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あけましておめでとうございます。さきほど泊まり勤務から帰ってきました。本年もよろしくお願いいたします。

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神谷浩史インタビュー

・「やるならやればいいけど、なんで僕がやるの?」最初に依頼を受けた時からブレないアジアさん。

・野中藍さんと井上麻里奈さんでラジオやるのがオーソドックスだっていうのは、絶望放送の割と早い時期に出てた発言でしたよね。その場合どんなラジオになってたのかが最早想像出来ないレベル。

・新谷さんがいたからこその絶望放送だったというのは異論の無いところですが、「あんなことになった」っていう表現が的確すぎて言葉がありません。
 

・インタビュアーの方の「新谷さんが壊れていく過程が番組の歴史」っていう表現も同様に的確にも程があります。

・全員に久米田作品へのリスペクトと愛情が根底にあった上で「『絶望先生のラジオがやれるんだ!』」っていうのが一番のモチベーションだったというのは番組の実に早い段階からバシバシ伝わってきましたね。

・「こいつら、あの時のスタッフだ。知ってるぞ」仕事は積み重ねが重要である事を教えてくれる大変良いエピソードなのに爆笑してしまうのはなぜなんでしょうか。

・アジアさん、コーナーで一番のお気に入りは『良子・不良子・普通の子』というのは以前もどこかでおっしゃっていたように思いますが、改めてここで明言。『絶望先生』という作品から一番遠いコーナーのはずなのに、親和性は非常に高かった。その現象はこの後の部分でインタビュアーさんによって『血の通ったメディアミックス』と表現されてます。

・「当時は本当にウザかったですからね(笑)」今読み返してもウザいって本物だと思います。

・「原作があって、そこから派生してアニメーションを作って。アニメは忠実に原作に寄っていくっていう方向に進化していったんです。そして、その両方をいじり倒すラジオがある。で、結果として、そのラジオをいじってくれる原作とアニメという構図になっていって。今現在、こういう形で成り立っているコンテンツはたぶんないと思うし、当時としてもなかったと思うんですよね」ちょっと長いですが、重要なので全部引用します。所謂オンリーワン的なコンテンツは、それに関わる人間が日々何かを積み重ねていく中で奇跡のようなプラスサイクルによって生み出される物だと思っております。計算はしつつも、その計算を超えたところにあるものにしか成し得ないというか。昔風の表現だと『天の時、地の利、人の和の揃い踏み』でしょうか。それが絶望放送にはあったのだと思います。

・長くなったので分けて書きますが、絶望放送っていうのは4年という時間をかけて誰もが意図しなかった方向へと進化していきました。絶望放送という史上稀に見る存在が途方もなく成長していく姿を見守ることができて本当に幸せでした。

・「どんな失敗をしても、どんな愚痴を言っても全部ネタになる」絶望放送があらゆるネタに懐広かった全ての根源はこの辺でしょうね。

・常に最悪の事態を想定しつつ、そこに至らなければいいというネガティブハッピー思考は実に絶望放送的。コーナーで言うと『ポジティブですよね〜』。なのにアジアさんがあのコーナーを苦手としていたのは単純に投稿レベルが高すぎたんでしょうか。

・「完全に『絶望放送』はネタラジオでしたから」宣伝とか告知とか少なかったですよねぇ。そもそも初手から『ヤギ対ロシア女』とかありましたし。

・間口の広さ、投稿のしやすさはTさんの構成力によるところが大きかった訳ですが、それをアジアさんの言葉で分析しつつ語られると、その偉業に改めて頭が下がります。

・絶望ネームの武力介入は…。まぁ、しょうがないですね。番組ごとのスタンスがありますから。よそで見かけていいネタだと誇らしくなるってのはジンと来ます。私も他番組で絶望ネームを耳にすると嬉しくなるものですが、中でも軍手のイボ対ロシア女さんの快進撃は未だとどまらぬようで何よりです。

・ラジオ番組はスポンサーありき。これはラジオに限らず商業コンテンツでは当然の事ですが、いかに許してもらうか、もしくは目の届かないところで上手くやるかが腕の見せ所のようで。絶望放送は後者だった気がします。もっと言うと一歩進んで放し飼い状態というか。

・「相手との距離感をしっかりと考えた上で、相手を尊敬し、尊重した上で喋るということが、誰かとラジオをやる上で重要なことだと思います」「本当に困った時は相手を信じて投げるしかないし、相手が困った時は自分が何とかするしかないし。それは持ちつ持たれつなので」さぁ、あなたは絶望放送のどの場面が浮かびましたか?割とボールのぶつけあいだったこともあったかも知れませんが、根底にはこういう精神があればこそ、ですね。

・CM目当てでラジオ聞き始めるってのはなかなか風変わり。そして構成作家つながりでコサキンへ…。しかし、ここであっさり明かされましたけど、絶望放送の収録ってTACスタジオだったんですね。で、調べてみたら今はTACじゃなくてプロネックスって名前になってますな。あんまり赤坂には詳しくないのですが、地図を見ながらこれまで番組内で出てきたスタジオの情報を聞き直してみますと、なるほど、となります。というか、公式サイトの画像に一目で納得。

・アジアさん、ブギーナイトリスナーだったんですな。てことはアニメでやった『熱血電波人間倶楽部』の元ネタはご存知だった、と。私も学生時代はリスナーでした。ちなみに元ネタのラジオドラマで一番好きなのはコンパイラです。まだCD入手出来るようでしたらぜひ原作ご一読の上お聞きください。というか、あのCDに入ってた曲はなんだかんだで今でも聞いてますね、私。

・最後の公録はDVDにしていただいたおかげで不参加だった私でも十分に楽しめました。にしても、「おっぱい党の党員の格好をして、選挙演説をしながら登場したんです」の部分は絶望放送を知らない人が読んだら何事かと思いますよね。単なる事実なんですけど。

・「演説内容をリスナーのみんなが覚えていて、僕よりも先にそれを言ってくれたんです。「こいつら、本気でバカだなあ」と嬉しく思って。こちらが提示したモノに対してリスナーが全乗っかりなんですよね。一切の否定をしない。「100%で受け入れる姿勢が俺たちにはあるんだ」という気持ちが、イベントをやると凄く伝わってくるんですよ」なんで全乗っかり出来るか、と言えばそりゃあこれまでの信頼がありますから。どんな変化球だって受け止めてみせるぜ!的な。創り手とリスナーのキャッチボールを長くやる中で醸成された成果のひとつがあのイベントだったんだと思います。

・糸色望のオールナイトニッポンR。ネットラジオが深夜ラジオの世界に殴り込み。個人的には大成功だと思いますけど、知らない人たちが楽しめたかどうかは分かんないので…。今でも覚えているのは新谷さんの『この人編み出し過ぎじゃないですか』です。というか、この番組うっかり聞き直すと作業ストッパーで危険。

・「どこが評価されたんだと思いますか?」「いやー、まったくわからないです(笑)」まぁ、そうおっしゃると思いました。

・タイミングがあわなかったらあそこまで面白くなったかどうか、というのはありますね。

・絶望放送をもう一度、というプレッシャーは大きく強いんでしょうなぁ。あんなに面白く出来るのか、という不安は無理もないところです。それでも私は信じてます。

・「オチのない話を始めたとしても、結局オチに導いてくれる空気があの番組にはあったんですね」「落ちたところで、佐藤ディレクターが音楽を絡めて、ちゃんとネタに昇華してくれる」投げっぱなしでもちゃんと終わった感があるのは佐藤Dの妙技によるものでしたなぁ。あと、オチのないことに違和感がないのは原作の影響も…。

・「とても面倒くさかったですけど(笑)。いや、本当に面倒でしたよ。だけど、やったらやったぶんだけちゃんと理解してくれる場でした」そうおっしゃってただければ、リスナー冥利に尽きるというものです。

・他番組に一切フィードバック出来ない経験…。でもきっと何処かで生きていると思いたい。

・「限界を超えていける原動力はリスナーなので。そういう得体の知れない分母に支えられているラジオ番組は魅力的だなって僕は思います」またいつか、みんなで『共犯』になれる日が来ることを願っています。

拍手[17回]

 ああ、このカテゴリータグを再びつけて記事を書く日が来ようとは。ただし思いのほか時間がかかったので前後半に分けて書きます。
 とりあえず、これなに?という方はこちらをご覧下さい。

番組紹介

・これを書いた人は余程のヘビーリスナーでその上かなりの文章構成力をお持ちなのだと思います。まさしくプロの仕事です。この1ページにあの4年間プラスαがみっちり詰まっています。私がやろうとして出来なかった事のひとつがここにあります。

 

高橋Pとタケさん対談

・正式タイトルは別なんですが、この表記でないとしっくりこないので。

・コーナートップに『アニラジの理想型』の8文字があって脳と心にジンと来る物があります。

・絶望放送は製作委員会側からの立ち上げではなく高橋Pから働きかけたそうですが、そうでなかったら恐らくこういう番組にはならなかったでしょうね。

・アニラジの人気や面白さをうまーく錬金して制作費を回収し番組を息長く続けていくのはやはり『稀』なのですねぇ。
 
・最初はやはり野中さんがノミネートだったんですね。そのふたりだったらどうなっていたか、の試みも新谷さんお休み回で実際に聞けましたが。その場合4年続いたかなぁ…。いや、そもそも初手からスケジュール合わなかったんですから、有り得ない架空ですな。

