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帰国日。毎度のことながら自由時間となる午前中の使い方に迷うのが寂しく難しく、そして楽しい。

 予定を決めるにあたっていつもネックになるのが荷物の預け先。パズルゲームの苦手な私がどうにかこうにか苦心して詰め込んだ茶葉やらドライフルーツやら菓子やらで20キロオーバーになっているスーツケースは持ったままどこかに行くには大きすぎ、重すぎる。普通のコインロッカーでは手に負えない。

 台北市内、コインロッカーの数は増えているものの、日本の大都市と比べるとまだまだ少ない。当てにして行ったはいいがフルブックでした、となれば貴重な時間を無駄にしてしまう。

 そこで確実さを優先するため、宿から程近いところにある松山空港で預けることにした。ここならコインロッカーが埋まっていても手荷物預かり所があるのでなんとかなる。

 というわけで、チェックアウトするとそのままホテルの前に停まっていたタクシーで松山空港へ。

 数年前まで台湾国内専用空港だったが、最近国際化が進んでおり羽田便は定期で飛んでいる。金を惜しまず時間を惜しむが旅行のモットー(乗り鉄旅を除く)なので関西発着便があればここから出入国したいところなのだが。

 残念ながらこういう使い方しかできないのである。
 幸い大型ロッカーに空きがあり、そこに二人分の荷物をぶち込んで身軽になった。

 この日、残り時間の活用先に選んだのは行義路温泉街の川湯温泉。
 当初、この行き先はすんなり決定されたのだが。決定後、私がある情報を入手してしまったことでいささか話がこじれてしまった。

 単刀直入に言えば、『ガールズアンドパンツァー 劇場版』(台湾版のタイトル『劇場版 少女與戰車』)を上映しているのを発見してしまったのである。しかも上映しているのはホテルから1キロと離れていない信義威秀影城という映画館。
 しかもどうやら4DX版らしい。観たい。これは観たい。
 散々ごねてどうにかこうにか妻から「じゃあ一人で行けば」と諦めの許諾を獲得したのだが、よくよく調べてみると上映開始時間が昼から。2時間の映画なので、これを観てから高速バスに乗り空港に駆けつけるとなるとちょっとリスキー。それを乗り越えるだけの値打ちがあることは重々承知だったが、さすがに飛行機に乗り遅れるのだけはシャレにならない。
 結果、泣く泣く諦めて当初の予定どおり温泉行きと相成った次第である。

 松山空港からはMRTを使うと大回りになるのでタクシーで直行する。

 名前と住所を書いたメモを運ちゃんに渡すと、小さく頷き車を発進させた。基隆河を渡り、士林夜市の横を過ぎ、高級住宅街で知られる天母を通り抜けると見覚えのある交差点に出た。
 ここからは急傾斜の坂を登って5分ほど。川湯温泉に到着する。料金は300元弱だったように記憶している。1000円かからずたどり着けたわけで、ショートカット作戦としては申し分ない。

 平日は入浴のみでオッケーなので、受付で入湯券を購入し、中へ。日本のように番台でお金払って中へ入るシステムではないのは、防犯対策なのかな、とちょっと穿って考えてみたりする。

 平日の昼間なのでさすがに空いていて、数名の老人が命の洗濯をしている程度だ。
 お邪魔します、と中へ進みサッと身体を洗って湯船につかる。良い。
 昼間なので外の様子もよく分かる。壁の向こうは川が流れており、この川湯温泉という名前に初めて合点が行く。何しろここに来るときはいつも夜なので、眺めもなにもなく、ひたすらお湯を楽しむのみであった。
 何しろ暑いので敬遠していたのだが、川の流れを見ながら入れる昼風呂もなかなかに良いものだ。

 のぼせない程度に湯と景色を楽しんで、あがる。
 
 風呂上がりにバタバタするのは好きではないのだが、ぼちぼち空港に戻らねばならない。バスの時間を調べてみると、もうすぐにもやって来るようなのでとりあえずバスで駅まで出て、そこでタクシーを拾おうということになる。
 長い階段と坂をえっちらおっちら上がり、バス停にたどり着くとバスはすぐやってきた。
 椅子に座って車窓に目を向ければ、平日の昼間だというのに我々のような温泉好きで一帯はなかなか賑わっている。ふと車内を見渡せば、我々以外にも明らかに風呂あがりという人は少なくない。

 これならば「昼は客が来ないので開けるのやめます」ということにもならないだろうし、昼風呂を帰国日の楽しみ方とするのは継続的にやれそうだ。

 右に左に揺られながら山を下り、石牌駅で下車。タクシーで松山空港へ。荷物を拾い上げて桃園空港行きのバスに乗り込む。

 2タミでバスを降りてカウンターへ。時間が早かったおかげか行列もなくスムーズに手続き完了。これまた混雑を避けて早めに手荷物検査と出国審査をクリア。
 4階へあがってまずはマッサージを受ける。国の玄関口だけあって、ここの腕前はまさにトップクラス。このあと関空から自宅まで1時間半のドライブをしなければならない私にとっては強力なアシストとなった。
 たっぷり1時間ほぐされ、増した食欲を抱えて台湾料理の名店『青葉』へ。旅立ちを前にして、台湾の名残を惜しむ台湾料理の昼食。

 台北での滞在時間を短めに切り詰めて早めに空港入りしたのは、このふたつをゆっくり楽しむためと言っても過言ではない。

 これでやるべきことは全てやりきった感がある。あとは出発までのロスタイムをおまけとして味わうのみ…なのだが。出発案内の掲示板を見ると軒並み遅れている。現在桃園空港は3つめのターミナルを建設中で、その余波により遅延することはしょっちゅうなのだが。この日も例に漏れず1時間の遅れが見込まれるとのこと。
 とはいえこれを最初っから織り込み済みにすることは国際線の飛行機なので難しい。

 やむなく、空いている喫茶店を探してそこを拠点とし、交代で買い物に出た。と言っても目当てがあってのことではないので、とりたてての成果はなかった。
 そうこうするうちに搭乗ゲートが開放されたのでそちらに拠点を移し、ひたすら待つ。

 楽しかった旅を惜しむに惜しめないこの微妙な時間を毎年恨めしく感じるのだが、あまりにも定番化しすぎて「あ、これでもう旅も終わりなんだな」と心身ともに諦める風物詩となってしまった。
 そのことを苦く噛み締めていうるうち、空の向こうから機影がゆっくりと近づいてきた。

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明日は帰国日。1日をフルに使えるのは今日だけとなった。

 そろそろ毎年恒例基隆アタックを仕掛ける頃合いである。アタックと言いつつ、要は台北の北にある港町基隆まで名物のパイナップルケーキを買いに行くだけなのだが。

 そして。私がアタックをかけている間、妻はどうするのかとたずねたところ台湾の石鹸メーカーに『阿原』というブランドがあるのだが、淡水という街にその本店があるとのことで妻はそちらに行くと言う。

 ちょうどいいので互いに目的を果たした後に台北駅で合流しようということになった。

 私はホテルから歩いて5分の距離にある市政府バスターミナルから高速バスで基隆を目指す。毎年のことながら本数も多く速くて快適で安いとバスは鉄道に対してアドバンテージしかない。しかも今年乗った車両はUSB充電口まで備えていた。今回はiPad miniを使っているので、このありがたみが地味にわかるようになってきた。

 出発して程なく高速道路に乗ると、あとは基隆までノンストップでひたすら快走。この区間は眺めの良い車窓なのだが、ここ数日の疲れが抜けていないためか居眠りを始めてしまい、目が覚めた時にはもう基隆の街なかだった。

 降車場所は港の目の前なので、降り立つと急激に世界が変わる。視界に広がる船に血が沸き立つのを抑えきれない。遮るもののない直射日光の熱もなんのその、船の写真をガンガン撮っていく。首都の外港だけあって軍艦、漁船、客船と多種多様な船が場所を分け合って共存しているのが面白いので何度も来ているのに、来るたびにこうしてカメラを向けてしまう。
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 そうして身体がギブアップする寸前くらいまで熱心に動き回るが、ボーダーラインは踏み越さなかった。カメラをしまい、歩き出す。

 目指す李鵠餅店へは何度行っても一度間違うので、今では最初っから直接目指さず、地図のある夜市の入り口へ向かう習性が身についてしまった。遠回りをしてもそれほど所用時間が変わらないというのもあるが。

 無事到着したところ、店内は平日の午前中ということもあってか先客の姿はなかった。おかげで待ち時間なくゆったり購入。
 この時購入したのはパイナップルケーキを30個とイチゴケーキを30個。

 店を出ると、道向こうに『大正女僕(メイド)珈琲』という看板を見かけ、ちょっと惹かれたが、まだ営業時間外だったので看板を撮影するにとどめた。こんなところにもメイド喫茶の波が…というか大正って何。
 基隆には『昔の台湾を今に伝える港町』というイメージを持っていたのだが、着実にオタ化の波は押し寄せてきているということか。そのうち李鵠餅店の店員さんの制服がそっち寄りになったりするのだろうか…。

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 戸惑いを消化しきれないまま、李鵠餅店特有のピンク色をした派手な手提げ袋を手に台鉄基隆駅へ向かう。たどり着いて初めて、歴史ある古い駅舎が使用を停止しており現在台北よりの新駅舎へと移転していたことを知る。

 基隆の街はそれなりの規模なのだが、鉄道の駅としては盲腸線の悲しさ、朝夕以外は基本的に各駅停車が発着するだけの地味なターミナル駅である。台北からの距離の割には時間がかかりすぎるところにもその一端はあるのかも知れない。

 なので新駅舎も地味な造りなのだろうとさして期待せずに向かってみると、規模の大きさもさることながら行先案内のLED化など設備が最新のものになっており、面目を一新していた。
 改札を抜けて階段を降りれば地下化された2面4線の頭端式ホームに出る。これまたどんな特急列車が発着してもおかしくない厳かな雰囲気を持っていた。

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 まぁ、現実に停まっていたのは台北近郊のみを走る各駅停車なのだが。そして実際、列車に乗ってみれば線路が改良されたわけではないので台北までの所要時間は昔のまま。高速バスに押されてしまうのも無理のない話という悲しい結論になってしまう。

 個人的にはそんなのんびりした鉄旅は好きなのだが、時間を最優先にしなければならない海外旅行においては選択するのにいささか勇気を要する。今回待ち合わせ場所を台北駅にしたおかげで久々に乗ることができたのは嬉しい誤算と言える。

 とはいえ、汐科駅を出ると電車は地下に潜ってしまい、あとは台北駅までただ乗っているだけの時間になってしまうのだが。それでも、楽しいひと時だったことには違いない。

 台北駅に到着するも、妻はまだMRTの車内にいたので、構内をぶらついて時間を潰す。提携している日本の鉄道会社や駅の展示があってなかなか楽しい。西武、京急、江ノ電と関東の私鉄各社がパネルをずらりと並べている中、JR西日本大阪駅と台北駅が姉妹駅となったとのことで、関西勢では唯一展示がある。
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 時間潰しのつもりがなかなかに面白く、妻に声をかけられるまでメールにも電話にも気付かなかった。

 さて。互いに買ったものを抱えたまま次の目的地に行くのもためらわれるので、一度宿に戻って荷物を置いてこようとしたのだが。どうせ宿に戻るならもう一箇所さらに買い物をしてからにしようということになった。
 という訳で、台北駅から徒歩で10分とかからない老舗の茶商である峰圃茶荘へ。
 今回は先客がいたため、相席する形で試飲させていただく。先客の方たちは初台湾のようで、茶葉を聞香してはその違いや効能についてつぶさにたずねていた。
 我々はと言えば、この店に来てここに座り、聞香させていただくと、実家に帰ってきたような安心感を覚える。佳き茶の佳き香。世は移ろえど、変わって欲しくないものが変っていないという安心感。
 先客はあれこれ悩みながら、幾許かの茶を購入していった。我々はいつものように…と言いたいところだったが、今回は茶器の分荷物のスペースを広めに確保しなければいけないので、いつもよりいささか控えめ気味に購入。それでも大きな紙袋をいっぱいにするくらいは買ってしまうのだが。
 今回はいつもの阿里山や高山に加えて眼精疲労に良いという普菊茶も購入してみる。いささか癖があるので万人向けではないが、個人的には1箱しか買ってこなかったことを後悔したくらいには気に入った。

 今回もいつもどおり「ホテルに配送します」と言ってただいたのだが、今回は宿に戻る途中に寄ったので大丈夫です、と返したものの。思いのほか紙袋が膨れ上がっており、あれでMRTに乗るとなかなか迷惑かも知れないと思い直してご厚意に甘えた。

 帰り際、バックヤードにいた店主の蒋老人が出てきてくださり、「今年もおいでいただきありがとうございます。また来年もお越しください」とご挨拶をいただいた。白寿に近いお歳だというのにまだまだ矍鑠としておられ、「必ず来年も来ます」と約して店を出た。
 さて。当初の予定どおり宿に戻って荷物を置き、再び台北駅に戻る。

 この日の目的地は台湾を代表する猫の村、猴[石同](石と同で1つの字)。昨日行った鶯歌とは逆方向の電車に乗ってのんびり行く。
 昨日と違うのは方向だけでなく、乗った車両が最新のもので、輪行用に自転車を置くスペースが設定されていた。
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 台湾には外国人観光客でも手軽に借りられるYoubikeというレンタサイクルがあり、こういう車両があるのならば自転車を借りて見知らぬ街を駆けるのも楽しそうだ。もちろん、季節は夏以外という前提だが。


 小一時間で猴[石同]駅に到着。ホームに猫がお出迎えしていたりはしないが、ホームから遠目に猫が見られるくらいには猫の村である。
 そして駅名標示板にすら猫がいる。
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 改札を抜けた先にある売店は当然のように猫グッズを取り揃えており、ここが猫の国の入国ゲートであることを物語っているようだ。
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 猫の国なので前回来た時は家の軒先や庭先、裏路地や広場にとどこへ行っても猫の姿を見なかったことはなかった。とにかく猫好きには夢のような場所なのだが、この日はあいにくと雨が降り出しており、猫は引っ込んでしまっている可能性が高い。

