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現在更新は不定期になっております。ご承知置きください。あと、ツイッター始めました。https://twitter.com/Husachiaki
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今回の旅行はいつもより長めに時間がある。すなわち、いつもは諦めざるを得ないところへも行くことができるということだ。
 たとえば、台湾最南端の鵝鑾鼻燈台。

 昨年『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』を観たからというのもあるが、鵝鑾鼻燈台の南に広がるバシー海峡は太平洋戦争の隠れた古戦場のひとつだ。この目で見ておきたいという思いは以前からずっと持っていた。それに、単純に最南端まで行ってみたいという思いもある。

 行き方自体はさほど難しくはない。新幹線の終点左営から高速バスで恒春か墾丁まで出て、そこから先は路線バスの鵞鑾鼻行きに乗り換えるだけ。

 ハードルを押し上げているのは所要時間だ。何しろ遠い。距離にして大体450キロ程度だが、上記の最速ルートでも片道5時間程度かかる。行ってみたいというだけで行くにはいささか遠すぎるだろう。
 しかし。行ってみたいという思いはどうしても止み難かった。

 というわけで。日程的にもコンディション的にもこの日がベストと判断し、朝食後とっとと出発する。

 台北駅からは台湾新幹線こと高鉄で終点の左営まで。台中しか止まらない最速達列車で行こうとしたところ満席のためか券売機で切符の選択画面にすら出てこなかったので(存在自体は電光掲示で確認済み)、一部通過である準速達の切符を確保。このあとの長旅を考慮して商務車(グリーン車)を押さえる。

 乗るべき619号は台北9時21分発、左営11時20分着の予定。約2時間とそれなりの乗車時間だが、それでも今日の最終目的地到達所要時間の半分にも満たない。
 今までは台北が始発駅だったので早めにホームに降りて車内で待っていれば良かったのだが、南港駅開業に伴いその手は使えなくなった。やむなくホームのベンチでぼーっと待っていると、程なくして列車は入線してくる。
 乗り込むと、車内はそれなりに空いている。平日の午前中なのでこんなものだろう。台北を出て次の板橋に到着する頃にはアテンダントさんたちが姿を見せる。台湾高鉄においては商務車でおしぼりにお菓子とコーヒーが出るのはいつものことなのだが、今回はミネラルウォーターまで付いてきた。



 新聞の貸し出しもやっていたが、我々の愛読する蘋果日報(アップルデイリー)紙がなかったのでこれはスルー。

 板橋を過ぎて地上部分に出ると、窓から差し込む強い陽光。快適な車内だから平気だが、もし徒歩だったらあっという間に炒りつけられてしまいそうだ。

 北回帰線を越えるとこれがさらに強化されることは既に経験済みなので、商務車のおかげで割と優雅に構えていた気持ちがいささか引き締まる。

 11時20分、左営着。
 駅のコンコースを出たところに左営発墾丁行き高速バス『墾丁快車』の切符売り場がある。二人分を往復で購入。次は12時発で、少しばかり余裕がある。外のベンチで待っていても暑いだけなのでセブンイレブンで買い物を済ませてから駅ビルの三越へ退避する。
 最初は地下のフードコートでのんびりしようかと思っていたのだが。いつの間にか、ここにガンダムベース台湾の2号店が出店していた。






 これは行かねばなるまいと思い中を覗いてみると、1年戦争時代のモビルスーツから最新のオルフェンズまで実に種類豊富に在庫を取り揃えている。ただし1号店のように書籍類は置いておらず、プラモデルのみ。

 台湾の物価は日本の半分程度なのでガンプラと言えどもそれなりに財布を痛める。それでもなおこれだけの一等地に店舗を構えるだけの人気があるというのはさすがと言うほかない。

 思い入れがあるのでいささか長居をしすぎた。フードコートに行く余裕などとっくになくなり、急ぎ足でバス乗り場へ向かった。

 バスは到着していたが、まだ改札を開始していなかったので、最後尾に並ぶ。墾丁はリゾート地なので、我々の前に並んでいる人たちは皆それなりの装備をしている。ちょっとそこまで、みたいなノリは我々ぐらいだった。
 発車時間間際になってようやくバスのドアが開く。先ほど購入した切符を渡すと、代わりに行き先を書いた紙を渡される。どうやらこれは下車札のようで、降りる時に渡す模様。

 どうせ終点まで乗るからと最後列の5人並び席に陣取る。窓際にはUSBの差し込み口があり、タブレットやスマホを充電ができる。これは確かにセールスポイントとしてはなかなかに良い。ただし、事前に仕入れた情報と違ってトイレが付いていない。どうやら付いているのは一部の車両のみのようで、2時間半トイレ無しの旅路となるようだ。これは迂闊に水分を摂りすぎるとエラいことになるな、と気を引き締める。

 窓から差し込む光は、台北よりもさらに強い。今まで何度か高雄には来ていたが、高雄市内はほぼ素通りしてきたので目に入ってくる景色全てが新鮮だった。

 バスは左営の駅前を発車すると下道を少し走って高速道路に入る。平日の昼間なのでトラック等で渋滞していたが、空港横を過ぎる頃にはそれも解消し、快調に進む。
 高雄市と屏東県の境界である高屏渓を越えると、景色はぐんとのどかなものに変わる。所謂「熱帯」という言葉からしばしば連想されるような背のヒョロ高い樹があるので何だろうと思ってよく見るとバナナの樹だった。植物園以外で実物を見るのはこれが初めてだ。
 土地は平らかでそこかしこに農地が広がっている。屏東が物成り豊かな地であることが一目でわかる光景だ。実際、屏東産の果物をしばしば口にするが、いずれも滋味豊かである。

 その屏東の眺めも海が視界に入る頃には唐突に終わりを告げる。山が急激に迫ってきて、平地をぎゅっと狭める。その狭い平地をバスは縫うように走る。これまで離れて走っていた鉄道の線路も寄り添うように近づいてくる。鹿児島の市街地から指宿方面に南下していくとこんな光景だったことを思い出す。

 海の眺めは良いものなのだが、海岸線が単調でどうにも眠気を誘う。かてて加えてなんの前触れもなく豪雨が降り始めたこともあって、いつの間にか夢の世界へご招待されており目が覚めた時には既に恒春の市街地だった。
 ルートとしてはここ恒春のバスターミナルで降りて鵝鑾鼻行きのバスに乗り換えるという手もあったが、せっかくなのでこのバスで終点まで行くことにした。

 恒春の街を過ぎ、墾丁国家公園に入ってから見える海はリゾートの香りに満ちていた。穏やかな波に白砂が洗われる南湾海水浴場ではたくさんの人が夏の海を楽しんでいる。ここのバス停で降りていく人も少なくなかった。
 我々はもう少しだけ進む。夜市を思わせる飲食店街の真ん中に墾丁のバス停はあった。バスから一歩外に出ると、温度差にクラクラした。しかし、慣れると苦痛というほどでもなかった。やはり海沿いは過ごしやすいのだろうか。

 ここで鵝鑾鼻行きのバスを待つのだが、2時間半の長旅だったので、何は無くともまずはトイレ探しから。
 幸いバス停から少し歩くと派出所の敷地内に公衆トイレがあった。ここで用を済ませ、その先のバス停から鵝鑾鼻行きのバスに乗り込む。

 地図を見るとバスに乗った場所から鵝鑾鼻までは頑張れば歩いていけるんじゃないかと思うような印象すらあったが、実際に乗ってみるとそれなりに遠いことがよくわかる。うっかりと調子に乗った行動を取っていたらこうして旅行記を書くこともなかったかも知れない。
 街並みから外れ、森と海の狭間を順調に南下していたバスが、特にアナウンスもないまま道端に止まる。窓の外を見てもバス停もないのでなんだろうと思っていると、運ちゃんがやってきて何やら説明を始めた。どうやらここが終点な模様。
 というわけで我々含めすべての乗客が車外に出る。
 ちなみにバス停は信号のない交差点を挟んだ向こう側にあった。あの場所に止めてしまうと待機場所と思しき先程の停車位置(涼しげな木陰)まで戻すのはそれなりに骨が折れそうなので、なるほどと納得。

 バス停の向こうに鵝鑾鼻の文字が書かれた看板を見つけ、ようやく実感が湧いてきた。




 道は看板の手前で二手に分かれていたが、タクシーの運ちゃんが「鵝鑾鼻公園なら向こう」と教えてくれた。指し示された先、バスも停まれる大きな駐車場の向こうに鵝鑾鼻公園の入り口が見える。

