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漫画、アニメその他諸々の感想がメインのブログです。現在は「ここだけの話」シリーズについての感想を中心に運営しております。毎日15時の更新は終了し、現在は再び不定期更新に戻っております。
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八九寺真宵(以下真宵)「はい、というわけで全国10ミリオンのロリかっけぇみなさまコンバトラー!八九寺真宵です!!」
忍野忍(以下忍)「忍野忍じゃ」
真宵「今回は書き手が恐れ多くも二次創作でキャラクターコメンタリーに挑戦!という無謀な企画に挑戦するということで、我々が駆り出されてしまいました!」
忍「そういうわけじゃから、引き返すが吉じゃと儂は思うぞ」
真宵「正直私もあんまりお勧めできませんねぇ〜。ま、時間があまってあまってしょうがない人向けでしょうか。あとですね。書き手からメッセージを預かっておりますのでご紹介させていただきます。『未熟者のやることですので、キャラのイメージと話す内容が合わないということが多々あると思います。また、セリフと画面の尺があちこち合わないと思いますが、その点はあらかじめご了承ください』だそうです」
忍「ずいぶんとなめくさっておる発言ではあるまいか?にしても、大体なんで儂らなんじゃ?もっと無難な組み合わせがあったじゃろうに」
真宵「そりゃもう、書き手の趣味100%ということで」
忍「…我があるじ様に優るとも劣らぬ真性の変態じゃのう」
真宵「とか言っている間に画面のほう、随分進んじゃいましたねぇ」
忍「我があるじ様が戦場ヶ原ひたぎとやらに拉致監禁されて楽しく遊んでおるのう」
真宵「そう見えますか」
忍「随分楽しそうじゃとも。儂が影の中に潜んでおることをすっかり忘れておるかのようじゃ」
真宵「忍さんって結構変わってますよね」
忍「ほれ、『阿良々木くんは私が守るから』何ぞと言うておるし、これが睦みあいでなくてなんじゃ」
真宵「まぁ、そう言えなくもないですけど、何重にも手錠でくくられているのを見てすっぱりそう言いきれる人はさすがに少ないと思いますよ。だってホラ『愚かで虫のような阿良々木くん』とか言ってますし」
忍「これはほれ、アレじゃ。照れ隠しとかいうヤツじゃろう」
真宵「隠し方が伝説の秘宝級ですね〜」
忍「めんどくさいことこの上ないのう」
真宵「忍さんはこのとき、阿良々木さんの影の中にいらっしゃったんですよね」
忍「そうじゃ。ちなみに感覚も共有しておるからあるじ様が殴られた時の痛みもしっかり味わっておる」
真宵「じゃあこのベロチューの時もですか!?」
忍「そうじゃ」
真宵「どんな気持ちなんですか?そういう時って」
忍「お主、それを聞いて一体どうするんじゃ?」
真宵「やだなぁ、好奇心ですよファンサービスですよ個人的な趣味ですよ」
忍「どれなんじゃ一体」
真宵「まぁ、なんだか法律とか条例とかが気になるのでその辺はスルーしときましょうか。で、忍さん。このとき阿良々木さんを助けなかったのは和解する前だったからですか?」
忍「そもそも儂は我があるじ様の手下でも便利な道具でもなんでもない。吸血鬼の絆というものはあるが、じゃからと言って相手の意を汲み取ったり先回りしたりして行動するような義理は何もないのじゃ」
真宵「そういうものですかー。なんだか複雑ですね。私のようなお子様にはさっぱりです。あ。ここ、手錠が肘に食い込んでますね。阿良々木さん我慢強いなー」
忍「やせ我慢の達人、じゃな」
真宵「それって褒め言葉なのかどうなのか微妙過ぎて判断が難しいですよね。ああでもそのせいでたまったストレスは全部私に向けられるんですよね。全部」
忍「全部ではない。そうじゃな、せいぜいがおおむね9割7分くらいじゃ」
真宵「それってほとんど全部じゃないですか!…で、聞くのがちょっと怖い気もするんですけどちなみにあとの3分はどこへ?」
忍「どこにもいかず、我があるじ様の心の奥底深くで澱のようにヘドロのようにたまり続けて行くのじゃ、そしていずれ…」
真宵「わー!わー!阿良々木さん!その残り3分も私にぶつけていいですから!!むしろぶつけてください!!この八九寺真宵に!!」
忍「ここでそんなことをわめいても伝わらんぞ」
真宵「冷静ですね忍さん。やっぱり600年生きてきた余裕ですか?阿良々木さんがどうにかなっちゃったら忍さんも困るんじゃないんですか?」
忍「さすがに困るようなことになる前にはどうにかするじゃろうが…」
真宵「あ、忍さん忍さん」
忍「なんじゃ?」
真宵「ここでアバン終了です!」

