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変更点

 野球観戦のシーンを追加しました。これで概ねやりたい事は全部入ったと思います。


   ぼくときみのたからもの



『♪いつもどおりのある日の事~ 君は突然立ち上がり言った~』
巨大スクリーンには、エンディングテーマをバックに、満天の星空が映し出されている。
 スタッフロールが流れていくシーンを、5人の男女が見つめている。
『♪いつからだろう~ 君の事を~』
「いい最終回だったな~」
「もうええっちゅうの。何度めだよそのボケは。これ見るたびに言ってんじゃん」
静寂を破って、どうしてもこらえきれなかった、という風情で感嘆する太身の男に、隣に座っていた痩身の男がツッコミを入れる。凸凹コンビなこの2人のやりとりは、いつ見ても漫才師のようだ、と東瀬(あずせ)幸彦は思った。あいつらは漫画研究会じゃなくて漫才研究会だ、と評した者が居るのもむべなるかな。
 この2人、成本誠と河本明は高校の入学式で出会って意気投合して以来のコンビなので結成からまだ半年も経っていないはずなのだが、とてもそうは思えない。ちなみに大きい方が明で小さい方が誠である。
「あなたたち、余韻台無し」
と、冷たく静かに、だがしっかりと響く声がした。
『♪どうかお願い~驚かないで~聞いてよ~』
「あ、すんません部長。あと3回分ありますけどキリがいいからここで休憩にしていいですか?」
『火憐だぜ!』『月火だよ!』
「そうね、一旦止めて頂戴」
部長こと早川美都(みさと)が眼鏡位置を直しながらそう言うと、すばやく動いてリモコンを構える幸彦。
『予告編クイズ!』しかし、まだ止めない。タイミングを見計らうように画面を見据えている。
「にしても、あっちぃなぁ~」
「しょうがねーじゃん。節電節電」
凸凹コンビ、成本誠と河本明はそう言いながら扇子を動かす手を休めない。
『次回!つばさキャット 其ノ参!』『其ノ参とそもさんって似てる』ここで一時停止ボタンを押す。凸凹コンビによって手早くカーテンが開けられ、光とともにわずかだが室内に風が通った。臨海部特有の、潮の匂いを含んだ風だ。こういう時だけは、この部屋が4階にあることを感謝したくなる。
「部長がいなかったら今年はこうやって視聴覚室を使わせてもらえなかったかも知れなかったんだから、感謝し」
「宝物、かぁ」
それまで沈黙を保っていた茜浜和美が、急に口を開いて幸彦の話をぶった切った。しかし、切れ長の眼に宿る強い光を見ると抗議をする気にはなれない。
「見せてあげたい宝物…ねぇ」
おもむろに美都の方を向くなり
「部長はそういうのってなんかありますか?」
とたずねる。
「そうね。相手がドン引きしないって誓約するなら見せてあげてもいい秘蔵のハードBLコレクションとかはあるけど」
「やめてください。てかそういうことじゃないって分かって言ってますよね部長」
心底げんなりした顔ですがるように。おそらく、内容を想像してしまったのだろう。
「ええ、分かってるわ」
ごく小さく口元だけで笑う美都を見て、聞くんじゃなかった、と小さく口の中だけでつぶやく。
「で、そういうお前はどうなんだ?茜浜」
「あたし、あるわよ」
幸彦の問いに、即答が返ってきた。正直なところ『知りたいの?気になるの?』とじらされるだろう、くらいにしか思っていなかったので、せっかく放られたうまくボールを投げ返す事が出来ない。
「へぇ」
と言うのが精一杯だった。誰がどう見て間抜け過ぎるとしか言いようがない。
「……何よ」
「いや、茜浜が、ねぇ…」
「あたしがそういうロマンチシズムとは無縁だと?」
口の端だけで笑う仕草が良くない予兆であることは、この1年半弱で存分に思い知っているため、素直に引くことにする。
「すまん。失言だった」
「見たい?」
「へ?」
その反応と言葉の内容とに、二重に意表をつかれ、思わずほうけた顔になる。
「見てみたいかって聞いてるの」