 数百メートルしか歩いていないが既にどっぷりと汗をかいているので、入り口横のベンチで水分塩分補給。屋根付きで日陰もあるので大変心地良い。うっかり長居しそうになるところを、どうにかこうにか意を決して立ち上がる。
 窓口で一人60元の入園チケットを購入し、中へと進む。

 まずは案内板に従ってランドマークの燈台を目指す。最初はゆるかった上り坂が途中から徐々に傾斜を増していく。これが思いの外きつかったのは歳のせいか暑さのせいか。坂の途中の木陰が『涼しくて座れる』という抗しがたい吸引力を持っており、ここでくじけて一息入れる。どう見ても我々より若い人たちやこの人たち台湾人だなぁという人たちも同じところでくじけているので、暑さのせいということにしておこう。
 「あ、ここからでも十分見えるな」と汗を拭き拭き見上げた白亜の塔はタオルの手が止まるほどに凛として美しかった。かつては大日本帝國最南端の燈台であり、交通の要衝バシー海峡を今も昔も見守っている鵝鑾鼻燈台は神々しくすらあった。



 もっと近くで見たくなり、休憩もそこそこに木陰から出る。坂を上りきったところに『鵞鑾鼻(原文ママ)』と書かれた石碑があった。ここが台湾八景であることを示すこれもまた、日本統治時代のよすがである。




 そして。ここから見える海がバシー海峡だ。先述のとおり、太平洋戦争の隠れた古戦場のひとつ。日本と南方をつなぐ重要な交通路であったためアメリカの潜水艦に網を張られ、多数の輸送船が沈められている。私の祖父もここを通ってフィリピン、そしてビルマ(当時)へと旅立って行ったのだが、その時は幸い無事に通過している。




 この海で失われた数多の命を想い、深々と一礼。

 概ね目的は果たしたようなものだが、ここまで来たのでせっかくだから燈台の中も見学させてもらおうと足を向ける。しかし、直線で向かわず手前の売店に吸い込まれてしまうのは熱中症対策という点からもやむなしであろうか。
 いつもなら烏龍茶なのだが、それだと塩分補給にならない。さてどうするかとおもって店の冷蔵庫を覗く。「おお、ポカリがある」「助かった」しかもこれが日本からの輸入物でなく現地生産品なので安かったのもありがたい。1本30元なので円換算すると100円しない。

 店の前にあるベンチでキンキンに冷えたポカリをいただく。目の前に燈台を見ながらの休憩に心は逸るも、無理は禁物。1本をゆっくり飲み終えてから立ち上がる。

 改めて目を向けると、石畳で作られた道がまっすぐ伸びているので、見た目ちょっとドラクエを思い出させる。周囲に塀を巡らせてちょっとした要塞めいた作りになっているのは、実際ここが世にも珍しい武装燈台だったことに由来する。
 記念写真を撮っている人たちの横をすり抜け、下に立って見上げる。巨大とか壮大とかそういう圧倒感はないが、不思議な威厳に満ちていた。



 燈台手前の建物が小さな資料館になっており、せっかくなのでここも入ってみる。この手の資料館にお馴染みの模型に昔使っていた地図や印箱に入った大量のゴム印なども展示している。私も物好きなのでこの手の小さな資料館はあちこち回ってきた方だと自負しているが、ゴム印は初めて見た。『国は違っても似たような文言使うんだなぁ』とか『繁体字は字画が多いので作るのが大変そうだなぁ』等々割と興味深くてすっかり堪能する。
 さて。メインディッシュは終えたものの、公園内はまだまだ見所も多い。海岸線まで下りることもできるようなので、バシー海峡の波に足を浸してみてもいい。
 だが、この時既に時計は16時半を回っている。台北まで5時間かかることを思えば、ぼちぼち引き上げる頃合いであろう。

 この公園は入口の近くに専用出口が設置されているのだが、通路がそのまま土産物屋に直結しているという実に清々しいつくりになっている。
 日本語で「サンゴ」とか「珍しいお土産」とか声をかけられるが、省みる余力もあまりないのでそのまま素通りする。お廟の前だけは一礼したが。

 やって来た道をそのまま引き返し、屋根が付いてベンチもあるバス停でポカリを飲みながら待つ。鵝鑾鼻行き終点のバス停にはこのような設備はなく、待つ時間の長い始発のバス停にこういう設備をつけてくれるところはなかなかどうしてきめ細かい配慮。

 待っているうち、我々の他にも1組2組と徐々に人が集まってくる。3組目がやってくるのと時を同じくして、墾丁の街中をめぐる『墾丁街車』バスがやってきた。リゾート地らしく、路線バスなのにハイデッカーの豪華仕様。これに乗り10分ほど走った先の、墾丁快車の始発バス停『小灣』で降りる。
 ここでもまたしばらく待ち時間がある。近くにコンビニでもあれば良いのだが、生憎とシーザーパークとハワードビーチリゾートというリゾートホテルがあるばかりで、あとは何も見当たらない。
 無遠慮にホテルの売店へ突撃する気力もないのでおとなしく待つ。

 最初にやって来たのは空港行きなのでスルー。その数分後にやって来たバスは今度こそ高鉄左営行き。このバスもUSB充電はできるがトイレは付いていないという微妙にありがたくない仕様。

 バスは数時間前に来た道をひたすら戻る。
 この日、運動量としてはそれほどではなかったのかも知れないが、移動と暑さで疲労が溜まっていたのだろう、バスが走り出すと程なくして座席に取り込まれるように深く座り込んで居眠りに突入してしまう。

 途中、台鉄枋寮駅前バス停の手前で目が覚める。ここから台鉄に乗り換えて帰っても良かったが、実は特急である自強号に乗ってもこのままバスに乗っても所要時間はあまり変わらなかったりする。せっかく初めて乗るのであれば、もう少しコンディションの良い状態で乗りたいという思いもあって下車はせず、すぐまた眠りの世界に送り込まれる。結局この後も寝たり覚めたりで到着間近になるまで夢うつつの状態が続く。

 ただ、あとで気がついたのだが、トイレの問題があるので多少の手間は惜しまず鉄道で帰るのも良かったかもしれない。
 さて。無事左営に戻ってきたところで夕食タイム。高雄市内は六合夜市等々食事をする場所には事欠かないのだが、今から探して回る根性も尽き果てているので左営駅ビルの三越にて夕食とする。

 ここに来るとレストランよりもフードコートに惹かれてしまうのでとっとと地下に降りる。

 以前から丸亀製麺と寿がきや(台湾名『壽賀喜屋』)が入っているところに、『かつ丼 トンテキ 豚一屋』という店が加わっていよいよ自分がどこにいるのか分からなくなってきた。








 天婦羅を揚げる良い香りに誘われたりもしたが、そこはさすがに割り切って夜市風ご飯を食べられるお店へ向かう。なにしろ私の大好物虱目魚(サバヒー)を塩焼きにした定食が食べられる貴重な機会を逸するわけにはいかない。
 妻は台湾南部名物の担仔麺。
 ここの定食はメインの虱目魚もさることながら、付け合わせの青菜、メンマ、豆腐の醤油煮込み、わかめスープもなかなかに良い。そして白いご飯と一緒にいただけるというのが何より良い。ほどほどの塩加減が虱目魚の脂をグッと引き立ててくれて、どんどん飯が進む。



 隣のテーブルでは学生っぽい女子がひとりで丸亀製麺のうどんを前にいささか緊張した面持ち。どうしたのかと思って見ているとスマホを取り出し、うどんを撮影。撮り終えると箸を取り、恐る恐る食べ始めた。
 察するに『初めてのおうどん』なようだ。その様子を微笑ましく思いつつ、残りを平らげる。

 食べ終えて、まだ少しばかり時間に余裕があったので高雄牛乳大王というフルーツメインのジューススタンドでパパイヤミルクをいただく。

 高鉄左営の駅に戻る途中、地下鉄のコンコースを通るとグッズの売店があり、鎌倉の江ノ電とタイアップしている旨の広告看板とともに、日本でいう鉄道むすめっぽいイメージイラストの看板もある。







 あまり時間がなかったためチラ見してちょっと撮影するので精一杯だったが、なかなかどうして油断ならない。
 
 高鉄は左営20時55分発、台北22時28分着の160号の切符を購入。今度こそ台中しか止まらない最速達に乗る。夜の闇を切り裂いて走る高鉄の車中、気持ちは既に明日の行程に向いていた。