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「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
東瀬幸彦が漫研部室の扉を開けると、見慣れない装いをした茜浜和美が居た。しかも、たったひとりで。視界に入ったその姿を一目見てアゴが落ちなかったのは幸運だったと、心底思った。
「お前はなんでメイド服なんか着てるんだよ?」
見た目はそれなりによろしい和美なので、魅力が無いわけではない。むしろ、十分にグッと来るレベルである。
 しかし。実際にこうやって向き合ってみるとそういったことよりもむしろ妙なひるみを感じてしまう。メイド服は背の低い女性が着る分には保護欲をそそったりなんだりの効果があるのだが、自分より身長の高い女子が着ていると無性に圧迫感がある。
 なんだか、かいがいしく世話を焼いてくれる存在ではなく、怖い怖い教育係をイメージさせるのだ。子供の頃に見た何かのアニメの影響っぽいのだが、具体的な作品名が思い出せない。
「まぁいいからいいから。はい、これ。あんたの分」
「はぁぁ?」
状況の説明が一切無いままに衣装一式を手渡され、思わず声のトーンが上がる。
「あんたがメイド服着た画像を極秘ルートから入手したの。で、これはやはり直に勝負して思い知らせてやらないと!と思ったわけ」
鼻を鳴らして指を突きつける。
 その左手に握られている画像はどうやら幸彦が先日しでかしてしまった失態をおさめたブツらしい。極秘ルートってったって、どうせ部長だろ…。
「いやいやいやいや。おかしいだろそれ。勝負って何の勝負だよ?というかどんな勝負だろうと俺の負けでいいから勘弁してくれ」
「不戦勝なんて認めない!というかあたしにもちゃんと生で見せなさい!」
「本音いただきましたー!ていうかやめろー脱がそうとすなー!」
ズボンのベルトに手を伸ばしてきた和美を必死でかわす。
「イヤならとっとと着なさいっ。いや、やっぱり抵抗しなさい。こういうのも悪くないから」
「もうさっきから本音が止まらないな。ああもう分かったよ」
観念した幸彦はげんなりしながらも、和美の要求を受け入れる。
 それでも、無条件降伏という訳にはいかない。護るべきものは護らねばならない。
「ただし!女物の下着は穿かないからな!!」
「な~んだ。用意したのに」
「オイ!」
ポケットから取り出した何だか小さな布切れっぽい何かは、きっと普段なら男の夢の結晶なのだが、今この時だけは災厄を呼ぶ物騒な爆弾にしか見えない。
 というかそもそもとして同じ歳の女子が女性用下着を握りしめる光景に一向にときめかないしドキドキしないことに心底がっかりし終えると、ひったくるようにメイド服を受け取ってから本棚の影に移動する。
「覗いてもいい?」
「いい訳あるか!」
ボタンを外す手を止めて言い返す。
「というか出来れば部屋の外に出ててくれないか?着替え終わったら呼ぶから」
「えぇ~~~」
そこは抗議するところじゃないだろ、と、これは口に出さず。代わりにため息を人つつくだけに留めておいて着替えを再開する。
 外に出る気配が欠片もしない状況下で手早くボタンを外し、着替えを済ましにかかる。ブレザーの上着を脱ぎ、ネクタイを外し、シャツを脱ぐ。脱いだ衣類はさっと本棚に引っ掛け、問題のブツを広げる。
 上着が半袖なのはまぁいいとして。
「何でミニスカなんだよ!」
「何か問題が?」
「メイドさんは本来ミニスカとかありえねぇだろ。原点の時代背景的に」
「そっちか。そっちの抗議なんだ」
余裕あるじゃない、と笑う和美。
「まぁ、俺のスネ毛があらわになるのはむしろ見る方のダメージになるだけだからいいとして」
「えぇ~~~~。処理してないの~~?」
「なんでデフォで処理していると思う!」
己が風呂場でスネ毛をしょりしょりしているところを想像してしまって心理的ダメージを食う幸彦。できるならその場でのたうち回りたいくらいだったが、さすがに下着姿でそれをやったらそのまま通報されて入院させられかねないので、最後の最後で自制した。
「じゃ、これ穿いて」
そんな幸彦の苦悩も知らず、棚の向こう側から黒い塊が放り投げられた。
「なんだ、これ?」
塊をほどいてみる。
 それは2枚1組のやたらと細長い靴下だった。
「何かと思えばニーハイかよ!」
「それ穿けば誤摩化せるでしょ」
「ぐぬぬ」
用意周到にも程がある。猟師の熊罠でももうちょっとかわいげがある。
「あんまり時間かかってると他の人来ちゃうかもよー」
「あー。はいはい。分かった分かった」
一度着た事があるためか、着替えそのものはスムーズである。ただし、やはりズボンを脱いでスカートに穿きかえる事には心理的抵抗が伴わずにはいられない。
 しかし、モタモタすればちぐはぐで間抜けな状態の姿でいる時間がそれだけ長くなる。意を決してニーハイに足をつっこむ。
「しっかし、いつの間に俺のサイズを把握してるんだよ」
あつらえられたように身体にフィットするのだが、1個も嬉しくない。
「聞きたい?知りたい?」
「……やっぱりいいです」
うっかり聞いてトラウマになったり登校拒否になったりしても困るので丁重にお断りする。
 男の身でミニスカートを穿くのは余り気分のいいモノではない。そこから伸びる足にスネ毛が満ちていると特に。
 姿見は無いものの、我が目で十分違和感を味わう事が出来るその光景には言葉も出ない。
 それが、黒のニーハイソックスを履くと不思議な事になる。スネ毛を隠しても、所謂絶対領域が綺麗な状態ではないのでようやく見られるレベルという程度だが、最悪の事態だけは避けられている。少なくとも親に勘当されるようなことには…。
「なってるな。これで十分に」
自分で自分を騙しそうになったが、最後の最後で騙しきれなかった。
「これは…これはないよな」
何の罰ゲームなのか。一体なんで自分は人生で二度も女装させられているのか。本棚を隔てたホンのわずか向こうに、憎からず思っている女子が居るというのに。
 まぁそもそもその女子が元凶なのだが…。
「さっきから一個も嬉しくねぇ」
「マダー?」
「ああもう。もうちょっと待ってろ!」
穿きなれない物を穿くのは手間がかかるんだから、と言いながら、実はもう着替え終えている。
 人生初ミニスカなのだ。穿き終えても出て行くのにかなり勇気がいる。人生で何度もは発揮したくないタイプの勇気が。
「なんというか、俺がこの道に引き入れたようなもんだけど、どんどん茜浜に追い越されてるよ」
「早く来ないとこっちから」
「行くから!行くから待ってろ!」
脅迫めいた言葉に意を決して、恥をさらしに出る。
「どうだ!これで満足か!」
魔改造ビフォーアフター。そんな言葉が脳裏を巡って巡って止まらない。
 紺色の半袖メイド服。しかもフレンチメイド仕様、プラス、ニーハイソックス。頭にはホワイトブリム。そして顔はもちろん、化粧っけも何もないためにコラージュ画像のようにすら見える、いつもの幸彦の顔である。
「あはははははははは!」
「わ、笑いやがった!自分でやらせておいて!」
何この地獄絵図。
「あはははははははははははははははは!」
「あーくそう!」
怒り心頭し、髪飾りのホワイトトリムをむしり取って床に叩き付ける幸彦。
「やれって言っておいてこの仕打ちか!この仕打ちなのか!」
吼えるように熱を込めて抗議するものの、笑いの渦の中心にその心身を取り込まれてしまった和美には何を言おうが届かなかった。
「苦しい…」
そして呼吸困難の域に到達する。
 圧倒的な笑いの渦にただただ為すすべも無く呆然と立ち尽くす幸彦。己がサラシモノになっているという現実。さらにそれは、自分自身の姿を省みることで余計に虚しさが増していく。
「も、いい。好きにしてくれ」
がっくりとうなだれて椅子に座る。
「し、し、しゃ、写メるから…」
ようやく笑いがおさまりだし、携帯電話を構えるが、狙いが定まらない和美。
「やめろよ!こんな姿を残してどうする気だ!」
「まぁまぁ。あたしのも写メっていいから」
ようやく笑いがおさまり、撮影を終えると、くるっとその場で一回転する和美。その姿に、反射的に携帯を構えて1枚撮ってしまう幸彦。してやったり。
「折角だから、ツーショット撮る?」
「…じゃあ、まぁ、折角だから」
誘われると、ついつい乗ってしまう自分にあきれたり悲しく思ったりしながらも、和美の左隣に移動し、右側に和美、左側に幸彦の立ち位置で互いに携帯を構える。
「ほら、ポーズ!笑顔笑顔!!」
近い位置からせきたててくるイキイキした笑顔につられて笑おうとするものの、若干引きつり気味なのはどうしようもなかった。
 この時撮影した画像が出回って一騒動起こるのは、また別のお話。