「……まぁ、正直興味は、あるな。うん」
「ほほぅ」
ニヤニヤという音が聞こえて来そうないたずらっぽい笑顔に心底を見透かされたようでうっかり目をそらしてしまう。
 それが和美のニヤニヤを余計に助長することになるのだが。
「部長どうですか?もし良かったら見てもらえますか?」
「私も見せてもらってもいいの?」
「もちろんです」
聞きながら、シチュエーションが違ったら若干ドキッとするセリフかもな、と思ったりする幸彦。
「で、あんたたちはどうする?」
和美はこの場にいた残りの2人にも声を掛ける。
「あ。俺、この後はバイトッス」
「同じく」
オタクをするにも金がかかるから。嫁のためにはありとあらゆる手段で!と気勢をあげて彼等は勤労青少年の顔つきになる。
「じゃあ計3人ね」
「いや、俺まだ行くかどうか答えてないけど」
「行くんでしょ?」
「はい、行きます」
我ながら無駄な抵抗だったな、と苦笑する。
「今が2時半で…あと3話ね。ちょうどいいわ。化を全部見たら行きましょう」
「じゃ、休憩は終わりってことで続きに行きましょうか。東瀬くん、お願い」
「はいはい。了解です」
幸彦は手元のリモコンを再度構えた。カーテンが閉まってから、再生ボタンを押す。
 漫研の夏恒例行事、視聴覚室を占領してのアニメ鑑賞マラソンは『化物語』の第十二話が終わり、間もなく十三話が始まろうとしていた。初日のこの日はコミケ終了の翌々日ということもあってか、事前に参加表明をしていた何名かの姿がない。結果、3年生で部長の美都、2年生では幸彦と和美、1年生は誠と明の計5人しかいない。本来居なければならないはずの顧問教師の姿も無い。
 そう言えば去年も初日は集まりが悪かったな、と幸彦は去年の夏を振り返る。まだあの時は茜浜は入部してなくて、凸凹コンビも勿論入学前だからいなくて。
 女子と一緒に、というか他人と見るにはいささか気まずいオープニングだからか、目は画面を追いつつもそんなことが脳裏に巡っていた。
 もともと水泳部員だった茜浜和美が漫研に移籍する事になったのには、若干経緯がある。
 1年生の9月、学年対抗水泳大会の直前に和美は気胸を患い、それをきっかけで水泳部を退部した。退部後日々鬱々としていた和美に絡まれたときの事を、幸彦は忘れる事が出来ない。
「あんた一体何でそんなに楽しそうなの?」
廊下で出くわすなり、こうだった。
我ながらさぞやへらへらした顔をしていたのだろう、と今でなら分かる。しかし、見知らぬ人間からやさぐれた目つきで突然こんな言葉を突きつけられた当時は、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。
「バカじゃないの?」
「あ、あ…うん。そうかも知れない」
「なに?なにしてんの?」
「いや、俺はこれから漫研の部室に…」
「漫研?へぇ〜漫研ってそんなに楽しいところなの?じゃ、あたしも行ってみる。連れて行きなさい」
否応無く、時代劇や刑事物のドラマで引っ立てられる下手人もかくや、というノリでキリキリと漫研の部室に案内させられた。
 出会い方としては、ほぼ最悪と言って良いだろう。こんなきっかけながら和美は漫研に入部し、居着き、そして現在こうして一緒にアニメ鑑賞マラソンもしている。もっとも、あの時のことがあるので、今でもどんな事情であれ和美から睨まれると何も言えず何も出来ず立ちすくむしかないのだが。
 現在のように曲がりなりにも会話が成立するようになったのは後日、入部から少しして、和美から釈明があってからだった。
 水泳大会の出番直前に急に息苦しくなって。なんとか誤摩化してがんばろうと思ったけどやっぱりダメで。大会が中止になるような大騒ぎになった挙句病院に運ばれてレントゲン撮影で発見されたら即入院で絶対安静。そんな風に、経緯に関して努めて言葉を簡素に、そして冷静に話そうとする和美だったが、その堤防は最後の最後で決壊してしまった。
「こんな、針の先くらいの穴で、これまでずっとやってきたことが終わっちゃって」