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毎年恒例台湾旅行、今年は10周年ということでいつもより1日長く設定してみた。期間が長い分、今までやってみたくてもできなかったことをひとつ、計画に入れる。
 
 出発当日まではいつもどおり紆余曲折に満ちていたが、どうにかこうにか片付けて無事出発できる運びとなった。
 フライトは関空発13時の便なので、諸々見込んで9時前に自宅を出発する。愛車のエンジンをかけると、この時カーステレオから『1/6の夢旅人2002』が流れるのは、すっかり儀式のようになっている。

 道中はさしたるトラブルもなく、スッキリと晴れた青空のもと関空大橋を渡る。
 駐車場からターミナルに移動し、いつもであればそのままチェックインカウンターへ行くところだが、今回はポケットwifiを借りる算段をしていたので、その受取場所へ先に行く。そこが我々の使う中華航空のチェックインカウンターと真逆の場所にあったので、混み合うターミナルを端から端まで延々移動する羽目になったりしたが、レンタル自体は無事に終わった。

 時間に余裕があったので、普通であればどこかで一服するところなのだが。
 wifiを借りるために1タミの4階を大横断をして、あちらこちらのチェックインカウンターに大量の団体客がひしめいていることを身にしみて実感したため、まだ混雑していないうちにとっとと保安検査を済ませてしまおうということになった。

 ただ、保安検査場の向こうには一服できるような店が少なく、以前まであったネカフェもなくなってしまったので安住の地を確保できるかどうかがネックだったが、行き場がなくなるようであればこれを口実にクレカをゴールドにしてしまおうと思っていた。

 さて。そんな事前の思惑をよそに、根城とするべき場所は意外とあっさり見つかったのだが、ここが別に喫茶店でもなんでもないところで単に座れるというだけの場所。なのでせめて飲み物くらいは調達してこようと売店に向かったところ、これがどの店も長蛇の列。やむなく自販機で緑茶を調達する。

 借りたiPadminiの練習とばかりにTwitterでつぶやいたりしているとやはり小腹がすいてくる。妻に諮ると、とりたてて空腹ではないとのことなので私一人でさまようことになった。

 さっき飲み物を求めてうろついた時には長蛇の列を形成していたプロントが一転すいていたためチャンスとばかりに並ぶ。妻へのお土産として十勝あんぱんやカットピザなどを購入しつつ、ビールとナポリタンでほぼ昼食に近いブランチとした。

 午前中から飲むビールはなんとも爽快で、人をダメにする味がした。ナポリタンにしたのは、台湾にもイタ飯屋はそれなりにあるものの、ナポリタンだけはついぞ見たことがなかったからである。

 そんなこんなで持て余すはずの時間はあっという間に過ぎ去り、搭乗ゲートに向かう頃合いとなったのでモノレール乗り場へ向かう。

 41番搭乗口付近のソファは既に人で埋め尽くされていたので、おとなり40番側のソファに座って待つことしばし。予定時刻より少し遅れて案内が始まった。

 機内がほぼ満席なのもいつもどおり。
 機内食。妻がシーフード、私がチキン。シーフードはエビと魚のビスクにサフランライス。チキンは鶏肉とキノコの中華炒め。サラダのドレッシングはキューピーだったのはまだしも、マンゴーケーキが台湾のものでなく宮崎製であることが衝撃的だった。台湾名物のマンゴーを、なぜ…という疑問が自然と湧いてくる。

 まぁ、考えても結論が出る話ではないし、とっとと平らげてしまうことにした。マンゴーケーキ自体は旅のおやつとしてとっておくことにする。

 例年であれば機内食のあとはパソコンを取り出して文章を打つなりなんなりするのであるが、今年はポケットwi-fiのおまけで借りてきたiPad miniがあるので、慣らし運転がてらいじり倒す。

 もともとmacを長く使ってきたので、感覚的に戸惑うところはさほどない。何を行うにもファイルではなくアプリで、というところだけが要注意だが。

 機内wi-fi(有料)という誘惑にも打ち勝ち、ある程度習熟した頃合いに飛行機は着陸態勢となる。

 台湾桃園空港着。

 トラブルなく入国審査も荷物の回収も両替も終わり。まずは地下のフードコートへ向かう。タピオカミルクティーの春水堂で一服。

 ここは激戦区なようで毎年少しずつ店が入れ替わっており、今年はヒゲ張のニックネームでお馴染みな魯肉飯屋さんを見つける。現在日本で唯一店舗がある金沢まで食べに行ったことがあるほどに好きなお店なので「ここで夕飯を済ませてしまおうか」という話にもなりかけたが、さすがに思いとどまった。

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 また、毎回ここのセブンイレブンでバス内で飲む用のお茶を購入しておくのだが、店内で売っているドーナツがミスドでちょっとびっくりする。日本でもやってほしいと思いつつ、夕飯が食べられなくなったら困るので購入は控える。

 1階に戻ってバス乗り場へと向かう。

 切符を購入して待っていると、韓国人と思しき女性から地図を片手に英語で話しかけられる。
 ハングルと英語の書かれた地図にはホテルの名前と場所が書かれており、どうやらそこへ行くバスを探しているようである。
 そのホテルはバスの路線から外れていたため、どうしたものかと悩みつつとりあえず「台北駅からタクシーに乗ったほうがいいのでは?」という結論に至る。
 至ったのだが、それを伝える前にその女性の連れの男性が解決策を見出したようで、礼を言いながら去っていった。

 まぁ、それはそれとして。
 我々の乗るべきバスも間もなく発車時間になっていたため、エアコンの効いた室内に別れを告げ、乗り場へと向かう。

 バス乗り場の係りのおっちゃんに切符を見せるとどこで降りるのかを聞かれたので「國聯大飯店、United Hotel」と答える。おっちゃんは二三度うなずいて並ぶ場所を示してくれたのだが、それに安心してバスに乗り込んだ時には「ニーハオ」しか言わなかった。

 思えばそれが間違いだった。

 我々が降りるべきバス停をスルーされてしまったのだ。やむなく終点の松山空港まで行ってタクシーにてホテルに向かったが、長年通っているからこそ油断せずちゃんと意思表明はせねばならないと痛感した。

 そんなわけでちょいと時間もお金も予定よりかかったが、無事宿にチェックイン。

 今回我々の根城となるのは801号室。ありがたいことに角部屋でちゃんと希望どおりのツインルーム。窓の外には台北101もしっかり見える。

 我々をシーザーパークからここに移る決意をさせた寝心地の大変良いベッドにてしばし仮眠をとり、気力体力を回復させる。
「さて、どこへ行こうか」
初日の夜の過ごし方はこの旅行全体に影響を与えるため、必ず確認を取るのだが、まぁ答えは決まったようなもので。

 最低限の荷物を持って饒河街夜市へ。ここの夜市の按摩店で足ツボをやってもらってから薬膳料理屋で夕飯というのがほぼ毎年おきまりのコースになっている。

 MRT板南線國父紀念館駅からふた駅乗って忠孝復興駅で文湖線に乗り換え、次の南京復興駅でまた乗り換え。松山新店線で終点松山駅に出れば、階段を上った先はもう饒河街夜市である。乗り換え2回はいささか手間だが、タクシーで行くしかなかった頃を思えば便利になったものだ。

 うっかり出口を間違えて按摩屋さんと逆方向に出てしまったので、混雑する夜市の人波をかき分けかき分け延々歩く。荷物を最低限にしてきて本当に良かった。

 激戦区の夜市なので毎年微妙に店が入れ替わっている。その中で年々勢力を広げ、今や出店4つ分くらいのスペースを有するようになった胡椒餅屋はさすがというしかない。それでも捌ききれない長蛇の列に、毎年スルーを余儀なくされているのだが。

 そしてこれも毎年のことだが、混雑している夜市ではひとの流れガン無視スマホぶんまわし勢に道を遮られることがしばしば。大抵日本人か大陸居民なので英語で注意すると割とすんなり道は開く。

 コツは「Please clear my way!」と、流れるようにハッキリと、そしてにこやかな笑顔で言う事。

 そうして5分歩いたか10分歩いたか。無事按摩店に到着。店内は繁盛していたが、運良く次の順番が取れた。我々よりも一足遅く到着したカップルは30分待ちと言われていたので本当にラッキー。

