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 0:37発の寝台特急富士に乗るべく、日付変更するころに京都駅に戻ってきた我々は、せっかくなので0番ホームへ急行きたぐにを見物に行く事にした。

 急行きたぐに、大阪発新潟行き。これは私がまだ乗った事がない夜行列車で、その上走る時間帯が遅いので(京都駅発は0:02と、奈良線の最終よりもあと)実際に走っているところを見るのも今回が初めて。期待に弾むあまり浮かれている私に妻っからツッコミが入ったが、あまり効き目がなかった。

 往年の名車583系を使用したこのきたぐには自由席、グリーン席、B寝台、A寝台と各種そろっており、私のような者には見ているだけでも面白い。自由席はリクライニングしないボックス席で、この歳になってしまうと、夜行であれに乗るのはかなりきつい。グリーン車はリクライニングシートなのでまだマシと思われるが、やはり座席夜行は乗るのがためらわれる。B寝台は今時珍しい三段寝台の蚕棚で、上段と中段は気をつけないと起き上がる時に頭をぶつけるほど狭い。A寝台はボックスシートのワンボックス1つ分がまるまる寝台になっており(実際寝台を解体するとボックスシートにできる)、高さも十分ある。

 と、このように実際どんなものかは知っているのだが、乗った事はない。いつか乗ってやろういつか乗ってやろうと呪文のように唱え続けているのだが、いかんせん機会に恵まれずここまで来てしまった。今回こうして動いているところを実際に見た事でかなり意欲は高まったので、今年こそ何とかしたいと決意を新たにした。

 見送って、今度は我々が乗る富士のやってくる6番ホームに移動。行ってみて驚いたのは、人の多さ。もちろんラッシュ時とは比べるべくもないが、真夜中なのに10人以上はいた。しかも、カメラバックを持っている人の率がやたらに高い。「もしかして、同じ目的の人が結構いるのか?」という疑問は後ほど解消される事になる。

 待合室で待つ事30分弱。定刻どおり列車はやってきた。名車EF66にかかる富士/はやぶさのヘッドマークが少年時代の憧憬を呼び覚ます。

 乗り込むと車内は大変静かで歩くのにも大変気を使う。当然である。なにしろもう既に車内放送もない時間帯。確保した寝台を確認し、とっとと横になる。岩国到着は6時前で明日は早い。しかも、かなりの疲労が見込まれる。体力を温存しておかなければ。

 しかし、ネタは尽きないと言うかなんというか。大阪駅で足止めを食ってしまった。

 車内放送はなく、ホームで流れているアナウンスで事態を理解するしかなかったのだが、どうやらこの先の元町駅付近で火災があり、列車足止め中という事らしい。この機を逃さずホームに出て列車撮影に勤しむツワモノが多数出現したが、私はこのあとの事を考えて自重。

 案の定と言うか『扉を閉めさせていただきます』というアナウンスがあって、慌てて駆け戻る姿が目撃された。

 元町駅付近の火災は消火されたらしいのだが、なかなか出発しない。15分が経ち20分が過ぎたところで発車を待たず横になる。目が覚めたのは5時半頃。車窓に『三原の何々』という看板が散見されたので大体のあたりがついたが、予定なら広島を過ぎていなければいけない時間でまだ三原市内だとすると、どう計算しても1時間近い遅れだ。

 6時を過ぎてから行われた車内放送でも60分の遅れと言っていた。予定の狂いは大きい。九州方面の乗客に関しては新幹線への振替乗車が云々とも言っていたが、こちらはその代替措置すらしてもらってはありがた迷惑になってしまう。もしこの先広島で新幹線に振り替えられても困る。何しろ山陽本線岩国駅と山陽新幹線新岩国駅はかなり離れている。この距離は目的地へ出るのに大きな障害になってしまう。

 腹をくくって洗面等を済ませ、あとはごろっと寝た状態で岩国付近まで過ごす事にした。時間の遅れに関しては回復させる考えはないようであるし、たとえ予定より60分遅れても鉄道で岩国入りする場合はこの列車が最速である事には変わりない。となれば少しでも体力を温存しておいたほうが良い。

 広島を過ぎてから起きだし、身支度を整えた。妻も起きだしたので今日のこのあとの動きなど確認し合う。あとで気がついたのだが、山陽本線名物の朝の瀬戸内を車窓から楽しむ貴重な機会を逃してしまった。

