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今回の旅行はいつもより長めに時間がある。すなわち、いつもは諦めざるを得ないところへも行くことができるということだ。
 たとえば、台湾最南端の鵝鑾鼻燈台。

 昨年『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』を観たからというのもあるが、鵝鑾鼻燈台の南に広がるバシー海峡は太平洋戦争の隠れた古戦場のひとつだ。この目で見ておきたいという思いは以前からずっと持っていた。それに、単純に最南端まで行ってみたいという思いもある。

 行き方自体はさほど難しくはない。新幹線の終点左営から高速バスで恒春か墾丁まで出て、そこから先は路線バスの鵞鑾鼻行きに乗り換えるだけ。

 ハードルを押し上げているのは所要時間だ。何しろ遠い。距離にして大体450キロ程度だが、上記の最速ルートでも片道5時間程度かかる。行ってみたいというだけで行くにはいささか遠すぎるだろう。
 しかし。行ってみたいという思いはどうしても止み難かった。

 というわけで。日程的にもコンディション的にもこの日がベストと判断し、朝食後とっとと出発する。

 台北駅からは台湾新幹線こと高鉄で終点の左営まで。台中しか止まらない最速達列車で行こうとしたところ満席のためか券売機で切符の選択画面にすら出てこなかったので(存在自体は電光掲示で確認済み)、一部通過である準速達の切符を確保。このあとの長旅を考慮して商務車(グリーン車)を押さえる。

 乗るべき619号は台北9時21分発、左営11時20分着の予定。約2時間とそれなりの乗車時間だが、それでも今日の最終目的地到達所要時間の半分にも満たない。
 今までは台北が始発駅だったので早めにホームに降りて車内で待っていれば良かったのだが、南港駅開業に伴いその手は使えなくなった。やむなくホームのベンチでぼーっと待っていると、程なくして列車は入線してくる。
 乗り込むと、車内はそれなりに空いている。平日の午前中なのでこんなものだろう。台北を出て次の板橋に到着する頃にはアテンダントさんたちが姿を見せる。台湾高鉄においては商務車でおしぼりにお菓子とコーヒーが出るのはいつものことなのだが、今回はミネラルウォーターまで付いてきた。



 新聞の貸し出しもやっていたが、我々の愛読する蘋果日報(アップルデイリー)紙がなかったのでこれはスルー。

 板橋を過ぎて地上部分に出ると、窓から差し込む強い陽光。快適な車内だから平気だが、もし徒歩だったらあっという間に炒りつけられてしまいそうだ。

 北回帰線を越えるとこれがさらに強化されることは既に経験済みなので、商務車のおかげで割と優雅に構えていた気持ちがいささか引き締まる。

 11時20分、左営着。
 駅のコンコースを出たところに左営発墾丁行き高速バス『墾丁快車』の切符売り場がある。二人分を往復で購入。次は12時発で、少しばかり余裕がある。外のベンチで待っていても暑いだけなのでセブンイレブンで買い物を済ませてから駅ビルの三越へ退避する。
 最初は地下のフードコートでのんびりしようかと思っていたのだが。いつの間にか、ここにガンダムベース台湾の2号店が出店していた。






 これは行かねばなるまいと思い中を覗いてみると、1年戦争時代のモビルスーツから最新のオルフェンズまで実に種類豊富に在庫を取り揃えている。ただし1号店のように書籍類は置いておらず、プラモデルのみ。

 台湾の物価は日本の半分程度なのでガンプラと言えどもそれなりに財布を痛める。それでもなおこれだけの一等地に店舗を構えるだけの人気があるというのはさすがと言うほかない。

 思い入れがあるのでいささか長居をしすぎた。フードコートに行く余裕などとっくになくなり、急ぎ足でバス乗り場へ向かった。

 バスは到着していたが、まだ改札を開始していなかったので、最後尾に並ぶ。墾丁はリゾート地なので、我々の前に並んでいる人たちは皆それなりの装備をしている。ちょっとそこまで、みたいなノリは我々ぐらいだった。
 発車時間間際になってようやくバスのドアが開く。先ほど購入した切符を渡すと、代わりに行き先を書いた紙を渡される。どうやらこれは下車札のようで、降りる時に渡す模様。