 さてどうするか。
 実はここは元炭鉱の街でもあるので、鉱山好きでもある我々は雨宿りを兼ねて先に炭鉱跡を巡ってみることにした。

 炭鉱関連の施設は猫村とは駅を挟んで反対側にあり、基隆河にかかる橋が『運煤橋』という名前で、運炭トロッコの線路をモチーフにしたデザインだったりとなかなか楽しませる演出だ。廃線跡を辿っているようで、ワクワクする。
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 ただし、骨組みから下を流れる河がバッチリ見えてしまうということもあって、高所恐怖症が私よりも強い妻はおっかなびっくり渡っていたが。

 そして。橋むこうにはまさにトロッコそのもの何両か連結された状態で線路の上に待ち構えていた。
 中には石炭の代わりに観光客が数組。どうやらこれで炭鉱跡を巡れるらしい。
 ただ、チケットが必要なので、今にも出発しようとするトロッコたちに飛び乗って、というわけにはいかない。

 出発したトロッコを見送りつつ、受付で入園券と乗車券を兼ねたチケットを購入。
 周囲の様子が物珍しくて、ウロウロと見て回るうち先発のトロッコが戻ってきた。
 こういう時に一番前に陣取りたくなるものだが、さすがにここは子供連れに譲って後ろへ。
 車両というよりも箱と言いたくなるようなトロッコに腰掛けて待っている間に案内人がやってきて、チケットを確認しつつグッズの売り込みなどもしていく。

 小さな電気機関車に牽引されて出発する。何しろトロッコなのでサスペンションも何もあったものではなく線路の継ぎ目を通る衝撃が直接身体に響く。尾てい骨から脊髄にゴツゴツと来る。
 受付の横を通ってトロッコは坑道へと突入していく。
 途端、体感温度が数度下がる。地中は気温が変化しづらいので夏涼しく冬暖かいのである。
 坑道なので当然天井は低く、ほのかに明かりが灯されているのみなので雰囲気的に江戸川乱歩や横溝正史の作品世界を連想させる。このあたりは日本も台湾も変わらない。
 一応観光スポットなので坑道内には他の鉱山跡と同様にマネキンや道具の展示がなされておりその説明看板などもあるのだが、語学力の壁に加えて薄暗いため内容はあまり頭に入ってこない。ただ、マネキンのおかげで何をしている場面なのかはわかる。
 坑道を抜けて広場に出ると、広場というその名のとおり本当に広々と感じられるし、空が見えるということにありがたみを覚えた。
 この広場で機関車は停止し、全員一旦下車となる。採掘道具の実演を見たあとは、我々も道具に触れたり、自分で人力トロッコを動かしたりできる。
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 電動ドリルやツルハシ等、日本だと「危ないから触るだけ」になりそうなものも、実際に電源オンしたり振り下ろしたりできるのが台湾らしくて楽しい。

 自分の職場にも似たような道具があるのにもかかわらず、こういう場所だと不思議とテンションが上がって魅力的に感じる。

 それなりに堪能して再びトロッコに戻る。全ての乗客が乗り込んだのを確認すると、電気機関車は再び動き出す。
 途端、慣れたと思っていたゴツゴツに再び襲い掛かられる。継ぎ目の多い分岐器の上はひときわ響く。こんなものに毎日乗って坑道の奥深くまで『通勤』していた坑夫さんたちは本当に大変だったことと思う。
 そんな風に考え事ができるくらいには若干の余裕とともにトンネルを抜けると、出発した橋のたもとの停車場に到着する。短い時間ではあったが、なかなか楽しませてもらった。

 続いては本来の目的地である猫村へと向かう。
 降ったり止んだりの天気なので案の定猫の姿は少ない。右を見ても左を見ても視界に必ず猫がいた前回のようにはとてもいかない。それでも土産物屋の店先にでーんと陣取って眠る三毛猫や「記念スタンプを押したきゃ俺をどかしてからにしな!」と言いたげに眠る黒猫、雨天でも水に濡れないコースでパトロールを欠かさない別の黒猫、お気に入りの場所でくつろいでいるうちに平べったくなってしまう黒白猫等々、素敵な出会いはあったので来た甲斐がなかったということは全くない。
 前回のような集団芸にはお目にかかれなかったが、それはまた次の機会に期待するとしよう。
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 自家用土産に猫トートバッグ、職場の土産に猫パイナップルケーキを購入して撤収。

 台北駅までは電車内でひたすらあの猫が良かったこの猫が良かったと楽しく思い出を反芻し合う。

 駅に着くともう日暮れどきだった。ぼちぼち夕飯の算段をする頃合いである。台北駅で夕飯を、ということになると。選択肢は豊富なのだが最終的にはいつも2階のフードコートを選択してしまう。
 台南担仔麺というお店で夜市飯。名物の担仔麺を注文しないことに毎回心苦しさを感じつつ、好物の虱目魚(サバヒー)定食に香腸(台湾ソーセージ)をプラスしてオーダー。これが個人的にはほぼベスト台湾飯。
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 ここは虱目魚をワサビ醤油で食べられるのも嬉しい。コクのある白身とワサビ醤油は相性抜群でいくらでも食べられる。
 ここに香腸が加わるので箸が止めるタイミングが見つからない。

 この幸せも今宵限りだと思うと、一抹の寂寥感が調味料に加わってまた格別の味となるのである。

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今日も農市は開かれているが、この日は別に行きたいところがあった。台北から南西に30キロ弱行くと、鶯歌という街がある。ここは日本で言えば信楽や常滑、伊万里のような陶器の街。
 元々夫婦揃って陶器好きということもあり1日居ても飽きない街だと思われるが、その鶯歌で工夫茶用、つまりは要は中華式茶道用の茶器を探したかった。
 というわけで、朝食後台鉄台北駅へ向かう。
 台北から鶯歌へ行く場合、朝夕ならば日本の急行にあたるキョ光号も停まるのだが、日中の時間帯は各駅停車の區間車のみが停車する。ロングシートの座席に腰掛けて揺られること30分ほどで鶯歌駅着。
 ホームの階段を上がると、コンコースに唖然とするほど巨大な壺と茶壺(日本で言う急須)があった。手前のプレートには『全國最大茶壺』と書かれている。初手から強烈な歓迎である。



 駅からの道は線路沿いに案内板がそこかしこにあるため迷いようもない。線路の下をくぐり、橋を渡れば『歡迎光臨 陶瓷之鎮(ようこそ 陶器の街へ)』と書かれた石碑に出会う。



 そこでまず目に入ってきたのは、茶色がかった直方体の建築物。夏空の晴天であるにも関わらず薄寒くなるような謎の迫力。ファミコン世代としては反射的に『悪魔城ドラキュラ』とかあの辺りを連想してしまうような、そんな建物。



 中はもちろんドラキュラとその眷属が待ち受けていたりはしない。普通に陶器の展示や販売が行われている。飲み物の自販機とベンチがあるのをいいことに少しばかり休憩。駅からそれほどの距離を歩いたわけでもないのに、休憩が必要と思わせるほどには暑い。

 気力体力を回復させて再び歩き出す。坂を登りきった先に広がった景色は、まさに陶器の街。何しろ街の地図まで陶器で出来ている。



 道が左右に分かれていたので、とりあえず右側の道を進む。
 道の両側にある店は当然陶器の店がずらり。路上にも商品が置かれており、また食べ物の屋台がいくつも出店しており、常設陶器市の雰囲気も漂う。これだけ店の数があるので、焦らずゆっくりと気に入ったものに出くわすまで何軒でもまわろうと決めて出発。







 まずは試しに1軒、手近な店に入ってみる。それなりの床面積の店内にみっしりと陶器が並んでいる。食器、置物等々と共に茶碗もあったが、残念ながら工夫茶用のものは見当たらなかった。
 諦めて外に出ると、再び陽射しに焼かれてしまう。あまり長々とは歩けない。これで気候が街歩きに適してさえいれば1日かけても何の苦もないところなのだが。

 牧歌的だった光景に突如現代的なデザインの建物が現れる。看板によるとここは『鶯歌光點美學館』というショッピングモールらしい。涼を求めるのと、品物のチェックとを兼ねて扉を開ける。

 中へ入ると、吹き抜けとなっているので開放感からか実際以上の高さにも感じられる。

 ここには陶器以外にも中華圏ではおなじみの宝石『玉』や水晶の工芸品もある。玉は以前故宮博物院の企画で触ったことがあるのだが、手触りが滑らかで温かみがあり、身近に置いて日々愛でてみたくなる感触だった。とはいえ値段と重量という問題があり、なかなかに難しい。二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉もある。今日のところは茶器のみに集中することとした。

 ここはさすがの品揃えで工夫茶用の茶器自体はあったのだが、なかなかにいいお値段がする。台北市内の専門店で買うのとあまり変わらない。
 
 続いて『老街陶館』という建物へ。ここは陶器窯を模したと思われる外観がインパクト抜群。



 そして。ここ2階でようやく探していた『入門用の安い工夫茶器』に出会った。
 あとはどのデザインを選ぶかだが、空腹だと判断を誤るということで、同じ2階にある食堂へ向かった。ここで甕仔麺という鶯歌名物が食べられるようなので、昼食。
 名物というだけあって人気があり少しばかり並ぶ。いい時間帯だともっと混雑していたであろうことは想像に難くない。
 手際よく運ばれてきたそれは、小型の甕にみっしりと具材と白いスープと麺とが詰まっていた。ソーキそばを連想させる塩味の効いた滋味深いスープが全身に染み渡る。

 美味しく腹も満たしたところで、いよいよ本命の買い物へ。
 入門用の安いものとはいえ、種類はそれなりに豊富で、かなり迷う。私が青磁好きというのもあって自然とそちらに目が向くのだが、当然白磁にも良いものは多い。おかげで大いに迷う。
 妻とふたりで店内をぐるぐると何周もして、ようやく決まった。青磁の青を池の水に見立て、水草と鯉があしらわれた柄を選ぶ。これで飲む茶はさぞ楽しいものになるだろうと心が弾んだ。

 主目的を果たしたところで、ひとつ気になるものがあったのでその場所まで引き返す。例の陶器要塞とも言うべき巨大な建物の敷地内に蒸気機関車を見かけたのだが、あれは実物の静態保存なのか客寄せの模造なのか。

 近づいてみると、ペンキはすっかり剥げ落ち全面に錆が浮いている。この年季の入り方はとても模造とは思えない。
 車両前面の顔ともいうべき部分には『鶯歌号』というプレートが掲げられ、その下には『旅途愉快 一路平安』『鶯歌鎭鎭民蘇有仁敬製』書いてある。



 文字の内容から察するに、この街の住人だった蘇有仁という人物が作ったようだが、とするとこれはその昔陶器の貨物輸送で活躍したものの静態保存ではなく模造と思われる。
 とはいえ周囲になんの説明も手がかりもないのでこれ以上は推測しようもない。それにしてもあまりにも無造作に置かれすぎている。展示しているようにはとても見えない。一歩間違えれば不法投棄である。

 まぁ、日本国内でも地方に行くと「もらったり買ったりしたはいいけど結局維持に困って雨ざらし」な鉄道車両は散見されるのだが。もう少し手を入れて整備すれば立派な観光資源になると思われるので、実にもったいない。

 もったいないといえば、駅まで戻るのに来た道をそのまま戻るのも惜しい気がして、別の道を辿ることにした。来た時に通った道は道幅が狭く店の規模も小さいものが目立ったのに比べ、帰途に歩いたところは道幅も広く、店もそれなりに洗練されているものが目に付いた。おそらくこちらがメインストリートなのだろうが、個人的には最初のほうが好みだったので、この順番で正解だったな、と一人納得する。

 駅に戻ると、何は無くともまずは給水せねばと構内のセブンイレブンでポカリを購入。
 気力体力に余裕があれば電車が来るまで駅構内及び近辺の探検に出るのだが、残念ながらそういうことができたのは30代までだった。今はただ、椅子に空きがあったのを幸い、休息を取るばかりである。

 電車の到着時刻が近づいてきたのでホームへと降りていく。

 この時初めて、鶯歌駅の広さに気がついた。ホームは2面4線でいささかこじんまりしているのだが、ホームのないところにも線路が何本も張り巡らされており、駅全体面積はそれこそ以前はここで機関車の運用をしていたのだろうなというくらいには広い。
 道路に面した場所には貨物の積み下ろしができそうな空き地もあり、とめどなく想像の翼が広がる。
 しかしその翼が広がりきる前に台北方面行きの列車が入線してきてしまい、お楽しみもここで中断。
 来た時と同じロングシートの車両に乗って台北へと戻る。

 いささか消化不良気味だったので、台北駅の中にある鉄道グッズ屋2つをめぐるが、ここでも大きな収穫はなし。この店に来るたびに購入していた台湾オリジナルの鉄道雑誌が見当たらなかったのが何よりの痛手だった。
 強いて収穫として挙げるとすれば鐵道旅行護照(パスポート)という台鉄の全駅が記載された5冊組のミニ手帳を購入したことくらいか。フルカラーでなかなかに出来は良い。
 ということで、いささか不完全燃焼気味ながら体力ゲージが尽きかけているので諦めて宿へと戻る。

 収穫物を片付けてからしばしの午睡。このホテルを選んで良かったと思うのはこういう時だ。

 目覚めると、窓の外はとっぷりと暮れている。となれば夕飯の算段をしなければならない。
 旅行中1回は高級中華を食べるのが新婚旅行以来の習わしなのだが、今日あたりそろそろ決行しようか、という結論に至る。
 ちょうど良いことにはホテルから2駅先の太平洋そごう復興館の中に鼎泰豊と點水樓という名店が2つ入っている。とりあえず行ってみて空いている方に入ろうということで出発。

 忠孝復興駅を降りて案内表示のままに進むと連絡通路の近くに鼎泰豊があるので行ってみると、入り口が遠く感じられるほどに長蛇の列が。めげずに待ち時間を聞いてみると50分とのことなので、一時撤退して11階の點水樓へ。
 こちらは幸いにして待ち時間なし。すぐに案内されて席に着けた。

 ここは日本語併記の安心メニューなので、店員さんに「これはなんですか?」といちいち確認をしなくても選ぶのになんの支障もない。互いに希望するものを挙げていき、そこから絞り込みをかけた。

 まず。鼎泰豊ほどの知名度はないもののここも小籠包の名店。スルーは許されまいと2籠注文。そして忘れてならない台湾ビールも。あとはベーコンと青梗菜が入った上海風ピラフ、トンポーロー、南乳風味のスペアリブ、空芯菜炒め等々互いの好物ばかりを欲望の赴くままに注文。

 ビールと小籠包で乾杯となるはずだったが、あれは作るのにいささか時間がかかるため、すぐに出てきた空芯菜炒めで乾杯。たかが空芯菜と侮るなかれという美味さで、ビールのつまみにする間もないほどスルスルと消えていく。