 そんなこんなあったが、列車は60分遅れで無事に岩国駅へと到着。
 寝台特急は扉が1両1カ所なので人数が多いと乗降には時間がかかる。この岩国駅でもぞろぞろと降りてくる人数があまりにも多かったため、60分だった遅れが若干拡大したようだった。そのあまりの多さに発車するはやぶさ・富士を見送る余裕もなく、我々は改札へと急いだ。
 予定より1時間遅れだったので駅のKIOSKも開いている。地元紙の防長新聞も買えそうだったが、とにかく遅れをとりもどさなければという思いからスルーしてタクシー乗り場へ。

 ピストン輸送の基地直通バスは混雑する。こういう時はタクシーに限る。乗り場には行列もなく、すんなり乗れた。「アメリカ海兵隊岩国基地へ」というと運転手さんは軽く笑ってから「渋滞してますからちょっと回り道しますよ」と言ってから車を出した。

 ロータリーから一本向こうの道を回ってから、基地へ向かう2車線のうち1車線が営業車両専用になっており、多種多様なナンバーの車によって作られた長い列を横目に我々はスムーズに進んだ。

 このまま正門までいければ良かったのだが、それはできない取り決めになっているとの事で、基地横の指定場所でおろしてもらう。駅を出てわずか10分ほどで到着。ここから正門までも10分ほど。結局7時半の開門より前には正門に着いてしまった。

 開門してからも今度は中で荷物検査があり、すんなりは入れなかった。この際事前に「武器、麻薬などは持ち込めませんので」という注意があり、そこかしこから笑いが起きる。ジョーク扱いなだけ平和だと思う。

 さて。検問通過のあとはひたすら滑走路を目指して歩く歩く。航空基地が広いという事は軍オタなので知識としては知っていたが、今回実際に歩いてみてその大きさをようやく実感できた。

 正門から宿舎横を抜けてSakura Theaterの前をとおり、航空機の展示場へ出る。そこから航空ショーの観覧広場まで延々と延々と歩く。見えているのに全然近づいてくる気配がない。着かない。途中、売店で公式ガイドブックを購入した他は脇目もふらず歩く。そこかしこから肉の焼ける良い匂いがしてきて大変に惹かれたが、せっかくいい位置につけているので、そのまま突き進んだ。
 その甲斐あって早い段階で観覧広場に到着。

 列もまだそんなに長くなっていなかったので、ちょっと待っただけで中へ入れた。料金は一人500円で、払うと手にスタンプを押してくれる。これを見せれば再入場OKらしい。

 滑走路に沿ってひな壇が5段ほど組んであるのだが、端っこまでいくと出入りが大変になってしまうのでなるべく近いところに席、しかも最上段という好位置を確保。しかしこれが失敗だった。

 妻が買い出しに行っている間に非常に大きな荷物を大量に抱えた老人一歩手前くらいの2人組がやってきて我々の両脇にあった一人分あるかないかのスペースに入り込んできた。「あんたらの荷物だと2人分以上開いているところに座らないとダメだろ」と言ってやりたくなったが、まぁトラブルは避けようと黙っていた。こんなことになるんだったら荷物を足下に置かずに両脇に置いておけば良かった、と思ったが後の祭り。

 案の定ばかでかいカメラをガンガン振り回し、しかも安定性が悪い最上段の席で立ったり座ったりを繰り返すので、こちらはおっかなくて仕方がない。妻にメールしてまだ今だったら間に合うから場所変えようかと言う相談しようとしたが、妻は妻でメールに気がつかなかったのでそのまま動けず。

 開始予定時間になったころ妻が戻ってきたが、もちろん相談などできずそのままの位置に座り続けるしかない。買って来てくれたハンバーガーとチョコケーキを食べながら待つ事にする。ハンバーガーは表面焦げ焦げで普通なら食べられたものではないはずなのだが、これがなかなかいける。普通なら焦げた部分が喉に引っかかるのだが、すいすいと入って行くのである。単純に腹が減っていただけかなとも思ったが、長年肉を食い続けてきたアメリカの歴史がなすワザなのかも知れない。
 妻はこのときついでに函館でなくしてしまったブルーインパルスの帽子を買い直してきた。のろけで申し訳ないが、よく似合っていた。
 曇天なので、雲がもう少し薄くなるのを待ってからショーは開始された。