 どうせ終点まで乗るからと最後列の5人並び席に陣取る。窓際にはUSBの差し込み口があり、タブレットやスマホを充電ができる。これは確かにセールスポイントとしてはなかなかに良い。ただし、事前に仕入れた情報と違ってトイレが付いていない。どうやら付いているのは一部の車両のみのようで、2時間半トイレ無しの旅路となるようだ。これは迂闊に水分を摂りすぎるとエラいことになるな、と気を引き締める。

 窓から差し込む光は、台北よりもさらに強い。今まで何度か高雄には来ていたが、高雄市内はほぼ素通りしてきたので目に入ってくる景色全てが新鮮だった。

 バスは左営の駅前を発車すると下道を少し走って高速道路に入る。平日の昼間なのでトラック等で渋滞していたが、空港横を過ぎる頃にはそれも解消し、快調に進む。
 高雄市と屏東県の境界である高屏渓を越えると、景色はぐんとのどかなものに変わる。所謂「熱帯」という言葉からしばしば連想されるような背のヒョロ高い樹があるので何だろうと思ってよく見るとバナナの樹だった。植物園以外で実物を見るのはこれが初めてだ。
 土地は平らかでそこかしこに農地が広がっている。屏東が物成り豊かな地であることが一目でわかる光景だ。実際、屏東産の果物をしばしば口にするが、いずれも滋味豊かである。

 その屏東の眺めも海が視界に入る頃には唐突に終わりを告げる。山が急激に迫ってきて、平地をぎゅっと狭める。その狭い平地をバスは縫うように走る。これまで離れて走っていた鉄道の線路も寄り添うように近づいてくる。鹿児島の市街地から指宿方面に南下していくとこんな光景だったことを思い出す。

 海の眺めは良いものなのだが、海岸線が単調でどうにも眠気を誘う。かてて加えてなんの前触れもなく豪雨が降り始めたこともあって、いつの間にか夢の世界へご招待されており目が覚めた時には既に恒春の市街地だった。
 ルートとしてはここ恒春のバスターミナルで降りて鵝鑾鼻行きのバスに乗り換えるという手もあったが、せっかくなのでこのバスで終点まで行くことにした。

 恒春の街を過ぎ、墾丁国家公園に入ってから見える海はリゾートの香りに満ちていた。穏やかな波に白砂が洗われる南湾海水浴場ではたくさんの人が夏の海を楽しんでいる。ここのバス停で降りていく人も少なくなかった。
 我々はもう少しだけ進む。夜市を思わせる飲食店街の真ん中に墾丁のバス停はあった。バスから一歩外に出ると、温度差にクラクラした。しかし、慣れると苦痛というほどでもなかった。やはり海沿いは過ごしやすいのだろうか。

 ここで鵝鑾鼻行きのバスを待つのだが、2時間半の長旅だったので、何は無くともまずはトイレ探しから。
 幸いバス停から少し歩くと派出所の敷地内に公衆トイレがあった。ここで用を済ませ、その先のバス停から鵝鑾鼻行きのバスに乗り込む。

 地図を見るとバスに乗った場所から鵝鑾鼻までは頑張れば歩いていけるんじゃないかと思うような印象すらあったが、実際に乗ってみるとそれなりに遠いことがよくわかる。うっかりと調子に乗った行動を取っていたらこうして旅行記を書くこともなかったかも知れない。
 街並みから外れ、森と海の狭間を順調に南下していたバスが、特にアナウンスもないまま道端に止まる。窓の外を見てもバス停もないのでなんだろうと思っていると、運ちゃんがやってきて何やら説明を始めた。どうやらここが終点な模様。
 というわけで我々含めすべての乗客が車外に出る。
 ちなみにバス停は信号のない交差点を挟んだ向こう側にあった。あの場所に止めてしまうと待機場所と思しき先程の停車位置(涼しげな木陰)まで戻すのはそれなりに骨が折れそうなので、なるほどと納得。

 バス停の向こうに鵝鑾鼻の文字が書かれた看板を見つけ、ようやく実感が湧いてきた。




 道は看板の手前で二手に分かれていたが、タクシーの運ちゃんが「鵝鑾鼻公園なら向こう」と教えてくれた。指し示された先、バスも停まれる大きな駐車場の向こうに鵝鑾鼻公園の入り口が見える。