 後はもう、取っ組み合いの格闘でもするかのように、出てくる料理をどんどん平らげていく。小籠包が運ばれてきたとき調子に乗ってビール2本目を頼んだため最後はいささか苦戦したが、なんとか無事全ての料理を美味しくいただくことができた。
 どうしてもビールと小籠包をやりたかったので悔いはない。ジューシーな小籠包をドライな台湾ビールで流し込むのがなんともたまらない。
 下戸の調子こきが30分の休憩という代償で無事収まったのは奇跡という他はない。

 酔い覚ましにと地下鉄2駅分歩いてホテルに戻ったが、夜風に当たったのが良かったのか、せっかくだからと途中にある24時間スーパーで買い物が出来るくらいには回復していた。

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本日は休養日としていたが、朝実際に目が覚めてみると思いの外昨日のダメージは残っていない。とはいえ無理は禁物と、朝食をとってからは部屋でゴロゴロとする。

 ゴロゴロしているうちに「あれ?これなら全然動けるな」と気づく。とはいえ遠出は危険であり、体調の異変を感じたらとっとと宿まで戻ってこられるところへ行くのがよかろうという結論に至る。
 そこでMRT淡水信義線圓山駅前の花博跡地で毎週土日に開催されている台北花博農民市集へと向かった。

 台湾各地から農家の方々、そしてなぜか漁師さんも集まって産物を売りに来ている。台湾烏龍茶もさることながら、最近すっかりハマっている台湾珈琲は市場流通量が少ないのでここで買うのが一番簡単だ。
 果物も豊富なのだが、茶と違って日本に持って帰れないし、ホテルで食べるには量が多い。
 しかし、やはり美味そうなのでせめてジュースでも飲もうか、ということになる。葡萄や桃なども魅力的だったが、日本ではあまり見かけない梨のジュースにした。正直味への期待よりも物珍しさに惹かれたのだが、さっぱりとしていてなかなか良かった。


 
 さてさて。休憩も済んだところで買い物タイム。
 先に農市と同じ敷地内にある『神農市場』という台湾版成城石井っぽいスーパーも覗いてみる。ここも農市と同様台湾各地から集まった名産品が一堂に会している。農市と違って店舗内なので暑さを気にせずゆっくり品物を見られるのがありがたい。

 当然その分お値段は農市よりも上になるが茶、珈琲、はちみつ、ジャム、ネギペーストに始まって肉野菜果物ビーフンと実に豊富。少ないながら石鹸や食器等の生活雑貨も置いてある。
 ここで「相場」を頭に入れておけるのもありがたい。農市の値段は直販ならではの価格で、格安だということを忘れがちになるので。
 結局ここではお土産好適品の雑貨を数点購入するのみとなり、農市に戻る。

 第1目標の『自宅で普段飲みする用の安くてそれなりな烏龍茶』は1包200g入りが4包で1000元と破格のものがあったのでこちらのお店にアプローチする。試飲させてもらうと味はそれなり以上だったので、即決。

 第2目標の『台湾産珈琲』はドリップもいいが豆で欲しいと思っていたところにこちらも1袋100g入りが3袋で700元と大変お値打ちなものが見つかったのでこれも試飲の上で購入。台湾珈琲ならではの透き通った香りがたまらない。

 どちらも当然のようにおまけをあれこれつけてくれるので大変恐縮する。そして、こちらが日本人とわかると片言の英語や日本語を駆使して商品の説明に努めてくれるのも大変ありがたい。

 以上の成果を以て撤収し、昼食とする。
 ここ花博公園のフードコートは国際色豊かでイタリア、アメリカ、日本、ヴェトナム、インド等々各国の料理が楽しめるようになっている。ウロウロしている時からにおいに誘われっぱなしだったので1も2もなくここに決定。





 とはいえ、私は鶏肉飯、妻は麺線と結局ふたりとも台湾ご飯になってしまうわけだが。まぁ…日本はもとよりその他の国の料理は帰国後でも食べられるので。



 食べ終えてMRTの圓山駅へと戻り、まだ動けることを確認したのちに、今度は迪化街へと向かう。
 迪化街は台北屈指の問屋街で、ここは漢方薬や服飾関係等々が充実している。我々はなぜか漢方薬の問屋でドライフルーツを大量に購入しているのだが。

 しかもマンゴーなら六安堂參藥行、パイナップルは乾元參藥行とお気に入りの店がそれぞれ違う。各々の店で「シー(10)」とか「シーアル(12)」とか身振り手振りを交えつつ購入するのだが、数が先方の想定を超えているためか毎年店頭在庫では足りず奥の倉庫まで取りに行ってもらったりする羽目になる。待つあいだに店内をそれとなく見学していたらショーケースに北海道猿払のホタテが鎮座していた。さすが猿払。
 こんな感じでマンゴーとパイナップルを購入後、イチゴを一袋職場の別部署へのお土産用にと購入したのだが、これは大変ご好評をいただいた。

 迪化街と言えば。テレビドラマ孤独のグルメseason5において主人公井ノ頭五郎が訪れた食堂があるのだが。昼食は先程花博公園で食べてしまったので今回はスルー。
 
 私はさらにこのあと職場の同僚に頼まれた漢方薬を仕入れねばならないので、妻を一足先に宿へ戻してひとりその指定された店へと向かった。
 向かったも何も迪化街から100mも歩けばついてしまうのだが。

 預かった処方箋を店の人に渡し、調合してもらうのでそれなりに時間が掛かる。待つ間にお茶など出していただき、ゆっくりと店内の雰囲気を味わう。

 この時購入したのが3ヶ月分と大量だったのでさっき購入したドライフルーツと相まってかなりの体積。これで地下鉄に乗るのも憚られたため、通りでタクシーをつかまえて宿へと戻る。

 部屋で大量購入した荷物を整理しつつ夕飯の相談をする。

 この日は土用の丑の日。日本にいれば鰻を食べる展開となっただろうが、台北屈指の人気を誇る鰻店の肥前屋はおそらく人でいっぱいであろう。
 ならば鰻は諦めて台北市内の川湯温泉で夕飯と入浴を済ませてしまおうということになった。

 再び國父紀念館駅から板南線に乗り、台北駅で淡水信義線に乗り換えて石牌駅へ。ここからは路線バスで行義路三バス停まで。以前はタクシーで行ったが、今回はiPad miniとポケットwi-fiのおかげでバスの運行情報に関してその場で調べられるようになったので往復バスで、ということになった。

 待つというほどの時間も経たぬうちにバスはやってくる。夕刻ということで帰宅ラッシュも相まって結構な乗車率。幸いにして座れたが、この路線市街地を抜けるとその先がかなりな急傾斜の道でその上左右に振られるため座れるかどうかでかなりの差が出る。というか、座っていてもどこかに掴まっている必要があるくらいには揺れる。

 そんな道をバスは快調に登っていくこと15分ほど。目指す行義路三バス停に到着する。温泉目当ての乗客は我々以外にも数組いた。

 ここは山奥にあるが、派手なネオン看板が多数掲げられているので鄙びた雰囲気はない。我々が愛用する川湯温泉はバス停から坂を登ってから長い石段を延々下りた先にある。
 途中にあるスピーカーから聞いたことのない日本語の演歌が大音量で流れてくる。一説にはここのオーナーか誰かが日本の演歌が好きで、訪日するたびにCDを買ってきてはこうやって流しているのであまり有名でないものばかりになっているとのことだが、真偽の程は定かではない。

 いつもは200元払って風呂のみ利用していたが、この日はせっかくだからと夕食もここで食べていくことにした。
 ちなみにここは先に食堂でひとり400元以上食べると入浴代がタダになる仕組みである。先に風呂に入った場合は風呂の半券が食事の割引券になる。

 桜エビとキャベツの塩炒め、鰻の麹漬けの唐揚げ、スズキの蒸しもの、チャーハン等々の中華料理とともに、なぜかメニューに存在していた握り寿司1人前(6貫)を無性に食べたくなり、注文。
 それにしても、土用の丑の日の鰻をこういう形で食べることになろうとは。こういうことがあるから人生は面白い。

 中華料理が美味いのは想定していたが、寿司がかなりの本格派だったことには驚いた。少なくともネタは新鮮で、捌き方も厚過ぎず薄過ぎずと実に良好。台湾はオリジナルブランドの回転寿司があるくらいなので不思議とは言えないが、ネタもシャリも想定以上の味で大いに満足。



 想定外といえば鰻の唐揚げは完全に興味本位の注文で、未知の味だったので想定も何もなかったのだがこれも美味かった。鰻の白身魚独特の旨味が程よく引き出されていて、このあと入浴するのでなければビールを追加注文していたところだ。



 食べきれるか?明らかに頼みすぎなのでは?というくらいの量が来てしまったのだが、空腹だったからか美味さのためか全ての皿をきれいに平らげた。
 食べ終えると店のおばちゃんがやってきて入浴のタダ券を渡してくれる。これを受付の人に渡して中に入る。



 中はすぐに脱衣場で、ちゃんとコインロッカーもある。なお、有料なので要注意。荷物を預けて浴室へ。

 浴室にはあつ湯、ぬる湯、水風呂にサウナと揃っている。洗い場でサッと身体を流し、まずはぬる湯へ。程よい温度の優しいお湯が全身に沁みていく。実にいい。言葉にならない。
 身体がお湯に馴染んだところで今度はあつ湯へ。青湯と言われる濃いめの泉質で、ぬる湯の優しさはないが肌にじんわりとしみ込んでくるので効き目は実感できる。

 あつ湯は無理をせず短めに切り上げ、持ち込んだ飲み物で涼を取る。飲み物は途中で買ってきたものなのでキンキンに冷えたりはしていないのだが、これが実に染みる。
 続いて、温泉の湯を洗い桶に汲みタオルをつける。これをゆるめに絞って目の上に載せると、眼精疲労がスッと楽になる。いつも温泉に入るとこれをやるのだが、温泉成分のおかげか単なる思い込みなのか普通のお湯でやるよりも効き目があるようだ。

 湯船に出たり入ったりを繰り返して、のぼせる手前くらいに終了。きっちり身体を拭いてから脱衣場に戻ったつもりでも、汗がなかなか引かないので急いで服を着ると服がじっとりしてしまう。扇風機の風で身体を冷ましてからゆっくり着替える。

 身支度を整えて外に出ると、昼間の暑さが嘘のようだ。高地ならではの涼風が湯上りの身体に心地よい。

 ベンチに座ってしばし待つと、妻もあがってくる。

 さて帰ろうかというところで、ポケットwi-fiの電源を入れて、バスの時刻を調べる。バスがなかったらタクシーを呼んでもらわないといけないところだったが、この時間本数はまだまだ豊富にあるようだったので、降りてきた石段と坂道を戻ってバス停を目指す。
 天候のせいか星は見えなかったが、眼下に広がる温泉街の明かりが星のようだった。

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今回の旅行はいつもより長めに時間がある。すなわち、いつもは諦めざるを得ないところへも行くことができるということだ。
 たとえば、台湾最南端の鵝鑾鼻燈台。

 昨年『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』を観たからというのもあるが、鵝鑾鼻燈台の南に広がるバシー海峡は太平洋戦争の隠れた古戦場のひとつだ。この目で見ておきたいという思いは以前からずっと持っていた。それに、単純に最南端まで行ってみたいという思いもある。

 行き方自体はさほど難しくはない。新幹線の終点左営から高速バスで恒春か墾丁まで出て、そこから先は路線バスの鵞鑾鼻行きに乗り換えるだけ。

 ハードルを押し上げているのは所要時間だ。何しろ遠い。距離にして大体450キロ程度だが、上記の最速ルートでも片道5時間程度かかる。行ってみたいというだけで行くにはいささか遠すぎるだろう。
 しかし。行ってみたいという思いはどうしても止み難かった。

 というわけで。日程的にもコンディション的にもこの日がベストと判断し、朝食後とっとと出発する。

 台北駅からは台湾新幹線こと高鉄で終点の左営まで。台中しか止まらない最速達列車で行こうとしたところ満席のためか券売機で切符の選択画面にすら出てこなかったので(存在自体は電光掲示で確認済み)、一部通過である準速達の切符を確保。このあとの長旅を考慮して商務車(グリーン車)を押さえる。

 乗るべき619号は台北9時21分発、左営11時20分着の予定。約2時間とそれなりの乗車時間だが、それでも今日の最終目的地到達所要時間の半分にも満たない。
 今までは台北が始発駅だったので早めにホームに降りて車内で待っていれば良かったのだが、南港駅開業に伴いその手は使えなくなった。やむなくホームのベンチでぼーっと待っていると、程なくして列車は入線してくる。
 乗り込むと、車内はそれなりに空いている。平日の午前中なのでこんなものだろう。台北を出て次の板橋に到着する頃にはアテンダントさんたちが姿を見せる。台湾高鉄においては商務車でおしぼりにお菓子とコーヒーが出るのはいつものことなのだが、今回はミネラルウォーターまで付いてきた。



 新聞の貸し出しもやっていたが、我々の愛読する蘋果日報(アップルデイリー)紙がなかったのでこれはスルー。

 板橋を過ぎて地上部分に出ると、窓から差し込む強い陽光。快適な車内だから平気だが、もし徒歩だったらあっという間に炒りつけられてしまいそうだ。

 北回帰線を越えるとこれがさらに強化されることは既に経験済みなので、商務車のおかげで割と優雅に構えていた気持ちがいささか引き締まる。

 11時20分、左営着。
 駅のコンコースを出たところに左営発墾丁行き高速バス『墾丁快車』の切符売り場がある。二人分を往復で購入。次は12時発で、少しばかり余裕がある。外のベンチで待っていても暑いだけなのでセブンイレブンで買い物を済ませてから駅ビルの三越へ退避する。
 最初は地下のフードコートでのんびりしようかと思っていたのだが。いつの間にか、ここにガンダムベース台湾の2号店が出店していた。






 これは行かねばなるまいと思い中を覗いてみると、1年戦争時代のモビルスーツから最新のオルフェンズまで実に種類豊富に在庫を取り揃えている。ただし1号店のように書籍類は置いておらず、プラモデルのみ。

 台湾の物価は日本の半分程度なのでガンプラと言えどもそれなりに財布を痛める。それでもなおこれだけの一等地に店舗を構えるだけの人気があるというのはさすがと言うほかない。