・高橋P曰く『版権ギリギリなこともやっていたので』っていうのはやっぱり“限りなくイエローな存在”でお馴染みのさのすけでしょうねぇ。

・副委員長会議がこの上なく機能することで原作&アニメ&ラジオの相乗効果を産んでいた事を再確認。

・佐藤D、他の番組で出来なかった事を絶望放送にブチ込む。

・講談社ライツ、3〜5回目で番組にお墨付きを与える大英断。そこにプレッシャーを感じた佐藤Dと構成Tの気持ちは痛いほど…。

・「どんどん汚れていく。この番組のせいだ!」でもまぁそれがウザンヌ役につながったと思えば…。あ、収支の試算とかはしない方向で。

・「アニメイト通販では買うな!」の暴言に対して高橋Pの「それでいい」発言。どっちかってーと高橋Pのほうが暴言だよなぁ、これ。

・絶望放送が1年で終わらなかったのは高橋Pが原因か…。アジアさんにさらっと告げるあたりの周到さはなんとも敏腕。

・「よくポカをしたので」誰の発言かは書くまでもありませんので割愛しますが、自覚はあったんですね、タケさん。

・「不思議な優しさがある番組」「ダメな人間を救うんですよ。決して切り捨てない」タケさんが言うと説得力あるなぁ。

・最後の公録についてのエピソードはひとつひとつが胸を打ちます。参加してたらもっと来る物があったんでしょうけども…。

・4期があったら続いてたのかなぁ、と思うともっとDVDを周囲に買わせておくべきだったと猛省。

・きっこおねーちゃんの17歳と1万日企画、衣装のレンタル代だけで10万越えるとか…。なお、制作費を救済する女神は自前の衣装で参戦した模様。

・原作&アニメ&ラジオの“三すくみ”は確かに機能しましたが、それ以外の部分で割とボロッボロだったのが余計に目立ちましたよね、ええ。

・男性と女性でコンビ組んでのキャスティングはギャンブル要素の高いものでしたが、この大博打は見事的中。馬券で言うと万馬券。麻雀で言えば役満。高橋Pも「あそこまで化学反応を起こしてドカーンと行くとは…」「想像の遥か上」と絶賛。

・高橋P曰く「毎週でなくても○周忌とかの節目でイベントをやるのはあり」とのこと。この発言、拡散希望!というか、具体的に何をどうしたらいいのかがハッキリしたらぜひ情報流していただきたい!


 アジアさんこと神谷さんのインタビューについてはまたのちほど。

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帰国日。正直あまり気分が優れないのは帰りたくないからだろうか、それとも蓄積してしまった疲労のせいだろうか。

 さて。唐突だが偉大なる革命家孫文を台湾の人たちは敬意を込めて『國父』と呼ぶ。そしてその國父を称えるべく建てられたのが、今回の根城であるユナイテッドホテル最寄りの駅名にもなっている國父紀念館。

 この台湾が誇る一大ランドマークをあれこれと理由を付けてはこれまで素通りし続けてきてしまった訳だが、今回はさすがに行ける。ホテルの目の前という好条件であり、朝食からチェックアウトまでの時間で悠々行って帰って来られる。
 の、はずだったのだが。寝坊が全てを狂わせた。
 朝食時間には無事間に合ったものの、時間的余裕は当初の予定よりグッと少なくなってしまった。

 それでも、こんな近くに泊まっていて素通りして帰るのはあまりに失礼だということで半ば強引に出発する。

 ホテルから目的地まではほんのわずかな距離なのだが、それでも油断の出来ない暑さが我々をさいなむ。これは今回何度も経験したが、何度経験してもまだ『慣れる』ということが出来なかった。峰圃茶荘の老人も「今年は異常な暑さです。気をつけて」とおっしゃられていた。台北に住み続けて1世紀近くになろうかという方の言葉なので実に重みがある。

 なんとか無事にたどり着き、建物の陰に入るとそれだけで割と心地よい。どれだけ日差しが強いのか、とふたりで苦笑しつつ中へ。

 孫文の巨大な銅像を一目拝もうとホールへ入ると、ちょうど1時間ごとの衛兵交代式が始まるタイミングだった。この交代式、台湾では中正紀念堂のそれが有名だが、実はこちらでもやっている。
 狙った訳ではなかったが、せっかくなので拝見させてもらおうと人垣の一部となる。
 実際の動きについては動画を撮影してきたのでそちらで確認していただくとして。
 
 機械仕掛けのように正確かつタイミングの一致した動きは余程の訓練を積まないと出来ない。特に銃剣交換の場面などはどれだけの時間を要したか知れない。この10分にも満たない時間の中にどれだけの下積みが裏打ちされているのかを考えると、國父という存在に込められた敬意の深さに思い至る。

 それに触発されたのであろうか、孫文という人物に対して改めて興味が湧いた。『せっかくなので』という言葉は実に便利かつ危険であり、衛兵交代式だけではもったいないと孫文の生涯を展示した資料室にも入ってみる。我が家では面白おかしいエピソードのほうでお馴染みになってしまっているが、勿論ここではそういう展示はない。
 建物を出ると目の前にも孫文の銅像があり、その背後が碑林になっていた。碑林というのはその名のとおり石碑の集まりであり、ここには中華民国の歴代重鎮が孫文に捧げた文字文章を石碑にして集めていた。



 とまぁこんな感じで、ちょっと立ち寄るだけのつもりが思わず時間を長々費やしてしまった。慌ててホテルに戻り、チェックアウト。慌てたためにうっかり忘れ物をしたことには桃園空港に着いてから気づく。

 さて、空港への移動手段であるが。
 来たときに目の前で降ろしてもらったのだから、当然帰りも目の前からバスが出るはずなのだが、路線バス用のバス停もたくさん並んでおり、今イチバス停がどれなのか分からない。バス停が分からなければ当然次が何時に来るのかも分からない。
 もっと言うと、我々が使用したバスは比較的本数が少ない。最悪、20分間もしくはバスが遅れたらそれ以上の時間を炎天下にて焙られる覚悟がいる。帰国日に熱射病にでもかかったらシャレにならない。

 となると、ここから乗ることは断念し、涼しさが確保されている上、大荷物を抱えても気兼ねなくゆっくり待てる乗り場を利用することにした。
 市政府駅のバスターミナルも涼しい点では合致するが、あそこは待機場所が意外に狭く、大荷物を抱えた我々にはいささか窮屈であった。

 となるとどこがいいか。幸いにしてひとつ心当たりがあった。

 松山空港から桃園空港へ行くバスがそれだ。松山空港は当然待機ロビーが結構広いし、そこからバス乗り場は目と鼻の先。周囲に居る人たちも大荷物を抱えているのが前提なので気にせずノンビリ待てる。

 ホテルをチェックアウトしてタクシーを拾う。ここから松山空港までは10分くらいかかっただろうか。そのため料金もさしてかからず。

 ここは国際空港化してからは来たことがなかったので、まずは喫茶店で一服しようかとも思ったのだが、行って見るとなんだか列が出来ているので休憩はパス。とっとと桃園空港まで移動してしまおうという結論に至る。

 バスロータリーは空港内からも見て分かるところにあるので、乗り場を自分でウロウロして確認すれば分かるのだろうが、まぁ暑いし、ということでサービスカウンターで聞いてみる。
 するとコンパクトに乗り場や発車時刻などがまとめられた案内の紙を渡される。書かれているのは当然のように日本語。それによるとバスはここから直通のものがあるようだ。こういうメモは重宝するのでとっておく。

 そのメモに従い6番乗り場に停車中のバスに乗り込む。

 バスは行天宮の近くで一度乗客を拾ったあとは市街地に入らず高速に乗ったのでこれまた快適。今までのように送迎の便があったり、もしくは台北駅近辺のホテルに泊まったりというのでなければ松山空港ルートはなかなか使えるという結論に至った。

 桃園空港は来た時と同じかそれ以上に暑かった。しかし、この暑さともこれでまたしばしのお別れかと思うとほんの少しだけ名残惜しさを感じた。

 チャイナエアラインのチェックインカウンターでは長蛇の列を職員さんが懸命に捌いていた。おかげで列の長さの割には待ち時間が短くて済んだ。こういうところはチャイナエアラインいいな、と思うのだが。

 今回の台湾旅行最後の食事は機内食があることを考慮して地下のフードコートにて軽めに済ます。ちなみに店の中ではセブンイレブンが一番人気でちょっと苦笑。

 待ち時間はマッサージと買物とで幸せに消化する。マッサージは今回結局初日の1回しか受けていなかったので、ここで受けて疲労を少しでも解消しておけるのは幸運だった。
 それにしても、もうこれ以上買う物なんかないだろうと思っていたが、ここの本屋で野球雑誌の『職業棒球』が買えたりしたので侮れない。あと、ホテルの冷蔵庫に忘れてきた台湾製の水筒もここで買い直せたのは大いに助かった。
 このマッサージ及び買物の時間はちゃんと搭乗開始時間を計算に入れてスケジュールを組んだのだが、来た時と同じくまたディレイ発生でがっくりした。