 数百メートルしか歩いていないが既にどっぷりと汗をかいているので、入り口横のベンチで水分塩分補給。屋根付きで日陰もあるので大変心地良い。うっかり長居しそうになるところを、どうにかこうにか意を決して立ち上がる。
 窓口で一人60元の入園チケットを購入し、中へと進む。

 まずは案内板に従ってランドマークの燈台を目指す。最初はゆるかった上り坂が途中から徐々に傾斜を増していく。これが思いの外きつかったのは歳のせいか暑さのせいか。坂の途中の木陰が『涼しくて座れる』という抗しがたい吸引力を持っており、ここでくじけて一息入れる。どう見ても我々より若い人たちやこの人たち台湾人だなぁという人たちも同じところでくじけているので、暑さのせいということにしておこう。
 「あ、ここからでも十分見えるな」と汗を拭き拭き見上げた白亜の塔はタオルの手が止まるほどに凛として美しかった。かつては大日本帝國最南端の燈台であり、交通の要衝バシー海峡を今も昔も見守っている鵝鑾鼻燈台は神々しくすらあった。



 もっと近くで見たくなり、休憩もそこそこに木陰から出る。坂を上りきったところに『鵞鑾鼻(原文ママ)』と書かれた石碑があった。ここが台湾八景であることを示すこれもまた、日本統治時代のよすがである。




 そして。ここから見える海がバシー海峡だ。先述のとおり、太平洋戦争の隠れた古戦場のひとつ。日本と南方をつなぐ重要な交通路であったためアメリカの潜水艦に網を張られ、多数の輸送船が沈められている。私の祖父もここを通ってフィリピン、そしてビルマ(当時)へと旅立って行ったのだが、その時は幸い無事に通過している。




 この海で失われた数多の命を想い、深々と一礼。

 概ね目的は果たしたようなものだが、ここまで来たのでせっかくだから燈台の中も見学させてもらおうと足を向ける。しかし、直線で向かわず手前の売店に吸い込まれてしまうのは熱中症対策という点からもやむなしであろうか。
 いつもなら烏龍茶なのだが、それだと塩分補給にならない。さてどうするかとおもって店の冷蔵庫を覗く。「おお、ポカリがある」「助かった」しかもこれが日本からの輸入物でなく現地生産品なので安かったのもありがたい。1本30元なので円換算すると100円しない。

 店の前にあるベンチでキンキンに冷えたポカリをいただく。目の前に燈台を見ながらの休憩に心は逸るも、無理は禁物。1本をゆっくり飲み終えてから立ち上がる。

 改めて目を向けると、石畳で作られた道がまっすぐ伸びているので、見た目ちょっとドラクエを思い出させる。周囲に塀を巡らせてちょっとした要塞めいた作りになっているのは、実際ここが世にも珍しい武装燈台だったことに由来する。
 記念写真を撮っている人たちの横をすり抜け、下に立って見上げる。巨大とか壮大とかそういう圧倒感はないが、不思議な威厳に満ちていた。



 燈台手前の建物が小さな資料館になっており、せっかくなのでここも入ってみる。この手の資料館にお馴染みの模型に昔使っていた地図や印箱に入った大量のゴム印なども展示している。私も物好きなのでこの手の小さな資料館はあちこち回ってきた方だと自負しているが、ゴム印は初めて見た。『国は違っても似たような文言使うんだなぁ』とか『繁体字は字画が多いので作るのが大変そうだなぁ』等々割と興味深くてすっかり堪能する。
 さて。メインディッシュは終えたものの、公園内はまだまだ見所も多い。海岸線まで下りることもできるようなので、バシー海峡の波に足を浸してみてもいい。
 だが、この時既に時計は16時半を回っている。台北まで5時間かかることを思えば、ぼちぼち引き上げる頃合いであろう。

 この公園は入口の近くに専用出口が設置されているのだが、通路がそのまま土産物屋に直結しているという実に清々しいつくりになっている。
 日本語で「サンゴ」とか「珍しいお土産」とか声をかけられるが、省みる余力もあまりないのでそのまま素通りする。お廟の前だけは一礼したが。

 やって来た道をそのまま引き返し、屋根が付いてベンチもあるバス停でポカリを飲みながら待つ。鵝鑾鼻行き終点のバス停にはこのような設備はなく、待つ時間の長い始発のバス停にこういう設備をつけてくれるところはなかなかどうしてきめ細かい配慮。