親指と人差し指の指先を合わせて作った隙間は、小さければ小さいほどにその無念を大きくする。
「寝すぎて背中や尾てい骨が痛くなったのって、初めてだった」
言いながら、その感触を思い出したようで、わずかにその部分をさすった。
「病院から退院する時に、一ヶ月くらい安静にしてたら、また水泳に戻っても良いよって言われたんだけど。一度だけプールに戻ってみたら、あれだけ楽しかった水の中が、恐怖の対象でしかなくて」
若干、声が震えていたかも知れない。それは絞り出すようでもあり、溢れ出すようでもあり。
「もう自分の人生にこれからずっと楽しい事なんてないんじゃないかって思ってたら、何が楽しいのか知らないけど何の悩みも無さげに気の抜けた顔をしている人間を見つけちゃって」
しかし、その様子を直視できなかった幸彦には和美の表情を思い出す事も出来ない。
「自分でもあの時の自分は理不尽だったとは思うけど、でも、どうすることもできなかったの。ごめんね」
「うん。えっとな、茜浜。俺は気にしてないし、できれば茜浜にも気にしないで欲しい」
相手の顔を見て話すというただそれだけのことに、とても勇気が必要だった。同じ事を同じ時にやれ、と言われて出来る自信など欠片もない。それでも。幸彦は和美から目をそらさず。
「役に立てたんなら、それでいいよ」
もっと気のきいたことが言えるようになりたいと思いながら、そう言うのが精一杯だった。
 そして未だに、気のきいたことが言えるようにはなっていない。


   ☆


「あの十二話があったから、エンディングテーマをフルで聞いた時はビックリしたなぁ」
「勇気を出して告白する歌だと思ったら…ね」
「あれ、テレビ版だとガハラさんの歌だけど、フルで聞くと羽川の歌だよな」
全話見終えて、校舎を後にした時には時刻は4時半を回っていた。まだまだ夏の陽射しは強烈なまま。そこに蝉の鳴き声が追い討ちをかけてくる。立っているだけで汗が流れるほどで、むしろ歩いている方が少しでも身の回りの空気が動く分、涼しい。
 美都はショートカットな上に無表情気味なのでまだしも涼しげだったが、肩までかかる長さの和美は余計に暑そうに見えた。
 埋め立て地特有のだだっ広い歩道に3人並んで歩く。このあたりは、その横を人や自転車が通り抜けたりしても、避ける必要がないくらいに広い。それでも幸彦は車道側を歩く。隣に和美、一番内側に美都。
「で、さらにあのあとの展開がまた切なくてなぁ…」
「あたしは羽川派だから、余計にあの展開キツかった」
「ああ、羽川派なんだ」
「うん。確かにガハラさんとのカップリングはお似合いだとは思うんだけど、あの報われなさは…」
「まぁ、切ない展開だったけどさぁ。阿良々木暦はあの場合どうしたら良かったのかって考えると、俺は何も言えなくなる」
まさか二股なんてあの2人相手に通用しないだろうし、とまでは言わない。そういう言葉を口にする行為が『迂闊』の名に値する事はちゃんと学んでいる。
「その辺は思い入れするキャラの違いかもねー」
「いっそ、同人で描いてみたらどうだ?自分なりの羽川エンド」
「いや、羽川エンドってことはひたぎクラブ前に羽川とくっつくパターンでしょ?いやいやいや」
ないわー、という顔で手を左右に振る。
「単に切ないってだけ。物語としては納得してても、まだどうしても心がついていかないと言うか…。えっと。すいません。部長は誰派ですか?」
「メメ派」
「ああ、そうですか…」
話題を振った事を、一瞬だけ後悔した。
「忍野メメと阿良々木暦の関係性は弟子と師匠であり、歳の離れた友人であり、そしてパートナーでもある。そこが実に興味深い」
あくまで静かに、だが滔々と語る美都。
「ああ、そういう意味でしたか」
所謂腐的な意味にとっていたため、拍子抜けする幸彦。
「そうよ。もちろん、腐女子的なアプローチもしていなくはないのだけれど」
「いやいやいや、そっちはちょっと」
「そう」
「ええっと、話を戻してもいいですか?」
