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 前日が強行軍だったので、この日は朝遅め。なにしろ目的地が2カ所だけで、しかも1カ所は何度も行ったことがあるところだったので、比較的気楽なのである。

 今回泊まったドーミーインは朝食も結構うまいのだが、あえて朝食はとらず、でも朝風呂には入り、大変気分よく宿を出発。この時期、広島は気候的には一番いい時期かも知れない。日差しはそこそこ強いのに、風がさわやかで心地よい。「10年前の北京に似てる」とは、留学経験者の妻の言。

 広島駅までは路面電車で。広島駅からは呉線で。計1時間ほどして、呉駅に到着。

 呉駅前は何だか来るたびに光景がマイナーチェンジされている気がするのだが。ちなみに今回は「大和温泉物語」という施設が新しく加わっていた。時間があったら入ってみようと言っていたのだが、朝が若干予定より遅かったため時間的には厳しくなっている。
 そんな話をしながら歩くことしばし。視界右手に潜水艦が見えてきた。



 でかい。

 というか、幻覚でも見ているんじゃないかと言う非現実感。陸揚げされた潜水艦の有無を言わせぬ迫力。
 アレが、今回の主目的地「てつのくじら館」のメイン展示物潜水艦あきしおである。

 見とれていても仕方ないのでとっとと移動する。海上自衛隊史料館ということで入場は無料。混雑時は整理券を配布との事だが、我々はすんなり入れた。

 中の展示はまず海上自衛隊の主任務であった掃海の歴史。敗戦後、国内の主要航路にどれだけの機雷が敷設されており、それを取り除く作業(専門用語で啓開というらしい)がどれだけの難行苦行であったかという事がよく分かるようになっていた。こういう広報は大切だ。先日の事件の失点を補えるところまでは行かないかも知れないが、こういうアピールはちゃんと続けるべきだろう。

 その先に進むと、掃海関連の実物や模型が展示されていた。機雷の模型から始まって、掃海に使用する器具各種。ペルシャ湾で機雷を除去してひしゃげたフロートは大変迫力があった。あと、サメのイラストが描かれたフロートには思わず笑ってしまった。なにしろ目と口だけで十分なはずなのに鼻とシワまで描いてしまうあたり、どうしようもなく日本人気質。



 続いては潜水艦コーナー。展示は実際に使っていたロッカーやら三段寝台の蚕棚やら食堂の机椅子やらトイレやらシャワーやら潜望鏡やら。昼夜の感覚を保つための赤灯も実体験できた。



 あとは元自衛官の方が個人収集していた世界各国の潜水艦乗りの資格章が展示されていた。個人収集のくせに大変充実しているのは国民性ですかやっぱり。というか、イランを初めイスラム諸国や共産圏の潜水艦乗りの資格章なんてどうやって入手したんだか。

 その先へ進むと、いよいよ潜水艦の内部見学。中が狭いので進むのが大変らしく、行列ができており、しかも遅々として進まない。
 待っている間に期待感が高まり、中に入ってがっかりという最悪のパターンを危惧したが、取り越し苦労だった。
 収納の合理性を究極まで高めたものがそこにはあった。カーテンしかないトイレとか2時間もいたら気がおかしくなりそうに狭い庶務室とか絶妙な高さの通路とか。一見豪華な士官食堂も有事には救護室に早変わりするとか、とにかくスペースの有効利用がありとあらゆる面で図られていて、水に潜るという事、その中で生きていくという事の凄まじさの一端を垣間見た気がした。

 最奥の司令室で潜望鏡から実際の外の光景をのぞかせてもらって見学コース終了。わずか10分か15分程度だったのに、日の光が嬉しかった。もともとが重度の海軍オタで潜水艦乗りにも憧れた事があったが、どうにも私には向いてないようだ。

 また、出たところにあった海自情報ステーションには戦時中実際に使われていた日米両方の双眼鏡が置いてあり、呉港の様子を眺められるようになっていた。物凄い贅沢な事をやっているのだが、驚喜したのは私一人。


 
 展示見学が終わると、お楽しみのお土産購入タイム。
 昨日岩国でしこたま買い込んだのだが、ここはここでまたオリジナルの土産を置いており、目の色が変わった。
 まず、実際自衛隊に納入されていると言うサバイバル弁当を二種類とも購入。また、我が家ではおなじみの海軍コーヒーも確保。また、地元呉の和菓子屋謹製の「鉄のクジラがお出迎え」という和菓子も買ってしまう。こうやって振り返ってみると食い物ばっかり。

 ほくほく顔で外に出て、今度は大和ミュージアムへ。

 中に入る前に、入り口前の露店で休憩。大和むすびという、大和最後の日の戦闘糧食を再現したおむすびを売っていたので、これを購入して食べる。
 ゴマをまぶした梅干しのおにぎり2つに沢庵が2切れ。昭和20年4月7日の日本の食料事情からすると夢のようなご馳走だが、グラマンやらロッキードやらの飛行機に乗って攻撃してくるほうはステーキとアイスクリームがふんだんに食えていた事を考えると目頭が熱くなる。
 でも、人生最後の食事にどっちを食うか聞かれたら私は間違いなくおむすびを選ぶので、これはこれでいいのかも知れないと思ったり。

 腹を満たして、いざ中へ。連休最終日という事もあって、なかなかの込み具合。人の少ない特別展から見て回る。漁港の呉浦から軍港呉への変遷の様子が豊富な資料をもとに展示してあった。

 あとは前にも来ている常設展なので帰りの列車の時間を考えて駆け足で、と思ったらこれが甘かった。微妙に展示替えをしており、ついついじっくり見てしまった。やはり入場者数も多いので力が入っているのだろうか。これで中に大和の士官食堂を再現したレストランでもできればもっといいのだが。

 それでも飛ばせるところは極力飛ばし、予定していた時間内に見終わった。残り時間で売店を見て回るが、もうカバンにも財布にもそんなに余裕がなかった事もあり、ラムネ2本だけ購入して外で飲む。このラムネが昔に忠実と言うかなんというか、開栓したら「ぷしゅー」と音を立てて勢いよく吹き出した。
 飲みながら、ついつい「昔間宮というフネでは中で羊羹とラムネを製造できて」などの濃い話をしてしまう。

 飲み終えると呉駅へ戻り、再び広島駅に出る。駅ビルのレストランで遅い昼食をとるため新幹線の時間を1時間後にずらした。この日は連休最終日なのでなかなか再予約に苦労したが、なんとかなった。
 苦労の甲斐あって昼食はうまかった。
 広島から新幹線で姫路まで出て、そこから新快速で京都まで。直通で京都までの指定席は最初っから取れなかったのでこんな乗り換え方法になったのだが「姫路からなら始発だし座って帰れるからいいだろ」ということで、むしろ名案に思われた。
 しかし、思わぬ落とし穴があった。
 姫路菓子博なるイベントが開かれており、姫路駅の新快速を待つ人の列もなかなかに長かった。当初予定していた列車では座れなかったので、一本遅らせて座って京都まで。
 時間的に間に合ったので出発時同様京都タワー温泉へ行き、旅の垢と疲れを落とす。これのおかげで足のむくみがだいぶ楽になったし、タクシーを使わずに帰れた。

 毎度の強行軍だったが、帰りの道中に「来年はどうやって行こうか」なんていう話で盛り上がれる程楽しかった。富士/はやぶさが廃止されると今回のルートが使えなくなるので、目下それだけが悩みの種となっている。

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