 待っているうち、我々の他にも1組2組と徐々に人が集まってくる。3組目がやってくるのと時を同じくして、墾丁の街中をめぐる『墾丁街車』バスがやってきた。リゾート地らしく、路線バスなのにハイデッカーの豪華仕様。これに乗り10分ほど走った先の、墾丁快車の始発バス停『小灣』で降りる。
 ここでもまたしばらく待ち時間がある。近くにコンビニでもあれば良いのだが、生憎とシーザーパークとハワードビーチリゾートというリゾートホテルがあるばかりで、あとは何も見当たらない。
 無遠慮にホテルの売店へ突撃する気力もないのでおとなしく待つ。

 最初にやって来たのは空港行きなのでスルー。その数分後にやって来たバスは今度こそ高鉄左営行き。このバスもUSB充電はできるがトイレは付いていないという微妙にありがたくない仕様。

 バスは数時間前に来た道をひたすら戻る。
 この日、運動量としてはそれほどではなかったのかも知れないが、移動と暑さで疲労が溜まっていたのだろう、バスが走り出すと程なくして座席に取り込まれるように深く座り込んで居眠りに突入してしまう。

 途中、台鉄枋寮駅前バス停の手前で目が覚める。ここから台鉄に乗り換えて帰っても良かったが、実は特急である自強号に乗ってもこのままバスに乗っても所要時間はあまり変わらなかったりする。せっかく初めて乗るのであれば、もう少しコンディションの良い状態で乗りたいという思いもあって下車はせず、すぐまた眠りの世界に送り込まれる。結局この後も寝たり覚めたりで到着間近になるまで夢うつつの状態が続く。

 ただ、あとで気がついたのだが、トイレの問題があるので多少の手間は惜しまず鉄道で帰るのも良かったかもしれない。
 さて。無事左営に戻ってきたところで夕食タイム。高雄市内は六合夜市等々食事をする場所には事欠かないのだが、今から探して回る根性も尽き果てているので左営駅ビルの三越にて夕食とする。

 ここに来るとレストランよりもフードコートに惹かれてしまうのでとっとと地下に降りる。

 以前から丸亀製麺と寿がきや(台湾名『壽賀喜屋』)が入っているところに、『かつ丼 トンテキ 豚一屋』という店が加わっていよいよ自分がどこにいるのか分からなくなってきた。








 天婦羅を揚げる良い香りに誘われたりもしたが、そこはさすがに割り切って夜市風ご飯を食べられるお店へ向かう。なにしろ私の大好物虱目魚(サバヒー)を塩焼きにした定食が食べられる貴重な機会を逸するわけにはいかない。
 妻は台湾南部名物の担仔麺。
 ここの定食はメインの虱目魚もさることながら、付け合わせの青菜、メンマ、豆腐の醤油煮込み、わかめスープもなかなかに良い。そして白いご飯と一緒にいただけるというのが何より良い。ほどほどの塩加減が虱目魚の脂をグッと引き立ててくれて、どんどん飯が進む。



 隣のテーブルでは学生っぽい女子がひとりで丸亀製麺のうどんを前にいささか緊張した面持ち。どうしたのかと思って見ているとスマホを取り出し、うどんを撮影。撮り終えると箸を取り、恐る恐る食べ始めた。
 察するに『初めてのおうどん』なようだ。その様子を微笑ましく思いつつ、残りを平らげる。

 食べ終えて、まだ少しばかり時間に余裕があったので高雄牛乳大王というフルーツメインのジューススタンドでパパイヤミルクをいただく。

 高鉄左営の駅に戻る途中、地下鉄のコンコースを通るとグッズの売店があり、鎌倉の江ノ電とタイアップしている旨の広告看板とともに、日本でいう鉄道むすめっぽいイメージイラストの看板もある。







 あまり時間がなかったためチラ見してちょっと撮影するので精一杯だったが、なかなかどうして油断ならない。
 
 高鉄は左営20時55分発、台北22時28分着の160号の切符を購入。今度こそ台中しか止まらない最速達に乗る。夜の闇を切り裂いて走る高鉄の車中、気持ちは既に明日の行程に向いていた。

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今さらですが非公開に変更
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読書、創作活動(文章のみ)、野球観戦、旅行、食べ歩き
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三十路オタです。そろそろ三十路の残りのほうが少なくなってきました。そんな年齢なので言う事やる事古くさくてすいません。

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