 思い入れがあるのでいささか長居をしすぎた。フードコートに行く余裕などとっくになくなり、急ぎ足でバス乗り場へ向かった。

 バスは到着していたが、まだ改札を開始していなかったので、最後尾に並ぶ。墾丁はリゾート地なので、我々の前に並んでいる人たちは皆それなりの装備をしている。ちょっとそこまで、みたいなノリは我々ぐらいだった。
 発車時間間際になってようやくバスのドアが開く。先ほど購入した切符を渡すと、代わりに行き先を書いた紙を渡される。どうやらこれは下車札のようで、降りる時に渡す模様。

 どうせ終点まで乗るからと最後列の5人並び席に陣取る。窓際にはUSBの差し込み口があり、タブレットやスマホを充電ができる。これは確かにセールスポイントとしてはなかなかに良い。ただし、事前に仕入れた情報と違ってトイレが付いていない。どうやら付いているのは一部の車両のみのようで、2時間半トイレ無しの旅路となるようだ。これは迂闊に水分を摂りすぎるとエラいことになるな、と気を引き締める。

 窓から差し込む光は、台北よりもさらに強い。今まで何度か高雄には来ていたが、高雄市内はほぼ素通りしてきたので目に入ってくる景色全てが新鮮だった。

 バスは左営の駅前を発車すると下道を少し走って高速道路に入る。平日の昼間なのでトラック等で渋滞していたが、空港横を過ぎる頃にはそれも解消し、快調に進む。
 高雄市と屏東県の境界である高屏渓を越えると、景色はぐんとのどかなものに変わる。所謂「熱帯」という言葉からしばしば連想されるような背のヒョロ高い樹があるので何だろうと思ってよく見るとバナナの樹だった。植物園以外で実物を見るのはこれが初めてだ。
 土地は平らかでそこかしこに農地が広がっている。屏東が物成り豊かな地であることが一目でわかる光景だ。実際、屏東産の果物をしばしば口にするが、いずれも滋味豊かである。

 その屏東の眺めも海が視界に入る頃には唐突に終わりを告げる。山が急激に迫ってきて、平地をぎゅっと狭める。その狭い平地をバスは縫うように走る。これまで離れて走っていた鉄道の線路も寄り添うように近づいてくる。鹿児島の市街地から指宿方面に南下していくとこんな光景だったことを思い出す。

 海の眺めは良いものなのだが、海岸線が単調でどうにも眠気を誘う。かてて加えてなんの前触れもなく豪雨が降り始めたこともあって、いつの間にか夢の世界へご招待されており目が覚めた時には既に恒春の市街地だった。
 ルートとしてはここ恒春のバスターミナルで降りて鵝鑾鼻行きのバスに乗り換えるという手もあったが、せっかくなのでこのバスで終点まで行くことにした。

 恒春の街を過ぎ、墾丁国家公園に入ってから見える海はリゾートの香りに満ちていた。穏やかな波に白砂が洗われる南湾海水浴場ではたくさんの人が夏の海を楽しんでいる。ここのバス停で降りていく人も少なくなかった。
 我々はもう少しだけ進む。夜市を思わせる飲食店街の真ん中に墾丁のバス停はあった。バスから一歩外に出ると、温度差にクラクラした。しかし、慣れると苦痛というほどでもなかった。やはり海沿いは過ごしやすいのだろうか。

 ここで鵝鑾鼻行きのバスを待つのだが、2時間半の長旅だったので、何は無くともまずはトイレ探しから。
 幸いバス停から少し歩くと派出所の敷地内に公衆トイレがあった。ここで用を済ませ、その先のバス停から鵝鑾鼻行きのバスに乗り込む。

 地図を見るとバスに乗った場所から鵝鑾鼻までは頑張れば歩いていけるんじゃないかと思うような印象すらあったが、実際に乗ってみるとそれなりに遠いことがよくわかる。うっかりと調子に乗った行動を取っていたらこうして旅行記を書くこともなかったかも知れない。
 街並みから外れ、森と海の狭間を順調に南下していたバスが、特にアナウンスもないまま道端に止まる。窓の外を見てもバス停もないのでなんだろうと思っていると、運ちゃんがやってきて何やら説明を始めた。どうやらここが終点な模様。
 というわけで我々含めすべての乗客が車外に出る。
 ちなみにバス停は信号のない交差点を挟んだ向こう側にあった。あの場所に止めてしまうと待機場所と思しき先程の停車位置(涼しげな木陰)まで戻すのはそれなりに骨が折れそうなので、なるほどと納得。

 バス停の向こうに鵝鑾鼻の文字が書かれた看板を見つけ、ようやく実感が湧いてきた。




 道は看板の手前で二手に分かれていたが、タクシーの運ちゃんが「鵝鑾鼻公園なら向こう」と教えてくれた。指し示された先、バスも停まれる大きな駐車場の向こうに鵝鑾鼻公園の入り口が見える。

 数百メートルしか歩いていないが既にどっぷりと汗をかいているので、入り口横のベンチで水分塩分補給。屋根付きで日陰もあるので大変心地良い。うっかり長居しそうになるところを、どうにかこうにか意を決して立ち上がる。
 窓口で一人60元の入園チケットを購入し、中へと進む。

 まずは案内板に従ってランドマークの燈台を目指す。最初はゆるかった上り坂が途中から徐々に傾斜を増していく。これが思いの外きつかったのは歳のせいか暑さのせいか。坂の途中の木陰が『涼しくて座れる』という抗しがたい吸引力を持っており、ここでくじけて一息入れる。どう見ても我々より若い人たちやこの人たち台湾人だなぁという人たちも同じところでくじけているので、暑さのせいということにしておこう。
 「あ、ここからでも十分見えるな」と汗を拭き拭き見上げた白亜の塔はタオルの手が止まるほどに凛として美しかった。かつては大日本帝國最南端の燈台であり、交通の要衝バシー海峡を今も昔も見守っている鵝鑾鼻燈台は神々しくすらあった。



 もっと近くで見たくなり、休憩もそこそこに木陰から出る。坂を上りきったところに『鵞鑾鼻(原文ママ)』と書かれた石碑があった。ここが台湾八景であることを示すこれもまた、日本統治時代のよすがである。




 そして。ここから見える海がバシー海峡だ。先述のとおり、太平洋戦争の隠れた古戦場のひとつ。日本と南方をつなぐ重要な交通路であったためアメリカの潜水艦に網を張られ、多数の輸送船が沈められている。私の祖父もここを通ってフィリピン、そしてビルマ(当時)へと旅立って行ったのだが、その時は幸い無事に通過している。




 この海で失われた数多の命を想い、深々と一礼。

 概ね目的は果たしたようなものだが、ここまで来たのでせっかくだから燈台の中も見学させてもらおうと足を向ける。しかし、直線で向かわず手前の売店に吸い込まれてしまうのは熱中症対策という点からもやむなしであろうか。
 いつもなら烏龍茶なのだが、それだと塩分補給にならない。さてどうするかとおもって店の冷蔵庫を覗く。「おお、ポカリがある」「助かった」しかもこれが日本からの輸入物でなく現地生産品なので安かったのもありがたい。1本30元なので円換算すると100円しない。

 店の前にあるベンチでキンキンに冷えたポカリをいただく。目の前に燈台を見ながらの休憩に心は逸るも、無理は禁物。1本をゆっくり飲み終えてから立ち上がる。

 改めて目を向けると、石畳で作られた道がまっすぐ伸びているので、見た目ちょっとドラクエを思い出させる。周囲に塀を巡らせてちょっとした要塞めいた作りになっているのは、実際ここが世にも珍しい武装燈台だったことに由来する。
 記念写真を撮っている人たちの横をすり抜け、下に立って見上げる。巨大とか壮大とかそういう圧倒感はないが、不思議な威厳に満ちていた。



 燈台手前の建物が小さな資料館になっており、せっかくなのでここも入ってみる。この手の資料館にお馴染みの模型に昔使っていた地図や印箱に入った大量のゴム印なども展示している。私も物好きなのでこの手の小さな資料館はあちこち回ってきた方だと自負しているが、ゴム印は初めて見た。『国は違っても似たような文言使うんだなぁ』とか『繁体字は字画が多いので作るのが大変そうだなぁ』等々割と興味深くてすっかり堪能する。
 さて。メインディッシュは終えたものの、公園内はまだまだ見所も多い。海岸線まで下りることもできるようなので、バシー海峡の波に足を浸してみてもいい。
 だが、この時既に時計は16時半を回っている。台北まで5時間かかることを思えば、ぼちぼち引き上げる頃合いであろう。

 この公園は入口の近くに専用出口が設置されているのだが、通路がそのまま土産物屋に直結しているという実に清々しいつくりになっている。
 日本語で「サンゴ」とか「珍しいお土産」とか声をかけられるが、省みる余力もあまりないのでそのまま素通りする。お廟の前だけは一礼したが。

 やって来た道をそのまま引き返し、屋根が付いてベンチもあるバス停でポカリを飲みながら待つ。鵝鑾鼻行き終点のバス停にはこのような設備はなく、待つ時間の長い始発のバス停にこういう設備をつけてくれるところはなかなかどうしてきめ細かい配慮。

 待っているうち、我々の他にも1組2組と徐々に人が集まってくる。3組目がやってくるのと時を同じくして、墾丁の街中をめぐる『墾丁街車』バスがやってきた。リゾート地らしく、路線バスなのにハイデッカーの豪華仕様。これに乗り10分ほど走った先の、墾丁快車の始発バス停『小灣』で降りる。
 ここでもまたしばらく待ち時間がある。近くにコンビニでもあれば良いのだが、生憎とシーザーパークとハワードビーチリゾートというリゾートホテルがあるばかりで、あとは何も見当たらない。
 無遠慮にホテルの売店へ突撃する気力もないのでおとなしく待つ。

 最初にやって来たのは空港行きなのでスルー。その数分後にやって来たバスは今度こそ高鉄左営行き。このバスもUSB充電はできるがトイレは付いていないという微妙にありがたくない仕様。

 バスは数時間前に来た道をひたすら戻る。
 この日、運動量としてはそれほどではなかったのかも知れないが、移動と暑さで疲労が溜まっていたのだろう、バスが走り出すと程なくして座席に取り込まれるように深く座り込んで居眠りに突入してしまう。

 途中、台鉄枋寮駅前バス停の手前で目が覚める。ここから台鉄に乗り換えて帰っても良かったが、実は特急である自強号に乗ってもこのままバスに乗っても所要時間はあまり変わらなかったりする。せっかく初めて乗るのであれば、もう少しコンディションの良い状態で乗りたいという思いもあって下車はせず、すぐまた眠りの世界に送り込まれる。結局この後も寝たり覚めたりで到着間近になるまで夢うつつの状態が続く。

 ただ、あとで気がついたのだが、トイレの問題があるので多少の手間は惜しまず鉄道で帰るのも良かったかもしれない。
 さて。無事左営に戻ってきたところで夕食タイム。高雄市内は六合夜市等々食事をする場所には事欠かないのだが、今から探して回る根性も尽き果てているので左営駅ビルの三越にて夕食とする。

 ここに来るとレストランよりもフードコートに惹かれてしまうのでとっとと地下に降りる。

 以前から丸亀製麺と寿がきや(台湾名『壽賀喜屋』)が入っているところに、『かつ丼 トンテキ 豚一屋』という店が加わっていよいよ自分がどこにいるのか分からなくなってきた。








 天婦羅を揚げる良い香りに誘われたりもしたが、そこはさすがに割り切って夜市風ご飯を食べられるお店へ向かう。なにしろ私の大好物虱目魚(サバヒー)を塩焼きにした定食が食べられる貴重な機会を逸するわけにはいかない。
 妻は台湾南部名物の担仔麺。
 ここの定食はメインの虱目魚もさることながら、付け合わせの青菜、メンマ、豆腐の醤油煮込み、わかめスープもなかなかに良い。そして白いご飯と一緒にいただけるというのが何より良い。ほどほどの塩加減が虱目魚の脂をグッと引き立ててくれて、どんどん飯が進む。



 隣のテーブルでは学生っぽい女子がひとりで丸亀製麺のうどんを前にいささか緊張した面持ち。どうしたのかと思って見ているとスマホを取り出し、うどんを撮影。撮り終えると箸を取り、恐る恐る食べ始めた。
 察するに『初めてのおうどん』なようだ。その様子を微笑ましく思いつつ、残りを平らげる。

 食べ終えて、まだ少しばかり時間に余裕があったので高雄牛乳大王というフルーツメインのジューススタンドでパパイヤミルクをいただく。

 高鉄左営の駅に戻る途中、地下鉄のコンコースを通るとグッズの売店があり、鎌倉の江ノ電とタイアップしている旨の広告看板とともに、日本でいう鉄道むすめっぽいイメージイラストの看板もある。







 あまり時間がなかったためチラ見してちょっと撮影するので精一杯だったが、なかなかどうして油断ならない。
 
 高鉄は左営20時55分発、台北22時28分着の160号の切符を購入。今度こそ台中しか止まらない最速達に乗る。夜の闇を切り裂いて走る高鉄の車中、気持ちは既に明日の行程に向いていた。

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毎年恒例台湾旅行、今年は10周年ということでいつもより1日長く設定してみた。期間が長い分、今までやってみたくてもできなかったことをひとつ、計画に入れる。
 
 出発当日まではいつもどおり紆余曲折に満ちていたが、どうにかこうにか片付けて無事出発できる運びとなった。
 フライトは関空発13時の便なので、諸々見込んで9時前に自宅を出発する。愛車のエンジンをかけると、この時カーステレオから『1/6の夢旅人2002』が流れるのは、すっかり儀式のようになっている。

 道中はさしたるトラブルもなく、スッキリと晴れた青空のもと関空大橋を渡る。
 駐車場からターミナルに移動し、いつもであればそのままチェックインカウンターへ行くところだが、今回はポケットwifiを借りる算段をしていたので、その受取場所へ先に行く。そこが我々の使う中華航空のチェックインカウンターと真逆の場所にあったので、混み合うターミナルを端から端まで延々移動する羽目になったりしたが、レンタル自体は無事に終わった。

 時間に余裕があったので、普通であればどこかで一服するところなのだが。
 wifiを借りるために1タミの4階を大横断をして、あちらこちらのチェックインカウンターに大量の団体客がひしめいていることを身にしみて実感したため、まだ混雑していないうちにとっとと保安検査を済ませてしまおうということになった。