ごくわずかだが残念そうな表情を見せる美都に、和美が若干食い気味に許可を求めた。
「何の話だっけ」
「戻すと言うか、さっきの続きで聞こうと思ってたんだけど。私的羽川エンドの前提として先に羽川翼のほうが告白するとして、その場合普通に阿良々木暦と付き合ってたかな?」
「どうかなぁ。阿良々木暦っていうキャラクターは羽川翼を神格化してた部分があると、俺は思ってるんだけど、まぁ、率直に言ってそういう相手とは付き合えない気がするなぁ」
「そういうもんなの?」
「少なくとも阿良々木暦っていうキャラはそうだと解釈してる。んで、これはもう間違ってる解釈かも知れないと思って敢えて言うんだけども」
「何?」
「神格化した存在が自分のところまでおりてきてくれるっていうのは嬉しい反面、やめてくれっていう気持ちもあるんじゃないかなぁ」
「本編ではいい笑顔で『誇っていいんだな』とか言ってたけど」
「もちろん、それも嘘じゃないだろう。でも、どこかで下から崇めて喜んでる部分があった気がするんだよなぁ」
「もうその辺は完全に受け手側によって解釈が分かれるレベルのお話ね」
うんうんとうなずいてから
「ちなみに私は別の理由で付き合わなかったと思うわ」
と、切り出した。
「おお、傾聴傾聴」
「だって、阿良々木暦にとって羽川翼は戦場ヶ原ひたぎに出会う前の時点では校内唯一の友人だったんでしょう。彼女にしてしまったら友人が存在しなくなるじゃない。阿良々木暦っていうキャラクターは、多分羽川翼の友人というポジションに心地よさを感じていたと思うの」
「ほほう」
「どう?」
「なかなか面白い分析だと思う…おおっと、もうすぐ駅だけど、電車には乗らないのか?」
話に集中していて気付くのが遅れたが、視界にはとっくに鉄道の高架橋が見えていた。
「乗らない」
「じゃ、バスには乗るのか?」
「乗ってもいいけど、今日は乗らないで行きたい」
ガハラさんよろしく現地につくまでは秘密主義のようで、あんまり情報量が増えない。もしかしたら盛り上がっていたところで話をぶった切った事が機嫌を損ねたのかも知れない、ということにはこの時思い至らなかった。
 そうこうするうちに、いつも乗り降りしている最寄り駅を通り過ぎる。これまでより歩道に人が増えているため、3列横隊を解除して1列縦隊に隊列変更する。当然先頭は道案内役の和美で、中間に美都、殿(しんがり)が幸彦というパーティ構成となった。
 駅ビルを過ぎて、行く手の右側には巨大展示場が、左側にはシティホテル群がそれぞれ強い存在感を示している。
 しかし、和美はそのまま直進する。
「ほら、もうすぐ見えてくる」
歩道橋の向こうにある施設は、1つしか無い。
「ここって、アレだ。野球場、だよな?」
「そうよ。海風と鴎のスタジアムよ」
この時、なぜか胸を張っているように見えた。
 このあたりは埋め立て地であるためか、他ではあまり見られなくなりつつある震災の爪痕を歩道のあちこちに残しており、さらには夕暮れ時ということもあって若干歩きづらい。
「ここに、あたしの宝物があるの」
「へぇ~」
感心するようなそうでないような、曖昧な感嘆。
「嫌なら別にいいのよ?」
「別に嫌じゃない。野球自体は、昔割と見てたし。せっかく来たんだから、久々に見てみたい」
素っ気なく言われてしまうと、幸彦は自分でもビックリするくらい早口で返した。
「部長はどうしますか?」
「私も異存はないわ」
「じゃあ3枚用意してきますから、ここで待っててください」
言うなり、肩まである髪をゆらして駆け出して行く和美。混雑しているのに、巧みにすり抜けていくからかそのスピードはほとんど落ちない。
「なんか、意外ですね」
「あら、そう?」
「部長は意外じゃないんですか?」
「どこかなんて最初から想像してなかったんだもの。意外という言葉には当たらないわ」
「ああ、なるほど」
静かにそう言われてしまうと、どう言葉を継いでいいのか分からず、幸彦はやや気まずく沈黙する。