 空いた椅子に座り、先に足湯をしてもらう。程よい湯加減にほぐれていくと、既にもう眠気がやってくる。さすがにこれはどうかと思って、肘掛に据え付けられたテレビをつけてみる。3ケタに届こうかという多チャンネルなので一周全部チェックするだけでも結構手間取る。ファミリー向け、子供向け、ニュース番組といろいろある中で、台湾プロ野球の中継があったのでこれに決めた。
 ただまぁ、結局足湯の心地よさに負けて寝てしまったのではあるが。
 按摩師のおっちゃんに起こされ、挨拶もそこそこに施術を開始してもらうが、やっぱり寝てしまう。どれだけ眠かったのか自分。普通は足ツボマッサージを受けると痛い痛いを連呼してのたうちまわるイメージが一般的かもしれないが、ここの店ではそういうこともなく、毎回気持ちよさに寝てしまっている。

 そんなわけで「オワリマシタ」の声で目覚めるまでの記憶はほぼない。しかし、施術の効き目は靴を履くときにすぐわかる。足がすっと入っていくのだ。寝こけていた時の疲労感は何処へやら。心身ともにスッキリするとともに、食欲も湧いてきた。

 足取りも軽く薬膳の店『圍爐』へ。ここのメニューはシンプルに薬膳排骨(スペアリブ)、薬膳羊肉、魯肉飯のみ。このほかに飲み物もあるので、「せっかくだから」と調子に乗ってビールを注文。
 昔から「良薬口に苦し」と言われるように、身体にいいものは受けつけ難い味がするとイメージされがちだが、ここのは旨い。肉本来の旨味が滋養となって体内に元気を届けてくれる。さらにこの店オリジナルの辛味噌と合わせるとどれだけ食べても飽きが来ず、しかもビールにもぴったりの味となる。

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 酒にそれほど強くない私でもさすがにビール1杯をふたりで分け合ったので酔いがまわることもなく、完食して上機嫌で地下鉄の駅に向かった。

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なんか久々に書くので色々忘れてます。不手際ご容赦ください。


・表紙を見て「え?姫ちゃん黒ぱんつなの?」とかいう感想を抱いたひとはわたしと一緒にスコップの刑を受けましょう。
・「隠し事は」「描く仕事でした」ラストから始まる物語。
・とりあえず開明墨汁のTシャツが欲しくなりました。
・「姫が知ったら」「どーする?」死んだらどーする?に匹敵する深刻さ。
・「父親が恥ずかしい漫画描いてるなんて知れたら」「学校でいじめられるだろ!」ですなぁ。
・「姫にそんな事言われたら」「パパはもう生きていけない!」めんどくさい人だなぁ。気持ちはわかるけど。
・「昔は全裸でしか描けなかったのだ!」あ、私そういう漫画家さん知ってます。
・誰かによく似た、メガネをかけた真ん中分け少女がツボです。
・担任の六條先生、今までの久米田キャラにはなかったタイプではないでしょうか。あと、久米田ワールドのキャラではないんですが、その昔『ろくじょうひとま』という名前のキャラがいた事を思い出してちょっと懐かしくなったりしました。
・『亀の雫』『夏子の豆』『風のタイツ』次回作は『さぶさん』とかどうでしょうか。
・「お母さんに捨てられちゃいました」あー。
・「着れるやつ」どんなデザインでも、貴重さを考えるとおいそれと着られないんですよ。
・もしクオカードがなくなったらこの手の読者プレゼントは何になるんでしょうねぇ。
・「お父さんは上場しないの」もし久米田康治株なるものがあったらとりあえず一株株主から始めさせていただきたい所存。
・「エピソードの8割方が実話からのフィードバック」8割は多いのか少ないのか。

・「ダークファンタジーとか描いちゃうぞ」「すし屋がケーキを握るようなもんですって‥」ケーキを作るんじゃなくて握るってのが生々しい。
・とりあえずどう見ても藤田先生なキャラが長髪なのはご本人からのリクエストに応えてですか?それとも配慮ですか?
・「漫豪」日本より先に台湾で定着しそうな…。
・「スクールカースト」おぞましい単語ですよねぇ、コレ。
・「私 読みたいです!」「先生のダークファンタジー読みたいです!」『楽園』でやりませんか?
・「作家の描きたいものを描かせないのが編集の仕事です!」この本で一番生々しいセリフはこれですかねぇ。
・「週刊マンガジン」創刊時は『漫画人』だったっぽいですねこの雑誌。
・この手の勘違いはプロ野球に入った事で満足しちゃう選手とかに相通ずるものが。
・橘地 莉子よ、眼鏡はどうした眼鏡は!
・古武 シルビアっていう名前が古武術→後藤強さんを連想させるんです。させるんです。
・「ここいらで暮らしているおしゃぴーはな」「自分の事にしか興味ないんだ」「他人がなにやってるかより」「今日の自分の靴下の色に興味があるのさ」石ころ帽子をかぶって生きられる平穏。
・私もりんごの小箱をいじくり倒してますが、意識はずっと低空飛行です。
・「しかしいくら漫画が売り上げで貢献しても」「漫画部門は出版社内ヒエラルキーの底辺である」漫画というものが登場してからずっとこうですよね。理由は知ってますが理解ができません。

・「まんが飯」既にそういう漫画ありますなぁ。
・バルサンを焚く、の危険度がMAXなのは、家の中に誰もいられなくなるからですね。ええ。わかります。
・「餃子作ったから間に合ったんだろうが」「このドシロウトが!」わかる。支持する。論理性は欠片もないけど。
・甘くておいしいカレーってどんなんだろう。
・「鎌倉病」ここから延々と生々しい話が。
・「不審者!」最近の学校の先生は刺股の使い方習います。
・「ママに教わらなかったの?」嗚呼…。
・「考えてないんじゃなくて」「あえて考えないようにしてるんじゃないかって気がします」防衛機制。
・部屋で水着着てると何かの撮影みたいですよね、ええ。
・「好きな子言い合いっこしようか!」「私先生!」わかりやすい人だなぁ。
・「楽しいなぁー」「漫画描くの楽しいなぁ」漫画も小説も現実逃避でかいてる頃が一番楽しいと言う話はよく聞きます。

・「もう少し可愛く描けなかったのか」「そこですか」親バカにとってはそこがすべて。
・「やっぱどう描いても本人の可愛さには勝てないよなー」自慢だ。自慢してる。
・「公安警察です」「中を改めさせてもらう」新撰組の市中見回りみたいな展開に。
・「タイツかぶってゴルフするか」「ですよねえ」落語か。
・「これで官邸攻撃するつもりだったのか!」アレは官邸が悪い。おかげで方々にとばっちりが。
・「ウチで国家転覆なら」「不二多のとこは世界征服目論む品揃えですよ!」…漫画の参考になりそうだからと目論んでても驚きません。
・「あの先生の仕事場や」BP懐かしいなぁ。
・「全裸写真は見逃してくれたんだ」「そもそも出版してるし!」その昔は出版できたものが今はアウトとかもありますけどね。
・8さい箱から16さい箱まであるということは、7歳頃かなぁ…。
・「だいたい帝国ホテルのパーティでTシャツとか信じられなくない」古くは結婚式で花嫁が春麗の格好するような業界ですから。

・漫画家じゃありませんが100M15秒を切れる自信はありません。
・「美輪明宏にバカにされた三島由紀夫かよ!」そういうところがむしろ精神のひ弱さを露呈してますよね、あの先生。結果、ああいいうことに。
・単行本の帯のあるあるネタは掘り起こし始めるとキリがないくらいありますなぁ。
・「私‥‥アイドル志願なんです」「良かったら」「聞かせてくれないか?」
・BBCクッキングスクールって講師がテリー・ギリアムだったりするんでしょうか。
・なんかどこかで見たようなめんどくさい展開になってる。

拍手[3回]

先日お知らせさせていただきましたアニメ・声優ラジオを紹介する同人誌『声を詠むひと。 声優ラジオのすすめ』がCOMIC ZIN様において委託販売が開始されました。
 通販でも購入可能となっておりまして、そちらのページのサンプルのところには拙稿も掲載していただいております。興味がおありの方はこちらのリンクからお願いします。
 私も主催のレコン・ギス田さんから一部いただきましたが、アニメ・声優ラジオに詳しい方もそうでない方も総じて楽しく読める本に仕上がっていると感じました。
 何卒よろしくお引き回しのほど、お願い申し上げます。

拍手[3回]

レコン・ギス田さんという方にお声がけを頂きまして、『声を詠むひと。 声優ラジオのすすめ』というアニメ・声優ラジオを紹介する同人誌に寄稿させていただきました。
 もちろんさよなら絶望放送について書かせていただいたわけですが。