 メモをとらなかったのでだいぶおおざっぱだが、ご容赦願いたい。

 まずはプロペラ機(機種は不明)が滑走路から飛び立っていった。目の前で飛ぶだけでも迫力十分。これが背面飛行したりコックピットをこちらに見せながら飛んだり、あげくには上空高く舞い上がり、黒い粒になった状態から落下してくるのが圧巻だった。このとき、ミッドウェー海戦の時ってあんな感じだったのかな、と軍オタぽい感想を抱く。
 しかも、錐揉み状態からの引き起こしが見事の一語。駐機してある他の戦闘機の横を抜けて行くのだからただただ見とれるしかない。飛行機雲をたなびかせて大空を自在に飛ぶ姿はそれだけで満足できる代物だった。

 続いてジェット機(こちらも機種不明)が発進。こちらは機動云々よりも、一番インパクトがあったのは衝撃波。飛行機が通った後から音の洪水が押し寄せてくる感覚は新鮮だった。鼓膜は破れそうになったがその甲斐は十分あったと思う。



 それが終わると、今度はハングライダー。どうやって飛ぶんだと不思議に思ってみていたら、背中に背負ったロケットで器用に上空へ上がって行った。
 こちらは迫力云々ではなく、空中散歩とでも言うべき楽しげな様子が大変和んだ。かてて加えて、ここまでさんざん痛めつけられた耳にも優しかったのが何よりありがたかった。

 この辺で風が強くなってきて身体が冷えた事と、周囲のカメラ撮影の傍若無人ぶりに耐え難くなり、席を立った。勿体ない気もしたが、これ以上留まる事でせっかくの楽しいイベントが嫌な思い出で終わる事のほうがよっぽど勿体ないと思い、見切りをつけた。

 というわけで、観覧席を後にして、露店巡りを開始。一番興味があったステーキは途切れない長蛇の列がどこの店の前にもできており、断念。まぁ、さっきハンバーガー食べたし、目についたところから適当に回って行く事にした。
 真っ先に向かったのは、ここのお隣にある海上自衛隊岩国基地の露店。オリジナルグッズを販売しているというのでそちらへ行ってみる。
 自衛隊オリジナルグッズというのでも結構衝撃的だと思うのだが、基地単位でオリジナルグッズとは…。帽子、Tシャツ、バッヂ、ネクタイピンなどなど。これが充実しているのである。
 オリジナルレーションがあれば即購入だったのだが、さすがにそこまでは売っておらず、代わりに自衛隊おでん缶を購入。

 これは今まで見た事なかったのだが、聞いてみると最近売りだされたらしい。アキバの追随商品か。他にも饅頭だのせんべいだの栄養ドリンクだの食べ物のグッズがやたらとある。そして売れている。
 私はこういう機会があるたびに売店露店をのぞいているのだが、その度に充実度合いが増しているのはどういうことなのか。自衛隊には商品企画部とか企画開発部とかいう部署はなかったはずだが。

 続いて、この基地祭のオリジナルTシャツを買いに行く。今年の分と一緒に昨年の売れ残りも一緒に売っていたのだが、昨年分の『岩国城に錦帯橋、桜に謎の富士山というカオスな光景をバックに飛ぶ飛行機』というデザインが大変気に入ってしまいこちらも購入。
 また、米海兵隊岩国基地自体のマークがそもそもカオスなのである。海に浮かぶ鳥居(おそらく宮島・厳島神社がモデル)の額に漢字で「岩国」の文字、そして鳥居の真ん中に海兵隊の紋章がデーンと鎮座。生を受けて33年、もしかしたら今が一番アメリカ人を好きになった瞬間かも知れない、と思った。こいつらは間違いなく私が大好きなタイプの馬鹿だ。
 こいつらとはうまくやっていけそうだ。売店のにーちゃんねーちゃんもフレンドリーだったし。

 つづいて、物欲を満たした後は食欲とばかりにサーチを開始する。

 並ぶのが面倒だったので「空いているけどうまそうな店」というむつかしい条件でサーチすると、肉とチリビーンズセットの店を発見。アメリカ人はチリビーンズ好きらしくて、この手の店は何軒かあったが、それほど日本人の食欲をそそるものでないためかどこもそんなに込んではいなかった。
 肉はチキンとポークが選べたので、それぞれを1つずつ購入。これにトウモロコシのチップスとフルーツジュースが付いてくる。なんだか軍の昼食みたいなセットなところが気に入った。
 空いている椅子などないので、そこいらで適当に座って食べる。この辺も基地の食事っぽくて良い。
 アメリカ人の味覚と言うと「あまい、からい、でかい、脂っこい」の4種類だと思っていたが、このセットはなかなかうまかった。肉はいうまでもなく合格点。トウモロコシチップスをチリソースにつけて食べるのも妙に後を引く。
 画像を確保するヒマもなく、あっという間に食べ終わってしまった。

