

 観光地の猫によくいるタイプなのだが、人慣れしているので見知らぬ我々が無遠慮に近づいても逃げ出すどころか身じろぎすらせず、写真を撮らせてくれた。それでもなぜか顔だけはよそを向いていたが。
 しかしそのあとで「なんにもよこさないのか?」と言わんばかりに睨んでくるのもこの手の猫によくあること。

 睨まれても何も持っていないので華麗にスルーして公園へ移動を再開し、ほどなく目的地元町公園に到着した。横浜にも神戸にもあるこの「元町」という地名だが、ここ函館も他の2つ同様洋風建築が多い。

 写真歴史館の建物も19世紀西洋式建築。1階が観光案内所で2階に目指す展示があるとのこと。入場券を買って階段を上がっていくと、展示室には年代物のカメラの数々が所狭しと並べられていた。それこそ、19世紀末の写真が誕生したころから明治大正昭和と写真機の歴史が実物でずらりと。飾られていた写真も歴史の教科書や資料集で見たようなものが結構な数あって何とも懐かしい気持ちになった。別にその時代に生きていたわけでもないのに。

 1階に下りていくとそこにも比較的新しめのカメラが置いてあったのだが、その中に妻の実家に置いてあるのと同じ機種があったそうで、2人揃ってまじまじと見る。その他、私が個人的に大変気に入ったのは、変わり種カメラの棚。おもちゃのようなミニチュアから、一見カメラに見えないようなものまで様々あった。
 最初は正直な所大して期待せずに入ったのだが、結構盛りだくさんで堪能させてもらえた。

 昼食にはまだ早いので今度は近場の旧イギリス領事館へと向かった。売店、喫茶店、展示の順に並んでおり、売店をのぞいてから展示を見に進んだ。展示内容は函館にペリーがやってきたころから始まって、生活に密接した歴史的文物が並んでおり、個人的には楽しめた。

 回り終わって窓の外を見ると、空模様が小雨から雨になっていた。雨に関してはかなり楽観的だったので傘などは持たずに来たため、これには困った。ただ、雲はそんなに厚くなかったので雨宿りしていれば小やみになるだろうと高をくくって喫茶室で待避。
これが当たって、紅茶を飲み終わった頃には天候が回復した。

 ただし、また降り出さないとも限らないので、もう一カ所どこか行こうという気持ちは失せてしまったので、とりあえず路面電車に乗って函館駅まで戻る。

 昼飯を食べようかと思ったが、朝食を頑張りすぎたためまだ食べられそうになかった。色々迷った挙げ句、協議の結果駅前にある事もあって港に係留されている青函連絡船摩周丸を見に行った。
 青函連絡船廃止のその日まで働き続けたこの船は現在産業遺産として記念館となっている。どんなものかは知らないが、一見の価値はあるだろうということで乗り込んでみた。JAFの会員証を持っていると割り引いてくれるとの事なので活用して中へ入る。

 私が何より喜んだのは、当時のままのグリーン席。普通船室はカーペット敷の雑魚寝、グリーン船室は座席と寝台がついていたと話には聞いていたのだがこうして見るのは初めてである。何しろこうして趣味の旅行に出かけるようになったのはバイトをして自分で稼ぐようになってから。うちは子供のご意向を伺ってお出かけをするというような家庭ではなかったため、幼少期になくなってしまったものに関してはこうやって自力で追体験するしかない。
 試しに座ってみると、リクライニングするし背もたれには栓抜きまでついている。大変嬉しくなってこのまま時間の許す限り函館港を眺めながら座っていたくなったが、それはそれで勿体ないので断腸の思いで椅子から立つ。
 妻の姿を探すと、青函連絡船の歴史を記した展示パネルや沈没した洞爺丸の航海日誌などを結構熱心に読んでいた。
 
 順路に従って進むと、再現された操舵室で当時そのままの器材に触れたり(いじると反応はするけど当然それだけ)船長のコスプレが出来たりとなかなか充実した企画が揃っていた。あと、展示してあった冬用のコートがどう見ても銀河鉄道999の車掌さんのそれにそっくりで、物凄く着てみたかったがこれはダメだったので吊るしてある普通の船長服を着る。帽子もあったので、かぶってから妻に聞こえないようにそっと「波動砲発射」「私を艦長と呼ぶな。この船は軍艦ではない」「軍人なんてな気楽な稼業」とか呟いてみる。