 改めて振り返ってみて痛感するこの番組の化け物っぷり。年末年始の休みを削って久々に絶望放送と真正面から向き合い、その魅力を解きほぐすのに苦心惨憺しました。コンセプトが「声優ラジオを知らない人に、おすすめのラジオを紹介していく」でしたので。


 この同人誌はサークルRecord of the Deadさんによってコミティア115(1月31日(日)の11:00~16:00 東京ビッグサイト東5・6ホール)にて頒布されます。ジャンルはC、スペースNoはV27bとのことです。

 同人誌の詳細やその他の執筆者の方等々についてはレコン・ギス田さんのブログをご参照ください。

 お手に取っていただけましたら幸いです。

 どうかよろしくお願いします。

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あけましておめでとうございます。本年が皆様方にとって良い年でありますようにお祈り申し上げます。

 昨年は絶望放送関連で更新ができるという望外の喜びがありました。今年も何かそのような良い出来事があることを期待したいところです。

 今のところ小説を書く方でもあまり進捗状況をご報告できるような状態でもありませんが、ぼちぼちとやっていきたいとは思います。

 感想書きたいネタはいくつかあるんですけどねぇ…それやってしまうとそれで満足して小説からますます遠ざかってしまうんですよねぇ。

 なんだか歯切れの悪い文章になってしまいましたが、本年も宜しくお願い致します。

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相変わらず無駄に長い感想ですみません。お待たせして本当にすみません。

新谷良子 至極の普通

・秀逸なタイトルに感服。

・新谷さんの重みというのは創作物に『読者/視聴者目線キャラ』という存在が重宝がられるところと似ているかも知れません。

・初手から「あんまり覚えてないです」とパンチをかます新谷さんが相変わらずで何よりです。そこに「新谷さんにはそう言われる気がしてました(笑)」と返したインタビュアーさんもよく分かっていますね。

・選ばれた理由は今でも「なんでだろうな?」なんですな。まぁ、野中さんを選ぶ方が妥当というか、多くの人を納得させるだけのものはあったでしょうけれども。そのifは、現在では全くもって想像が出来ません。

・「神谷さんは先輩ですし、どうしていいかわからないですよ」このどうしていいかわからないというスタンス、結局最後までいくらか残っていたようにも思います。あの絶妙な距離感があってこその絶望放送だったかと。

・絶望放送の出鼻を飾った某ドーナツ事件ですが、8年前のことを「未だに申し訳なくて」とおっしゃる新谷さん。自称「あんまり真面目じゃない」とか、謙遜がすぎますよ。まぁ、それでこそ新谷さんなんですけど。

・「あそこまで全力でふざけてくれる大人たちがいなかったら、絶対に何もできてなかった、本当に1クールで終わってたんじゃないかなって思います」同じことを繰り返し書いて大変恐縮ですが、一般的なアニラジフォーマットで作られた絶望放送というのがどうしても想像できません。

・「私は”脊髄反射”で喋るタイプなんです」とは思っておりました。そしてこれまで感想を書きながら新谷さんの脊髄スゲェなぁと思ったことが何度となくあります。

・「私って『すべらない話』ができないんですよ」どっちかと言えば新谷さんは滑り芸の使い手ですよねぇ。しかも名人級の。

・「じゃあ、『南国アイスホッケー部』が好きって言っちゃったし、ちょっとくらい汚れてもいいかなって(笑)」その『ちょっと』がちょっとじゃなくなるのは世の中押し並べて起きがちなんですが、新谷さんの場合は大規模で発生しましたねぇ。振袖火事のエピソードを連想してしまいます。

・新谷さんの人生を変えたと言っても過言じゃない絶望放送ですが、恨み言のひとつふたつ出てもいいところなのにそれをプラスに転化しているあたり流石ですねぇ。

・さしすせソルトは何度聞いても笑えます。そして次に出た「ソイ」も思いがけない不意打ちでした。

・絶望放送における新谷さんの果たした役割は大きかったわけですが、具体的には「バランスをとる」ことを意識したがゆえだったのですね。

・新谷さんのラジオ師匠は田村ゆかりさんでしたか。師匠とは路線が違うようでいて、底流に近いものを感じることもあったりします。

・打ち合わせで内容を聞きすぎたり喋りすぎたりしないように、というのは前出のつ脊髄反射のためだとは思いますが、打ち合わせで寝てたことがあるっていうのは流石にびっくりです。

・オタクのネガティブノリと絶望放送のテイストがマッチングしたというのは大いにあると思います。『◯◯の××が大好きなの!』における大自白大会っぷりなども「ああ、ずっと隠してきたけど、ここではさらけ出せるんだ!」というネガティブゆえの強いエネルギーが爆発していましたね。

・今でこそ肯定的な捉えられ方をするようなケースも増え、間口が随分と広くなってきましたが、それでもまだ「オタクは叩いて平気、むしろ当然」みたいな風潮は残ってますからねぇ。この辺は感想とは別のお話になりますから程々にさせていただきますが、いずれブログででも書いてみようかと思います。

・震災後のイベントについてはやるかやらないか会議の前まで「どっちに決まっても嫌だなあ」だったのが「このメンバーだったらたぶんやったほうがプラスだなっていう思いが出てきて」に変化したというエピソードに、審判者としての新谷さんの秀逸さを感じます。

・絶望放送同窓会は先日Twitter上にも出てましたが、一度こっそり録音して流していただけないものでしょうか。

・言い出しっぺなのに「話すことがない」と黙ってしまう新谷さん萌え。

・「アニメがあるんだったらやりたいです。でも、ないのに同じものを同じチームでと言われたら無理だと思うので」これはもう絶対的な前提条件なんでしょうね。

・持って帰ったさのすけを「真ん中に置くのがシャクなので、隅っこに置いてます」とか言っちゃうのは、経緯が経緯だけに仕方ないかと。いじり方としては『ツンデレですね』なんでしょうけど。

・さのすけ、相方ができたんですね。貴重な写真も載ってます。

・絶望放送を聴いていたのに新谷さんを声優さんだと知らなかった方は、どうやってアニメイトTVにたどり着いたのか…。あと、声優さんでなかったとしたらなんだと思っていたのかがすごく気になります。芸人さんとかだと思われてたんでしょうか。

・初対面の相手に「絶望放送聴いてました」って言われたら、もう何を隠しても無駄すよね。ええ。

・「ラジオって大変ですけど、逆にありがたかったり。アニメの打ち上げで喋れって言われるよりは全然楽ですから」めっちゃ新谷さんらしいお言葉ですけど、こんなこと言う人他にいないんじゃないですかねぇ。それともみなさん意外と内心ではこうなんでしょうか。

・今や新谷さんも後輩を導く立場になられたわけですが。今度はその立場においての難しさがあるわけでして。それでも絶望放送を通じて磨かれた新谷さん流のやり方が、今後新たなラジオの魅力を引き出していってくれることを願ってやみません。

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再びこのカテゴリーでブログを更新する日がやってきました。そして、いつものことながらだらだら書いていたら分量が多くなりすぎたので2回に分けさせていただきます。すみません。本当にすみません!


 佐藤太×田原弘毅 アニラジ屋の矜持

・このタイトルを見て携帯版を連想したリスナーの挙手を求めます。いないとは言わせません!

・この対談は過去のトレーディングDJCDと内容が重複する部分がありましたので感想も重複するかも知れませんが、もう何年も前のことなのでご容赦ください。…って、今確認したらトレーディングDJCDの感想ってアップしてなかったですね。もう今更ですからやりませんけど。

・「なったらいいなあ」が全て実現した構成T。そりゃ奥様から「あの4年間あなたはおかしかった」って言われますわな。

・それに対して普通に仕事として受けただけな佐藤D。この対比がことごとくプラスに働きつづけていた4年間でしたねぇ。

・「送られてきたメールを今すぐに使わない」これはライブ感を重視する傾向が強いラジオにおいては珍しいやり方だと思います。おかげで何度でも聴けるSZBH仕様に。

・番組終了までに届いた投稿数17万通以上に対して「20万通に行かなかったのがちょっと残念」と述べる構成T。4年でプラス3万通あったら毛根以外にも絶望的なダメージが入っていたのでは…?