 腹もくちくなったところで、今度は展示されている機体を見て回る事にした。海兵隊と海自あわせて何十機もあるので、これだけでも結構時間がかかった。目当てはいかにもオタっぽいノーズアートだったのだが、上からのお達しでもあったのか、ほとんどの機体にノーズアート自体がなかった。せいぜいが、尾翼に描かれた部隊のマークがアメコミぽかった程度で、こちらの期待はあっさりかわされた。



 また、一部の機体は中に入れてもらえるのだが、これがまた長い長い順番待ちであっさり断念する我々。

 まぁ、外から見ているだけでも十分楽しいし、次回来たときの目標にしてもいい。そんな事を話しながらのんびり歩いていると、そのうちショーのほうが佳境に入ってきたようで、爆音とともに上空に機影が4つ現れた。見上げていると、縦列編隊が瞬時に組みかわる。思わず拍手。

 また、飛行機以外にも自動車とかバイクとか展示されているのだが、一部が軍警察で実際に使用しているもので、特にバイクは子供がのっかってサイレン鳴らして遊んでいたりした。子供だけでなく大人も一緒に順番待ちしていたので私も並んでみたい衝動に駆られたが、ここは我慢。
 それにしても、米軍警察のバイクがKawasakiとBMWっていいのか。アメリカにしたらどっちも外国産だろうに。

 こんな感じでぐるっと一回りし終わり、だいぶ疲労もたまったところでとっとと撤退する事にした。

 終了ギリギリまでいないと勿体ないような気もしたが、このイベントは十分堪能した。これ以上は消化不良を起こしてしまう。
 ということで来た道を戻り、正門から外へと出た。外は外で日本人による露店が多数出ていた。たこ焼きお好み焼きの露店を見ると、外国から戻ってきた時のような感覚になった。

 我々はその花道のように飾り立てられた通りをまっすぐ進み、大通りへ出てタクシーを捕まえた。
「すいません、南岩国駅まで」
「南岩国のほうですね」
岩国とつく駅は岩国、新岩国、南岩国、西岩国と4つあるのでうっかり間違えると大変な事になる。
 岩国駅方面への大渋滞を横目に、我々は車窓を楽しみながらあっという間に南岩国駅に着いた。予想どおり、こちらの駅には大して人がいない。やってきた電車もガラガラで、ゆうゆう座れた。おかげで宿泊予定地広島まで約一時間、ほぼ熟睡できた。

 広島に到着すると、まず宿へ移動して荷物を置き、一休み。広島は広島でフラワーフェスティバルというのをやっていて大変にぎやかだったが、路面電車も大して混雑しておらず、苦にはならなかった。宿の真っ正面が会場だったので音は響いていたが、このくらいは許容範囲。

 大浴場でさっぱりしてから夕飯を食べるべく外へ。宿から近いのでフェスティバル会場で何か食べても良かったが、せっかく広島に来たのだからとお好み村へ向かった。お好み村とは、ビルの2階から4階に集まったお好み焼き屋の集合体のことで、我々のような旅行者には重宝である。
 しかし皆さん考える事は一緒なようで、2階から4階までどのお好み焼き屋も混雑していた。空いているところに適当に入ろうと思っていたのだが、どこも並ぶようなので、それなら気に入ったところにしたい。とはいえ、情報が少ないので選ぶ理由そのものが見当たらず決め手に欠ける中、「水軍」という名前のお好み焼き屋を見つけて即決する。このネーミングセンスは我々向きだ。
 しかも、店の暖簾に書いてある家紋が一文字に三ツ星ではなく丸に上。

「この店、毛利水軍じゃなくて村上水軍だ」「すげー」という、おそらくお店の人に大変理解しがたい喜び方で盛り上がる我々。ちなみに、エロゲンガーのほうじゃなくて、ごく一部で人気の太ましい人のファンなので誤解なきように。

 そんな理由での選択だったにも関わらず味もボリュームも言う事なしで、大満足して店を出た。

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