 実際に離陸する時すらも機内でそこそこ待たされたので何事かと思ったら、窓の外を見てビックリ。滑走路上でまさかの大渋滞が起きていた。飛び立つ順番待ちしている飛行機の行列なんて初めて見た。滑走路が工事中というのはアナウンスで知っていたものの、まさかここまでカオスになっているとは。

 搭乗口でも機内でもだいぶん待たされ、ようやく離陸。

 飛び立つと程なくして機内食の配食開始となる。待たされたイライラを食事で解消してもらおうという腹づもりなのだろうか。
 
 機内食は行き同様に帰りもなかなかの充実っぷり。メインディッシュのみならず脇役のはずのポテトサラダまでしっかり美味しいのは『偉い』と褒めたくなる。
 帰りは関空から車を運転しなくてはいけないので行きのようにビールを楽しんだりはせず。ただ、ひねくれ者なので子供のようにオレンジジュースなんぞ頼んでみたりするのだが。




 食事が終わればたくさんの思い出を抱えてひと寝入りし、目が覚めればもう間もなく着陸態勢だとのこと。慌ててシートベルトを締め直し、椅子に深く掛け直す。

 何度来ても新しい出会いと発見がある台湾だが、今回は特に紅毛港保安宮が思い出深い。艇長は日本の軍人なので戦死後は当然靖国神社や地元の護国神社にて祀られているのだが、別宗派にてもあのようにお祀りされている例は世界にどれほどあるのだろうか。

 探せばいくらでも出て来るのかも知れないが、少なくとも艇長がその中の幸せな一例に挙げられるのは間違いないところだろう。

 八田さんと烏山頭水庫のように、こちらの逸話もぜひ広まって欲しいものである。

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ただいま無事帰国しました。またこれから頑張ります

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結局最後までアニメイト台北にも書店街にもいかなかったため、こちらでご報告することはあまりありませんが、艦これ提督諸氏には日本の軍艦及び軍人がお祀りされている高雄市の紅毛港保安宮にはぜひお参りいただきたいと願うものでございます。
 詳細な様子や現地への行き方等々は旅行記の中に書かせていただきますが、お廟の管理人の方には大変良くしていただきましたし、艦これをプレイしていない方にもお勧め出来る場所でした。

 あとは駆逐艦雪風改め丹陽最後の奮戦の地である金門島を訪れる計画でしたが、これは不発に終わりました。次回の楽しみとしたいと思います。

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うっかり日付が変わってしまいましたが、今年の台湾オリジナル旅行最後の夜でございます。

 今回はアニメイト台北にも行かず台湾オリジナル漫画も買わなかったりと、オタネタ的には不作でしたが、一応あちこちに探り入れておりまして。
 『台湾のアキバ』こと光華商場には足を運びまして。日本と台湾、DVDではリージョンコードの厚い壁に阻まれておりましたが、ブルーレイでは見事統一規格となり、台湾で販売されているものを普通に日本で視聴出来るようになりました。
 そんな訳で今回は日本で買い漏らした、もしくは手が出なかったものを買って帰ろうと光華デジタル新天地ビルにて探索したんですが。思った以上に種類が少なく、あってもメジャーどころ(ジブリ作品とかエヴァとかハガレンとか)ばかりで。
 半ば諦めかけていたところ、とあるお店のブルーレイコーナーの一番上の棚に探していたもののひとつである某公務員アニメの3巻があったんですが。
 これ、ジャケットがあからさまにカラーコピーな上にいくらなんでも安過ぎるだろうというお値段(ちなみに300元。日本円で1050円程度)。カラーコピーなのは見本品だからかも知れないし、安過ぎるのは在庫処分等何らかの事情があるのかも知れないし、とか色々好意的に考えてみたんですが、決定打としてリージョンコード等々の記載がどこにもありませんでしたので、これはどう考えてもリスクが高過ぎると判断し回避しました。
 
 コピー品をうっかり買うと悪気があろうと無かろうと税関で没収ですし、ケースによっては事情聴取やそれ以上のことなんかもあるようですので皆様もご注意くだされませ。

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疲労の蓄積度は昨日の朝よりも深い。しかし、丸一日使えるのは今日で最後。この日は土曜日なので待望の新光華商場ホリデーマーケット開催日でもある。ホテルで一日ゆっくりする、などという選択肢を取る気は毛頭ない。
 金門島は諦めるとしても、マーケット自体は10時くらいからスタートなので、それまでに用事のひとつふたつ片付けられる。

 あれこれと脳内で候補を挙げているうちに、基隆に行きたくなった。基隆は台北市の北に位置する港町。正確にはそこにあるパイナップルケーキの名店李鵠餅店に行ってみたくなった。というか李鵠餅店の味が恋しくなった。

 そして、基隆まで行くもうひとつの動機として、市政府駅バスターミナルから出ている基隆行きのバスを試してみたいというのもあった。

 今回は買物してとんぼ返りなので、ひとりでお出かけである。
 市政府駅バスターミナルへはホテルから徒歩圏内。ただ、暑いので遮るもののない北側(聯合報ビル側)ではなく木陰のある南側(國父紀念館側)を歩く。この街に緑が豊かであることをしみじみと感謝しつつ歩く。
 当然國父紀念館の前を横切るのだが、建物の大きさに驚きつつ、同時に何度も何度もこの街を訪れておきながらここを素通りし続けてきたことに思い至る。
 これは今日明日中に訪れておかねば。

 などなど考えているうちにもう市政府駅が見えてきた。
 早速中へ入ってチケットカウンターで乗車券を購入しようとしたところ、基隆行きは直接バスの中で支払うシステムとのこと。しかも、悠遊カードが使えるそうで。ちなみにお値段は40元。あと、これは降りる時に知ったことだが、乗る時にも降りる時にもタッチして金額を調整するシステムなので乗る時に機械にタッチして「お、34元だ。カード割引かな?」などと勘違いをしてはいけない。降りる時に注意されてしまうのでお気をつけいただきたい。

 乗り場に並ぶこと10分ほどでバスはやって来た。高速バスなのでハイデッカーの良いヤツだ。空いているのを幸い、車窓を楽しめる最前列に陣取った。
 ここを出るとバスは1カ所だけバス停を経由するとすぐ高速道路に乗り、快速に飛ばす。

 これがなんとも速い!
 台北駅西のバスターミナルから乗ったときは市内の渋滞に巻き込まれてなかなか高速に上がれなかったが、今回は乗車してすぐ高速に乗る経路だったので居眠りする間もあらばこそ、30分弱でバスは基隆に到着した。
 台北駅から鉄道を使うと最速の自強号でも39分かかるので、ホテルから駅までの移動を考えたらバスのほうが圧倒的ですらある。鉄道好きであるからこそ、この不利は残念である。
 基隆の空は美しく晴れていた。台北市内でも高雄市内でもうらめしく見上げることの多かった夏空にも、ここ基隆では笑顔になれた。目の前に広がる港の光景と相まって、どれほど暑かろうとも苦にならなかった。


 しばし見蕩れてしまったが、それもしばしの間。目的を忘れてはいない。

 李鵠餅店へ。

 うっかり道を間違えて廟口夜市の前に出てしまったりしたが、そこにある地図に思いっきり李鵠餅店の場所が書いてあったおかげで無事たどりつけた。さすが老舗、さすが名店。

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 まだ早い時間ということもあってか、店は混雑していなかった。バラで1個から買えるのだが、私は大量買付けをするので10個入りプラスチックケースを指差し、パイナップル味とイチゴ味を各2ケースずつ注文。
 そう。このイチゴ味というのが台湾でも珍しいので、私は足を伸ばして買いに来たという訳である。

 大きな袋に詰めてもらってホクホク顔で基隆駅前のバスターミナルへと戻る。帰りもやっぱりバスである。鉄道にも食指は動いたのだが、時間帯が悪く普通列車しかなかったのとホリデーマーケットがそろそろ始まっている時間だったのとでバスにした。

 台北市内方面のバスは本数が多いが、その分行き先も多岐に渡っているのでそこだけは気をつけないといけない。乗り場に大きく書かれている経由地を確認してから並ぶ。ここは台湾に珍しく冷房が入っていなかったのでぬぐってもぬぐっても滴り落ちてくる汗に往生したりしつつ、並ぶ。
 そうして10分ほど待っただろうか。やって来たバスに乗り込むと車内の涼しさに心の中で万歳三唱。

 帰りの便は市政府駅バスターミナルを経由しないので、ホテルに近い別のバス停で降りる。

 部屋に戻って荷物を置き、今度は妻と2人で連れ立って出発。今度はMRT國父紀念館駅から電車に乗って3駅の忠孝新生で下車。

 やっぱり焙られるような陽射しの中を歩いて光華商場ホリデーマーケットの会場へとたどり着く。
 私がこの催しにこだわる理由として『貴重なものが安く買えるから』というのが理解されやすいのでしばしば口にするが、実際のところは、この祭りの縁日のような雰囲気がたまらなく好きだから、というほうが大きかったりする。メイン会場をぐるっと取り囲むように飲食物を売ってたりするところなどはたまらない。