・佐藤D、過去に却下された手法を絶望放送にぶち込み、批判にも負けず見事SZBH仕様の一部として昇華させる好プレー。

・生放送アレルギーがあるラジオディレクターって。生魚を扱っていない寿司屋みたいですね。

・今でこそニコ生とかで普通に生放送やってますけど、この頃はWEBラジオで生放送?なんで?どうやって?みたいな時代でした。

・絶望放送の構成台本、3日がかりで書いていたとは…。まぁ、それだけの内容ではありましたね。

・割に合わないことを敢えてやるというのは成功したコンテンツにおいてはしばしば当てはまる現象でして。そもそもが原作であるところの「さよなら絶望先生」自体が明らかに割に合わない労力のかけ方をして作品の魅力を広げていましたね。

・綿密かつ長時間にわたる濃厚な打ち合わせあってこその絶望放送。しかし、ここで初めて明かされたように思いますが、やっぱりアジアさん(諸事情あって拙ブログでは神谷さんのことを敢えてこう表記しております)が台本作成に絡んでいたんですね。テイストと言いますかフレーバーと言いますか、台本に構成T以外の要素を感じる部分が確かにあったんですよね。具体的に「ここ」という指摘をしようと思えばCD全部聞き直さないといけないでしょうけど。

・「全部の引き出しを使ってネタを読む」ぴろし17歳とかいう、この番組さえなければ世に出なかったであろう謎のキャラクター。

・新谷さんを評して「普通の天才」とは実に正鵠を射ていますな。ただ、「無我の境地」はともかく「禅僧」はどうだろうか。

・避けて通れない東日本大震災の話題。そこでも「普通」だった新谷さん。さすがです。

・実際、非日常的な出来事に打ちのめされることってしばしばあるわけです。その時、新谷さんが「我々の帰るべき普通」として君臨していてくれることのありがたさ。絶望放送が終わって4年、いよいよ身にしみます。

・新谷さんの「黙るスキル」。会話に加わらない、でも確かにそこにいる。杉田さんゲスト回で如実に発揮されましたよね。兄とその友人が楽しく遊ぶ姿を見守る妹のようでした…というとちょっと美化しすぎですかね。でも「今回はほっといてもらっていいですか」はなかなか言えないですよ。

・新谷さんをパーソナリティにした決定打が「かってに改蔵のファン」だったのは高橋Pの好判断でした。新谷さんは『ファン代表』的なポジションにも座ることができる貴重な存在になっていたと思っています。

・今思えば絶望放送のフォーマットは第1回で既に完成していたんですねぇ…。バリエーションは豊富でしたけど、あくまで原点は不動でしたからね。

・「毎回が奇跡」というのは感想ブログを書いていた人間には痛切に響くところがございます。毎回苦労したのは量の多さのみで、うわ〜今回は面白いところがないぞ的な苦労はついぞございませんでした。

・ゲストの方々もまぁ、見事というかなんというか…。人間誰しも生きていれば絶望的体験の持ちネタはあるわけでして。それをプロのスキルでご披露なさるわけですから面白くならないわけはないんですが、それでも一種独特の「絶望放送だからこのくらいハッチャケてもいいよね?」オーラがありました。あと、ゲスト回で個人的に一番好きだったのはさおりん、一番ハマったのは杉田さん、一番笑ったのは親方でした。

・常連リスナーを「絶望放送のキャラ」として立たせたのは見事でした。リスナーのファンがつくようにもなったりもしましたし。ここで個人のお名前を挙げるのは控えますが、別のラジオ等で絶望放送当時のテイストで投稿なさっているのを見聞きしますと嬉しくなったりいたします。ええ。ハイ。

・「共犯関係」とは実に言い得て妙。基本、私は感想書きばかりしていて本体には貢献できなかったんですが、この表現はよくわかるつもりです。

・副委員長会議の実態は『あいつらあんな面白いことしやがって。だったらこっちはこうしてやる』という思いを腹に隠して馬鹿話に興じるおっさん達の集いだった模様。

・インタビュアーさんの「違う場所にいる熱いファン達による究極の素人コラボ」は実に言い得て妙。我々の『こういうことをやったら面白いだろうなぁ』がどんどん形になっていく夢のような時間が確実にそこにはありました。

・復活はして欲しいですけど、原作やアニメがあったから面白かった部分というのは確かにあるでしょうし、「復活は四期ありき」「もう1回アニメになる以外ない」というのは分かります。時代を超えた面白さがある一方で天地人揃ってこその面白さというのも存在するわけですし。

・文字屋かつ聴くだけリスナーだった私としては構成Tの「ラジオは言葉だ!」も佐藤Dの「ラジオは音だ!」もどっちも分かるのですが、この二人のスタンスの違い、せめぎ合いが番組に活力を与えていたのだとも思います。どっちかに特化していたら最後までついてこられなかったリスナーもいたかも知れませんし。

・原作最終回のテイストをラジオに生かすのは…、いや、それこそ久米田先生が構成作家でもない限りは不可能でしょう。「アニラジとしては先に終わって正解だった」という言葉は構成作家としての白旗かも知れません。

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帰国日ではあるが、夕方の便にしてあるのでまだ半日は悪あがきが出来る。その根城とするためレイトチェックアウトの手配も済んでいる。昨日のマッサージの功徳か、妻の体調もだいぶ良くなっていた。
 さぁて。何をどう悪あがいてやろうか。
 こういう場合「どうしても」という確実性が必要な行き先は向かない。「できれば」くらいのスタンスの方が気楽で楽しめる。
 実は引越しに紛れて妻のパソコンバッグがなくなってしまったのだが、使っているのが台湾メーカーASUSの、しかもちょっと古い型のノートパソコンなので日本で売っているパソコンバッグだと微妙に規格が合わない。無いと絶対困る、というものでもないのだが、持ち歩く以上ある方が望ましいのは言うまでもない。
 まぁ、台湾の秋葉原である光華商場へ行けばなんとかなるだろうとタカをくくっていたのだが、今回ここまで行く機会がなかった。
 そんなわけで「あればいいね」くらいの気持ちで出発。

 おなじみ国父紀念館駅から板南線に乗り、忠孝新生駅で降りれば出口の先にある大通りの向こうにピカピカのビルが見える。これがいわゆる「光華數位新天地」という電気街の中核的存在なのだが、敢えてまっすぐ向かわず裏通りから寄り道をしてみた。
 このあたりは昔のちょっと怪しい雰囲気を残していて実に我々好みなのである。それこそ露店でドローンを売っていたりしていて、ぶらつくだけで楽しい。階段を降りて地下のパーツ屋たちを覗き見するとちょっとした時間旅行の感覚だ。
 こういう昔のカオスな光華はすっかり鳴りを潜めているのかと思えば、新天地ビルにごちゃついた時代の写真を使ったパネルが掲示されていてニヤッとする。

 目当てのパソコンバッグは新天地ビルの中に無事売っていた。厳密にはバッグ屋のあんちゃんに片言で相談したら倉庫から引っ張り出してきてくれた。

 目の前に封を開けて試着ならぬ試用までさせてくれるところは台湾クオリティ。しっかりフィットして無事購入。
 私は私でノートパソコン用の外付け冷却ファンを買って帰ろうとしたのだが、思ったより高いことと嵩張ることで購入断念。お値段はともかく、物が物だけにスーツケースではなく手持ちのカバンで持ち運ばなければならないのであまり嵩張るのは困る。
 そもそも形や性能、値段にこだわらなければ日本でも購入可能なものなので無理してこちらで買わなくても、と結論。
 今回はカバンひとつを収穫として新天地ビルを後にする。

 さて。光華商場には表と裏があるのはアキバ同様なのだが、たまには闇の部分にも顔を出してみようとちょっとしたイタズラゴコロが湧いた。

 どこが裏かと言えば、何しろもう看板からしておそらくアウトである。どう見ても如月群真先生の単行本から引っ張ってきている。偏見だがおそらく許諾とかは受けていないのでは無いだろうか。受けているのだとしたら誠に申し訳ないが。

 2階へと上がると。おそらくこれも無断翻訳の同人誌が無翻訳の同人誌と一緒にずらっと並んでいる。商業誌やゲームなども無数にある。
 虎とかメロンとかの成人向けコーナーを台湾アレンジしたような作りと言えばイメージしやすいだろうか。
 勿論これを買うつもりは毛頭なかったが、「無いはず無いんだよ」と思ってきた部分がガッツリ生き残っているのを確認できたのは良かったのか悪かったのか。中には「え?こんな昔のが?」的なものも置いているので、見るだけならオススメかも知れない。しかし万一税関で摘発されてしまうと非常に悲しくかつ恥ずかしいことになる上、製作者の皆さんに顔向けできない身の上になるので購入はオススメしない。