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変更点

 野球観戦のシーンを追加しました。これで概ねやりたい事は全部入ったと思います。


   ぼくときみのたからもの



『♪いつもどおりのある日の事~ 君は突然立ち上がり言った~』
巨大スクリーンには、エンディングテーマをバックに、満天の星空が映し出されている。
 スタッフロールが流れていくシーンを、5人の男女が見つめている。
『♪いつからだろう~ 君の事を~』
「いい最終回だったな~」
「もうええっちゅうの。何度めだよそのボケは。これ見るたびに言ってんじゃん」
静寂を破って、どうしてもこらえきれなかった、という風情で感嘆する太身の男に、隣に座っていた痩身の男がツッコミを入れる。凸凹コンビなこの2人のやりとりは、いつ見ても漫才師のようだ、と東瀬(あずせ)幸彦は思った。あいつらは漫画研究会じゃなくて漫才研究会だ、と評した者が居るのもむべなるかな。
 この2人、成本誠と河本明は高校の入学式で出会って意気投合して以来のコンビなので結成からまだ半年も経っていないはずなのだが、とてもそうは思えない。ちなみに大きい方が明で小さい方が誠である。
「あなたたち、余韻台無し」
と、冷たく静かに、だがしっかりと響く声がした。
『♪どうかお願い~驚かないで~聞いてよ~』
「あ、すんません部長。あと3回分ありますけどキリがいいからここで休憩にしていいですか?」
『火憐だぜ!』『月火だよ!』
「そうね、一旦止めて頂戴」
部長こと早川美都(みさと)が眼鏡位置を直しながらそう言うと、すばやく動いてリモコンを構える幸彦。
『予告編クイズ!』しかし、まだ止めない。タイミングを見計らうように画面を見据えている。
「にしても、あっちぃなぁ~」
「しょうがねーじゃん。節電節電」
凸凹コンビ、成本誠と河本明はそう言いながら扇子を動かす手を休めない。
『次回!つばさキャット 其ノ参!』『其ノ参とそもさんって似てる』ここで一時停止ボタンを押す。凸凹コンビによって手早くカーテンが開けられ、光とともにわずかだが室内に風が通った。臨海部特有の、潮の匂いを含んだ風だ。こういう時だけは、この部屋が4階にあることを感謝したくなる。
「部長がいなかったら今年はこうやって視聴覚室を使わせてもらえなかったかも知れなかったんだから、感謝し」
「宝物、かぁ」
それまで沈黙を保っていた茜浜和美が、急に口を開いて幸彦の話をぶった切った。しかし、切れ長の眼に宿る強い光を見ると抗議をする気にはなれない。
「見せてあげたい宝物…ねぇ」
おもむろに美都の方を向くなり
「部長はそういうのってなんかありますか?」
とたずねる。
「そうね。相手がドン引きしないって誓約するなら見せてあげてもいい秘蔵のハードBLコレクションとかはあるけど」
「やめてください。てかそういうことじゃないって分かって言ってますよね部長」
心底げんなりした顔ですがるように。おそらく、内容を想像してしまったのだろう。
「ええ、分かってるわ」
ごく小さく口元だけで笑う美都を見て、聞くんじゃなかった、と小さく口の中だけでつぶやく。
「で、そういうお前はどうなんだ?茜浜」
「あたし、あるわよ」
幸彦の問いに、即答が返ってきた。正直なところ『知りたいの?気になるの?』とじらされるだろう、くらいにしか思っていなかったので、せっかく放られたうまくボールを投げ返す事が出来ない。
「へぇ」
と言うのが精一杯だった。誰がどう見て間抜け過ぎるとしか言いようがない。
「……何よ」
「いや、茜浜が、ねぇ…」
「あたしがそういうロマンチシズムとは無縁だと?」
口の端だけで笑う仕草が良くない予兆であることは、この1年半弱で存分に思い知っているため、素直に引くことにする。
「すまん。失言だった」
「見たい?」
「へ?」
その反応と言葉の内容とに、二重に意表をつかれ、思わずほうけた顔になる。
「見てみたいかって聞いてるの」
「……まぁ、正直興味は、あるな。うん」
「ほほぅ」
ニヤニヤという音が聞こえて来そうないたずらっぽい笑顔に心底を見透かされたようでうっかり目をそらしてしまう。
 それが和美のニヤニヤを余計に助長することになるのだが。
「部長どうですか?もし良かったら見てもらえますか?」
「私も見せてもらってもいいの?」
「もちろんです」
聞きながら、シチュエーションが違ったら若干ドキッとするセリフかもな、と思ったりする幸彦。
「で、あんたたちはどうする?」
和美はこの場にいた残りの2人にも声を掛ける。
「あ。俺、この後はバイトッス」
「同じく」
オタクをするにも金がかかるから。嫁のためにはありとあらゆる手段で!と気勢をあげて彼等は勤労青少年の顔つきになる。
「じゃあ計3人ね」
「いや、俺まだ行くかどうか答えてないけど」
「行くんでしょ?」
「はい、行きます」
我ながら無駄な抵抗だったな、と苦笑する。
「今が2時半で…あと3話ね。ちょうどいいわ。化を全部見たら行きましょう」
「じゃ、休憩は終わりってことで続きに行きましょうか。東瀬くん、お願い」
「はいはい。了解です」
幸彦は手元のリモコンを再度構えた。カーテンが閉まってから、再生ボタンを押す。
 漫研の夏恒例行事、視聴覚室を占領してのアニメ鑑賞マラソンは『化物語』の第十二話が終わり、間もなく十三話が始まろうとしていた。初日のこの日はコミケ終了の翌々日ということもあってか、事前に参加表明をしていた何名かの姿がない。結果、3年生で部長の美都、2年生では幸彦と和美、1年生は誠と明の計5人しかいない。本来居なければならないはずの顧問教師の姿も無い。
 そう言えば去年も初日は集まりが悪かったな、と幸彦は去年の夏を振り返る。まだあの時は茜浜は入部してなくて、凸凹コンビも勿論入学前だからいなくて。
 女子と一緒に、というか他人と見るにはいささか気まずいオープニングだからか、目は画面を追いつつもそんなことが脳裏に巡っていた。
 もともと水泳部員だった茜浜和美が漫研に移籍する事になったのには、若干経緯がある。
 1年生の9月、学年対抗水泳大会の直前に和美は気胸を患い、それをきっかけで水泳部を退部した。退部後日々鬱々としていた和美に絡まれたときの事を、幸彦は忘れる事が出来ない。
「あんた一体何でそんなに楽しそうなの?」
廊下で出くわすなり、こうだった。
我ながらさぞやへらへらした顔をしていたのだろう、と今でなら分かる。しかし、見知らぬ人間からやさぐれた目つきで突然こんな言葉を突きつけられた当時は、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。
「バカじゃないの?」
「あ、あ…うん。そうかも知れない」
「なに?なにしてんの?」
「いや、俺はこれから漫研の部室に…」
「漫研?へぇ〜漫研ってそんなに楽しいところなの?じゃ、あたしも行ってみる。連れて行きなさい」
否応無く、時代劇や刑事物のドラマで引っ立てられる下手人もかくや、というノリでキリキリと漫研の部室に案内させられた。
 出会い方としては、ほぼ最悪と言って良いだろう。こんなきっかけながら和美は漫研に入部し、居着き、そして現在こうして一緒にアニメ鑑賞マラソンもしている。もっとも、あの時のことがあるので、今でもどんな事情であれ和美から睨まれると何も言えず何も出来ず立ちすくむしかないのだが。
 現在のように曲がりなりにも会話が成立するようになったのは後日、入部から少しして、和美から釈明があってからだった。
 水泳大会の出番直前に急に息苦しくなって。なんとか誤摩化してがんばろうと思ったけどやっぱりダメで。大会が中止になるような大騒ぎになった挙句病院に運ばれてレントゲン撮影で発見されたら即入院で絶対安静。そんな風に、経緯に関して努めて言葉を簡素に、そして冷静に話そうとする和美だったが、その堤防は最後の最後で決壊してしまった。
「こんな、針の先くらいの穴で、これまでずっとやってきたことが終わっちゃって」
親指と人差し指の指先を合わせて作った隙間は、小さければ小さいほどにその無念を大きくする。
「寝すぎて背中や尾てい骨が痛くなったのって、初めてだった」
言いながら、その感触を思い出したようで、わずかにその部分をさすった。
「病院から退院する時に、一ヶ月くらい安静にしてたら、また水泳に戻っても良いよって言われたんだけど。一度だけプールに戻ってみたら、あれだけ楽しかった水の中が、恐怖の対象でしかなくて」
若干、声が震えていたかも知れない。それは絞り出すようでもあり、溢れ出すようでもあり。
「もう自分の人生にこれからずっと楽しい事なんてないんじゃないかって思ってたら、何が楽しいのか知らないけど何の悩みも無さげに気の抜けた顔をしている人間を見つけちゃって」
しかし、その様子を直視できなかった幸彦には和美の表情を思い出す事も出来ない。
「自分でもあの時の自分は理不尽だったとは思うけど、でも、どうすることもできなかったの。ごめんね」
「うん。えっとな、茜浜。俺は気にしてないし、できれば茜浜にも気にしないで欲しい」
相手の顔を見て話すというただそれだけのことに、とても勇気が必要だった。同じ事を同じ時にやれ、と言われて出来る自信など欠片もない。それでも。幸彦は和美から目をそらさず。
「役に立てたんなら、それでいいよ」
もっと気のきいたことが言えるようになりたいと思いながら、そう言うのが精一杯だった。
 そして未だに、気のきいたことが言えるようにはなっていない。