 ただ、保安検査場の向こうには一服できるような店が少なく、以前まであったネカフェもなくなってしまったので安住の地を確保できるかどうかがネックだったが、行き場がなくなるようであればこれを口実にクレカをゴールドにしてしまおうと思っていた。

 さて。そんな事前の思惑をよそに、根城とするべき場所は意外とあっさり見つかったのだが、ここが別に喫茶店でもなんでもないところで単に座れるというだけの場所。なのでせめて飲み物くらいは調達してこようと売店に向かったところ、これがどの店も長蛇の列。やむなく自販機で緑茶を調達する。

 借りたiPadminiの練習とばかりにTwitterでつぶやいたりしているとやはり小腹がすいてくる。妻に諮ると、とりたてて空腹ではないとのことなので私一人でさまようことになった。

 さっき飲み物を求めてうろついた時には長蛇の列を形成していたプロントが一転すいていたためチャンスとばかりに並ぶ。妻へのお土産として十勝あんぱんやカットピザなどを購入しつつ、ビールとナポリタンでほぼ昼食に近いブランチとした。

 午前中から飲むビールはなんとも爽快で、人をダメにする味がした。ナポリタンにしたのは、台湾にもイタ飯屋はそれなりにあるものの、ナポリタンだけはついぞ見たことがなかったからである。

 そんなこんなで持て余すはずの時間はあっという間に過ぎ去り、搭乗ゲートに向かう頃合いとなったのでモノレール乗り場へ向かう。

 41番搭乗口付近のソファは既に人で埋め尽くされていたので、おとなり40番側のソファに座って待つことしばし。予定時刻より少し遅れて案内が始まった。

 機内がほぼ満席なのもいつもどおり。
 機内食。妻がシーフード、私がチキン。シーフードはエビと魚のビスクにサフランライス。チキンは鶏肉とキノコの中華炒め。サラダのドレッシングはキューピーだったのはまだしも、マンゴーケーキが台湾のものでなく宮崎製であることが衝撃的だった。台湾名物のマンゴーを、なぜ…という疑問が自然と湧いてくる。

 まぁ、考えても結論が出る話ではないし、とっとと平らげてしまうことにした。マンゴーケーキ自体は旅のおやつとしてとっておくことにする。

 例年であれば機内食のあとはパソコンを取り出して文章を打つなりなんなりするのであるが、今年はポケットwi-fiのおまけで借りてきたiPad miniがあるので、慣らし運転がてらいじり倒す。

 もともとmacを長く使ってきたので、感覚的に戸惑うところはさほどない。何を行うにもファイルではなくアプリで、というところだけが要注意だが。

 機内wi-fi(有料)という誘惑にも打ち勝ち、ある程度習熟した頃合いに飛行機は着陸態勢となる。

 台湾桃園空港着。

 トラブルなく入国審査も荷物の回収も両替も終わり。まずは地下のフードコートへ向かう。タピオカミルクティーの春水堂で一服。

 ここは激戦区なようで毎年少しずつ店が入れ替わっており、今年はヒゲ張のニックネームでお馴染みな魯肉飯屋さんを見つける。現在日本で唯一店舗がある金沢まで食べに行ったことがあるほどに好きなお店なので「ここで夕飯を済ませてしまおうか」という話にもなりかけたが、さすがに思いとどまった。

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 また、毎回ここのセブンイレブンでバス内で飲む用のお茶を購入しておくのだが、店内で売っているドーナツがミスドでちょっとびっくりする。日本でもやってほしいと思いつつ、夕飯が食べられなくなったら困るので購入は控える。

 1階に戻ってバス乗り場へと向かう。

 切符を購入して待っていると、韓国人と思しき女性から地図を片手に英語で話しかけられる。
 ハングルと英語の書かれた地図にはホテルの名前と場所が書かれており、どうやらそこへ行くバスを探しているようである。
 そのホテルはバスの路線から外れていたため、どうしたものかと悩みつつとりあえず「台北駅からタクシーに乗ったほうがいいのでは?」という結論に至る。
 至ったのだが、それを伝える前にその女性の連れの男性が解決策を見出したようで、礼を言いながら去っていった。

 まぁ、それはそれとして。
 我々の乗るべきバスも間もなく発車時間になっていたため、エアコンの効いた室内に別れを告げ、乗り場へと向かう。

 バス乗り場の係りのおっちゃんに切符を見せるとどこで降りるのかを聞かれたので「國聯大飯店、United Hotel」と答える。おっちゃんは二三度うなずいて並ぶ場所を示してくれたのだが、それに安心してバスに乗り込んだ時には「ニーハオ」しか言わなかった。

 思えばそれが間違いだった。

 我々が降りるべきバス停をスルーされてしまったのだ。やむなく終点の松山空港まで行ってタクシーにてホテルに向かったが、長年通っているからこそ油断せずちゃんと意思表明はせねばならないと痛感した。

 そんなわけでちょいと時間もお金も予定よりかかったが、無事宿にチェックイン。

 今回我々の根城となるのは801号室。ありがたいことに角部屋でちゃんと希望どおりのツインルーム。窓の外には台北101もしっかり見える。

 我々をシーザーパークからここに移る決意をさせた寝心地の大変良いベッドにてしばし仮眠をとり、気力体力を回復させる。
「さて、どこへ行こうか」
初日の夜の過ごし方はこの旅行全体に影響を与えるため、必ず確認を取るのだが、まぁ答えは決まったようなもので。

 最低限の荷物を持って饒河街夜市へ。ここの夜市の按摩店で足ツボをやってもらってから薬膳料理屋で夕飯というのがほぼ毎年おきまりのコースになっている。

 MRT板南線國父紀念館駅からふた駅乗って忠孝復興駅で文湖線に乗り換え、次の南京復興駅でまた乗り換え。松山新店線で終点松山駅に出れば、階段を上った先はもう饒河街夜市である。乗り換え2回はいささか手間だが、タクシーで行くしかなかった頃を思えば便利になったものだ。

 うっかり出口を間違えて按摩屋さんと逆方向に出てしまったので、混雑する夜市の人波をかき分けかき分け延々歩く。荷物を最低限にしてきて本当に良かった。

 激戦区の夜市なので毎年微妙に店が入れ替わっている。その中で年々勢力を広げ、今や出店4つ分くらいのスペースを有するようになった胡椒餅屋はさすがというしかない。それでも捌ききれない長蛇の列に、毎年スルーを余儀なくされているのだが。

 そしてこれも毎年のことだが、混雑している夜市ではひとの流れガン無視スマホぶんまわし勢に道を遮られることがしばしば。大抵日本人か大陸居民なので英語で注意すると割とすんなり道は開く。

 コツは「Please clear my way!」と、流れるようにハッキリと、そしてにこやかな笑顔で言う事。

 そうして5分歩いたか10分歩いたか。無事按摩店に到着。店内は繁盛していたが、運良く次の順番が取れた。我々よりも一足遅く到着したカップルは30分待ちと言われていたので本当にラッキー。

 空いた椅子に座り、先に足湯をしてもらう。程よい湯加減にほぐれていくと、既にもう眠気がやってくる。さすがにこれはどうかと思って、肘掛に据え付けられたテレビをつけてみる。3ケタに届こうかという多チャンネルなので一周全部チェックするだけでも結構手間取る。ファミリー向け、子供向け、ニュース番組といろいろある中で、台湾プロ野球の中継があったのでこれに決めた。
 ただまぁ、結局足湯の心地よさに負けて寝てしまったのではあるが。
 按摩師のおっちゃんに起こされ、挨拶もそこそこに施術を開始してもらうが、やっぱり寝てしまう。どれだけ眠かったのか自分。普通は足ツボマッサージを受けると痛い痛いを連呼してのたうちまわるイメージが一般的かもしれないが、ここの店ではそういうこともなく、毎回気持ちよさに寝てしまっている。

 そんなわけで「オワリマシタ」の声で目覚めるまでの記憶はほぼない。しかし、施術の効き目は靴を履くときにすぐわかる。足がすっと入っていくのだ。寝こけていた時の疲労感は何処へやら。心身ともにスッキリするとともに、食欲も湧いてきた。

 足取りも軽く薬膳の店『圍爐』へ。ここのメニューはシンプルに薬膳排骨(スペアリブ)、薬膳羊肉、魯肉飯のみ。このほかに飲み物もあるので、「せっかくだから」と調子に乗ってビールを注文。
 昔から「良薬口に苦し」と言われるように、身体にいいものは受けつけ難い味がするとイメージされがちだが、ここのは旨い。肉本来の旨味が滋養となって体内に元気を届けてくれる。さらにこの店オリジナルの辛味噌と合わせるとどれだけ食べても飽きが来ず、しかもビールにもぴったりの味となる。

2016072822580000


 酒にそれほど強くない私でもさすがにビール1杯をふたりで分け合ったので酔いがまわることもなく、完食して上機嫌で地下鉄の駅に向かった。

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帰国日ではあるが、夕方の便にしてあるのでまだ半日は悪あがきが出来る。その根城とするためレイトチェックアウトの手配も済んでいる。昨日のマッサージの功徳か、妻の体調もだいぶ良くなっていた。
 さぁて。何をどう悪あがいてやろうか。
 こういう場合「どうしても」という確実性が必要な行き先は向かない。「できれば」くらいのスタンスの方が気楽で楽しめる。
 実は引越しに紛れて妻のパソコンバッグがなくなってしまったのだが、使っているのが台湾メーカーASUSの、しかもちょっと古い型のノートパソコンなので日本で売っているパソコンバッグだと微妙に規格が合わない。無いと絶対困る、というものでもないのだが、持ち歩く以上ある方が望ましいのは言うまでもない。
 まぁ、台湾の秋葉原である光華商場へ行けばなんとかなるだろうとタカをくくっていたのだが、今回ここまで行く機会がなかった。
 そんなわけで「あればいいね」くらいの気持ちで出発。

 おなじみ国父紀念館駅から板南線に乗り、忠孝新生駅で降りれば出口の先にある大通りの向こうにピカピカのビルが見える。これがいわゆる「光華數位新天地」という電気街の中核的存在なのだが、敢えてまっすぐ向かわず裏通りから寄り道をしてみた。
 このあたりは昔のちょっと怪しい雰囲気を残していて実に我々好みなのである。それこそ露店でドローンを売っていたりしていて、ぶらつくだけで楽しい。階段を降りて地下のパーツ屋たちを覗き見するとちょっとした時間旅行の感覚だ。
 こういう昔のカオスな光華はすっかり鳴りを潜めているのかと思えば、新天地ビルにごちゃついた時代の写真を使ったパネルが掲示されていてニヤッとする。

 目当てのパソコンバッグは新天地ビルの中に無事売っていた。厳密にはバッグ屋のあんちゃんに片言で相談したら倉庫から引っ張り出してきてくれた。

 目の前に封を開けて試着ならぬ試用までさせてくれるところは台湾クオリティ。しっかりフィットして無事購入。
 私は私でノートパソコン用の外付け冷却ファンを買って帰ろうとしたのだが、思ったより高いことと嵩張ることで購入断念。お値段はともかく、物が物だけにスーツケースではなく手持ちのカバンで持ち運ばなければならないのであまり嵩張るのは困る。
 そもそも形や性能、値段にこだわらなければ日本でも購入可能なものなので無理してこちらで買わなくても、と結論。
 今回はカバンひとつを収穫として新天地ビルを後にする。

 さて。光華商場には表と裏があるのはアキバ同様なのだが、たまには闇の部分にも顔を出してみようとちょっとしたイタズラゴコロが湧いた。

 どこが裏かと言えば、何しろもう看板からしておそらくアウトである。どう見ても如月群真先生の単行本から引っ張ってきている。偏見だがおそらく許諾とかは受けていないのでは無いだろうか。受けているのだとしたら誠に申し訳ないが。

 2階へと上がると。おそらくこれも無断翻訳の同人誌が無翻訳の同人誌と一緒にずらっと並んでいる。商業誌やゲームなども無数にある。
 虎とかメロンとかの成人向けコーナーを台湾アレンジしたような作りと言えばイメージしやすいだろうか。
 勿論これを買うつもりは毛頭なかったが、「無いはず無いんだよ」と思ってきた部分がガッツリ生き残っているのを確認できたのは良かったのか悪かったのか。中には「え?こんな昔のが?」的なものも置いているので、見るだけならオススメかも知れない。しかし万一税関で摘発されてしまうと非常に悲しくかつ恥ずかしいことになる上、製作者の皆さんに顔向けできない身の上になるので購入はオススメしない。

 当然我々も購入はしていない。ただただ、エロの持つパワーに感嘆していたのみである。

 その後は、そんなに長居をしなかったので体力も残っているし荷物も少ないし。というわけで、諦め悪く花博公園へ。この日も花博農民市集の開催日なのである。流しのタクシーを捕まえて乗り込めば、ものの15分で到着する。
 昨日目をつけた珈琲販売のブースへ。去年買ってお気に入りだったのと同じ南投県國姓郷産なので文句なく購入といきたいところだったが、見るとドリップパックはあるものの、豆での販売がない。今回の旅では何度となく出番があった私のたどたどしい英語で尋ねてみると、やはり豆は試飲用のものしか持ってきていないとのこと。試飲させてもらうと、やはり美味い。私の好む澄んだ香りが鼻から全身を駆け巡る。ダメで元々と「その試飲用のものは買えませんか?」と尋ねるも、答えはノー。まぁ、当然だろう。
 すまなそうに「国内なら通信販売出来るんですが」と提案してもらったが「いえ、残念ながら我々は日本に住んでいますので」と返すしかなかった。すると「そんなに気に入っていただけて大変嬉しいです。せめてもう1杯飲んでいってください」とおっしゃっていただけたので、お言葉に甘える。
 飲みながら「烏龍茶と同じくらい、台湾の珈琲が好きなんです」と言うと「ありがとうございます。わが国は茶の産地として有名ですが、我々珈琲農家の努力でこの豆たちの知名度を少しでも高めてやりたいと思います」との言葉が返ってきた。「その日を待っています」と伝えて、ドリップパックを1箱購入。
 思いの外時間を食ってしまったので、このあとは杉林渓烏龍茶を買い足してホテルにとって返す。
 