 美都はそれを見ると、カバンから本を取り出して、ページをめくる。
 手持ち無沙汰な幸彦は特にすることも無いので、何とはなしに周囲を見渡してみると、自分の知っている球場の光景とはだいぶ異なることに気がついた。屋台だか出店だかがたくさん出ているのはまぁいいとして。関係者入口みたいなところの真ん前にはなぜか舞台がしつらえられていて、その上で歌ったり踊ったりしている一団がいる。右手には2階建てとおぼしき建物があって、どうやらグッズショップらしいのだがなぜか『ミュージアム』と書いてあるのが謎だった。
「そう言や、野球場に来るのなんて、何年ぶりだろう」
誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。思い返せば、昔はそこそこ見ていた方だったはずだ。ただ、徐々に興味が漫画やアニメにシフトして行き、そちらに意識が向かなくなったというだけのことで、それはある種自然なことだと思っていた。
「宝物、ねぇ…」
今ひとつ意味を掴みかね、口の中だけでそっと言葉にしたとき、和美が切符売り場から駆けて来るのが見えた。
「お待たせ!」
美都は素早くヘッドホンを外し、本をしまいながら
「お疲れさま。茜浜さん、いくら?」
とたずねる。
「いいんです。これ、実はタダ券使ったんです」
言いながら、内野自由席のチケットを見せる。
「お父さんがファンクラブに入ってて、特典でもらえるんです。でもお父さんは『俺は内野じゃ見ないから』ってあたしにくれて。で、もらったものの、あたしもずっと使う機会がなくて財布の中でほったらかしにしてたんです。だから気にしないでください」
「でも、それに甘えるのも悪いから、なんかおごるよ」
「言ったね?」
幸彦の提案に、和美の瞳がキラリと光ったような気がした。そしてそれは、気のせいではなかった。


  ☆


 入場口から階段を上って上って、ひたすら上って一番上まで。ようやくたどり着いた席からは、スコアボードがちょうど真っ正面に見えた。ライトスタンドやその近くの内野席はみっちりと満員だったが、この辺は若干のゆとりがある。3人分くらいの空きはすぐに見つかり、無事に腰をおろすことができた。
 美都、和美の順に座り、両手に食べ物を大量に抱えた幸彦が通路側に陣取った。ここに上がって来るまで、和美は3つの店で食べ物を買いこんだにも関わらず、なおも「野球観戦って、お腹が空くのよねぇ」と言っていたので追加のご用命がくだることに備えた為だ。
 まずは袋からあれこれと取り出して各人希望のものを配る。
「あ。あたしそのカツサンドね」
「はいはい。部長はどれでしたっけ?」
「コーヒーとマンゴーかき氷」
幸彦は2人に手渡した後、自分用のカレーライスを取り出す。
 ひととおり行き渡ると、改めて眼下に広がる光景を見渡す余裕ができる。昼と夜とが入れ替わりかけている緑色のグラウンドでは、ホームチームの選手達が練習をしている。それがサークルライン照明によって浮かび上がると、日常から切り離された空間のようで幻想的ですらある。
「確かにいい眺めではあるな」
「そうね。ちょっと新鮮」
2人がそういうと、和美はやや照れくさそうに
「別に、そんなに熱心なファンって訳じゃないの。受験の年にちょうどチーム自体もごたごたしちゃってたりしてて、今はちょっと離れてる感じかな」
と言い、少しの間を空けてから言葉を継いだ。
「でも、今日あのシーンを見て思い出したの。知ってる?このチーム、何年か前に無くなりかけたことがあるの」
「えーと。アレか。合併騒動だかなにか」
小学生の頃の話なので、幸彦は若干あやふやな記憶を掘り起こすことになった。
「そう。うちはお父さんが熱心なファンでね。小さい頃からここによく連れてこられたの。あのニュースが流れた時は、もう大変だったわ。お父さんが家で大騒ぎしちゃって」
和美が若干目を細めた。