 さて。まずは中央会場から順に見てまわる。今回は彰化県主催ということでご当地名産の果物が多数出ている。
 元来台湾で果物と言えばマンゴー、パイン、ドラゴンフルーツなどが有名である。が、目の前で売られているのは梨、桃、ブドウといった日本でお馴染みのモノばかり。どうしたことか。それと、どれもこれもうまそうなのは大変いいのだが、販売単位が1箱(6個入り)とか1斤(600g)とかで分量的に手が出ない。
 せめて、とブドウジュースを購入してみる。その場で絞りました的な濃厚至極の味わい。

 売っている店の数は少ないものの茶もあるのだが、それよりも我々の目を惹いたのはコーヒー豆である。しかも、売っているだけではなく、どうやらその場で飲めるらしい。

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 早速オーダーしてみると、台湾コーヒー独特の澄んだ香りとスッキリした味わいに購入即決。

 去年まではあんなに入手に苦労したというのに…。ちなみに挽いたものではなく豆の状態で売っていたため、帰国後のコーヒーミル購入も同時に決定した模様。

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 早速の戦果だが、妻は茶の選択肢が少ないことにいささか困っていた。土産用にも自家用にも現在の分量ではいささか不足気味(何しろ1年分なので)とのこと。一昨日茶楽樓に行き損ねたおかげで計算が狂っているらしい。

 じゃあいっそもう一度茶楽樓に行ってみるか、と提案する。行ってみて今日も店が閉まっているようなら完全にあきらめもつくだろうし、その上で改めて段取りを組むことも出来る。

 ただ、前回のようにバスで行くと時間がかかりすぎる。大体どの辺りで止まってもらえばいいのかの土地勘も掴めたので、敢えて前回避けたタクシーで行くことにした。このあたりは流しのタクシーが多いのですぐにつかまった。ダメ元で『迪化街』のメモを見せると運ちゃんは大きくうなずき、速やかに車を発進させた。
 台北駅付近でちょっと混雑した以外は順調で、ものの15分もしないうちに永楽市場前で車は止まった。この先は道幅がグンと狭くなっているので、ここからは歩いたほうが確実である。
「謝謝」
「アリガトございました」
互いが互いの言語で礼を言い合う光景は珍奇と言えば珍奇かも知れないが、気は心というやつだ。
 ここから先は一昨日来た道なので迷いようも無く、ものの5分ほどで茶楽樓に到達。
「開いてる」
「開いてるねぇ」
しかも店内からは茶を焙じている時のような芳ばしい香りが漂ってきている。
 安心して中へと進むと、店内には店員さんと思しき女性と、客と思しき女性が何やらの会話をしている。
 とりあえずそれが終わるのを待つ間、店内の品揃えをチェックしてみたり。妻が気に入ったというだけあってモノも価格帯もなかなかによろしい。
 先客の用事も終わったようなので、妻が店員さんに茶の注文をする。
「試飲されますか?」
「いえ、前回来てモノは分かってるんで大丈夫です」
「以前も来ていただいたんですか?」
「その時は男の方が対応して下さったんですが」
「父です」
「え?あなた娘さんですか」
大変申し訳ないが、店の名刺に写っている非常に丸々としたお父さんとすらりとした娘さんがどうしても結びつかない。
 まぁ、その辺は些事である。それよりも一昨日店が閉まっていたことほうが気になった。
「一昨日はお休みだったんですか?」
「ええ、はい。体調が悪くて…、あ、すみません。いらっしゃってたんですか」
「年中無休って書いてあるのに閉まってたから心配しました」
「すみません。体調が悪くて寝込んでしまって。父が今日本に帰国中なのでお店が開けられなくて。ご迷惑をおかけしました」
「いえ。でももう大丈夫なんですか?」
「はい。もう大丈夫です」
そんな会話をしつつ、和やかに買物終了。
 茶に関してはこれで後顧の憂いを断てた。となれば再度ホリデーマーケットにアタックをかけてもいいだろう。
 大通りで再びタクシーを拾い、メモを見せて速やかに光華商場まで運んでもらう。
 マーケットは依然として盛況だった。
 とりあえず移動と暑さで消耗したエネルギーを出店の香腸(台湾ソーセージ)で補充。暑い中で熱いものを食べるので汗が止まらないものの、うまいという事実の前にはそれすら無力である。
 食べ終えて、取り入れたパワーを元手に周回再開。
 が、妻のほうはコーヒー豆も茶葉も手に入れてしまったので割と購入意欲は満足してしまったらしい。私はと言えば、まぁ何か珍しいものや良さげなものがあって値段や分量がネックでなければ買ってもいいかな?くらいの心づもりだったので、最後にもうひとまわりだけして撤収することにした。見事大好物の杉林渓烏龍茶を発見&購入して心の中でガッツポーズ。
 ちなみにこの品種、近年ようやく日本でもルピシア等で取扱がされるようになったが30g2,000円以上はするというお高いもの。これが300g1000元(約3,500円)で買えたのだから大変ラッキー。

 収穫物を手に手にホテルへ戻った。

 軽いお出かけのつもりが最終的にはあっちへこっちへと動き回った上、昨日一昨日とマッサージを受け損ねて疲労抜きが十分でないこともあって、部屋で荷物を整理していると急激に眠気に襲われ、お昼寝タイムになってしまった。というか今回は非常に暑かったということもあるが、とにかく休憩時間を挟むことが多くなってしまった。これがもう若くない旅の形というものなのだろうか。単に普段からの体力作りやこちらに来てからの身体のメンテナンスを怠ったとも言えるが。

 ともあれ。寝て起きればもう時刻は夕方。だいぶ楽にはなったが、さてどうしたものか。 

 國立故宮博物院。言わずと知れた台湾の一大博物館。
 東京は上野の国立博物館でここの収蔵品を借り受けての特別展示をやっていて、中でも国外へは初の移動となった翡翠製白菜は大人気のため4時間待ちにもなったらしい。
 その白菜が2週間の特別貸出期間を終えてこちらに戻ってきている。幸いにしてこの日は21時まで開館時間を延長してしているので夕方から見に行っても十分見る時間はある。というか、この時間であれば混雑もマシになっていて昼間に行くよりもゆっくり見られる可能性すらある。

 唐突な思いつきにしては割と良いアイディアであると自画自賛しつつ、妻に諮る。ダメ出しされるか心配だったが無事賛同が得られ、出発進行。

 ホテルの前でタクシーをつかまえ、メモを見せるいつものやり方で今回も無問題。

 土曜の夕方という割と込み合う時間帯だが、うまく渋滞を避けて台北松山空港の横を行き基隆河を越えミラマーガーデンホテルの大観覧車を過ぎると、自強隧道というトンネルが現れる。これを抜ければ、もう目と鼻の先に故宮博物院がある。
 軽快なハンドルさばきのおかげもあって、現地到着したときはまだ十分空が明るかった。

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 最初の想定よりはかなり有利な条件でのスタートだが、そもそもここはちゃんと見ようと思ったら丸一日かかるようなところなので、かなりの駆け足になることは覚悟完了済。要はポイントの絞り方である。

 まず白菜は外せないとして。あとは九州の国立博物館にこのあと貸し出されるトンポウロウそっくりな肉形石も見ておきたい。…我が国もかなり他人の事は言えないが、なんだこの方向性。
 もちろんそれ以外にも青銅器や磁器の名品を中心に観覧プランを組む。

 館内は思いのほか人が多い。よほど夜間開館が知れわたっているのだな、と思って見ていると、子供達を学芸員さんたちが引率し案内している。夏休みの企画かなにかでやっているのだろうが、問題は引率している人たちの格好だ。揃いも揃って展示を意識したと思しきコスプレをしているのだ。
 皇帝の衣装を身にまとった男性は思いのほか似合っていたのに足元がスニーカーで台無しだったり、別のお姉さんは例の翡翠白菜にしようとして単なる謎のフェルトパッチワークになってしまったり。特に後者は「Photo OK?」とたずねるのも憚られるほどで。
 それでも子供がわめいたり駆け回ったりしないし、何より大陸からの団体客が居ないので、以前来た時に比べたら実に静かである。この心地よさ、入館して10分も経たぬうちに、また夜に来ようと心に決める。
 そして件の翡翠白菜だが、確かに芸術的名品だとは思うものの、何度も見ているということもあってか心を奪われるというほどのことはなかった。この辺は好みの問題なのでご容赦いただきたい。肉形石もまた同様。

 私の好みは上述のとおり磁器と青銅器、そして家具類。
 家具については1階で清代貴族の部屋を再現した形での家具展示をしており、これがまた私を惹き付けてやまない。家具というのは各々役割を持っているので、バラバラに展示するよりも当時の状況を再現してその役割を観る者に対してハッキリさせたほうが魅力を増す。ここはその理想的展示のひとつと言える。故宮博物院の展示室どこか1カ所で1日過ごせと言われたら私は迷う事なくここを選ぶ。
 しかし実際はそんな贅沢など出来ようはずもなく、次へと急ぐ。
 
 古来『玉(ぎょく)』という名で親しまれた翡翠。これは特に漢民族に愛され先述の白菜を初め様々な美術品の素材となっている。その『玉』に手で触れるコーナーがあった。喜び半分緊張半分で手を伸ばす。
 宝石の一種なのでもちろん硬いのだが、不可思議な滑らかさというか柔らかさというか。金属とは違う暖かみのある硬さを感じた。