 前回も困惑したのだが、リムジンバスは桃園空港からの便こそホテル前に止まるものの、どうやら桃園空港への便はこの近辺には止まらない模様。
 昨年同様タクシーで松山空港に移動し、ここで桃園空港行きのバスに乗り換えた。
 バスは快調に飛ばしていたようだが、何しろ高速に乗る前に熟睡モードだったのでよく分からない。
 まずは中華航空のカウンターでチェックインを済ませ、出国審査を終える。
 普通の段取りならばまず昼食というところであろうが、名人芸ですらあるマッサージを受けて、リフレッシュを図ることにする。何しろ私は空港からの運転という重大業務任務がある。疲労からの居眠り運転などシャレにもならない。
 所謂「盲人按摩」に身を委ねること1時間。実はこれがあるから早めに空港に来ていると言っても過言ではないくらいに楽しみにしている。
 心身ともにスッキリし、いよいよ遅い昼食の算段。着々と改装が進んでおり、店も新しくなっている。知らぬ間に台湾料理の名店青葉がフードコートに出店していたので迷わず突撃。
 未練たらしいと思いつつも、最後の最後まで台湾の味を楽しめるのはありがたかった。
 あとは免税店で頼まれものを購入したりと細々雑件を片付けていたら、もう搭乗開始5分前に。急ぎ足でゲートに向かうが、たどり着いてみればさも当然のように遅延しておりどっと力が抜ける。

 結構な時間足止めされたものの、関空着がそれほど遅れなかったのは電車で言うところの「回復運転に努めた」結果なのかそれとも最初から織り込み済みなのか。
 なんにせよ、こういうことがあっても車なのでそれほど気にならない。鉄道ルートだったら最終の特急はるかに間に合うかどうか気が気ではなくてかなりイライラさせられたと思う。
「次も車だな」
その代わりと言ってはなんだが、この夏もひたすら鉄道に乗り続ける旅をしよう、延々乗り続けてどこまでも行くような馬鹿げた真似をしてやろう。
 眼下に広がる雲海をぼんやり眺めながら、そんなことをつらつらと思ったりした。

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さぁ、土曜日。
 この日は楽しみにしていた花博農民市集の開催日。何をおいてもまずは行かねばなるまい。ただ、開始時刻が10時からなのでそれまでは自由時間である。
 と、いうわけで。朝食もそこそこにホテルから徒歩10分の市政府駅バスターミナルへと向かう。
 今回はこの後のスケジュールを考えて、私の単独行動。と言っても大したことをするわけではない。ちょっとした買い物である。ただ、いささか遠いので高速バスで行く。
 バスターミナルには既に目指す基隆行きのバスが止まっていた。売店で飲み物でも買っておこうという目論見はあっけなく崩れ、バスに飛び乗る。

 道中は実に快適。基隆河に沿って敷設された中山高速公路からの眺望は、鉄オタの私にバスを選択させるくらいには良好。涼しい車内に快適な座席と居眠りには絶好のチャンスなのだが、いつも気づけば基隆の市街地に到着していたりする。
 バスから降り立てば、目の前は基隆港。のんびりと船を眺めながら散歩でもしたいのはやまやまながら、そこまでの時間的余裕はない。
 とっとと目的地へ向けて歩き出す。何回も来ているのでいつもであればぼちぼちと足が道順を覚えていそうなものなのだが、なぜか毎回間違えてしまう。間違えつつも必ず地図の前に出るので、ちゃんとたどり着けたりもする。もしかして間違えて地図の前に出るルートで足が覚えてしまったのかも知れない。
 そんなこんなでやってきたのは基隆市を代表するパイナップルケーキの名店、李鵠餅店。台湾にパイナップルケーキを売っているところは無数にあれど、この店にしか出せないオンリーワンの味わい
を求めて私は毎回足を運ぶ。
 カタコトの英語や北京語に日本語混じりでパインとイチゴを30ずつを買い求める。店の名前が入ったピンク色の派手な大袋に入れてもらって、いざバス乗り場にとって返す。
 ダッシュで台北へ戻るつもり、だった。途中でスーパーを見つけるまでは。見つけてしまったら後はもう吸い込まれるように店内へ。どうしても買わないといけないものがあるわけではないのはずなのにスーパーを見るとつい入ってしまうのは何の病気なのか。
 とりあえず飲み物を確保しつつ、売っているものを見ているだけで楽しくなってしまう。果物も肉も魚も野菜も買って帰れないのに、「ああ、こんなん売ってるんだ。どう料理したらいいかな」などと考えてしまう。
 結局飲み物と台湾紅茶のティーバッグだけ買って撤収。ちょっとした買い物に思いの外時間を食ってしまった。大汗をかいてバス乗り場へ駆け込むと、目の前には台北方面へ行くバスが2台止まっていた。台北と言っても広いので終点や経由地が違うのだろうが、確認している時間はない。どちらであろうが台北市内に戻れれば、後はなんとかなる。
 残念ながら私が選んだ方は私が泊まっているユナイテッドホテルの近くを通らなかったのでそのまま終点の台北駅まで向かう。
 あとはMRTで一本。予定より少しばかり遅くなってしまったので、ホテルに戻るや荷物を置いて
とっとと再出撃。当初の予定ではMRT乗り継ぎだったが、時間を節約すべくホテルまえからタクシーで花博公園に乗り付ける。
 台北駅付近の混雑を避けてスイスイ進むので、MRTであれば30分以上かかるはずが10分も短縮された。
 エアコンの効いた車内から降り立っても温度差にクラッと来ないのは豊かな緑地ならではである。意気揚々と会場に向かえば、既に売買が開始されており、思った以上に賑わっている。まずはいつもどおりぐるっと一周して売り場チェック。
 移転前と同じくちょっとした食べ物を調理して売っているところもある。果物を扱っているところはジュースの販売もしていた。意外なところでは冷凍した海産物が漁協ブースで販売されていて、そこそこ人気があった。当然ながら烏龍茶も阿里山、凍頂、杉林渓と名産地のものがずらり。そして何より、店の数は少ないながらも珈琲も売っている。残念ながら買っても持って帰れないのだが、花売り場には思わず顔がほころんだ。規模はそれほどでもないが、来て良かったと思えるほどには充実している。

 そんな感じで下見も終わり目星もついたところで妻がダウンしてしまった。やはり昨日の台南行きが響いてしまったのだろうか。ここまで来て引き下がる無念さはよく分かる。いささか駄々もこねられたがここは心を鬼にして撤収決定。公園のベンチで少し休憩を取ってからタクシーで再びホテルへ取って返す。

 部屋のベッドで無念の表情をしている妻をなだめつつ、さてどうしたものか。
 さすがに身動きの取れない妻を置き去りにしてどこかへ出かける気にもならない。パソコンで旅行記の下書きでもしようかと思ったところ、当の妻からリクエストが。本来花博農民市集で購入する予定だった友人へのお土産を買ってきてほしいとのこと。具体的には、ドライマンゴーを10袋。
 ドライマンゴー自体は別にそんじょそこらのスーパーで普通に売っているのだが。しかし、それじゃあ面白くない。
 というわけで、私は迪化街を目指した。迪化街は布問屋、漢方薬店、乾物屋などが入り混じっていてある種カオスなエリア。ドライフルーツを買うならメインはここで、と決めている。これまでは雙連駅から20分近く炎天下の中をとぼとぼ歩いたり、西門駅から1時間に3~4本のバスでのアクセスを試みたりと様々やってきたのだが、今回はMRT松山新店線開通に伴い新規開業した北門駅から徒歩ルートを試してみることにした。こういう時は一人だと身軽にチャレンジできる。

 ホテル最寄の国父紀念館駅から板南線で西門駅へ。そこから乗り換えて一駅乗れば北門駅に到着。
 この駅のは台北地下街につながっているので、その27番出口から地上に出る。目の前の塔城街通りを北上して10分も経たないうちにもう迪化街の看板が現れた。以前散々苦労して歩いたのがバカバカしくなるくらい簡単に着いてしまった。
 何度来ても店の場所が覚えられないのだが、パッケージのデザインはしっかり覚えているので問題はなかった。
 まずは妻のオーダーに応えて六安堂参薬行に出向き、ドライマンゴーを10袋。こちらは台湾産マンゴーを使用しているので1袋200元となかなかのお値段。
 私は黄永生中薬房というお店のパインが大好物。何しろパインが干したものとは思えないほどにしっとり柔らかくしっかり甘く、その上たくさん入って80元というリーズナブルな価格。今回は5袋買って帰ったのだが、なぜ10袋にしなかったのかと後悔する羽目になった。もっとも、10袋買っても「なぜもっと買わなかったのか」と思うことは疑いなく、キリがないのではあるが。

 目的を果たしたことであるし、余分な買い物を避けるためにもホテルへ戻ることにした。ただ、ここから少し馬鹿げた行動をとることにした。

 我が家は夫婦揃って艦これで提督業に日々勤しんでいるのだが、我々はフフ怖さんこと軽巡天龍が大のお気に入りで。

 たまたま台北市内に「天龍サウナ」なるものが存在することを知ったためコラ素材としても使えそうなので外観画像だけでも撮影しておきたいね、などと言っていたのだが、ちょうど迪化街から台北駅に戻るルート上にある。じゃあいっちょ行ってみますか、と気まぐれを起こした。
 ただし、中に入る時間的余裕はないので外観撮影のみに留めおく。台湾ではサウナは「三温暖」と表記するところ、一部看板はまんま「サウナ」と書いてあって思わず笑ってしまう。

 台北地下街に戻れば。オタロードとまでは言わないまでもプラモ、フィギュア、DVD等々オタ向け商品を扱っている店が点在しているし、中にはバンダイから許可を受けて一番くじグッズを扱っている店もある。数は少ないながらメイド喫茶や執事喫茶、メイドリフレが集まっている区画もあったりする。
 最初は休憩がてらにメイド喫茶で珈琲でも飲もうかと思ったのだが、結構歩いてきたためどうしようもなく汗ダルマになっていたため自粛。

 あとはMRTに乗ってホテルに戻るだけ、なのだが。せっかくここまで来たのだからと、台北駅構内にある鉄道グッズショップ『台鉄夢工場』に足を向けてみた。
 ここでは街中の書店でなかなか見かけない「鐡道情報」という台湾の鉄道情報雑誌(隔月刊)が購入できるのがありがたい。今回買った223号は鉄道職人群像特集や東京駅開業100周年記念特集があって特に読み応えがあった。
 また諸事情あって猫グッズも充実しており、『小心!猫出没』と書かれた秀逸なデザインのTシャツを購入。
 気づけばドライフルーツと合わせてかなりな量の荷物になってしまったのでMRTを諦めてタクシーでホテルに戻った。

 大荷物を抱えて部屋に戻ると、妻は起きていた。少しばかり動けるようになったというので、この機を生かしてマッサージを受けに行くことにした。
 行きつけのところはいくつかあるが、今回は場所や時間を検討した結果6星集養身會館というお店へ。
 このお店は市内に支店が数店舗あるのだが、一番近くならホテルからタクシーで10分ほど。夕方なのでぼちぼち市内は渋滞していたが、運ちゃんの道選びがうまく、つかまらずに到着した。

 店内は混み合っていたものの、少し待っただけで施術が受けられるとのことで助かった。靴を下駄箱に預け、お茶をいただきながら待つことしばし。施術師さんが呼びに来てくれたのでついていく。
 最初は足湯タイムでじっくりと足をほぐすのはどこも同じだが、ここは薬湯を使っているようでかすかに独特の香りがする。イヤな臭いという訳ではなく、むしろこれを嗅ぐと「6星に来たな」と実感が湧いてよりリラックスできる。
 足湯が終われば2階に上がって専用のフカフカ椅子で足ツボタイム。痛みにのたうつこともなく、開始してすぐ寝落ちしてしまうので施術についてはあまり覚えていない。ただ、目覚めると身体全体がスッキリしていたのが非常に印象的だった。施術者の方は私が目覚めると、どこか不足はなかったか、おかしなところはなかったか、とたどたどしい日本語と英語で訪ねてきたので「好了、好了」とこちらもたどたどしく返した。
 すると「ありがとございました。またおこしください」と深々頭を下げられて、大いに恐縮した。

 さて、身体が楽になると俄然食欲が湧いてくる。妻も同様だったので話はスムーズだったが、22時閉店の店がラストオーダーになるくらいの時間帯だったのでいささか選択が難しい。
 結局、少し歩いて松山新店線に乗り、初日同様饒河街夜市へ。

 もう何度来たかわからないこの場所において、以前から興味を持ちながらも入れなかった店がある。
 夜市の東側入り口すぐにある海産物の店。いまだに名前はよくわからないのだが、いつ訪れても賑わっていて当たりっぽいのだが、陳列ケースから食材をチョイスするシステムが高い壁となっていた。
 しかし。今回は蛮勇をふるってアタックをかけてみることにした。メニューを見てもどれがどれを指しているのかいまいちピンとこなかったりするので、店のおばちゃんにどれがどれなのかを教えてもらいながら注文することに。
 結果。大好きなサバヒーをここでも注文し、そこに青菜炒め、牡蠣のスープと台湾金牌ビールの限定品をチョイス。夕飯としてはいささかボリューム不足では?と思われ方かもおられるだろうが、そこはそれ。スープがラーメンどんぶりサイズでやって来たりするのでこれで十分に腹は満ちる。
 サバヒーは塩焼きにしてもらったのだが、これがもう、ビールと合う。脂と塩とが溶け合って口の中でアルコールとマッチングしてはぐるぐると回る。多分米とも合うのだが、今日はビールだ。
 限定ビールはドライ系でさっぱりとした口当たり。下戸の私でもスイスイと飲める。しかしそこは下戸なので、牡蠣のスープで酔いを覚ましつつ楽しむ。
 幸せの味をかみしめていたら卓上の皿は見る見る空になっていく。饒河街夜市に通い始めてもう何年にもなるが、こんな素晴らしい味を見落としていたとは。
 たまには蛮勇もふるってみるものだとしみじみ思う。

 マッサージと食事で体調も回復したため、帰途誠品書店に立ち寄り、懸案の一つだった辞書を購入。ただし、やはり中日辞典に良いものがなかったので中英辞典になったが。 

 ひとつひとつ、やり残しを片付けて行けば行くほど、明日が帰国日であることを意識せざるを得ない。
「帰りたくないねぇ」
コース料理の途中で食事が終わってしまうような、試合の途中で球場から立ち去るような、そんな感慨を今年も抱きながら眠りについた。

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朝の良い目覚めは旅先においては何よりも貴重なものであると思う。どれほど入念かつ綿密に組まれた計画も、体調が悪ければ画餅と化してしまう。
 この日も夫婦揃ってそれなりに元気で、寝心地の良いベッドから起き上がるのにもそれほど苦労しなかった。
 やはり温泉の功徳なのだろうか。