 当然我々も購入はしていない。ただただ、エロの持つパワーに感嘆していたのみである。

 その後は、そんなに長居をしなかったので体力も残っているし荷物も少ないし。というわけで、諦め悪く花博公園へ。この日も花博農民市集の開催日なのである。流しのタクシーを捕まえて乗り込めば、ものの15分で到着する。
 昨日目をつけた珈琲販売のブースへ。去年買ってお気に入りだったのと同じ南投県國姓郷産なので文句なく購入といきたいところだったが、見るとドリップパックはあるものの、豆での販売がない。今回の旅では何度となく出番があった私のたどたどしい英語で尋ねてみると、やはり豆は試飲用のものしか持ってきていないとのこと。試飲させてもらうと、やはり美味い。私の好む澄んだ香りが鼻から全身を駆け巡る。ダメで元々と「その試飲用のものは買えませんか?」と尋ねるも、答えはノー。まぁ、当然だろう。
 すまなそうに「国内なら通信販売出来るんですが」と提案してもらったが「いえ、残念ながら我々は日本に住んでいますので」と返すしかなかった。すると「そんなに気に入っていただけて大変嬉しいです。せめてもう1杯飲んでいってください」とおっしゃっていただけたので、お言葉に甘える。
 飲みながら「烏龍茶と同じくらい、台湾の珈琲が好きなんです」と言うと「ありがとうございます。わが国は茶の産地として有名ですが、我々珈琲農家の努力でこの豆たちの知名度を少しでも高めてやりたいと思います」との言葉が返ってきた。「その日を待っています」と伝えて、ドリップパックを1箱購入。
 思いの外時間を食ってしまったので、このあとは杉林渓烏龍茶を買い足してホテルにとって返す。
 
 前回も困惑したのだが、リムジンバスは桃園空港からの便こそホテル前に止まるものの、どうやら桃園空港への便はこの近辺には止まらない模様。
 昨年同様タクシーで松山空港に移動し、ここで桃園空港行きのバスに乗り換えた。
 バスは快調に飛ばしていたようだが、何しろ高速に乗る前に熟睡モードだったのでよく分からない。
 まずは中華航空のカウンターでチェックインを済ませ、出国審査を終える。
 普通の段取りならばまず昼食というところであろうが、名人芸ですらあるマッサージを受けて、リフレッシュを図ることにする。何しろ私は空港からの運転という重大業務任務がある。疲労からの居眠り運転などシャレにもならない。
 所謂「盲人按摩」に身を委ねること1時間。実はこれがあるから早めに空港に来ていると言っても過言ではないくらいに楽しみにしている。
 心身ともにスッキリし、いよいよ遅い昼食の算段。着々と改装が進んでおり、店も新しくなっている。知らぬ間に台湾料理の名店青葉がフードコートに出店していたので迷わず突撃。
 未練たらしいと思いつつも、最後の最後まで台湾の味を楽しめるのはありがたかった。
 あとは免税店で頼まれものを購入したりと細々雑件を片付けていたら、もう搭乗開始5分前に。急ぎ足でゲートに向かうが、たどり着いてみればさも当然のように遅延しておりどっと力が抜ける。

 結構な時間足止めされたものの、関空着がそれほど遅れなかったのは電車で言うところの「回復運転に努めた」結果なのかそれとも最初から織り込み済みなのか。
 なんにせよ、こういうことがあっても車なのでそれほど気にならない。鉄道ルートだったら最終の特急はるかに間に合うかどうか気が気ではなくてかなりイライラさせられたと思う。
「次も車だな」
その代わりと言ってはなんだが、この夏もひたすら鉄道に乗り続ける旅をしよう、延々乗り続けてどこまでも行くような馬鹿げた真似をしてやろう。
 眼下に広がる雲海をぼんやり眺めながら、そんなことをつらつらと思ったりした。

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さぁ、土曜日。
 この日は楽しみにしていた花博農民市集の開催日。何をおいてもまずは行かねばなるまい。ただ、開始時刻が10時からなのでそれまでは自由時間である。
 と、いうわけで。朝食もそこそこにホテルから徒歩10分の市政府駅バスターミナルへと向かう。
 今回はこの後のスケジュールを考えて、私の単独行動。と言っても大したことをするわけではない。ちょっとした買い物である。ただ、いささか遠いので高速バスで行く。
 バスターミナルには既に目指す基隆行きのバスが止まっていた。売店で飲み物でも買っておこうという目論見はあっけなく崩れ、バスに飛び乗る。

 道中は実に快適。基隆河に沿って敷設された中山高速公路からの眺望は、鉄オタの私にバスを選択させるくらいには良好。涼しい車内に快適な座席と居眠りには絶好のチャンスなのだが、いつも気づけば基隆の市街地に到着していたりする。
 バスから降り立てば、目の前は基隆港。のんびりと船を眺めながら散歩でもしたいのはやまやまながら、そこまでの時間的余裕はない。
 とっとと目的地へ向けて歩き出す。何回も来ているのでいつもであればぼちぼちと足が道順を覚えていそうなものなのだが、なぜか毎回間違えてしまう。間違えつつも必ず地図の前に出るので、ちゃんとたどり着けたりもする。もしかして間違えて地図の前に出るルートで足が覚えてしまったのかも知れない。
 そんなこんなでやってきたのは基隆市を代表するパイナップルケーキの名店、李鵠餅店。台湾にパイナップルケーキを売っているところは無数にあれど、この店にしか出せないオンリーワンの味わい
を求めて私は毎回足を運ぶ。
 カタコトの英語や北京語に日本語混じりでパインとイチゴを30ずつを買い求める。店の名前が入ったピンク色の派手な大袋に入れてもらって、いざバス乗り場にとって返す。
 ダッシュで台北へ戻るつもり、だった。途中でスーパーを見つけるまでは。見つけてしまったら後はもう吸い込まれるように店内へ。どうしても買わないといけないものがあるわけではないのはずなのにスーパーを見るとつい入ってしまうのは何の病気なのか。
 とりあえず飲み物を確保しつつ、売っているものを見ているだけで楽しくなってしまう。果物も肉も魚も野菜も買って帰れないのに、「ああ、こんなん売ってるんだ。どう料理したらいいかな」などと考えてしまう。
 結局飲み物と台湾紅茶のティーバッグだけ買って撤収。ちょっとした買い物に思いの外時間を食ってしまった。大汗をかいてバス乗り場へ駆け込むと、目の前には台北方面へ行くバスが2台止まっていた。台北と言っても広いので終点や経由地が違うのだろうが、確認している時間はない。どちらであろうが台北市内に戻れれば、後はなんとかなる。
 残念ながら私が選んだ方は私が泊まっているユナイテッドホテルの近くを通らなかったのでそのまま終点の台北駅まで向かう。
 あとはMRTで一本。予定より少しばかり遅くなってしまったので、ホテルに戻るや荷物を置いて
とっとと再出撃。当初の予定ではMRT乗り継ぎだったが、時間を節約すべくホテルまえからタクシーで花博公園に乗り付ける。
 台北駅付近の混雑を避けてスイスイ進むので、MRTであれば30分以上かかるはずが10分も短縮された。
 エアコンの効いた車内から降り立っても温度差にクラッと来ないのは豊かな緑地ならではである。意気揚々と会場に向かえば、既に売買が開始されており、思った以上に賑わっている。まずはいつもどおりぐるっと一周して売り場チェック。
 移転前と同じくちょっとした食べ物を調理して売っているところもある。果物を扱っているところはジュースの販売もしていた。意外なところでは冷凍した海産物が漁協ブースで販売されていて、そこそこ人気があった。当然ながら烏龍茶も阿里山、凍頂、杉林渓と名産地のものがずらり。そして何より、店の数は少ないながらも珈琲も売っている。残念ながら買っても持って帰れないのだが、花売り場には思わず顔がほころんだ。規模はそれほどでもないが、来て良かったと思えるほどには充実している。

 そんな感じで下見も終わり目星もついたところで妻がダウンしてしまった。やはり昨日の台南行きが響いてしまったのだろうか。ここまで来て引き下がる無念さはよく分かる。いささか駄々もこねられたがここは心を鬼にして撤収決定。公園のベンチで少し休憩を取ってからタクシーで再びホテルへ取って返す。