   ☆


「あの十二話があったから、エンディングテーマをフルで聞いた時はビックリしたなぁ」
「勇気を出して告白する歌だと思ったら…ね」
「あれ、テレビ版だとガハラさんの歌だけど、フルで聞くと羽川の歌だよな」
全話見終えて、校舎を後にした時には時刻は4時半を回っていた。まだまだ夏の陽射しは強烈なまま。そこに蝉の鳴き声が追い討ちをかけてくる。立っているだけで汗が流れるほどで、むしろ歩いている方が少しでも身の回りの空気が動く分、涼しい。
 美都はショートカットな上に無表情気味なのでまだしも涼しげだったが、肩までかかる長さの和美は余計に暑そうに見えた。
 埋め立て地特有のだだっ広い歩道に3人並んで歩く。このあたりは、その横を人や自転車が通り抜けたりしても、避ける必要がないくらいに広い。それでも幸彦は車道側を歩く。隣に和美、一番内側に美都。
「で、さらにあのあとの展開がまた切なくてなぁ…」
「あたしは羽川派だから、余計にあの展開キツかった」
「ああ、羽川派なんだ」
「うん。確かにガハラさんとのカップリングはお似合いだとは思うんだけど、あの報われなさは…」
「まぁ、切ない展開だったけどさぁ。阿良々木暦はあの場合どうしたら良かったのかって考えると、俺は何も言えなくなる」
まさか二股なんてあの2人相手に通用しないだろうし、とまでは言わない。そういう言葉を口にする行為が『迂闊』の名に値する事はちゃんと学んでいる。
「その辺は思い入れするキャラの違いかもねー」
「いっそ、同人で描いてみたらどうだ?自分なりの羽川エンド」
「いや、羽川エンドってことはひたぎクラブ前に羽川とくっつくパターンでしょ?いやいやいや」
ないわー、という顔で手を左右に振る。
「単に切ないってだけ。物語としては納得してても、まだどうしても心がついていかないと言うか…。えっと。すいません。部長は誰派ですか?」
「メメ派」
「ああ、そうですか…」
話題を振った事を、一瞬だけ後悔した。
「忍野メメと阿良々木暦の関係性は弟子と師匠であり、歳の離れた友人であり、そしてパートナーでもある。そこが実に興味深い」
あくまで静かに、だが滔々と語る美都。
「ああ、そういう意味でしたか」
所謂腐的な意味にとっていたため、拍子抜けする幸彦。
「そうよ。もちろん、腐女子的なアプローチもしていなくはないのだけれど」
「いやいやいや、そっちはちょっと」
「そう」
「ええっと、話を戻してもいいですか?」
ごくわずかだが残念そうな表情を見せる美都に、和美が若干食い気味に許可を求めた。
「何の話だっけ」
「戻すと言うか、さっきの続きで聞こうと思ってたんだけど。私的羽川エンドの前提として先に羽川翼のほうが告白するとして、その場合普通に阿良々木暦と付き合ってたかな?」
「どうかなぁ。阿良々木暦っていうキャラクターは羽川翼を神格化してた部分があると、俺は思ってるんだけど、まぁ、率直に言ってそういう相手とは付き合えない気がするなぁ」
「そういうもんなの?」
「少なくとも阿良々木暦っていうキャラはそうだと解釈してる。んで、これはもう間違ってる解釈かも知れないと思って敢えて言うんだけども」
「何?」
「神格化した存在が自分のところまでおりてきてくれるっていうのは嬉しい反面、やめてくれっていう気持ちもあるんじゃないかなぁ」
「本編ではいい笑顔で『誇っていいんだな』とか言ってたけど」
「もちろん、それも嘘じゃないだろう。でも、どこかで下から崇めて喜んでる部分があった気がするんだよなぁ」
「もうその辺は完全に受け手側によって解釈が分かれるレベルのお話ね」
うんうんとうなずいてから
「ちなみに私は別の理由で付き合わなかったと思うわ」
と、切り出した。
「おお、傾聴傾聴」
「だって、阿良々木暦にとって羽川翼は戦場ヶ原ひたぎに出会う前の時点では校内唯一の友人だったんでしょう。彼女にしてしまったら友人が存在しなくなるじゃない。阿良々木暦っていうキャラクターは、多分羽川翼の友人というポジションに心地よさを感じていたと思うの」
「ほほう」
「どう?」
「なかなか面白い分析だと思う…おおっと、もうすぐ駅だけど、電車には乗らないのか?」
話に集中していて気付くのが遅れたが、視界にはとっくに鉄道の高架橋が見えていた。
「乗らない」
「じゃ、バスには乗るのか?」
「乗ってもいいけど、今日は乗らないで行きたい」
ガハラさんよろしく現地につくまでは秘密主義のようで、あんまり情報量が増えない。もしかしたら盛り上がっていたところで話をぶった切った事が機嫌を損ねたのかも知れない、ということにはこの時思い至らなかった。
 そうこうするうちに、いつも乗り降りしている最寄り駅を通り過ぎる。これまでより歩道に人が増えているため、3列横隊を解除して1列縦隊に隊列変更する。当然先頭は道案内役の和美で、中間に美都、殿(しんがり)が幸彦というパーティ構成となった。
 駅ビルを過ぎて、行く手の右側には巨大展示場が、左側にはシティホテル群がそれぞれ強い存在感を示している。
 しかし、和美はそのまま直進する。
「ほら、もうすぐ見えてくる」
歩道橋の向こうにある施設は、1つしか無い。
「ここって、アレだ。野球場、だよな?」
「そうよ。海風と鴎のスタジアムよ」
この時、なぜか胸を張っているように見えた。
 このあたりは埋め立て地であるためか、他ではあまり見られなくなりつつある震災の爪痕を歩道のあちこちに残しており、さらには夕暮れ時ということもあって若干歩きづらい。
「ここに、あたしの宝物があるの」
「へぇ~」
感心するようなそうでないような、曖昧な感嘆。
「嫌なら別にいいのよ?」
「別に嫌じゃない。野球自体は、昔割と見てたし。せっかく来たんだから、久々に見てみたい」
素っ気なく言われてしまうと、幸彦は自分でもビックリするくらい早口で返した。
「部長はどうしますか?」
「私も異存はないわ」
「じゃあ3枚用意してきますから、ここで待っててください」
言うなり、肩まである髪をゆらして駆け出して行く和美。混雑しているのに、巧みにすり抜けていくからかそのスピードはほとんど落ちない。
「なんか、意外ですね」
「あら、そう?」
「部長は意外じゃないんですか?」
「どこかなんて最初から想像してなかったんだもの。意外という言葉には当たらないわ」
「ああ、なるほど」
静かにそう言われてしまうと、どう言葉を継いでいいのか分からず、幸彦はやや気まずく沈黙する。
 美都はそれを見ると、カバンから本を取り出して、ページをめくる。
 手持ち無沙汰な幸彦は特にすることも無いので、何とはなしに周囲を見渡してみると、自分の知っている球場の光景とはだいぶ異なることに気がついた。屋台だか出店だかがたくさん出ているのはまぁいいとして。関係者入口みたいなところの真ん前にはなぜか舞台がしつらえられていて、その上で歌ったり踊ったりしている一団がいる。右手には2階建てとおぼしき建物があって、どうやらグッズショップらしいのだがなぜか『ミュージアム』と書いてあるのが謎だった。
「そう言や、野球場に来るのなんて、何年ぶりだろう」
誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。思い返せば、昔はそこそこ見ていた方だったはずだ。ただ、徐々に興味が漫画やアニメにシフトして行き、そちらに意識が向かなくなったというだけのことで、それはある種自然なことだと思っていた。
「宝物、ねぇ…」
今ひとつ意味を掴みかね、口の中だけでそっと言葉にしたとき、和美が切符売り場から駆けて来るのが見えた。
「お待たせ!」
美都は素早くヘッドホンを外し、本をしまいながら
「お疲れさま。茜浜さん、いくら?」
とたずねる。
「いいんです。これ、実はタダ券使ったんです」
言いながら、内野自由席のチケットを見せる。
「お父さんがファンクラブに入ってて、特典でもらえるんです。でもお父さんは『俺は内野じゃ見ないから』ってあたしにくれて。で、もらったものの、あたしもずっと使う機会がなくて財布の中でほったらかしにしてたんです。だから気にしないでください」
「でも、それに甘えるのも悪いから、なんかおごるよ」
「言ったね?」
幸彦の提案に、和美の瞳がキラリと光ったような気がした。そしてそれは、気のせいではなかった。


  ☆


 入場口から階段を上って上って、ひたすら上って一番上まで。ようやくたどり着いた席からは、スコアボードがちょうど真っ正面に見えた。ライトスタンドやその近くの内野席はみっちりと満員だったが、この辺は若干のゆとりがある。3人分くらいの空きはすぐに見つかり、無事に腰をおろすことができた。
 美都、和美の順に座り、両手に食べ物を大量に抱えた幸彦が通路側に陣取った。ここに上がって来るまで、和美は3つの店で食べ物を買いこんだにも関わらず、なおも「野球観戦って、お腹が空くのよねぇ」と言っていたので追加のご用命がくだることに備えた為だ。
 まずは袋からあれこれと取り出して各人希望のものを配る。
「あ。あたしそのカツサンドね」
「はいはい。部長はどれでしたっけ?」
「コーヒーとマンゴーかき氷」
幸彦は2人に手渡した後、自分用のカレーライスを取り出す。
 ひととおり行き渡ると、改めて眼下に広がる光景を見渡す余裕ができる。昼と夜とが入れ替わりかけている緑色のグラウンドでは、ホームチームの選手達が練習をしている。それがサークルライン照明によって浮かび上がると、日常から切り離された空間のようで幻想的ですらある。
「確かにいい眺めではあるな」
「そうね。ちょっと新鮮」
2人がそういうと、和美はやや照れくさそうに
「別に、そんなに熱心なファンって訳じゃないの。受験の年にちょうどチーム自体もごたごたしちゃってたりしてて、今はちょっと離れてる感じかな」
と言い、少しの間を空けてから言葉を継いだ。
「でも、今日あのシーンを見て思い出したの。知ってる?このチーム、何年か前に無くなりかけたことがあるの」
「えーと。アレか。合併騒動だかなにか」
小学生の頃の話なので、幸彦は若干あやふやな記憶を掘り起こすことになった。
「そう。うちはお父さんが熱心なファンでね。小さい頃からここによく連れてこられたの。あのニュースが流れた時は、もう大変だったわ。お父さんが家で大騒ぎしちゃって」
和美が若干目を細めた。
「あの時は、最初関西のチーム同士が合併するって話だったのに、そのあとチーム数がどうとかで、このチームが九州のチームと合併して移転だとか、1リーグ制に変更とか、言葉の意味はそのころのあたしにはよく分からなかったんだけど、私、そのとき生まれて初めて見たの。お父さんが、と言うより、大の大人が大声で泣くところを」
そう言う和美の瞳も若干潤んでいたように、幸彦には見えた。
「あたしはそのとき、お父さん泣かないでって一生懸命に言う事しかできなかったんだけど、色々あって結局ここのチームは残ったの」
「残って、その次の年にチームが優勝してね。どうやってチケットをとったのか日本シリーズにも家族みんなでここに来て、そのときに、和美、お前のおかげだよって、お父さんが言ったの。おかしいよね。あたし、別に何にもしてないのにね」
「でも、この場所でお父さんに肩車されながらそう言われたら、なんだかこの眺めがとっても大切なものに思えて来て」
「以来、この場所とこの景色はあたしの宝物なのだ」