 さて。今日はどうするか。双方体調は100%とは言わないものの、十分に動けるコンディションである。日程的にも中間点で、それなりに無理がきく。初台湾の時からずっと行きたいと思っていたある場所にチャレンジするのに条件は揃っている。
 この日、山ほどある選択肢の中から私が選んだのは飛虎将軍廟。台南市にあるこのお廟は、高雄市にある保安宮同様、日本人を祀ったお廟である。
 昨年の旅で訪れた保安宮についてこのブログにて「日本でも他国でも神として祀られている存在はここの他にないのではないか」と書いてしまったが、この飛虎将軍廟が見事に当てはまる。うっかりにもほどがある。

 朝食もそこそこに身支度を整え、関空で調達したお供え物を持って台北駅へ。
 
 いつもどおり新幹線の切符を券売機で確保。いつもは普通席なのだが、今回は体調を慮って商務車ことグリーン車の席を押さえる。
 行きがけに売店で飲み物だけでも、と思ったが、行ってみるとかなり混雑していたので断念して車内販売に頼ることにした。
 台湾高鉄645列車は11時36分、定時に出発する。
 商務車は広々とした座席によって移動による体力へのダメージが少なくなるのもありがたいのだが、飲み物とお菓子のサービスがあるのも嬉しいところで。
 車内販売で買い損ねたペットボトルも無事買えて一安心。

 13時19分、定刻どおり台南駅に到着する。

 今まではここからバスに乗り換えだったが、今回は高鉄と台鉄の連絡線として開通した沙崙線に乗る。高鉄の改札を抜けて、すぐ横にある台鉄の改札へ。台北で散々使った悠遊カードがここでも使えるので、乗り換えは実にスムーズ。
 高鉄台南駅は台鉄では沙崙駅となる。



 改札のむこう、島式ホームで待っていたのはどこか懐かしさを感じさせる青い車両。高鉄からは結構な人数が降りていたと思ったが、4両編成の列車に乗ってみると空席が目立つ。




 車内は涼しいものの、車窓から照りつける陽射しはあくまで強い。2駅先の中洲駅からは本線である縦貫線に合流。仁徳、保安と走って終点台南駅に到着する。

 台南駅前は、初めて来た時からあまり変わっておらず、タクシー乗場もすぐにわかった。

 飛虎将軍廟の名前だけではたどり着けない可能性も考慮してメモには住所も書いておいたのだが、杞憂だったようで、かなりお年を召した運ちゃんは一目見るなりうなずいて車を出した。

 まずは台南駅を背にして西へ向かい、そのまま台湾省道(日本における一般国道)17甲線へ入る。道なりに進んでいるうちに西から北西へ、北西から北へと進路が変わっていく。郊外に出るとホームセンターやディスカウントストア、中古車センターが増えてくるのは日本と同じだが、堂々カタカナで『パチンコ』と書かれた看板を見た時にはさすがに我が目を疑った。
 鹽水渓というそこそこ広い川を渡り、八田ダムこと烏山頭水庫から流れてくる水路をもう一つ越えれば残りはあとわずか。
 右折して同安路という道路に出て直進すれば、左手に紅い瓦屋根のお廟が見える。これこそ飛虎将軍廟に間違いない。
 料金は厳密には覚えていないが、確か100~200元の間くらいだったと記憶している。  
 さて、お参りをしようかと外に出たところ、運ちゃんが何やら話しかけてくる。身振り手振りと合わせてどうにか意図するところを読み取ると、「ここで待っている」ということらしい。
 帰りはバスになると思い、お廟の最寄りバス停まできっちりチェックしてきたのだが(ちなみに同安路口という)、これは思いもよらぬ幸運。何しろここは北回帰線よりも南にある。気温は高く陽射しは強く、バスを待っている間に身体に変調をきたさないとも限らない。
「謝謝、太謝謝」
と感謝の言葉を繰り返しつつ、お廟へ。
 正式名は鎮安堂・飛虎将軍。この飛虎将軍とは日本名杉浦茂峰。旧帝国海軍兵曹長(死後少尉)。彼は1944年10月12日、米軍が台湾に仕掛けた大空襲を迎撃すべくゼロ戦で立ち向かった。しかし、当時旧式化していたゼロ戦では質量ともに優勢な米軍に苦戦を免れず、ついには被弾。そのまま脱出すれば助かったかもしれないところ、集落への墜落を避けるため機体を畑に向けて住民の命を救った。
 戦後、この杉浦飛行士を祀るために建てられたのがこの飛虎将軍廟。飛虎とは戦闘機のこと、そして将軍とは杉浦飛行士を意味する。
 このお廟、看板の下に日本語で「歓迎 日本国の皆々様 ようこそ参詣にいらっしゃいました」と書いてある。もうこれだけで感動してしまうのだが、これを読んで感動している我々にお廟の中にいた日本語を話せる方が気付き、つきっきりでお参りの作法を教えてくださることに。
 今更ながら本当に台湾の方々は優しく温かい。



 圧巻だったのは、タバコ好きだった飛虎将軍に捧げるために、タバコにバーナーで火をつける儀式。この発想はなかった。ちなみにタバコを嗜む人は自ら吸って火をつけるとのこと。
 3体あるご神像にバーナーで火がついたタバコを7本、お供えして思わず合掌。
 我々が一通りのお参りを終えた頃、なんと車内で待っていたはずのタクシーの運ちゃんがお参りを始めた。なんと言っていいのか、なにを言うべきなのか。咄嗟に「ありがとうございます」と言っても伝わったかどうかわからないけれど、言わずにはいられなかった。
 
 廟の中はご神像以外自由に撮影していいとのことなので、奉納された飛虎将軍の写真や制帽、飛行メガネ、勲章、徽章等々をどんどん撮っていく。













 その中に小さなお神輿があった。



 これは日本から奉納されたもの。台湾では神様はお神輿がないとお祭りに参加できないそうで、「これでようやく飛虎将軍は他の神様達と同じになりました」という言葉が深く響いた。
 最後に、日本から持ってきた『日本の翼』というお酒を奉納し、参詣の記念として飛虎将軍Tシャツを購入。しかし、タバコ好きと知っていればそのお名前にちなんで『峰』を買ってくるべきであったと反省。次回は是非そうしたい。
 案内役の方に見送られて外に出ると、タクシーがスタンバッていた。
「ありがとうございます」
と、本来であればタクシーを台鉄台南駅へ向けてもらって台北に戻るところであるが。こうして待っていてもらったおかげで気力体力時間の全てに余裕ができた。
 そこで「林百貨(リンパイフォー)」とメモを見せながらお願いをする。
「オーケー、リンパイフォー」
ちゃんと通じて一安心。
 林百貨とは何か。戦前、台南の地に唯一営業していた百貨店(当時は『林百貨店』)で、戦後閉店の後は製塩工場や警官の派出所等に使われてきたものの1980年代には主なき空虚となっていた。それが、なんと昨年見事新装開店したとのこと。
 台鉄台南駅から徒歩15分くらいのわりと繁華街な場所にあるのだが、再開発の対象にもならずにずっと残されてきたのは、台湾人の心の在り方の現れなのだろう。
 建物を生かしつつの改装ということで、外観だけでも一見の価値があるところ、中にはレアな工芸品やグッズなども各種販売していると聞けば、これはもう食指が動くどころの話ではない。
 来た時同様渋滞しらずのスムーズな道行きで15~20分ほど。格式溢れる建物にタクシーで乗り付けるとまるでタイムスリップしたかのよう。これで私の服装がシルクハットに燕尾服で右手にステッキでも持っていたら最高だったのだろうが、この烈夏の台南でそんな格好をしたら塩茹でになってしまう。
 お廟で待っていていただいた分、感謝の気持ちをチップに込めて降車。

 入り口横には戦前の林百貨店及び台南市の様子がパネルで展示されており、単なるノスタルジーやアミューズメントではない本気の姿勢に嬉しくなる。
 中に入ると1階は土産物コーナーで、南部の物産を中心に台湾各地から取り揃えた名品が所狭しと並んでいる。当然のように結構お高い。ちょっと手が出ないなぁ、とため息交じりながらも見ているだけでも楽しくなるのでゆっくり目に一周まわってみた。
 すると、中になぜか見覚えのある『宇治 三星園』の文字。何かと思えば1階の喫茶コーナーは三星園こと上林三入本店直営店だった。…宇治以外には進出していないはずの上林をまさか台南の地で見ることになろうとは。
 このままずっと1階だけで閉店まで楽しめそうな勢いだったが、さすがにもったいないので上を目指す。
 名物の一つにもなっている、当時のものを再現した(中身は当然最新式)エレベーターに乗ろうとしたところ、大きさが当時の寸法なので実に小さく5人しか乗れない。そのため扉の前には列ができてしまっている。
 やむなく階段で上がるが、これも同様に広くないのですれ違いが発生すると上りと下りが各々譲り合わないといけない。
 各階をじっくり見ながら上を目指すをいつになるやらわからないので、先に一番上まで上がってしまうことにした。えっちらおっちらと登って屋上にたどり着くと、開けた眺望に暑さを忘れる。
 小さなグッズショップの先には当時の神社(末広社)があり、一部が復元されているものの空襲で破壊された鳥居はそのままで、被弾の痕が痛々しい。



 お賽銭箱はないのだが、暗黙の了解としてお賽銭置き場になっているところへ小銭を置き、二礼二拍手一礼。
 さて、お買い物タイムになだれ込もうと思ったが、昼食がまだなことを思い出した。幸いここは百貨店なので外に出なくても食べるところには困らない。むしろ選択肢を絞るのに困るくらいである。
 何しろ次いつ来られるかわからないのだから、この1食は貴重なものになる。5階には『大手焼き』というおでんメインの居酒屋と『cocorico』という洋食レストランがあり、さて、どちらにしたものか。
 暑さにだいぶ痛めつけられていたので、決める前にまずコーヒーでも飲んで一息入れようということになり4階の喫茶『HAYASHI CAFE』へ向かう。
 最初はコーヒーだけのつもりだったが、メニューを見てみると、セットで頼めば3種の甘味、すなわちコーヒーゼリーと柿の上生菓子にプリンが付いてくる模様。
 いかな大食漢の私でもこれを平らげたあとに昼食は入らないし、逆もまた然り。
 しかしどうだ。
 三品はいずれ劣らぬ猛者の風格。どれか一品だけに絞るのも惜しい。妻に諮ったところ「これを昼食代わりにして、夕飯を早めに食べれば?」という回答が。
 というわけで。魅惑の三品にアタック敢行。甘みが濃厚だった場合に備えてコーヒーはLサイズにしておく。
 前置きはこのくらいにして肝心の味はといえば、これが見事。ゼリーは爽やかにほろ苦く、上生菓子は品良く甘く、プリンはノスタルジックに旨い。これが昼食代わりであることに一片の悔いも曇りもなくなった。



 腹一杯、というわけではないのだが満足度はかなりそれに近い。
 満ち足りた気持ちになってしまうとガツガツ買い物をしようという考えも薄れてしまい、どうしてもこれだけは、というものに絞って購入。その中の一つが林百貨店開業当時をイメージしたイラスト入りのタンブラー。
 これはもう見事と言うほかなく、すっかり一目惚れしてしまった。



 食べるものを食べ、買うものを買い。切り上げるにはいい頃合いだ。建物を出て、全景を1枚撮影。この建物に再び会うためだけにもう一度台南を訪れてもいいというくらいには惚れ込んでしまった。



 駅まで戻るのに簡単なのはタクシーだしバスも手軽だが、我々も台南には何度か来ていてわずかながら土地勘がある。ここから駅までそう遠くない上に、ほぼ一本道で迷いようもなく、さらには天候も歩くことが苦痛になる程ではなかったため、移動手段に徒歩を選択した。

 台南には何度か来ていて若干ながら土地勘がある。ここから駅までそう遠くない上に、ほぼ一本道で迷いようもなく、さらには天候も歩くことが苦痛になる程ではなかったため、移動手段に徒歩を選択した。
 久々に歩く台南の街並みには不思議な懐かしさを感じる。視野に入る光景は確かな異国でありつつも妙に落ち着くこの感覚は我が事ながら良く分からない。自分が馴染んだどこかの街に似ているからということでもない。
 訪れるたびにいい思い出を刻んで帰るからかも知れない。

 台鉄台南駅の白亜の駅舎が見えると嬉しくなると同時に、ここを発たねばならない寂しさをも感じる。



 しかし、始発の沙崙行がホームに姿を見せている。案内板を見れば発車まで5分もない。大慌てで改札を抜けてホーム階段を駆け下りると、先程まで心身を満たしていた感慨もどこかへ吹っ飛んでしまう。
 何しろこれを逃せば次は30分後。
 大汗かいた甲斐あって無事間に合ってめでたしめでたしなのだが、ぼちぼちもう少し落ち着いた旅のスタイルに移行していきたいと思わなくもない。
 しかし、沙崙駅に到着後も新幹線の切符を手配するため急ぎ足にならざるを得ない。人を押しのけて走るような真似こそしないが、「慌ただしい日本人だなぁ」くらいは思われたかも知れない。
 乗換改札最寄の自動券売機に誰もいなかったことも幸いして直近の切符を入手。セブンイレブンで飲み物を買う余裕まであった。
 ちなみに帰りも商務車で、ドリンクとお菓子のサービスを受けた後はすっかり寝落ちして体力の温存もしくは回復に努める。鉄オタの体内時計というものは不思議によく出来ていて、あと10分で終点台北駅というあたりでしっかり目が覚めた。
 台北に戻ってきたら時間は既に夜7時半を過ぎていた。昼食をちゃんと食べていないということもあって食欲は割と旺盛。駅の近辺にもホテルの近くにも美味しいお店は数々あり、豊富に存在するはずの選択肢の中から敢えて駅2階のフードコートをチョイスする。
 毎年一度はここで食べるのが最早我が家の風習と化しているので、南部に遠征した帰りはあれこれと検討しつつも最終的な結論はいつも同じになってしまう。
 込み合ってこそいたが、なんとか2人分の席を確保し交代で食べたいお店に並ぶ。私は昨夜が肉だったので今日は魚の気分。サバヒーという魚は私の好物なのだが、ちょうどそれをメインにした定食があったので即決定。ちなみに別名ミルクフィッシュともいうのだが、漢字で書くと『虱目魚』で、知らずに見たらギョッとする字面をしている。白身であっさりしつつも旨味が濃く、食べても食べても飽きのこない素晴らしい魚なのに。
 付け合わせの野菜ともどもしっかりいただいて大満足の夕ご飯となった。

