台湾旅行記2026(5日目編)
今年の台湾旅行最終日。ようやく台風も去って台湾が通常営業に戻り始める日、勿論このままおとなしく帰る気にはなれなかった。台北駅発11時台の空港行き地下鉄に乗れば予約した関空行き飛行機には間に合う算段なので1か所ならばお出かけ可能である。
さりとてそんな早朝から営業しているところも少ない。自ずと選択肢は限られる。私の方は1も2もなく台湾鉄道博物館だ。ここは営業開始が9時半からだし、最寄駅の國父紀念館まで10分程度と交通至便。道すがらには24時間営業の誠品書店があるので早く着きすぎた場合はそこで時間調整もできる。
嫁さんの方は迪化街で買い残しがあるとのことで二手に分かれて出発。
國父紀念館駅は台北ドームの最寄駅でもあるためいつもなら球場外周をゆるゆる歩くのも楽しいのだが今回ばかりはパスせざるを得ない。
ドーム球場に隣接した公園は日本統治時代のタバコ工場をリノベーションした松山文創園区といい、広大な敷地は多様な使われ方をしている。この日も複数イベントがあるようで早くから行列が出来ていた。看板を見ると「伊藤潤二展 誘惑」と「櫻桃小丸子(ちびまる子ちゃん) 原作40週年特展」とあった。惹かれなくもなかったが今は鉄道博物館が優先。
この松山文創園区を突っ切った先にあるのが誠品書店。そのさらに先、広い道路を渡った向こう側にあるのがまだまだリノベーション中ながらも第一期開業にこぎつけた台湾鉄道博物館。
この時点ではまだ開館まで30分以上あるので本屋で時間つぶしを、と思ったがどうやら営業していないらしい。らしい、というのはなんの掲示もなくただエレベーターが本屋のある3階には行けなくなっているので推測した結果である。
判断つきかねたので階段で3階まで上がってみたところ入り口には鍵がかかっていたため休業中、もしくは営業開始前と判断して撤収。鉄道博物館周辺をうろついて時間つぶしとする。
鉄道にお詳しい方なら「苗穂」「吹田」「幡生」などの名前を聞けばピンとくるであろうが、ここはそのお仲間。かつて「台北機廠」という名前のディーゼル機関車工場だった。かつては実際に修理点検に使用されていた工場がまるまる博物館化したという夢のような場所だ。なので私のような人間は外観を眺めているだけでも結構楽しめてしまう。
広大な敷地外周をひとまわりすれば程よく開館時間となる。チケット券売機は現金不可だったので慌ててクレジットカードを取り出して購入。
まずは手近な工場長室へと入ったところ、これがまるで当時からそのままタイムスリップしてきたかのような忠実さで再現されている。卓上には茶器や黒電話、決裁文書挟と居並び、極めつけは透明な灰皿まで。最後のはおそらく21世紀生まれの諸氏には見ただけではなんなのかさっぱりわからないだろう。
敷地が広大なのであまりゆっくりもしていられない。鉄道書籍の展示に敬愛する宮脇俊三翁の『台湾鉄路千公里』を見つけてニヤリとしたのも束の間。足を休めるヒマなどなく隣の建物へ。
なんだか不思議と見覚えのある大浴場をざっと眺め、入浴道具まで展示されているのにニヤリとした。さらには大講堂とその奥の土産売り場をひとまわりして、10時ちょうど発の体験乗車コーナーへと急いだ。無事間に合ったのだがそこに乗るべき車両の姿はなく。代わりに職員さんたちが線路や設備の点検をしていた。
残念だが仕方ない。ため息ひとつで気持ちを切り替えて機関車工場をまるまる使った展示室へと向かった。
広い広い工場スペース内には今回最大の目的としていた展示がある。日本国有鉄道583系寝台電車。かつて400両以上が製造されたうちの2両がここにあるのだ。方向幕はご丁寧にも「わくわくドリーム舞浜」が表示されている。
我が両親は私の鉄道趣味には一切の理解を示さず、これに乗せてくれるどころか1人で上野駅に見に行くことすら禁じていた。そのためこの車両の活躍期に生を享けていながら走っている姿を見た記憶すら乏しく実際に乗車したのは成人してから急行きたぐにに一度あるのみである(魔改造された419系電車は何度か乗車経験有)。
昼間は座席特急、夜間は寝台特急として走れる可変式電車として旺盛な旅行需要に応ずるため製造され、一時期は期待に応える活躍をしたものの。酷使の果てに廃車されるもの、飛行機や新幹線に出番を奪われて日陰の存在になるもの、その来し方は様々であるがあまり恵まれた存在とは思えない。
それでもこの車両は廃車される事なく望まれて異国の地に安住を得た。お疲れ様でした、と声のひとつもかけたくなったが流石に自重した。
名残は尽きないがこれ以上ここに居ては帰れなくなりかねない。様々な思いを振り切って急ぎホテルに戻ってチェックアウト。昨年忘れ物をしてホテルに迷惑をかけてしまった苦い記憶から入念に荷物点検したため予定していた快速列車を逃すなどしてしまったが、乗るべき飛行機の搭乗開始には無事間に合った。なんなら空港でゆっくりと昼食を味わう余裕まであった。
やり足りない事この上ないが、最悪の中でも最善を尽くした旅であった。そして何より、また来る理由がひとつ増えた。それはきっと、もう来れないとなる日まで増え続けるだろう。
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