   ☆

 オープニングセレモニーも終わり、マウンド上ではホームチームの先発ピッチャーが投球練習をしている。
「このピッチャーは一応エースだから今日はやってくれると思うんだけど」
「エースに一応がつくんだ…」
「遺憾ながらつきます」
和美が人の悪い笑顔を見せると、幸彦としても釣られて苦笑いするしかない。
 その、一応つきのエースは1回の表を3人で抑え、続いてホームチームの攻撃となる。
『1番レフト…』
アナウンス後、ライトスタンドから応援歌が聞こえてきた。
「あ、なんか沖縄っぽい」「ああ、この選手沖縄出身だから」「え?そんなところも反映されるの?」「されるよー。4番のバッターは応援歌スペイン語だし」「芸風広っ」
そんなことを言っているうちに、1番バッターはセンター前ヒットで出塁。続く2番バッターも同じくセンター前ヒット。これでノーアウト一、二塁。3番はショートゴロに倒れるも、アウトになったのはファーストランナーのみで、セカンドランナーはサードへ進み、バッターもセーフでワンナウト一、三塁。
「♪バーモ アーチャー ララララ〜」
あちこちから聞こえてくるので言葉自体は聞き取れるが、意味は分からない。
「アレがスペイン語の応援歌か…」
「バモは頑張れ、アチャはこの選手の愛称、だったかな?」
和美が解説する。
 アチャと呼ばれた選手はフォアボールで歩き、ワンナウト満塁。続くバッターはセカンドフライに倒れて、ツーアウト満塁と変わった。
「満塁のピンチって言われるくらい、いっつもいっつも満塁で点が入らないのよねぇ…」
和美がぼやく。
「その割にはガンガンに盛り上がってるけど」
「あの選手は地元出身だから人気があって、いつも応援盛り上がるんだけど、今はチャンスだからひときわアツくなってる」
その選手は左バッターボックスを熱心に踏み固めてからに構えに入った。
「なんてーか。言葉にならんな、これは。圧倒されるわ」
常人なら期待に押しつぶされそうな状況で、それをむしろ吸収してエネルギーにしているかに見える。
「これが、プロ野球ってヤツなんだな…」
感嘆の言葉を放った瞬間、快音が響いた。
 巧打という言葉の見本のような流し打ちから放たれた打球はレフト方向へ飛ぶ。必死に追う選手の横をボールは鋭く跳ねて転がる。
 ボールが地面に弾んだ瞬間、球場全体が揺らぐような大歓声に満ちる。雰囲気に飲まれて、幸彦も思わず歓声を上げた。和美はとっくにスタンディングオベーション状態。流されないことには定評のある美都ですら、身を乗り出している。
 打球音がすると同時に塁上の3人がスタートを切っていたことが幸いし、全ての塁からランナーがホームへ帰ってくる。
 打ったバッターはセカンドベース上からコールに応えている。
「カッコイイな、あの人すっげぇカッコイイよ」
興奮気味に小学生並の感想を述べるその姿は、むしろこの場所には似つかわしいのかも知れない。
 続くバッターは凡退して攻守交代となったものの、3点先制した興奮は静まらず、守備交代の際にも改めてその名がコールされる。
 守備につかないその選手は、一旦ベンチに引っ込んでから改めてコールに応えるべく再び姿を現した。
「出てくるんだ」
「出てくるの。いいでしょ」
「いいな」
イニング変わって、2回表、ビジターチームの攻撃。代わりバナ、先頭の4番バッターがセンターに打球を飛ばすも、守る選手が下がって下がってさらに下がってランニングキャッチする。
「うわ。アレ絶対抜けたと思ったのに」
その選手は3回表にも5回表にも目を疑うような場所のボールを捕球している。離れた所にいたはずなのに、するするっと近づいてきてボールをグラブに納める。
「まるで忍者」
美都がぽつりとつぶやく。
「あれがプロの技なんだ…」
幸彦は半ば呆然として賞賛する。
 ホームチームのピッチャーはホームランで1点を失ったものの大きく崩れることもなく8回を投げきり、次のピッチャーに代わった。
 そして、2人目として最終回に登場したピッチャーは。
「あの人、大リーグ帰りで、もう40歳なんだけど、とてもそうは見えないでしょ」
「40歳?…40歳かぁ」
そのおっさん投手は一身に声援を受け、マウンドに上がる。その名を呼ぶ声に込められている期待と信頼は、野球観戦にほとんど縁が無かった幸彦にも伝わっていた。初めて見るのだから、どんな球を投げるのか、球が速いのか遅いのかということすら分からないが、それでもこの声を聞けば、彼が今まで築き上げてきたものの大きさは十分理解できた。
「あの人、すげぇんだな」
「ファンからは神って言われてるくらいには、ね」
「ああ、じゃ、今まさに神降臨、なんだな」
ネットではしばしば目にしてきた単語だったが、まさかリアルで使う日が来ようとは思わなかったよ、と。
 マウンド上ではピッチャーが規定どおり9球の投球練習を終え、バッターが打席に入る。ピッチャーへの声援はようやく静まったが、余韻は残っている。その雰囲気をボールに乗り移らせたかのように、バッターを打ち取っていく。
 ひとり、またひとりと仕留め、危なげなく3つめのアウトを取って試合が終了する。その瞬間、登場してきた時に倍する歓声が沸き上がった。
 登場した時より遥かに優る声援が送られ、幸彦もつり込まれてそれに参加した。和美はとっくに参加している。美都は声を出す代わりなのだろう、拍手をしていた。
 ヒーローインタビューには先制のツーベースを放ったバッターと8回を1失点に抑えたピッチャーが呼ばれる。
「なんつーかさ、うまく言えないんだけどさ。愛があるよな」
「愛?」
「うん。あの声援からは俺たちが好きな作品に向けるのと同じ種類の愛情を感じる。勝ったからとか打ったからとか活躍したからじゃなくて、どうしようもなく好きだから応援してるって、伝わってくる」
「何年ぶりかに観戦してる割には鋭いことを言うじゃないの」
インタビューの後、2人の選手はライトスタンド前まで駆けていき、ファンと一緒に万歳三唱する。
「一体感あるなぁ」
「あのあと、そこのフィールドシートっていうところで観てるとハイタッチできるのよ」
「距離感近ぇ!」
次はぜひそこで観てみたい、と言ったものの
「フィールドシートって4700円するけど?」
の一言で撃沈される。
「なんだよそりゃ!DVD1本買えるじゃん!」


   ☆


 帰り道。球場前の歩道橋を越えると、ようやく人ごみもまばらになってきた。3人は長蛇の列になっていたバスをあきらめて、駅を目指して歩いている。
「どうだった?」
「いや、面白かったよ。ホントに。まぁ、なんだかんだ言っても、いい印象で帰れるのはやっぱりホームのチームが勝ったってのが大きいと思う。ホームだから、球場全体で喜ぶ感じになっててさ、なんか、ああ、こういうのいいなって思えたよ」
幸彦が珍しく大きな身振りつきで言う。
「そうね。今度はもっと近くで見てみようかしら」
「え?部長、野球に興味が?」
「野球に、というか、あの選手達に。ああいう肉体のモーションを脳裏に刻んでおくことは創作活動にもきっとプラスになるわ」
若干、げんなりした顔になる幸彦と和美と。特に『肉体』というフレーズで何かを悟ってしまったために。
「まぁ、そういうジャンルで描いてる人達もいるみたいですけどねぇ」
ちょうど終わったばかりのコミケのカタログに、そんなジャンルのページがあったことを思い出してしまう。つくづく、人間はいらない記憶を選択して消去できない不便な生き物である。
「特に、私達の席から一番遠くに居た選手、あの人面白かったわ。まるでそこにボールが来るのが分かってるみたいに走り出して、当たり前みたいにジャンプしてボールを掴むところ、それこそまるでアニメか特撮みたいだった」
言いつつ、眼鏡をクイッと直す。
 センターを守っていた選手は野球という競技に詳しくない者ですら感嘆させるようなプレーを再三再四に渡って披露していた。フェンス際の大飛球も内外野の中間点ぎりぎりにふらふらと落ちそうな打球も明らかに他の選手の守備範囲だろうという打球も、そうするのが当然であるかのようにグラブにおさめていた。
「あの人、確か打つ前に走り出してた事あったよな。目が引きつけられたよ、あの選手の動きがあんまりにも面白過ぎて」
そのプレーのあまりの見事さに、一度ならず相手チームのファンからも賞賛の拍手を受けていたほどだ。
「ま、ピッチャーでもなくバッターでもなく外野手が一番インパクトがあったってのもあの席ならではだったかもな」
「プレーそのものだったらまだいいのだけど、『応援が一番面白かった』なんて言われることだって珍しくないから」
「ま、確かにアレはインパクトあったな」
人の声が100メートル以上離れたところから押し寄せてきたことは強烈な印象として刻まれていた。耳に残るというより、脳に残る光景だった。
「それを言うなら、試合内容とは直接関係ないけど、食べ物もなかなかうまかったな」
「でしょう。でもいいチョイスしたわよ。あたしの知る限りで、ここで売ってるカレーライスの中じゃあの店のが一番おいしかったはず」
「あー、茜浜。もう今更なツッコミだけどな。お前、最初はそんなに熱心なファンじゃないとか言ってたよな、確か」
「………だって、ヒかない?」
やや気まずそうに。おっかなびっくりな視線で、幸彦の表情をうかがう。
「別にヒかねぇよ。少なくとも、女子なのに女性キャラの萌えについて熱く語る方がよっぽどだと思うぞ」
「そんなん漫研の女子みんなやってるじゃない」
「だから、どっちもヒくようなことじゃない。俺にとっては、だけど」
2つめの歩道橋を過ぎると、鉄道の高架橋が見えてくる。
「でも、最近ちょっと離れ気味だったってのはホント。だからチケットだって残ってた訳だし」
こういうのは誰とでもいいってもんじゃないし、と口の中だけで小さく小さくつぶやいてから、幸彦に目線を向ける。
「そうそう。東瀬くん?」
「ん?なんだ?」
「あなたの宝物も、もし良かったら教えてくれる?」
「……俺は至ってつまらん人間なので特に何もないんだけど」
一旦言葉を切って、空を見上げる。
「そうだな。今日のことが、きっと何年かしたら宝物になってるような気がするよ」