「あの時は、最初関西のチーム同士が合併するって話だったのに、そのあとチーム数がどうとかで、このチームが九州のチームと合併して移転だとか、1リーグ制に変更とか、言葉の意味はそのころのあたしにはよく分からなかったんだけど、私、そのとき生まれて初めて見たの。お父さんが、と言うより、大の大人が大声で泣くところを」
そう言う和美の瞳も若干潤んでいたように、幸彦には見えた。
「あたしはそのとき、お父さん泣かないでって一生懸命に言う事しかできなかったんだけど、色々あって結局ここのチームは残ったの」
「残って、その次の年にチームが優勝してね。どうやってチケットをとったのか日本シリーズにも家族みんなでここに来て、そのときに、和美、お前のおかげだよって、お父さんが言ったの。おかしいよね。あたし、別に何にもしてないのにね」
「でも、この場所でお父さんに肩車されながらそう言われたら、なんだかこの眺めがとっても大切なものに思えて来て」
「以来、この場所とこの景色はあたしの宝物なのだ」


   ☆

 オープニングセレモニーも終わり、マウンド上ではホームチームの先発ピッチャーが投球練習をしている。
「このピッチャーは一応エースだから今日はやってくれると思うんだけど」
「エースに一応がつくんだ…」
「遺憾ながらつきます」
和美が人の悪い笑顔を見せると、幸彦としても釣られて苦笑いするしかない。
 その、一応つきのエースは1回の表を3人で抑え、続いてホームチームの攻撃となる。
『1番レフト…』
アナウンス後、ライトスタンドから応援歌が聞こえてきた。
「あ、なんか沖縄っぽい」「ああ、この選手沖縄出身だから」「え?そんなところも反映されるの?」「されるよー。4番のバッターは応援歌スペイン語だし」「芸風広っ」
そんなことを言っているうちに、1番バッターはセンター前ヒットで出塁。続く2番バッターも同じくセンター前ヒット。これでノーアウト一、二塁。3番はショートゴロに倒れるも、アウトになったのはファーストランナーのみで、セカンドランナーはサードへ進み、バッターもセーフでワンナウト一、三塁。
「♪バーモ アーチャー ララララ〜」
あちこちから聞こえてくるので言葉自体は聞き取れるが、意味は分からない。
「アレがスペイン語の応援歌か…」
「バモは頑張れ、アチャはこの選手の愛称、だったかな?」
和美が解説する。
 アチャと呼ばれた選手はフォアボールで歩き、ワンナウト満塁。続くバッターはセカンドフライに倒れて、ツーアウト満塁と変わった。
「満塁のピンチって言われるくらい、いっつもいっつも満塁で点が入らないのよねぇ…」
和美がぼやく。
「その割にはガンガンに盛り上がってるけど」
「あの選手は地元出身だから人気があって、いつも応援盛り上がるんだけど、今はチャンスだからひときわアツくなってる」
その選手は左バッターボックスを熱心に踏み固めてからに構えに入った。
「なんてーか。言葉にならんな、これは。圧倒されるわ」
常人なら期待に押しつぶされそうな状況で、それをむしろ吸収してエネルギーにしているかに見える。
「これが、プロ野球ってヤツなんだな…」
感嘆の言葉を放った瞬間、快音が響いた。
 巧打という言葉の見本のような流し打ちから放たれた打球はレフト方向へ飛ぶ。必死に追う選手の横をボールは鋭く跳ねて転がる。
 ボールが地面に弾んだ瞬間、球場全体が揺らぐような大歓声に満ちる。雰囲気に飲まれて、幸彦も思わず歓声を上げた。和美はとっくにスタンディングオベーション状態。流されないことには定評のある美都ですら、身を乗り出している。
 打球音がすると同時に塁上の3人がスタートを切っていたことが幸いし、全ての塁からランナーがホームへ帰ってくる。
 打ったバッターはセカンドベース上からコールに応えている。
「カッコイイな、あの人すっげぇカッコイイよ」
興奮気味に小学生並の感想を述べるその姿は、むしろこの場所には似つかわしいのかも知れない。
 続くバッターは凡退して攻守交代となったものの、3点先制した興奮は静まらず、守備交代の際にも改めてその名がコールされる。