 部屋のベッドで無念の表情をしている妻をなだめつつ、さてどうしたものか。
 さすがに身動きの取れない妻を置き去りにしてどこかへ出かける気にもならない。パソコンで旅行記の下書きでもしようかと思ったところ、当の妻からリクエストが。本来花博農民市集で購入する予定だった友人へのお土産を買ってきてほしいとのこと。具体的には、ドライマンゴーを10袋。
 ドライマンゴー自体は別にそんじょそこらのスーパーで普通に売っているのだが。しかし、それじゃあ面白くない。
 というわけで、私は迪化街を目指した。迪化街は布問屋、漢方薬店、乾物屋などが入り混じっていてある種カオスなエリア。ドライフルーツを買うならメインはここで、と決めている。これまでは雙連駅から20分近く炎天下の中をとぼとぼ歩いたり、西門駅から1時間に3~4本のバスでのアクセスを試みたりと様々やってきたのだが、今回はMRT松山新店線開通に伴い新規開業した北門駅から徒歩ルートを試してみることにした。こういう時は一人だと身軽にチャレンジできる。

 ホテル最寄の国父紀念館駅から板南線で西門駅へ。そこから乗り換えて一駅乗れば北門駅に到着。
 この駅のは台北地下街につながっているので、その27番出口から地上に出る。目の前の塔城街通りを北上して10分も経たないうちにもう迪化街の看板が現れた。以前散々苦労して歩いたのがバカバカしくなるくらい簡単に着いてしまった。
 何度来ても店の場所が覚えられないのだが、パッケージのデザインはしっかり覚えているので問題はなかった。
 まずは妻のオーダーに応えて六安堂参薬行に出向き、ドライマンゴーを10袋。こちらは台湾産マンゴーを使用しているので1袋200元となかなかのお値段。
 私は黄永生中薬房というお店のパインが大好物。何しろパインが干したものとは思えないほどにしっとり柔らかくしっかり甘く、その上たくさん入って80元というリーズナブルな価格。今回は5袋買って帰ったのだが、なぜ10袋にしなかったのかと後悔する羽目になった。もっとも、10袋買っても「なぜもっと買わなかったのか」と思うことは疑いなく、キリがないのではあるが。

 目的を果たしたことであるし、余分な買い物を避けるためにもホテルへ戻ることにした。ただ、ここから少し馬鹿げた行動をとることにした。

 我が家は夫婦揃って艦これで提督業に日々勤しんでいるのだが、我々はフフ怖さんこと軽巡天龍が大のお気に入りで。

 たまたま台北市内に「天龍サウナ」なるものが存在することを知ったためコラ素材としても使えそうなので外観画像だけでも撮影しておきたいね、などと言っていたのだが、ちょうど迪化街から台北駅に戻るルート上にある。じゃあいっちょ行ってみますか、と気まぐれを起こした。
 ただし、中に入る時間的余裕はないので外観撮影のみに留めおく。台湾ではサウナは「三温暖」と表記するところ、一部看板はまんま「サウナ」と書いてあって思わず笑ってしまう。

 台北地下街に戻れば。オタロードとまでは言わないまでもプラモ、フィギュア、DVD等々オタ向け商品を扱っている店が点在しているし、中にはバンダイから許可を受けて一番くじグッズを扱っている店もある。数は少ないながらメイド喫茶や執事喫茶、メイドリフレが集まっている区画もあったりする。
 最初は休憩がてらにメイド喫茶で珈琲でも飲もうかと思ったのだが、結構歩いてきたためどうしようもなく汗ダルマになっていたため自粛。

 あとはMRTに乗ってホテルに戻るだけ、なのだが。せっかくここまで来たのだからと、台北駅構内にある鉄道グッズショップ『台鉄夢工場』に足を向けてみた。
 ここでは街中の書店でなかなか見かけない「鐡道情報」という台湾の鉄道情報雑誌(隔月刊)が購入できるのがありがたい。今回買った223号は鉄道職人群像特集や東京駅開業100周年記念特集があって特に読み応えがあった。
 また諸事情あって猫グッズも充実しており、『小心!猫出没』と書かれた秀逸なデザインのTシャツを購入。
 気づけばドライフルーツと合わせてかなりな量の荷物になってしまったのでMRTを諦めてタクシーでホテルに戻った。

 大荷物を抱えて部屋に戻ると、妻は起きていた。少しばかり動けるようになったというので、この機を生かしてマッサージを受けに行くことにした。
 行きつけのところはいくつかあるが、今回は場所や時間を検討した結果6星集養身會館というお店へ。
 このお店は市内に支店が数店舗あるのだが、一番近くならホテルからタクシーで10分ほど。夕方なのでぼちぼち市内は渋滞していたが、運ちゃんの道選びがうまく、つかまらずに到着した。

 店内は混み合っていたものの、少し待っただけで施術が受けられるとのことで助かった。靴を下駄箱に預け、お茶をいただきながら待つことしばし。施術師さんが呼びに来てくれたのでついていく。
 最初は足湯タイムでじっくりと足をほぐすのはどこも同じだが、ここは薬湯を使っているようでかすかに独特の香りがする。イヤな臭いという訳ではなく、むしろこれを嗅ぐと「6星に来たな」と実感が湧いてよりリラックスできる。
 足湯が終われば2階に上がって専用のフカフカ椅子で足ツボタイム。痛みにのたうつこともなく、開始してすぐ寝落ちしてしまうので施術についてはあまり覚えていない。ただ、目覚めると身体全体がスッキリしていたのが非常に印象的だった。施術者の方は私が目覚めると、どこか不足はなかったか、おかしなところはなかったか、とたどたどしい日本語と英語で訪ねてきたので「好了、好了」とこちらもたどたどしく返した。
 すると「ありがとございました。またおこしください」と深々頭を下げられて、大いに恐縮した。

 さて、身体が楽になると俄然食欲が湧いてくる。妻も同様だったので話はスムーズだったが、22時閉店の店がラストオーダーになるくらいの時間帯だったのでいささか選択が難しい。
 結局、少し歩いて松山新店線に乗り、初日同様饒河街夜市へ。

 もう何度来たかわからないこの場所において、以前から興味を持ちながらも入れなかった店がある。
 夜市の東側入り口すぐにある海産物の店。いまだに名前はよくわからないのだが、いつ訪れても賑わっていて当たりっぽいのだが、陳列ケースから食材をチョイスするシステムが高い壁となっていた。
 しかし。今回は蛮勇をふるってアタックをかけてみることにした。メニューを見てもどれがどれを指しているのかいまいちピンとこなかったりするので、店のおばちゃんにどれがどれなのかを教えてもらいながら注文することに。
 結果。大好きなサバヒーをここでも注文し、そこに青菜炒め、牡蠣のスープと台湾金牌ビールの限定品をチョイス。夕飯としてはいささかボリューム不足では?と思われ方かもおられるだろうが、そこはそれ。スープがラーメンどんぶりサイズでやって来たりするのでこれで十分に腹は満ちる。
 サバヒーは塩焼きにしてもらったのだが、これがもう、ビールと合う。脂と塩とが溶け合って口の中でアルコールとマッチングしてはぐるぐると回る。多分米とも合うのだが、今日はビールだ。
 限定ビールはドライ系でさっぱりとした口当たり。下戸の私でもスイスイと飲める。しかしそこは下戸なので、牡蠣のスープで酔いを覚ましつつ楽しむ。
 幸せの味をかみしめていたら卓上の皿は見る見る空になっていく。饒河街夜市に通い始めてもう何年にもなるが、こんな素晴らしい味を見落としていたとは。
 たまには蛮勇もふるってみるものだとしみじみ思う。

 マッサージと食事で体調も回復したため、帰途誠品書店に立ち寄り、懸案の一つだった辞書を購入。ただし、やはり中日辞典に良いものがなかったので中英辞典になったが。 

 ひとつひとつ、やり残しを片付けて行けば行くほど、明日が帰国日であることを意識せざるを得ない。
「帰りたくないねぇ」
コース料理の途中で食事が終わってしまうような、試合の途中で球場から立ち去るような、そんな感慨を今年も抱きながら眠りについた。

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1975/04/02
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今さらですが非公開に変更
趣味:
読書、創作活動(文章のみ)、野球観戦、旅行、食べ歩き
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三十路オタです。そろそろ三十路の残りのほうが少なくなってきました。そんな年齢なので言う事やる事古くさくてすいません。

メールを送りたいという奇特な方はtom☆yf6.so-net.ne.jp(☆を@に変換願います)までお願いします。
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