                             終わり

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「木津さん、あなた…」
2のへ組出席番号20番、木津千里の身体にはおよそ、重さと呼べるものが無かった。担任教師糸色望にその身を支えられた千里は、そのことを知られたと見るや、感謝の言葉代わりにスコップを振りかざした。
「先生、戦争をしましょう。」
「では先生、さっそく無条件降伏します」
刹那のためらいもなく望は言い放ち、即土下座の構えをとる。
「早っ。」「そもそも、なんで宣戦布告されたかくらいは聞いてください!」
「どんな理由であれ、私が木津さんにかなう訳はありませんし、木津さんとやりあうつもりもありませんから」
表情をどんよりと曇らせたまま、目をそらす望。
「先生は先程、私の身体の秘密を知りました。」「だから、戦争をします。」
「ですから、私は無条件降伏します」
「話が進まない!」


  ☆


「重し蟹?」
「はい。所謂『怪異』と呼ばれる存在ですね。持っていって欲しい思いと共に重さも持っていってしまうようですね」
本を片手に解説する姿は2のへの知恵袋、久藤准の常である。
「さすが久藤くんは何でも良く知ってますね」
「何でもは知りません。本に書いてあることだけです」
「思いのほかノリノリで、先生ちょっとビックリしてます。で、その蟹の怪異が木津さんから重さを持っていってしまった、と。どうしたらいいのですか?」
「身を清めてから重さを返して下さい、とお願いしたら返してくれるみたいですよ」
教師の質問に生徒が答える。2のへ組では何度となく繰り返されて来た光景であるため、誰も疑問は抱かない。
「木津さん、ということですが?」
「イヤです!」
きっぱり。
「絶望した!解決策を提示されても受け入れない生徒に絶望した!」
両手のひらを上に向け,一部では『支配者のポーズ』とも呼ばれる絶望姿勢で叫ぶ望。
「というかそもそも、重し蟹が木津さんから重さを持っていくきっかけってどんなものだったんでしょうか」
望の言葉に、キラリと千里の目が光った。勿論、目つきは魚のソレである。
「や、やっぱりいいです!知りたくないです!」
「聞きたいか?聞きたいのか?」
「勘弁して下さい!」
その後、校舎には望の絶叫のみが響き渡った。


  ☆


「で、結局、やらされるんですか。」
体育館に、望、千里、准の3名が揃っている。簡易ながら祭壇も整えられ、その上には蝋燭も燃えていた。言われたとおりに千里も衣装替えを済ませている。
「木津さん、その白装束は…」
「はい。丑の刻参り用ですが、何か?」
「いえ、確認しただけです。というか、確認するまでもなかったですね」
脱力する望。
 そんな会話には加わらず、神職風コスプレ姿で1人たたずむ久藤の姿は、どう見ても千里と同級生に見えないどころか、望よりもよほど練れた年齢のそれだった。
 己の姿との余りの差の大きさに気づき、取り繕うように居住まいを正す望。
「えー。では久藤くん、お願いします」
「はい」
本を片手に祝詞を唱える准。程なくして3人の目の前に巨大な蟹が姿を現す。
「うなっ!」
瞬間、スコップ一閃!
「オマエか!私から重さを奪ったのはオマエか!」
蟹が動き出す間もなく、千里のスコップが2度3度と振り下ろされ、的確に蟹の甲羅の継ぎ目部分を痛打する。これはたまらん、と蟹が思ったかどうかは不明だが、スコップから逃れようと反対側へ遁走する。
「逃がすか!」
うな!という書き文字が空中に浮かんだかと思うと、千里の投じたスコップが蟹の目の下に刺さる。
 少しばかりもがくようにうごめいてから、蟹はその動きを止めた。
 千里がスコップを引き抜くと、蟹からモヤのようなものが抜け出て千里の身体へと吸い込まれていった。
「今、体重が元に戻ったようです。」
「それはそれは、何よりでしたね木津さん」
綺麗な棒読み。
「この本にあるとおり、周囲が助けるんじゃなくて本人が勝手に助かるんですね」
「いや、久藤くん。その本に書いてあることはこういう事態を想定したものではないと思いますよ。…さて」
望は哀れな姿と成り果てた甲殻類のほうに向き直る。
「この蟹、どうしましょうか?」
「もちろん、キッチリ食べます。」
千里は右手に鍋、左手に蟹フォークを持って既に構えている。
「食べ物は粗末にせず、きっちりいただかないと。2人の分もありますよ、蟹フォーク」
「いや、私はちょっと…」
「僕も遠慮するよ」
 そして翌日。
「おや、どうしたんですか?木津さん、表情が暗いですが…。もう怪異は退治したのでは?」
「実は、蟹を食べ過ぎて、体重が。」

                            終わり

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 放課後は今日も今日とて漫研の部室へ。役割活動ですっかり出遅れた東瀬幸彦が扉を開けると、室内にはいつもの面子が既に顔を揃えていた。
「こんちはー」
「あ、お疲れっす」
ちゃんと反応するのは後輩ばかりであり、部長の早川美都も同学年の茜浜和美も読んでいる本から顔すらあげないのはいつものことである。
 とりあえず席に座り、誰に話すとでもなく話し始めた。
「いやぁ、昨日親に連れられてシンガポールシーフードなんとかってところで『チリクラブ』ってのを食べて来たんだが、これが辛くて辛くて…」
「なに?自慢?美食一家自慢なの?」
途端、本から顔を上げ、噛み付くように会話に参加する和美。ろくに挨拶はしないくせに、こういう話題には食いついて来るんだから、と心中のみで密かにぼやく。
「違う。ちゃんと漫研の活動に繋がる話だから」
「じゃあ聞く」
「チリクラブって名前がさ。ひたぎクラブっぽいなって思って。味、すげぇ辛口だったし」
「えーと。化物語のひたぎじゃなくて、別の作品のチリっていうキャラがカニの怪異にあったパターンって事?」
「察しが良くて助かる。ちょうど、同じシャフトのアニメの『さよなら絶望先生』に千里っていうキャラいたし、あの木津千里が重し蟹に重さを持っていかれる話とかどうかな」
「どうかなって言われても、それ、面白いと思う?」
「まぁ、出発点が駄洒落だしなぁ」
「で?それを誰が描くの?」
「誰ガッテ?」
言った瞬間、零度だった視線が氷点下を割り込む。
「それを描くんじゃないの?」「描クッテ?」「…今の話は何のためのものだったのかな?」「いや、ちょっと面白いかなーって思っただけ。別に描くとか何とかは」「描け。もしくは書け」「…はい」
この時、大雑把なストーリーラインをまとめるだけで勘弁してもらえたのは不幸中の幸いと言うべきだろう。口は災いのもと、というありふれた言葉を大いに噛み締める幸彦であった。





  『ちりクラブ』


「木津さん、あなた…」
2のへ組出席番号20番、木津千里の身体にはおよそ、重さと呼べるものが無かった。担任教師糸色望にその身を支えられた千里は、そのことを知られたと見るや、感謝の言葉代わりにスコップを振りかざした。
「先生、戦争をしましょう。」
「では先生、さっそく無条件降伏します」
刹那のためらいもなく望は言い放ち、即土下座の構えをとる。
「早っ。」「そもそも、なんで宣戦布告されたかくらいは聞いてください!」
「どんな理由であれ、私が木津さんにかなう訳はありませんし、木津さんとやりあうつもりもありませんから」
表情をどんよりと曇らせたまま、目をそらす望。
「先生は先程、私の身体の秘密を知りました。」「だから、戦争をします。」
「ですから、私は無条件降伏します」
「話が進まない!」