 心身共に余裕がいささかあったので、寄り道などしつつノンビリとホテルに戻った。

拍手[1回]

明けて2日目。時差は1時間しかないので特に支障はない。カーテンを開けて窓の外を見ると、空は良く晴れている。あまり暑くなると困るが、まずは観光日和と言っていいだろう。
 朝食つきなので、券を持ってバイキングへ。
 昨年同様バラエティ豊かというか無国籍にもほどがあるというか。定番のパン、白飯、シリアルに生野菜各種はもちろんのこと。ご当地メニューな中華惣菜、和食からは味噌汁に沢庵に茶そば、あんころ餅があると思えば洋食からハムソーセージにワッフルやパンプディング。デザートとして各種フルーツも揃っており、果ては蒸したサツマイモも置いてある。
 気の向くままにチョイスし、締めのコーヒーまでしっかりと美味しくいただく。 

 満腹になったところで、相談タイムとなる。さて本日はどこへ行ったものか。今回もやはり行きたいところが沢山ある。全ては回りきれない。こういう時は優先順位の高いものから片付けていく方が良かろうということで、まずは買い物を済ませて後顧の憂いを断とうという結論になった。
 台湾を訪れる動機は数々あるが、中でも台湾でしか買えないものの買い出しというのは特に強い。
今回はまず花博公園に新しく出来た神農市場を目指す。
 国父紀念館駅から板南線で台北駅へ。ここからは淡水線に乗り換えて圓山駅で下車。目の前にあるのが花博公園である。
 ここは2010年に行われた台北国際花の博覧会の跡地を利用して作られた公園で、台北という大都市の中にあると思えないほど広大である。
 目指す神農市場は駅近なので困らなかったが、道二つ向こうにある天使生活館に行こうと思ったら2キロ以上歩かなければいけないようだ。広大にもほどがある。
 さて、その神農市場であるが、ここは台湾各地の産物、特に農業関係のものを中心に集めたマーケットである。



 国を代表する特産品のお茶は勿論のこと、はちみつ、ジャム、ドライフルーツに調味料、麺類各種
等々取り扱いは豊富である。ここなら最近すっかりハマってしまった台湾産珈琲もあるだろうと期待をして訪れたのであるが、お茶の一割にも満たない棚面積ながら確かに存在していた。
 台湾産珈琲はお茶に比べれば生産規模は実に小さいもので、価格はそれなりにお高い。しかし飲めば納得するだけの実力があると私は思っている。阿里山や凍頂、杉林渓といった高級烏龍茶と同じく、高原の澄んだ空気を思わせる透きとおるような香りに私はすっかり魅了されてしまっている。
 烏龍茶は入手するアテが多々あるのでここでは買わず、珈琲のみを戦果としてお店を後にする。

 MRTで台北駅へと戻り、板南線に乗り換えて西門駅に出る。珈琲を求める行脚パート2は駅前にある蜂大珈琲店。ここでは台湾産豆で淹れた珈琲がいただけるということで前から気になっていたお店である。
 妻はブレンド、私は台湾珈琲を注文。ブレンドも香り豊かであったが、やはり台湾珈琲は格別だった。昼時だったのでなにか腹にたまるものを一緒に頼んでもよかったのだが、ここは敢えて珈琲だけをじっくりと楽しんだ。
 と、珈琲を堪能した後は烏龍茶の番。
 日差しが強ければタクシーでの移動をと思っていたが、幸いにして程よい曇天。目指す場所までそう遠い距離でもないので歩くことにした。蜂大珈琲店から西門駅へと戻り、大通りの中華路を北上。横丁の漢口街へ入って5分も歩けば台北老店(老舗)として知られる峰圃茶荘に到着する。
 毎年のようにお世話になっており、台湾に来れば顔を出さずにはいられないのは良い茶が手に入るからというのもあるが、やはり店主のお人柄だろうと思う。
 試飲試食として振舞われるお茶やお菓子をいただきながら会話するその言葉の端々ににじみ出る温かさはまるで親戚の家に来たかのよう。
 今年などは「円安だから大変でしょう?」と懐具合の心配までしていただいた。まぁ、確かに毎年同じぐらいの量を買って帰るのに今年は円換算すると過去最大額の出費になってしまったのだが。
 購入量が多いので(一番大きな紙袋2つ分)ホテルへ配達してもらうことになるのも毎度のことだが、おまけにマンゴーをいただくことも恒例になってしまっているのはいいのだろうか。毎回ホテルに戻ってからいただくのだが、味は濃厚で素人の私にも安物ではないなと一口でわかるくらいには美味しい。
 帰り際には「お昼はもう召し上がられましたか?」と聞かれ「いえ、まだなんです」と答えると「近くのいい店をお教えしましょう」と手ずから店への地図を書いて教えてくれた。
 點水樓というそのお店は小籠包が美味しいそうで、「鼎泰豊もいいお店ですが、こちらも負けません」とのこと。
 何は無くともまず小籠包。これを2籠。上海菜飯というピラフとチャーハンのいいところを集めたような中西折衷的料理があるのだが、これが好物なのでメニューに発見した時の喜びは大きかった。
あとは東坡肉に季節の野菜炒めを注文。
 小籠包は確かに鼎泰豊に負けず劣らず。並ばずに入れる分こちらが有利とも言える。大量の針生姜と一緒に酢や醤油をつけてどんどん口に放り込む。
 上海菜飯はベーコンと青梗菜を具にした中華風ピラフ。

 なんだかんだと昼食を食べずにおいて本当に良かった。心底そう思える味に出会えて、老板(オーナー)への感謝の念で満ちる。
 あとは台北駅前のNOVAというミニ電気街のようなビルに立ち寄って細かい買い物をしようと足を向けるも、改装工事中。近くに別のチェーン店もあるのだが、気力が削がれてしまったのでMRTでホテルに戻る。
 結構歩いて体力を消耗したので、軽くシャワーを浴びてお昼寝タイム。最初は仮眠のつもりが結構な熟睡になっており、眼が覚めるとすっかり日が暮れていた。
 さて、どうするか。買い物に関しては本日の結果がそれなりに満足できるものであったし、選択肢の自由度はそれなりに高い。
 実は前から行きたいところがあった。行義路温泉というのか紗帽谷温泉というのか、ガイドブックによって名前が違うのだが、MRT淡水線の石牌駅からバスかタクシーで行けるところに日本風の温泉があるとのこと。旅の疲れを温泉で癒して体力回復、という目論見なのだが。その中でも川湯温泉という店は雰囲気も良さそうで気になっていた。
 ただ、妻の方がいささか渋っていた。以前訪れた北投温泉は川が天然足湯状態になっているほどの豊かな湯量なのだが、その足湯で湯当たりを起こしたことがあるので、また同じことになるのでは、と警戒気味だった。
 とは言え、疲れをとって翌日の行動をスムーズにしたいという思いは同じだったので最終的にはオーケーが出た。
 最寄り駅まではホテルから30分もかからない。ラッシュの時間帯ではあったが、MRTは本数が多いので混雑はそれほどでもない。まぁ、日本の乗車率が異常でそれに慣れすぎているというのもあるとは思うが。
 さて、石牌駅からはどうするか。温泉街までは地図を一目見ただけでもわかるくらいに山道の連続なので「バスだと酔いかねないから」と主張したところこれが通り、タクシーを選択。
 運ちゃんに川湯温泉と書いたメモを見せればすぐに伝わり、レッツゴー。
 5分としないうちにうねうねとした山道に入るが、それに合わせたように沿道の家々は急に豪華なものになる。台北市内は地下が高くて一軒家が買えないというのが定説らしいのだが、このあたりにくるとそうでもないらしく、凝った造りの家々がずらりと並んでいる。中にはどう見ても『お屋敷』と呼びたくなるような日本風建築もあった。
 そんなこんなで退屈知らずの道中は楽しく過ぎて、温泉街に到着。運ちゃんは『川湯』と書かれた、この上無く分かりやすい看板の前につけてくれた。



 ゲートをくぐり階段を降りていくと、スピーカーから大音量で流れているのは演歌だった。よく似た台湾の曲の空耳的聞き間違えだとかではなく、思いっきり日本の演歌。私は詳しくないので誰のどんな曲かはわからなかったが、日本語なのはさすがにすぐ分かった。
 階段の脇には鯉の泳ぐ池もあり、公式サイトによると『純日本風味』なのだとか。まぁ、よくある「頑張ってるけど、違うよなぁ」ではない。ここはかなりの本格派だ。何しろ露天風呂で、入浴方法も海外でよくある水着着用方式ではなく、日本流の全裸である。







 チケット売り場で入浴券を購入し、受付の人にもぎってもらって中へ。半券は食堂で割引券として使えるのである。
 下駄箱に靴を預けるとすぐに脱衣場。ここにはちゃんとコインロッカーもあるし、鏡やドライヤーも備え付けてある。小さいが別室にマッサージルームもあり、超ベテランと思しき老人が笑顔で待機していた。
 マッサージはかなり魅力だったが同行者がいるので今回はパスするとして。さぁ風呂だ。温泉だ。
 手早く衣類や荷物をロッカーに放り込んでタオル1枚を手にして浴室へ。まずは洗い場にて汗をしっかり流す。ボディーソープもシャンプーも備え付けのがあるので、その辺の不便もない。
 さっぱりしたので、浴槽へつかる。大きい熱めの湯と小さいゆるめの湯に冷水ジャグジーの3種類があり、まずは広い方へ。
 熱めの湯が全身にしみる。そこかしこに溜まった疲労が湯の中に溶け出ていくようで、なんとも言えぬ心地だ。手足を広げて全身で湯を味わう。所謂『濃い』お湯質で、その上源泉かけ流しなのもいい。効く。実に効く。露天の解放感も効果を高めてくれるようだ。
 ただ、熱めなのであまり長く入っていられない。一旦あがって夜風で涼む。
 涼んでいて気がついたが、多くの人がペットボトルや水筒で飲み物を持ち込んでいる。早速真似しようとタオルで水気を拭って脱衣場に戻ったが、ロッカーを開ける前にハタと気づいた。小銭がないので、一旦開けてしまうともう閉められない。
 しおしおと浴室に戻り、足を洗ってぬる湯のほうへつかる。こちらは頃合いの湯温で長く入っていられる。ただ、狭い上に打たせ湯があるので人口密度がかなり濃い。
 ここは地元の方々の憩いの場でもあるので、ここは譲り合うのがいいだろう。ほどほどに楽しんで、再び夜風に当たって身体を冷ます。
 しかし、さすがは温泉と言うべきか。保温性に優れていてなかなか体温が下がらない。やむなく冷水ジャグジーに入って強制的に冷ます。
 程よく下がったところで再びゆる湯へ。たまたま誰も使っていなかったので打たせ湯にもチャレンジしてみたが、なるほど人気があるのも納得の極楽加減。
 ただし、血行が良くなればなるほどノボせやすくもなるので長く入っていられないという諸刃の剣。
 最後にあつ湯に入り直して、シメとした。

 外に出た時、まだ妻の姿はなく。出てすぐのところにあるベンチで夜風で涼をとりながら待つことにした。
 照明が強いので星空を楽しめないのだけが残念だが、それすらもさして気にはならない。MP3プレイヤーを取り出して好きな音楽たちとともに5分待ったか10分待ったか。
 女湯から上がってきた妻の姿を見て思わず一言。
「またダメだったか」
「うん…」
また湯あたりしてしまった模様。
 ただ、今回はペース配分を工夫したのでそれほどきつくはないとのこと。夕飯も食べられると主張している。
 ここはもともと温泉レストランなので食事が可能であるし、先程の入浴券の半券を使えばその分の値引きもしてもらえる。しかし今回は敢えて別の選択をしたかった。ここに向かう道中、タクシーの車窓にある店を見つけたので。
「夕飯、ひげ張にしたいんだけど」
「あ、いいよ」
ひげ張。正確には[髪/胡]鬚張魯肉飯。
 日本においては以前神戸三宮の駅前に店を構えていたこともあり、我々には馴染みのある店。現在では石川県に2店舗あるのみになってしまったので、わざわざ兼六園観光に際しては昼食に立ち寄るくらいには愛用している。
 ただ、台湾に来れば台湾小皿料理を食べられるお店はそれこそ山のようにあるのでなかなか選択肢に入ることはない。
 それでも、今回のようなチャンスがあるとなれば話は別だ。
 店の人にタクシーを呼んでもらおうかと思ったが、割と遅い時間までバスが走っているらしいので待ち時間のロスを避けてバス停に向かった。
 長い長い階段を登り、さらにその先の坂道を登って大通りに出ればすぐそこにバス停がある。次の時間を確認するまでもなく、嘘のように出来すぎたタイミングで坂の上からバスが降りてくる。
 乗り込む際に何事か言われたのだが聞き取れずまごまごしていると身振り手振りで座るように示してくれてようやく意味がわかった。
 慌てて席に着くと、すぐさま右へ左へ車体が揺れる。行きがけにもこの道行きは体験したが、バスだからか下りだからか、帰りの方が揺れる。これは注意されるのも当然だ。
 石牌駅前のバス停で降り、妻の体調を再度確認。問題ないとのことなので勇んでひげ張へ。
 店内に入ると、レジの前に列ができている。結構夜遅くなのに並ぶくらい混雑しているのか?と思ったところ、これは持ち帰りのようで、我々は列に加わることなく空いている席についてメニューをもらう。
 色々迷いはしたが、最終的には魯肉飯と季節の野菜炒めにスープの定食という定番を夫婦おのおので微妙にアレンジして注文。
 料理が来るまでの間店内を眺めていて気がついたのだが、雰囲気がほか弁や吉野家のそれに近い。日本においてこそ珍しくて美味しいものが食べられるお店であるが、台湾においては馴染みのある料理をお手ごろ価格で提供している地元のチェーン店もなんだもんな、と納得する。
 こんな当たり前のことすらも、体感してみるまではピンとこなかった。
 そんな話をしているうちに料理はやってくる。食べてしみじみ思うのは、台湾小皿料理万歳!ここまで夕飯を食べずにおいて本当に良かったな、ということ。
 温泉と夕飯とでチャージしたエネルギーの甲斐あって足取りも軽くホテルへと戻ることができた。

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