 そのあとは白磁、青銅器、古書文献等々を大急ぎで見てまわる。急ぎすぎて少しばかり時間が余ったので、最後は4階の三希堂というカフェレストランで一服。もう時間が遅いのでドリンクのみということだったが、もちろんOK。

 眼下に広がる夜景や店内に飾られた多種多様な調度品を眺めながら飲むお茶はまた格別だった。
 飲み終えて下に降りるとまだ入口横の土産物売り場は営業中だったのでこれ幸いとアタックを敢行。
 目当ては過去の特別展示の図録。古いものは半額で売っていたりして大変お買い得。そしてここで我々は残り福とも言うべき大当たりを引き当てる。『康煕大帝と太陽王ルイ14世』。どうやら過去に清王朝とフランスブルボン朝を代表する両君主にちなんだ特別展をやっていたようなのだが、こういうのが夫婦揃って大好物なので値段とか大きさとか諸々のハードルを突破して購入する。
 今手元に現物があるのだが、ページをめくるたびに自然と溜息が漏れる。

 嗚呼、本当に来て良かった。思いつきから始まった吶喊ツアーだったが、大いに満足出来る結果だった。

 その後タクシーで台北駅に出て、フードコートでパパッと夕食を済ませてホテルに戻った。
 明日はいよいよ帰国日である。たくさんの思い出を両手に抱えてゆっくりと眠りについた。

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疲れやすくはなっているものの寝れば何とか回復するのは広い風呂の効用だろうか、それとも広くて寝心地のいいベッドのおかげだろうか。昨日は本探しでヘトヘトになってしまった上にマッサージを受けそこねたのに朝ちゃんと起きられた。
 
 その上ちゃんと食欲もわいてきたので今朝も盛りだくさんの朝食をしっかりいただけた。バイキングの献立は昨日と同じだったので省略するが、同じメニューでも飽きが来ないというのは重要だと思った。
 
 さて。今日はどうするか。

 本来であれば、お廟行きの計画を実行するにふさわしい日なのだが。

 だがしかし。躊躇せざるを得ないほどに今年の台湾は暑い。熱暑炎暑という言葉がふさわしい状況だ。比較的北に位置する台北市内ですらこうなのだから北回帰線の向こうっかわである高雄市内はさらに暑いだろう。

 妻は身体が弱いのであまり無理をさせたくない。キツい日程になることを説明し、その上で体調を確認したところ「大丈夫」という返答が。

 ならば行くしかない。
 お供え物として関空で調達してきた清酒『玉乃光』と煙草『峰』にいよいよ出番がやって来た。部屋の片隅に固めておいてあったそれらをトートバッグに詰め、暑さ対策の帽子とタオルを持てば出発準備完了。

 地下鉄で台北駅に出て、そこから新幹線に乗る段取り。
 窓口には結構人が並んでいたのだが、クレカで買える券売機はガラガラで、9:54台北発左営11:30着の速達型列車の切符をすんなり購入成功。

 発車まであまり時間が無かったので、道すがらにある便當本舗で飲み物だけ購入してホームへと急ぐ。

 途中台中しか止まらない速達型だけに車内はほぼ満席。ほんとうによく並びで席が取れたものだ。座席についてホッと一息つくと、列車は静かに動き出した。

 もう何度目の乗車になるのかも憶えていないが、相変わらず車内は快適である。日本の新幹線とは姉妹的存在であるのに、乗るたびに明確に違う何かがあるように感じるのだが、それが一体何なのかは未だに答えが出ないままでいる。

 台中で隣に座っていた青年が降りたかと思うと入れ替わりで別の青年が乗ってきた。他の席も同様の状況で、乗車率はかなり高い。

 乗客をいっぱいに詰め込んで、列車は定刻どおり11:30に左営駅到着。ここで我々はMRTに乗り換えて終点近くの高雄国際空港駅で下車する。

 地図によると目指す紅毛港保安宮はひとつ手前の草衙駅が最寄りなのだが、ここからだと徒歩で2キロ近くかかるため極力避けたいルート。そのため、タクシーが確実に捕まるであろうしバスもたくさん走っているという推測のもとに空港から向かうことにしたのである。

 このとき、国内線ターミナルと国際線ターミナルのどちらを選択すべきか少しばかり悩んだ。両方で情報収集出来ればベストだったのかも知れないが、このふたつが結構離れているので行ったり来たりしているうちに体力も時間もどんどん使ってしまう。
 ではどちらにすべきなのか。

 私が出した結論は、国内線ターミナルだった。その決め手となったのは「国内線のほうがあまりメジャーでない場所についても把握しているだろう」という推論だった。
 という訳で早速観光案内所にて紅毛港保安宮についてたずねるが、そもそも国内線ターミナルなので日本語がわかるガイドさんがいなかった。そのため最初はうまく通じず全く別の『旗後天后宮』のほうを案内されてしまう。
 苦心惨憺してどうにか『紅毛港保安宮』であることを分かってもらえたが、先方は知らないようであった。手元のノートパソコンで検索してくれたが、残念ながら出てきた結果は既にこちらが入手している以上のものではなかった。
 それでも精一杯の努力に関しては大いに謝意を表して案内所をあとにする。

 出来れば路線バスを使いたかったが、こうなってはやむを得まい。すぐ目の前に止まっているタクシーを使う他は無い。
 タクシーで行く場合、往路はいいのだが帰りが困る。地元タクシー会社の電話番号を調べても、電話で『今紅毛港保安宮にいるので1台そこまで配車して欲しい』ということを伝えられる自信が無い。
 なので正直背水の陣である。帰りはあまり詳しくないガイドブックの地図だけを頼りに最寄りのMRT駅までたどりつくか、はたまた偶然流しのタクシーを捕まえて再び空港に戻ってくるかくらいしか思いつかない。

 それにしても。こうやって地図を頼りに現地の人もよく分からない場所へ行こうとしていると、新婚旅行の際に日本統治時代の史跡巡りの一環で烏山頭水庫というダムへ行ったときのことを思い出す。
 あの時はその為だけに台南市内の割と大きなホテルに前泊したのだが、この時も行き方を教えてもらおうとコンシェルジュに行ったところやはり『分からない』と言われてしまったのである。
 そこで我々夫婦とコンシェルジュの係の人と3人で地図を見ながらああでもないこうでもないと検討を繰り広げることとなった。
 最終的には『台湾国鉄の隆田という駅が近いようだが、ここからタクシーで行けるか?』『おそらく行けるだろうが、その駅にタクシーがいるかどうかは分からない。少し先の新営ならばほぼ間違いなくいると思う』というやりとりがあって、見事隆田駅からタクシーで到達出来たのは大変良い思い出である。
 ちなみにその際はやはり帰りのタクシーを自力で呼ぶことが出来ず、ダムの管理事務所に助けていただく羽目になった挙句、待っている間お茶までごちそうになってしまった。

 さて、今回はどうなることやら。まずはたどりつくことだが。

 幸いにしてタクシーの運ちゃんに地図と住所を見せたところカーナビで検索してくれて、場所そのものは判明。車は迷う事なく進んで、もうすぐつくかというところでまさかの通行止め。
 しかし、さすがそこはプロ。運ちゃんは諦める事なく迂回してどうにか目的地へたどり着こうとしてくれたが、住宅街の細い道に苦戦する。いくつ目かの角を曲がった時に、豪華絢爛な廟に翻る旭日旗が見えた。間違いない。
「あれだ!」
日本語での反応だったが運ちゃんにはしっかり伝わったようである。
 しかし、アスファルトの舗装工事が我々の行く手を阻んでいた。舗装したてでアッツアツのアスファルトの上を車が走ることは出来ない。まぁ、ここまで来ればいかな灼熱気候でも歩いて行けるので、工事をしている手前で下ろしてもらう。
 靴底が溶けるんじゃないかというくらいに熱冷めやらぬアスファルトの上を飛び跳ねるようにして歩き、どうにか無事紅毛港保安宮に到着した。

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 こちらで神様として祀られているのは旧大日本帝国海軍軍人にして第三十八号哨戒艇艇長。
 艇長が戦死後に地元の人の夢枕に立ち「漁民を護り豊漁を約束する代わりに日本へ帰して欲しい」と希望したのがこのお廟の由来なのだそうだ。信徒の方々は艇長の慰霊のため定期的に沖縄の護国神社や東京の靖国神社に参拝をしておられるそうで、実に何とも頭の下がる思いである。

 そんな由来なので、いささか緊張して神妙な面持ちで中に入ると、管理人の方が笑顔で出迎えてくれた。日本語は通じなかったが、我々が日本人だと分かると身振り手振りで案内してくれた。

 まずは中央の祭壇。これこそがこの地にて『海府大元帥』という神様として艇長を祀った祭壇。ここには一緒に郭府千歳と宗府元帥の2柱の神様も祀られている。

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 この祭壇には月桂冠や赤玉ポートワインなど日本のお酒が多々お供えされている。そこに私が持って来た玉乃光と峰も仲間入りさせていただく。