  ☆


「重し蟹?」
「はい。所謂『怪異』と呼ばれる存在ですね。持っていって欲しい思いと共に重さも持っていってしまうようですね」
本を片手に解説する姿は2のへの知恵袋、久藤准の常である。
「さすが久藤くんは何でも良く知ってますね」
「何でもは知りません。本に書いてあることだけです」
「思いのほかノリノリで、先生ちょっとビックリしてます。で、その蟹の怪異が木津さんから重さを持っていってしまった、と。どうしたらいいのですか?」
「身を清めてから重さを返して下さい、とお願いしたら返してくれるみたいですよ」
教師の質問に生徒が答える。2のへ組では何度となく繰り返されて来た光景であるため、誰も疑問は抱かない。
「木津さん、ということですが?」
「イヤです!」
きっぱり。
「絶望した!解決策を提示されても受け入れない生徒に絶望した!」
両手のひらを上に向け,一部では『支配者のポーズ』とも呼ばれる絶望姿勢で叫ぶ望。
「というかそもそも、重し蟹が木津さんから重さを持っていくきっかけってどんなものだったんでしょうか」
望の言葉に、キラリと千里の目が光った。勿論、目つきは魚のソレである。
「や、やっぱりいいです!知りたくないです!」
「聞きたいか?聞きたいのか?」
「勘弁して下さい!」
その後、校舎には望の絶叫のみが響き渡った。


  ☆


「で、結局、やらされるんですか。」
体育館に、望、千里、准の3名が揃っている。簡易ながら祭壇も整えられ、その上には蝋燭も燃えていた。言われたとおりに千里も衣装替えを済ませている。
「木津さん、その白装束は…」
「はい。丑の刻参り用ですが、何か?」
「いえ、確認しただけです。というか、確認するまでもなかったですね」
脱力する望。
 そんな会話には加わらず、神職風コスプレ姿で1人たたずむ久藤の姿は、どう見ても千里と同級生に見えないどころか、望よりもよほど練れた年齢のそれだった。
 己の姿との余りの差の大きさに気づき、取り繕うように居住まいを正す望。
「えー。では久藤くん、お願いします」
「はい」
本を片手に祝詞を唱える准。程なくして3人の目の前に巨大な蟹が姿を現す。
「うなっ!」
瞬間、スコップ一閃!
「オマエか!私から重さを奪ったのはオマエか!」
蟹が動き出す間もなく、千里のスコップが2度3度と振り下ろされ、的確に蟹の甲羅の継ぎ目部分を痛打する。これはたまらん、と蟹が思ったかどうかは不明だが、スコップから逃れようと反対側へ遁走する。
「逃がすか!」
うな!という書き文字が空中に浮かんだかと思うと、千里の投じたスコップが蟹の目の下に刺さる。
 少しばかりもがくようにうごめいてから、蟹はその動きを止めた。
 千里がスコップを引き抜くと、蟹からモヤのようなものが抜け出て千里の身体へと吸い込まれていった。
「今、体重が元に戻ったようです。」
「それはそれは、何よりでしたね木津さん」
綺麗な棒読み。
「この本にあるとおり、周囲が助けるんじゃなくて本人が勝手に助かるんですね」
「いや、久藤くん。その本に書いてあることはこういう事態を想定したものではないと思いますよ。…さて」
望は哀れな姿と成り果てた甲殻類のほうに向き直る。
「この蟹、どうしましょうか?」
「もちろん、キッチリ食べます。」
千里は右手に鍋、左手に蟹フォークを持って既に構えている。
「食べ物は粗末にせず、きっちりいただかないと。2人の分もありますよ、蟹フォーク」
「いや、私はちょっと…」
「僕も遠慮するよ」
 そして翌日。
「おや、どうしたんですか?木津さん、表情が暗いですが…。もう怪異は退治したのでは?」
「蟹を食べ過ぎて、体重が。」






「えーと。こんなかんじでどうかな?」
「30点」
「だろうな。ああ、俺の5時間…」


                            終わり

拍手[2回]

 変更点
 シーン追加しました。これで少しでもヒロインの魅力が表現できてるといいんですけども…。


   ぼくときみのたからもの

『♪いつもどおりのある日の事~ 君は突然立ち上がり言った~』
巨大スクリーンには、エンディングテーマをバックに、満天の星空が映し出されている。
 スタッフロールが流れていくシーンを、5人の男女が見つめている。
『♪いつからだろう~ 君の事を~』
「いい最終回だったな~」
「もうええっちゅうの。何度めだよそのボケは。これ見るたびに言ってんじゃん」
静寂を破って、どうしてもこらえきれなかった、という風情で感嘆する太身の男に、隣に座っていた痩身の男がツッコミを入れる。凸凹コンビなこの2人のやりとりは、いつ見ても漫才師のようだ、と東瀬(あずせ)幸彦は思った。あいつらは漫画研究会じゃなくて漫才研究会だ、と評した者が居るのもむべなるかな。
 この2人、成本誠と河本明は高校の入学式で出会って意気投合して以来のコンビなので結成からまだ半年も経っていないはずなのだが、とてもそうは思えない。ちなみに大きい方が明で小さい方が誠である。
「あなたたち、余韻台無し」
と、冷たく静かに、だがしっかりと響く声がした。
『♪どうかお願い~驚かないで~聞いてよ~』
「あ、すんません部長。あと3回分ありますけどキリがいいからここで休憩にしていいですか?」
『火憐だぜ!』『月火だよ!』
「そうね、一旦止めて頂戴」
部長こと早川美都(みさと)が眼鏡位置を直しながらそう言うと、すばやく動いてリモコンを構える幸彦。
『予告編クイズ!』しかし、まだ止めない。タイミングを見計らうように画面を見据えている。
「にしても、あっちぃなぁ~」
「しょうがねーじゃん。節電節電」
凸凹コンビ、成本誠と河本明はそう言いながら扇子を動かす手を休めない。
『次回!つばさキャット 其ノ参!』『其ノ参とそもさんって似てる』ここで一時停止ボタンを押す。凸凹コンビによって手早くカーテンが開けられ、光とともにわずかだが室内に風が通った。臨海部特有の、潮の匂いを含んだ風だ。こういう時だけは、この部屋が4階にあることを感謝したくなる。
「部長がいなかったら今年はこうやって視聴覚室を使わせてもらえなかったかも知れなかったんだから、感謝し」
「宝物、かぁ」
それまで沈黙を保っていた茜浜和美が、急に口を開いて幸彦の話をぶった切った。しかし、切れ長の眼に宿る強い光を見ると抗議をする気にはなれない。
「見せてあげたい宝物…ねぇ」
おもむろに美都の方を向くなり
「部長はそういうのってなんかありますか?」
とたずねる。
「そうね。相手がドン引きしないって誓約するなら見せてあげてもいい秘蔵のハードBLコレクションとかはあるけど」
「やめてください。てかそういうことじゃないって分かって言ってますよね部長」
心底げんなりした顔ですがるように。おそらく、内容を想像してしまったのだろう。
「ええ、分かってるわ」
ごく小さく口元だけで笑う美都を見て、聞くんじゃなかった、と小さく口の中だけでつぶやく。
「そういうお前はどうなんだ?茜浜」
「あたし、あるわよ」
幸彦の問いに、即答が返ってきた。正直なところ『知りたいの?気になるの?』とじらされるだろう、くらいにしか思っていなかったので、せっかく放られたうまくボールを投げ返す事が出来ない。
「へぇ」
と言うのが精一杯だった。誰がどう見て間抜け過ぎるとしか言いようがない。
「……何よ」
「いや、茜浜が、ねぇ…」
「あたしがそういうロマンチシズムとは無縁だと?」
口の端だけで笑う仕草が良くない予兆であることは、この1年半弱で存分に思い知っているため、素直に引くことにする。
「すまん。失言だった」
「見たい?」
しかし、和美はそれ以上深追いしてこなかった。
「へ?」
その反応と言葉の内容とに、二重に意表をつかれ、思わずほうけた顔になる。
「見てみたいかって聞いてるの」
「……正直興味は、あるな。うん」
「ほほぅ」
ニヤニヤという音が聞こえて来そうないたずらっぽい笑顔に心底を見透かされたようでうっかり目をそらしてしまう。
 それが和美のニヤニヤを余計に助長することになるのだが。
「茜浜さん、見せてもらってもいいかしら?」
「もちろんです」
「部長は今日何時くらいまで大丈夫ですか?」
「別に何時まででも」
聞きながら、シチュエーションが違ったら若干ドキッとするセリフかもな、と思ったりする。
「で、あんたたちはどうする?」
和美はこの場にいた残りの2人にも声を掛ける。
「あ。俺、この後はバイトッス」
「同じく」
オタクをするにも金がかかるから。嫁のためにはありとあらゆる手段で!と気勢をあげて彼等は勤労青少年の顔つきになる。
「じゃあ計3人ね」
「いや、俺まだ行くかどうか答えてないけど」
「行くんでしょ?」
「はい、行きます」
我ながら無駄な抵抗だったな、と苦笑する。
「今が2時半で…あと3話ね。ちょうどいいわ。化を全部見たら行きましょう」
「じゃ、休憩は終わりってことで続きに行きましょうか。東瀬くん、お願い」
「はいはい。了解です」
幸彦は手元のリモコンを再度構えた。カーテンが閉まってから、再生ボタンを押す。
 漫研の夏恒例行事、視聴覚室を占領してのアニメ鑑賞マラソンは『化物語』の第十二話が終わり、間もなく十三話が始まろうとしていた。初日のこの日はコミケ終了の翌々日ということもあってか、事前に参加表明をしていた何名かの姿がない。結果、3年生で部長の美都、2年生では幸彦と和美、1年生は誠と明の計5人しかいない。
 そう言えば去年も初日は集まりが悪かったな、と幸彦は去年の夏を振り返る。まだあの時は茜浜は入部してなくて、凸凹コンビも勿論入学前だからいなくて。
 女子と一緒に、というか他人と見るにはいささか気まずいオープニングだからか、目は画面を追いつつもそんなことが脳裏に巡っていた。
 もともと水泳部員だった茜浜和美が漫研に移籍する事になったのには、若干経緯がある。
 1年生の9月、学年対抗水泳大会の直前に和美は気胸を患い、それをきっかけで水泳部を退部した。退部後日々鬱々としていた和美に絡まれたときの事を、幸彦は忘れる事が出来ない。
「あんた一体何でそんなに楽しそうなの?」
廊下で出くわすなり、こうだった。
我ながらさぞやへらへらした顔をしていたのだろう、と今でなら分かる。しかし、見知らぬ人間からやさぐれた目つきで突然こんな言葉を突きつけられた当時は、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。
「バカじゃないの?」
「あ、あ…うん。そうかも知れない」
「なに?なにしてんの?」
「いや、俺はこれから漫研の部室に…」
「漫研?漫研ってそんなに楽しいところなの?じゃ、あたしも行ってみる。連れて行きなさい」
否応無く、時代劇や刑事物のドラマで引っ立てられる下手人もかくや、というノリでキリキリと漫研の部室に案内させられた。
 出会い方としては、ほぼ最悪と言って良いだろう。こんなきっかけながら和美は漫研に入部し、居着き、そして現在こうして一緒にアニメ鑑賞マラソンもしている。もっとも、あの時のことがあるので、今でもどんな事情であれ和美から睨まれると何も言えず何も出来ず立ちすくむしかないのだが。
 後日、入部から少しして、和美から釈明があった。
 水泳大会の出番直前に急に息苦しくなって。なんとか誤摩化してがんばろうと思ったけどやっぱりダメで。大会が中止になるような大騒ぎになった挙句病院に運ばれてレントゲン撮影で発見されたら即入院で絶対安静。そんな風に、経緯に関して努めて言葉を簡素に、そして冷静に話そうとする和美だったが、その堤防は最後の最後で決壊してしまった。
「こんな、針の先くらいの穴で、これまでずっとやってきたことが終わっちゃって」
親指と人差し指の指先を合わせて作った隙間は、小さければ小さいほどにその無念を大きくする。
「寝すぎて背中や尾てい骨が痛くなったのって、初めてだった」
言いながら、その感触を思い出したようで、わずかにその部分をさすった。
「病院から退院する時に、一ヶ月くらい安静にしてたら、また水泳に戻っても良いよって言われたんだけど。一度だけプールに戻ってみたら、あれだけ楽しかった水の中が、恐怖の対象でしかなくて」
若干、声が震えていたかも知れない。それは絞り出すようでもあり、溢れ出すようでもあり。
「もう自分の人生にこれからずっと楽しい事なんてないんじゃないかって思ってたら、何が楽しいのか知らないけど何の悩みも無さげに気の抜けた顔をしている人間を見つけちゃって」
しかし、その様子を直視できなかった幸彦には和美の表情を思い出す事も出来ない。
「理不尽だったとは思うけど、あの時はどうすることもできなかったの。ごめんね」
「うん。えっとな、茜浜。俺は気にしてないし、できれば茜浜にも気にしないで欲しい」
相手の顔を見て話すというただそれだけのことに、とても勇気が必要だった。同じ事を同じ時にやれ、と言われて出来る自信など欠片もない。それでも。幸彦は和美から目をそらさず。
「役に立てたんなら、それでいいよ」
もっと気のきいたことが言えるようになりたいと思いながら、そう言うのが精一杯だった。
 そして未だに、気のきいたことが言えるようにはなっていない。