 守備につかないその選手は、一旦ベンチに引っ込んでから改めてコールに応えるべく再び姿を現した。
「出てくるんだ」
「出てくるの。いいでしょ」
「いいな」
イニング変わって、2回表、ビジターチームの攻撃。代わりバナ、先頭の4番バッターがセンターに打球を飛ばすも、守る選手が下がって下がってさらに下がってランニングキャッチする。
「うわ。アレ絶対抜けたと思ったのに」
その選手は3回表にも5回表にも目を疑うような場所のボールを捕球している。離れた所にいたはずなのに、するするっと近づいてきてボールをグラブに納める。
「まるで忍者」
美都がぽつりとつぶやく。
「あれがプロの技なんだ…」
幸彦は半ば呆然として賞賛する。
 ホームチームのピッチャーはホームランで1点を失ったものの大きく崩れることもなく8回を投げきり、次のピッチャーに代わった。
 そして、2人目として最終回に登場したピッチャーは。
「あの人、大リーグ帰りで、もう40歳なんだけど、とてもそうは見えないでしょ」
「40歳?…40歳かぁ」
そのおっさん投手は一身に声援を受け、マウンドに上がる。その名を呼ぶ声に込められている期待と信頼は、野球観戦にほとんど縁が無かった幸彦にも伝わっていた。初めて見るのだから、どんな球を投げるのか、球が速いのか遅いのかということすら分からないが、それでもこの声を聞けば、彼が今まで築き上げてきたものの大きさは十分理解できた。
「あの人、すげぇんだな」
「ファンからは神って言われてるくらいには、ね」
「ああ、じゃ、今まさに神降臨、なんだな」
ネットではしばしば目にしてきた単語だったが、まさかリアルで使う日が来ようとは思わなかったよ、と。
 マウンド上ではピッチャーが規定どおり9球の投球練習を終え、バッターが打席に入る。ピッチャーへの声援はようやく静まったが、余韻は残っている。その雰囲気をボールに乗り移らせたかのように、バッターを打ち取っていく。
 ひとり、またひとりと仕留め、危なげなく3つめのアウトを取って試合が終了する。その瞬間、登場してきた時に倍する歓声が沸き上がった。
 登場した時より遥かに優る声援が送られ、幸彦もつり込まれてそれに参加した。和美はとっくに参加している。美都は声を出す代わりなのだろう、拍手をしていた。
 ヒーローインタビューには先制のツーベースを放ったバッターと8回を1失点に抑えたピッチャーが呼ばれる。
「なんつーかさ、うまく言えないんだけどさ。愛があるよな」
「愛?」
「うん。あの声援からは俺たちが好きな作品に向けるのと同じ種類の愛情を感じる。勝ったからとか打ったからとか活躍したからじゃなくて、どうしようもなく好きだから応援してるって、伝わってくる」
「何年ぶりかに観戦してる割には鋭いことを言うじゃないの」
インタビューの後、2人の選手はライトスタンド前まで駆けていき、ファンと一緒に万歳三唱する。
「一体感あるなぁ」
「あのあと、そこのフィールドシートっていうところで観てるとハイタッチできるのよ」
「距離感近ぇ!」
次はぜひそこで観てみたい、と言ったものの
「フィールドシートって4700円するけど?」
の一言で撃沈される。
「なんだよそりゃ!DVD1本買えるじゃん!」


   ☆


 帰り道。球場前の歩道橋を越えると、ようやく人ごみもまばらになってきた。3人は長蛇の列になっていたバスをあきらめて、駅を目指して歩いている。
「どうだった?」
「いや、面白かったよ。ホントに。まぁ、なんだかんだ言っても、いい印象で帰れるのはやっぱりホームのチームが勝ったってのが大きいと思う。ホームだから、球場全体で喜ぶ感じになっててさ、なんか、ああ、こういうのいいなって思えたよ」
幸彦が珍しく大きな身振りつきで言う。
「そうね。今度はもっと近くで見てみようかしら」
「え?部長、野球に興味が?」
「野球に、というか、あの選手達に。ああいう肉体のモーションを脳裏に刻んでおくことは創作活動にもきっとプラスになるわ」