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 備え付けの線香に火をつけゆっくりと参拝。戦死後もなお海と人を護る神としてこの地に在るということの重みに、胸の内を熱いものが満たす。

 続いては、中央祭壇のその手前にある神輿。なぜ神輿。いや、ここの神様が日本人だから、なのだろうけれども。神様の乗り物だから、神輿を『日本への里帰り用』として用意してあるのだとしたらその周到な配慮に感謝の念が湧く。ただ、手前にある日付が間違っているのはご愛嬌。

 中央祭壇の左がわには『にっぽんぐんかん38』と書かれた神艦が祀られている。こちらはこれ自体がご神体扱いらしいのだが、荘厳な中央の祭壇とはまた別次元に強烈なインパクト。元々は艇長を『日本に帰す』ために“建造”されたものであり、本来は神器ともいうべきものだが、神器がご神体に昇格したようなものでああろうか。

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 中央祭壇同様、こちらにもお供え物が多々あるのだが、ここに艦これグッズであるところの戦艦大和の艦娘イラスト入りお酒が奉納されている。どこの提督かは存じ上げぬが、見上げた志である。



 こちらにも深々と頭を下げる。 

 この神艦、模型とは言え船大工さんに発注した本格派なので実によく出来ている。70年前の哨戒艇がモデルだと言うのにレーダーやミサイルが装備しているのご愛嬌。また、万国旗が満艦飾になっているのだが、先の大戦では敵同士だった日の丸と青天白日旗も仲良く隣同士なのが微笑ましい。

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 日本と台湾のつながりをまたひとつ実感出来て、そして廟内をいっぱいに満たしている善意に触れることが出来て。烏山頭水庫の時にも思ったことだが、蛮勇を振るってでも来て良かった。

「では、帰ります」
と。管理人さんには通じないのだが、どう言っていいか分からなかったので日本語で挨拶をする。
 通じたのか通じてないのか、管理人さんは笑顔ひとつうなずくと、そのままどこかへと姿を消してしまった。
「どうしたんだろう」
「昼時だし、用事があるんじゃないかな?」
まぁ、詮索しても仕方ないので最後に中央祭壇に向かって一礼をし、お廟を出た。
 外は相変わらずの炎暑。雲は出ているのだが、陽射しを和らげるような働きをしてくれている気配はまるでない。お廟の中は割としっかりめに冷房が効いていたので、温度差もあって頭がクラクラする。
「大人(ターレン)!」
ボーッとしていた私に、管理人さんが声をかけてきた。生まれてこの方そんな呼ばれ方をした事が無かったので一瞬自分のことだと分からなかったが。 
 両手に持っているのは冷たいお茶がふたつ。何といっているのかは聞き取れなかったが、差し出されればさすがにこれが何を意味するのかは分かる。
「謝謝!太謝謝!」
これから最悪2キロ近い道のりを歩くかも知れない我々にとっては何よりも心強い援軍だ。繰り返し頭を下げながら、名残を惜しみつつ紅毛港保安宮をあとにした。

 敷き終わったばかりなのでまだアッツアツのアスファルトの上を飛び跳ねるように歩いて、まずは比較的大きな通りである『明鳳三路』に出る。

 先程お廟でもらってきたリーフレットには分かりやすくかかれた地図があり、それを見ながらどっちが草衙駅だろうかとためつすがめつ。左側を見た時に保安宮とは別の大きなお廟が見えた。こちらはどうやら濟天宮というらしい。もしかしてタクシー会社に電話して『濟天宮まで来て!』と言えば来てくれるのだろうか、と考える間もなくその近くにバス停がある事にも気づく。
「バスあるの?」
『紅7』と『69』と書かれた表示の横には電光掲示。これは明らかにあと何分で来る、という表示であろう。69の『小港站』行きのほうが早く来るようなので、これを待つ事にした。

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 先程までの悲愴ですらあった覚悟はどこへやら。相変わらずの刺すような暑さだが15分もすればバスが来ると分かっていればどうという事はない。
 この69系統は国鉄高雄駅からMRT小港駅方面へと結ぶ路線のようだ。わざわざ『方面』と書いたのは、路線図を見ると終点の小港站とは別に『ニ苓國小(捷運小港站)』と書かれたバス停があったため。終点まで行かずここで降りねばならない。乗り過ごすと面倒そうなので気をつけねば。

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 路線図に続いて時刻表を見るとこの69系統は1時間に1~2本程度の運行間隔なので、15分待てば乗れるというのは大変な幸運だ。
 小港行きではなく逆方向の高雄駅行きであればもっとありがたかったが、そこまで望むのは贅沢が過ぎるだろう。
 それに、もし待っている間に反対側にバスが来ればそれに乗ればいいだけのこと。

 そんな話をしているうちに小港站行きはやってきた。

 台北で乗ったバスと同様、電光掲示で次のバス停が表示されるので乗り過ごす心配はなかった。空いていた座席に腰掛け、ホッと安堵のため息。
 気持ちに余裕が出ると車窓を楽しむゆとりも生まれる。観光路線ではなく住宅街をひた走る生活感溢れる眺めだが、見知らぬ土地においては十分楽しめる。

 時間にして20分だろうか30分だろうか。結構な乗車時間を経てようやくニ苓國小(捷運小港站)のバス停に到着。
 バスから降りてもMRTの入口らしきものは見当たらなかった。前後左右を見渡して、一番大きな通りに出る。
 交差点から再び前後左右を確認してみると右手にそれらしき建造物が。おお、あれだあれだと喜び勇んで近づいてみたらそれは入口ではなく冷房用の通風口だったりしたのだが、地下用の通風口があるということはすなわちこの下を地下鉄が走っているという何よりの証拠であり、通風口の少し先には今度こそ小港駅の4番入口があった。ようやくたどり着けた。

 地下に降りて乗車券がわりのトークンを買うに際して、相談がひとつ。

 空港で降りるか、左営駅で降りるか。

 実は今回もうひとつの行き先があった。

 台湾で一番大陸に近い島、金門島。国共内戦最後の戦場。今でも一部が立入禁止区域だったり海岸線に地雷が残っていたりする最前線の島。
 そこに高雄空港から行ける便があるので、高雄から金門島経由で台北というルートで戻る計画だった。
 問題は体力的余裕。最後はバスに助けられたとは言え、心身ともにかなり疲れているのは確かだ。
 金門島に行くなら空港へ、おとなしく台北に帰るなら左営へ。

 夫婦で最終確認をし、大丈夫、それでも行こうということになった。
 ではまず空港まで、とボタンを押したところ、なぜか表示は左営。
「え?」
時既に遅し。トークンは2枚出てきてしまっている。
「払い戻しする?」
「それはしてもいいけど、駅員さんにどうやって説明する?」
等々言い合ったが。
 これは海府大元帥が『おとなしく台北へ戻れ』とおっしゃっているに違いないという結論に至り、トークンはこのまま使用することにした。
「帰ろう、帰ればまた来られる」
これは南方ではなく北方における海の男の名言だが、今我々が置かれた状況はまさにこの言葉のとおりであっだと思う。
 MRTの車内でひと寝入りしたおかげで、左営駅に着いた時には気力体力も随分戻ってきていた。

 となると、人間やはり腹が減ってくるもの。

 いつもなら駅弁を買って車中で食べてもよかったが、今日はゆっくり食べるほうを選んだ。幸い左営駅には三越が隣接しており、中にはレストランもフードコートもあるので選択肢は豊富。

 MRTの改札から地上に出ずそのまま直結で行けるのも何気にありがたい。

 連絡通路を抜けると目の前がいきなりフードコートなので、まずは一周ぐるっとまわって良さそうな店がないかどうかの下見。

 一大勢力が丸亀製麺だったりナゴヤ飯でお馴染みスガキヤが入ってたりと「ま、まぁ日系百貨店だから」としか言い様のない光景であったが、我々の好む夜市飯っぽいお店もあるのでセーフ。
 とりあえずそこを第一候補として、レストランのほうも見てみることに。8階9階には本格中華に日本料理店、イタ飯屋やタイ料理店などが軒を連ねている。どれもそれほど悪くない選択肢ではあったが、せっかくだしフードコートで夜市飯だなぁということになり地下に戻った。
 地下に戻ると丸亀製麺の天ぷらを揚げる香ばしい匂いに一瞬だけ誘惑されたが、わざわざ台湾の、しかも高雄まで来て丸亀製麺というのはさすがにノーだ。もっと長く滞在して日本食に飢えていたら違っただろうが、まだまだそこまでではない。
 『八陽』という海鮮小皿の店で魯肉飯と海鮮野菜スープセットを注文。
 今日どれだけの汗を流したか知れない身体に、スープの塩味が染みる。野菜もスープの旨味を吸って滋味深く、箸が止まらない。
 魯肉飯はもう、安心安定の旨さ。豚肉をしょうゆニンニクベースのダシで煮込んでご飯にかけた、という説明するために自分で書いた字面を見ただけでもう腹が減ってくる。