 続いて甲板に出てみる。眺めは大変良かったが、風が強かった。その風によって妻のかぶっていたブルーインパルスの帽子が飛んでいってしまった。そのままわずかの間空中をさまよっていたが、少しだけ風が弱まるとそのまま浮力を失って海に落ちた。
「あーあ」
以前地元にある自衛隊の基地祭りで購入して以来、妻は撮影に出かけるたびにかぶっていただけに、気に入っていたのだろう。悲しげに歪む顔を見て、なんとかして取りにいく方法はないものかと算段したが、甲板から飛び込むのは論外としても、ボートを借りてこいでいくのも現実的ではない。思案しているうちに帽子は水分を含んで徐々に水中に没していった。
 気落ちする妻を慰める言葉も見つからず、未練を断ち切るためにその場から連れ出すことしかできなかった。

 さて。ほどよく時間も過ぎた事であるし、とっとと空港へ向かう事にした。何とも後味の悪い旅立ちだが、うだうだしているよりは良いだろうと気持ちを切り替える事にした。

 函館駅まで戻り、コインロッカーから荷物を引っ張りだすと、空港行きの直通バス乗り場へ急いだ。このバス、空港は近くにあるので料金は一人400円と大変安い。

 最後がちょっと暗くなってしまったが、それでも良い街であり良い思い出がたくさんあるので、去り際はちょっと寂しかった。来年のこの時期まで寝台特急日本海が生き残っているという保証は残念ながらないが、それでも残っている限り、毎年このルートで桜前線を追撃できるといいなぁ、とバスに揺られながらそんな事を思った。

 空港についてチケットを入手すると、まだ食べていなかった昼食を食べようと言う話になった。しかし妻はレストランのメニューがお気に召さなかったようで、却下となった。私はここで食べる事になったときから豚丼を食べようと決めていただけに残念だったが、決定権は妻にあるのでどうしようもない。結局1階の喫茶店でサンドイッチを食べる妻を、紅茶を飲みながら眺めていた。せっかく函館まで来てサンドイッチで腹を満たす気にならなかったので、今回は私のみ昼食抜き。

 まだだいぶ時間があったので、疲弊気味の妻を休息させる意味もあって空港のラウンジへ。私はゴールドカードを持っていないので料金を払って中へ。

 地方空港とはいえラウンジはラウンジなので、休息を取るのには空港で一番適している。フリードリンク云々よりも、何しろ静かだ。
 電源を使えるビジネスデスクを見つけたので、妻はパソコンを広げながらネットの掲示板など見はじめた。私も隣でパソコンを広げてここまでの記録をまとめる。
 
 トイレに立った時、新聞雑誌のコーナーがあるのを見つけたので、立てかけてあった道新スポーツを手に取って見たら、5面あたりに初芝の唐川評が載っていたのだが、文章の内容はともかく「本誌専属評論家」という表記がしてあってちょっと驚く。いつからそんな契約が。

 そんなこんなで小一時間ほどもいただろうか。ぼちぼち良い頃合いになったのでラウンジを出て荷物検査場に向かった。妻からは「ラウンジって良いね」というご意見がいただけたので、次回から反対されて使用断念ということはなさそうだ。

 検査も無事終わり、ゲート前の待合室に腰掛けるとテレビで千葉ロッテマリーンズ対福岡ソフトバンクホークスをやっており、思わず見入る。
 そう言えばこの日は貴重な全国中継の日だった。うっかり忘れていたので気づいた時にはちょっとギョッとした。チャンスにズレータが大きな外野フライを打ち上げてチェンジになった所で搭乗手続き開始となったので断腸の思いでその場を離れる。

 妻は手術後初めての飛行機利用なのでやや緊張気味。気圧変動が傷に与える影響はどんなものか分からないのだが、今回何ともなければ、今後安心して飛行機を使える。
 さぁどうかと思って見ていたところ、離陸時には特に問題なく、安定飛行にはいったあとはとっとと寝てしまったので大丈夫なようだ。

 寝入ったのを見届けると、私も眠りに落ち、目が覚めた時にはもう近畿地方上空。程なくして着陸態勢に入り、ややハードなランディングだったが無事着陸。この時も特に痛まなかったそうなので、往復飛行機の旅行も計画できそうだ。

 上空の気流が荒れていたとかで、関空には10分遅れで到着。最初の予定ではなんばに出て何か食べて帰る腹づもりだったが、妻は翌日仕事という事もあり、とっとと帰宅して、その代わりに京都の伊勢丹で良いものを買って家で食べることにした。

 来年、妻が「また行こう」と言い出すかどうかは分からないが、もしそう言いだした時に喜んで計画を立て切符を手配する、そんな自分の姿が目に浮かんだ。

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1975/04/02
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今さらですが非公開に変更
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読書、創作活動(文章のみ)、野球観戦、旅行、食べ歩き
自己紹介:
四十路オタです。そんな年齢なので言う事やる事古くさくてすいません。

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