若干、げんなりした顔になる幸彦と和美と。特に『肉体』というフレーズで何かを悟ってしまったために。
「まぁ、そういうジャンルで描いてる人達もいるみたいですけどねぇ」
ちょうど終わったばかりのコミケのカタログに、そんなジャンルのページがあったことを思い出してしまう。つくづく、人間はいらない記憶を選択して消去できない不便な生き物である。
「特に、私達の席から一番遠くに居た選手、あの人面白かったわ。まるでそこにボールが来るのが分かってるみたいに走り出して、当たり前みたいにジャンプしてボールを掴むところ、それこそまるでアニメか特撮みたいだった」
言いつつ、眼鏡をクイッと直す。
 センターを守っていた選手は野球という競技に詳しくない者ですら感嘆させるようなプレーを再三再四に渡って披露していた。フェンス際の大飛球も内外野の中間点ぎりぎりにふらふらと落ちそうな打球も明らかに他の選手の守備範囲だろうという打球も、そうするのが当然であるかのようにグラブにおさめていた。
「あの人、確か打つ前に走り出してた事あったよな。目が引きつけられたよ、あの選手の動きがあんまりにも面白過ぎて」
そのプレーのあまりの見事さに、一度ならず相手チームのファンからも賞賛の拍手を受けていたほどだ。
「ま、ピッチャーでもなくバッターでもなく外野手が一番インパクトがあったってのもあの席ならではだったかもな」
「プレーそのものだったらまだいいのだけど、『応援が一番面白かった』なんて言われることだって珍しくないから」
「ま、確かにアレはインパクトあったな」
人の声が100メートル以上離れたところから押し寄せてきたことは強烈な印象として刻まれていた。耳に残るというより、脳に残る光景だった。
「それを言うなら、試合内容とは直接関係ないけど、食べ物もなかなかうまかったな」
「でしょう。でもいいチョイスしたわよ。あたしの知る限りで、ここで売ってるカレーライスの中じゃあの店のが一番おいしかったはず」
「あー、茜浜。もう今更なツッコミだけどな。お前、最初はそんなに熱心なファンじゃないとか言ってたよな、確か」
「………だって、ヒかない?」
やや気まずそうに。おっかなびっくりな視線で、幸彦の表情をうかがう。
「別にヒかねぇよ。少なくとも、女子なのに女性キャラの萌えについて熱く語る方がよっぽどだと思うぞ」
「そんなん漫研の女子みんなやってるじゃない」
「だから、どっちもヒくようなことじゃない。俺にとっては、だけど」
2つめの歩道橋を過ぎると、鉄道の高架橋が見えてくる。
「でも、最近ちょっと離れ気味だったってのはホント。だからチケットだって残ってた訳だし」
こういうのは誰とでもいいってもんじゃないし、と口の中だけで小さく小さくつぶやいてから、幸彦に目線を向ける。
「そうそう。東瀬くん?」
「ん?なんだ?」
「あなたの宝物も、もし良かったら教えてくれる?」
「……俺は至ってつまらん人間なので特に何もないんだけど」
一旦言葉を切って、空を見上げる。
「そうだな。今日のことが、きっと何年かしたら宝物になってるような気がするよ」


                             終わり

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プロフィール
旧世代オタクなので言う事も発想も古いです。
HN:
ふさ千明
年齢:
42
性別:
男性
誕生日:
1975/04/02
職業:
今さらですが非公開に変更
趣味:
読書、創作活動(文章のみ)、野球観戦、旅行、食べ歩き
自己紹介:
四十路オタです。そんな年齢なので言う事やる事古くさくてすいません。

メールを送りたいという奇特な方はtom☆yf6.so-net.ne.jp(☆を@に変換願います)までお願いします。
拙ブログはリンクフリーですが、ご一報いただけるとありがたいです。
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