 この時も気づけばあっという間に平らげてしまったあとだった。最初は足らないかな?とも思ったが食べ終えてみればちゃんと満足出来た。

 あとは『お告げ』に従って粛々と新幹線で台北に戻る。

 ホテルに戻ると峰圃茶荘からの紙袋が届いていた。中を確認し、おまけでもらったマンゴーを冷蔵庫に入れてからぐっすりお昼寝タイム。

 目が覚めた時、外を見るとまだ夕陽はかろうじて空にとどまっていた。

 しかし、起きてはみたもののまだ若干頭がボーッとしている。本当にフットワークが重くなってしまったものだ。

 このあとどうするか、をぐずぐずと決められぬまま時間だけが過ぎていった。

 まぁ、どこへも行かないとしても飯だけは食わねばなるまい。特に昨日はコンビニで簡単に済ませてしまったので今日はちょっと張り込んでもいいかな、という気分になっている。

 鼎泰豊。

 言わずと知れた台湾が世界に誇る小龍包の名店である。これがホテルから徒歩圏内ということもあり、

 結構並んでいる。まぁ、小1時間くらいなら並ぶ覚悟で来ている。まずは順番を取らねば、と受付のお姉さんに近づいていくといきなり
「いらっしゃいませー」
と声をかけられた。
「おふたりさまですか?」「15分から20分くらいお待ちいただきますけどよろしいですか?」
という、淀みなく流れるような日本語に圧倒されつつ無事順番は確保。待っている間にメニューと記入表とを渡され、注文を組み立てていく。
 何と言っても台湾ビールと小龍包は外せない。小龍包も色々種類があるので迷ったが、最後はオーソドックスなのを10個入りで1カゴに決定。あとは空心菜の炒め物、海老と豚肉のチャーハンと肉チマキと割と普通なチョイス。ちょっと少なめなのはお酒を飲むため。

 小龍包そのものは食べる機会がそこそこあるので、『名店』の味やいかにといささか勿体ぶって口にする。
 食べてみると、この店の知名度も混雑もその全てに納得が行く味だった。何をどう表現しても不正確になってしまうというか、はっきりとした輪郭のある味ではないのだが、これがどうにもクセになる味で、ひとつ食べると自然と2つ目に手が伸びる。

 ビールを飲む間もあらばこそ、10個の小龍包はあっという間に消えてなくなった。もう1カゴ頼むかどうか真剣に検討したが、食べきれなくなっても困るのでここはグッとこらえる。
 その他の料理もちゃんと美味かったのだが、正直小龍包に全てが持っていかれていてあまり憶えていない。
 2人で1000元ちょいと台湾の物価を考えれば結構なお値段がしたのだが、次回も必ず来ようという気持ちになるくらいには満足していた。

 幸せな気分で店を出ると、ついつい寄り道をしたくなる。体力が尽きていたはずなのに、飯がうまいということには不思議なパワーがあるものだ。

 昨日行ったのとは別の誠品書店の店舗がちょっと行ったところにあるので、そこへ足を向ける。
 今日はどうしても買わねばというお目当ても特に無いので、のんびりと本を楽しむ。
 画集や写真集などをメインに目の保養をしていると、コミックのコーナーでうっかり『BL POSE』とか書いてある本を見つけてしまう。
 ちゃんと見ていないので断言は控えるが、男性同士が熱いまなざしで見つめ合っている表紙からしておそらく私の推測どおりの本であろう。そんなところまで日本の後追いしているとは思わなかった。
 何だか一気に疲れてしまったので、中にある喫茶店でひとやすみ。台湾ではあまり目にすることがなかったハーブティーがあるので、これを食後の一服にした。

 今日もコンビニで買い出しをしてから宿に戻る。疲労の蓄積を自覚していたので本当はマッサージを受けたかったのだが、それすらも面倒になってしまっていたので省略してしまった。明らかなミスである。

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マッサージの効果か薬膳が効いたのか、それともベッドが良かったおかげか。いずれにしても大変良い目覚め。

 妻の目覚めも悪くなく、朝食を食べる余裕もあった。

 主食となるものは小麦系が食パンにデニッシュ、ワッフルとフレーク各種。米飯系は普通の白いご飯や粥に加え十六穀米もある。あと、これは主食と言って良いかどうか分からないが、ふかしたサツマイモまであった。

 さて副菜だが。
 基本的にはシーザーパークと大きな差は無い。向こうでもやっていた卵のリクエスト調理がここにもあったし、ハムを注文して1枚1枚切ってもらうのも同様。生野菜各種、スクランブルエッグ、ソーセージ、中華風野菜炒め、中華風肉野菜炒め、ハッシュドポテトと豊富だったがスープは味噌汁のみだった。西洋系の方々は困らないのだろうか。 

 デザートはフルーツが5種類に小豆餡を使った餡餅。
 最後に飲み物だが、珈琲とミルクはアイスもホットもあったものの紅茶はホットのみ。また、烏龍茶は存在そのものが無くちょっと残念。他にはクランベリー、グァバ、オレンジの各ジュースと、なぜか『白湯』があった。

 白ご飯をメインにしつつも、おかずは極力野菜を多めに取るように心がける。特に生野菜は台湾で食べ歩きメインな食生活をするとなかなか食べる機会が無いので積極的な摂取を行なう。ちなみに日本ではあまりお目にかからないが台湾のホテル朝食ではお馴染みなアルファルファが実は好物だったりする。

 ドレッシングの種類が豊富なことにも後押しされて割と美味しく平らげ、デザートのフルーツに締めの珈琲までじっくり堪能して部屋へと引き上げた。
 
 さて。本日の予定であるが、今回の旅の主目的のひとつである高雄のお廟行きはとりあえず保留とし、もうひとつの主目的であるお茶その他の買い出しをメインとすることに決定。
 私にとって台北でお茶と言えば峰圃茶荘さんだが、妻が冬の一人旅で見つけてきた迪化街のお茶屋さんが大変良かったので今回はそこにも足を向けることとした。

 ただし。この迪化街というのがなかなかにクセモノで、MRTの駅からもそこそこ遠いし、タクシーで行くにもこのあたりは道幅が狭いので思ったとおりの場所で下ろしてもらえる自信が無い。

 歩くこと自体を忌避する訳ではないのだが、この日の陽射しが暑いを通り越して痛いになりつつあることが懸念の種だった。
 異国の地で熱射病など避けねばならない。少なくとも極力対策を立てて臨まねばならないと考え、資料やら地図やらをあれこれ検討した結果バスで行くことにした。

 迪化街最寄りと思われる南京西路口バス停に行くには206番のバスが良いようであり、それに乗るにはMRT西門駅からが適切と思われた。

 出発前に水分を多めにとり、かつ移動中の飲み物も携帯して部屋を出た。

 西門はホテルの目の前を通っている板南線の駅なので乗換えも無くスムーズに移動完了。
 構内の案内板に従い、5番出口から地上へ出る。
 陽射しはさらに強くなっており、中華鍋で炒りつけられているような気分になりつつ、バス停へ。天母行きという比較的長距離な路線のためかバスはなかなか来なかったが、幸い屋根付きベンチ有り木陰も有りという恵まれた環境だったので、陽射しさえ『当たらなければどうということはない』…は言い過ぎにしてもバスが来るまでの時間をどうにかこうにか耐える事が出来たが、そうでなかったらおそらく手近なタクシーを捕まえて運を天に任せたドライブをするか、もしくはホテルに一時撤退を余儀なくされていただろう。

 空港同様、何台も何台もバスを見送ったあと、ようやく206番のバスがやって来た。車内に満ちる冷気をありがたく全身に浴びながら、悠遊カードをタッチ。
 椅子に腰掛ければ車窓を楽しむ余裕も出る。何度もこの街に来ているのにちゃんと見ることがなかった北門(清朝時代の遺構)もしっかり確認。
 降りるべきバス停もLED表示のおかげで把握出来て、大阪や福岡でバスを使うのとあまり変わらない感覚で無事任務完了。

 さて。バスで北上してきた延平北路を渡ると、もうそこは問屋街。厳密には迪化街ではないらしいが、厳密な区画もないので別に気にせず目的の店へ進む。
 アーケードではないが歩道が屋根付きだったりするのが地味にありがたい。まぁ、歩道を歩けば「おみやげどう?」「からすみあるよ」等々声をかけられたりするわけだが。
 漢方薬やからすみを買うつもりは無かったが、ドライフルーツは好物なので立ち止まって検分。『六安堂参薬行』や『黄永生参薬行』というお店でガンガン試食を勧められ、これがどうにも美味かったのでこちらもガンガンと購入する。毎回購入するパイナップルやマンゴーに加え、今回は試食して美味かったイチゴも追加。
 持って来たトートバッグをドライフルーツでいっぱいにして、再びお茶屋さんを目指す。彰化銀行のところで左折し、西へ少し歩くと目指す茶樂樓がある…のだが、シャッターが閉まっていた。
 年中無休と聞いていたのだが、どうやら臨時休業のようである。昨年冬にこの店を訪れた妻の情報によると店主が唐突に茶畑に出かけたりする可能性もあるらしいので、多分そういうことだろうと判断。
 まさかの事態にやや呆然としたが、そんな悠長なことをしていられないくらいに暑い。近辺を無目的にうろついているだけで倒れそうに暑い。
 体力の消耗を避けるためにも次なる目的地峰圃茶荘さんへとっとと向かうことにする。それこそ立っているだけで干物になりそうな暑さなので移動手段はタクシー一択となる。
 幸いにも5分も経たぬうちに目の前に空車のタクシーが現れてくれたので、素早く手を挙げ、乗り込む。
 峰圃茶荘の名刺を見せると、運ちゃんは大きく2回うなずいて車を発進させた。実になれた感じで10分走るか走らないかのうちに車は店の前に。このあたりの知名度の高さはさすが老舗。
 店内に入ると、店主の蒋老人は先客対応中。次の予定があるでもないので店内商品を確認しつつ待つ事しばし。
 先客の購入が完了し、我々の番が来た。勧められた椅子に座ると、早速好みのお茶の種類をたずねられる。「阿里山の高山烏龍茶をお願いします」と答えると、老人はすかさず茶葉を茶器に投じ、試飲用の一杯を用意してくださった。
 まぁ、ここのお店の試飲は一般的な日本語で言うところの『歓待』なのだが。
「ゆっくり、香りを楽しみ、ワインのように味わって飲んでみて下さい」
とのお言葉だったが、すっかり暑熱にやられてしまった私は我慢が足らずあっという間にカラにしてしまい「早すぎますよ。もったいない」とご指摘を受ける羽目に。 

 2杯目からは喉も潤い、ゆっくりゆっくりと香りも味も楽しみながら飲むことが出来た。
 口から鼻に抜ける甘さすら含んだ芳醇な香りは阿里山烏龍茶ならではのもの。嗚呼、嗚呼。これだ。これを求めて、これが欲しくて、我々は毎年毎年この国を訪れているのだ。

「これでお願いします」

というと、購入希望品を記入するA4両面の発注シートを手渡される。ちなみに勿論表記は日本語。これに記入している間に、空になった茶碗が再び琥珀色の液体で満たされる。

 お茶は自分たちで飲む分にお土産として送る分を含めるとかなりな量になり、そこに台湾島の形をしたパイナップルケーキと舞茸チップスも同じく自宅用お土産用に大量確保したら、総計で大きな紙袋2つ分になってしまった。
 また今年もやってしまいましたなぁ、と夫婦で顔を見合わせて苦笑いしていたら老人から「ホテルまでお荷物をお届けします」とのお言葉を頂戴する。
 
 実はこのあと、ここの近所にある『光南大批發』という日本で言うヨドバシソフマップ的なチェーン店で時計のバンド交換をするつもりだったので一も二もなくお願いする。
 ではこれにて、と挨拶をしかけたところで老人は
「マンゴーもおつけしておきます。ホテルで食べてください」
と言い、孫におやつをあげるかのような表情を見せた。

 さて。身軽な状態で光南大批發を目指す。道すがらに昨日食べ損ねた胡椒餅のお店があるので、妻のご要望に従いこちらで一息つくことに。


 灼熱の昼日中に食べる胡椒餅もなかなか乙なものだが、夜市で大行列が出来ていたもうひとつの理由を身を以て理解出来た気がする。

 小腹を満たし、イザ!バンド交換と意気込んでお店に入ったものの。目当てのバンドが見当たらない。正直もう体力ゲージが限界に近かったこともあり、素直に白旗を掲げて店員さんに聞いてみる。咄嗟なのと疲れていたのとで、口をついて出たのは怪しい英語。
このとき「I want to change this watch band」かなにか言ったと思う。もっとカタコトだったかも知れない。ともかく、これで通じた。
 通じたのは良かったのだが、在庫が無いので取り寄せになるとの返答。実は手元にはバンドの切れた腕時計が2つあったのだが、もうひとつのほうも在庫切れだそうで、万事休す。
 確認してみれば前にバンド交換したのが2009年。もう5年も前のことだ。在庫が無いのもムベなるかな、である。
 ここでもうひとつ別の腕時計を買っても良かったのだが、もう何かを選択する余力が無かった。くらくらする頭をどうにかなだめて、台北駅にたどり着く。直射日光を浴びなくなった途端に少し楽になったのだから、やはり南国の太陽というのは舐めてはいけない。ここ数年適度にスコールと遭遇してきたりして心身に優しい状況が続いていたので、すっかり慢心していたようだ。

 しかし今宿に帰ってしまうと昼食を食いっぱぐれる。貴重な台湾での一食を棒にふるのはいかにも勿体ない。そう思ってフードコートで牛肉麺など食べてみたのだが、半分しか入らなかった。やはり体調の悪い時に欲をかいて無理をするとロクなことが無い。

 せっかく台北駅に来たのに構内にある鉄道グッズ屋に立ち寄る根性も無くMRT乗り場に急ぐ。
 國父紀念館駅で下車し地上に戻ると、再び目眩が襲ってきた。逃げ込むようにホテルに戻り自室で横になる。
 目が覚めた時、時計は17時を少しまわっていた。窓越しに感じられる陽射しは依然として強かったが、体調が回復したおかげで出かけようという気持ちも復活していた。
 それにしても夫婦というのは面白いもので、私が目覚めてしばらくすると妻も起きだしてきた。

 自然、さぁて、このあとどこへ行くベエかという話になる。
体力が回復したとは言え万全ではないし、明日以降のことを考えると無理は出来ない。
 こういう時、答えはひとつ。本屋、である。
 台湾におけるジュンク堂的存在である誠品書店。ホテルからMRTでひと駅隣の市政府駅の裏手にはその誠品書店があるのだ。
 中にはレストランもあったりするので、夕食もすませられる。ちなみに誠品のとなりは阪急百貨店なので、そこでも夕食可…というかそこで夕食をとるのが普通の選択なのだろうが、ここは日系百貨店ということで日本でお馴染みすぎるお店が多々入っている。さすがに台湾に来てまで『ぼてじゅう』だの『さと』だのはちょっとためらわれる。
 まぁ、何にせよ誠品で本を買ってから、その時の気分に合わせて店を選ぼうという結論に至った。
 買い置きのパパイヤミルクで水分補給をして外へと出る。
 夕暮れ時、風こそ凪いでいるものの昼間と比べたら歩きやすさは雲泥の差。MRTでひと駅なら歩いたほうが早いと、てくてく進む。エアコンで冷やされた身体には多少の熱気がむしろ心地いい。一日中このくらいの気温気候であればもっとあちこち出歩けるのだが。
 昼間と違い心身ともに余裕がある状態なので市政府駅や阪急百貨店が見えてきた時には「え?もう?」という感じだった。

 市政府駅はMRTの駅であると同時にバスターミナルでもあり、ここから方々へ高速バスが旅立っている。それこそ桃園空港や港町基隆へもここから出発できる。台湾ではあまり見かけないコインロッカーも少ないながら備え付けられている。コンビニやフードショップもある。

「帰りはここから空港へ向かってもいいな」なんてことを話しながら、入ってきたのと反対側へ抜けると目の前が誠品書店のビルだ。

 目当てのものはあるが、まずは最上階のオーディオコーナーへ。以前の旅行記でも書いたとおり日本と台湾ではDVDはダメだがCDとブルーレイは共通規格なので買っても問題無い。
 何か掘り出し物でもあれば、とうろついてみるが今イチピンと来なかったので本売り場へと降りる。

 ちなみにこの時私が探していたのは『日本皇族的台湾行旅』という本。その名のとおり台湾が日本だった時代にこの地を訪れた皇族の旅についての本である。こういう台湾ならではの本は是が非でも押さえておきたい。おカタい内容だが冊数は出ているらしいのでこのクラスの本屋なら簡単に見つかるだろうと思っていたのだが。
 これが、見当たらない。まず新刊コーナーにない。アレッと思い歴史コーナーや台湾コーナーを探るも見当たらない。見落としてしまったのか、それとも売り切れてしまったのだろうか。判然としないまま置いてありそうな場所をぐるぐるまわり続ける。溶けてバターになるくらい歩き回っても見つからない。

 iPadをベースにした在庫検索機があったのだが、キーボードが発音記号式でなかなか思うように字を変換出来ない。どうにかこうにか『日本』だけは変換できたのでとりあえずそれで検索してみると無数に情報が出てきて手に負えない。
 途方に暮れつつあれこれボタンをいじってみると日本語変換設定が出てきた。何でこんな機能がついているのかとか悩みだしたらキリがないのでとりあえず検索。その結果によると、ちゃんと歴史コーナーの棚に在庫はあるとのこと。
 しかし、やはり無いものは無いのである。
 きっと最後の1冊が売れてしまったのだろう、とついに諦めて帰ろうとエスカレーターに乗ったところ、1つ下の階も本売り場であることに気づく。ただ、本以外のものも半分くらいのスペースを占めているのでそんなに期待は出来ない。

 まぁ、それでも見るくらいなら、と新刊コーナーに足を運んでみたところあっさり発見。
「上から見てまわったのが敗因だったか」
と今さら嘆いてみても仕方ないので、平積みになっている本をレジに持っていって無事任務完了。
 本来なら翻訳された日本漫画購入とか色々目論んでいたのだが、心身ともに疲れてしまったので今回はこれにて撤退。
 夕飯をどうしようか、という話もあまり盛り上がらず、結局帰りのコンビニでカップメンやらおにぎりやらを買ってホテルですませることにした。この時買った鯖のおにぎりやらカップメンやらが結構旨かったので全く悔いはなかったが。

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