   ☆


「あの十二話があったから、エンディングテーマをフルで聞いた時はビックリしたなぁ」
「勇気を出して告白する歌だと思ったら…ね」
全話見終えて、校舎を後にした時には時刻は4時半を回っていた。まだまだ夏の陽射しは強烈なまま。そこに蝉の鳴き声が追い討ちをかけてくる。立っているだけで汗が流れるほどで、むしろ歩いている方が少しでも身の回りの空気が動く分、涼しい。
 美都はショートカットな上に無表情気味なのでまだしも涼しげだったが、肩までかかる長さの和美は余計に暑そうに見えた。
 埋め立て地特有のだだっ広い歩道に3人並んで歩く。このあたりは、その横を人や自転車が通り抜けたりしても、避ける必要がないくらいに広い。それでも幸彦は車道側を歩く。隣に和美、一番内側に美都。
「で、さらにあのあとの展開がまた切なくてなぁ…」
「あたしは羽川派だから、余計にあの展開キツかった」
「ああ、羽川派なんだ」
「うん。確かにガハラさんとのカップリングはお似合いだとは思うんだけど、あの報われなさは…」
「まぁ、切ない展開だったけどさぁ。阿良々木暦はあの場合どうしたら良かったのかって考えると、俺は何も言えなくなる」
まさか二股なんてあの2人相手に通用しないだろうし、とまでは言わない。そういう言葉を口にする行為が『迂闊』の名に値する事はちゃんと学んでいる。
「その辺は思い入れするキャラの違いかもねー」
「いっそ、同人で描いてみたらどうだ?自分なりの羽川エンド」
「いや、羽川エンドってことはひたぎクラブ前に羽川とくっつくパターンでしょ?いやいやいや」
ないわー、という顔で手を左右に振る。
「単に切ないってだけ。物語としては納得してても、まだどうしても心がついていかないと言うか…。えっと。すいません。部長は誰派ですか?」
「メメ派」
「ああ、そうですか…」
話題を振った事を、一瞬だけ後悔した。
「忍野メメと阿良々木暦の関係性は弟子と師匠であり、歳の離れた友人であり、そしてパートナーでもある。そこが実に興味深い」
あくまで静かに、だが滔々と語る美都。
「そういう意味でしたか」
 所謂腐的な意味にとっていたため、拍子抜けする幸彦。
「そうよ。もちろん、腐女子的なアプローチもしていなくはないのだけれど」
「いやいやいや、そっちはちょっと」
「そう」
「ええっと、話を戻してもいいですか?」
ごくわずかだが残念そうな表情を見せる美都に、和美が若干食い気味に許可を求めた。
「何の話だっけ」
「戻すと言うか、さっきの続きで聞こうと思ってたんだけど。羽川エンドの前提として先に羽川翼のほうが告白するとして、その場合普通に阿良々木暦と付き合ってたかな?」
「どうかなぁ。阿良々木暦っていうキャラクターは羽川翼を神格化してた部分があると、俺は思ってるんだけど、まぁ、率直に言ってそういう相手とは付き合えない気がするなぁ」
「そういうもんなの?」
「少なくとも阿良々木暦っていうキャラはそうだと解釈してる。んで、これはもう間違ってる解釈かも知れないと思って敢えて言うんだけども」
「何?」
「神格化した存在が自分のところまでおりてきてくれるっていうのは嬉しい反面、やめてくれっていう気持ちもあるんじゃないかなぁ」
「本編ではいい笑顔で『誇っていいんだな』とか言ってたけど」
「もちろん、それも嘘じゃないだろう。でも、どこかで下から崇めて喜んでる部分があった気がするんだよなぁ」
「もうその辺は完全に受け手側によって解釈が分かれるレベルのお話ね」
うんうんとうなずいてから
「ちなみに私は別の理由で付き合わなかったと思うわ」
と、切り出した。
「おお、傾聴傾聴」
「だって、阿良々木暦にとって羽川翼は戦場ヶ原ひたぎに出会う前の時点では校内唯一の友人だったんでしょう。彼女にしてしまったら友人が存在しなくなるじゃない。阿良々木暦っていうキャラクターは、多分羽川翼の友人というポジションに心地よさを感じていたと思うの」
「ほほう」
「どう?」
「実に面白いと思う…っと、もうすぐ駅だけど、電車には乗らないのか?」
話に集中していて気付くのが遅れたが、視界にはとっくに鉄道の高架橋が見えていた。
「乗らない」
「じゃ、バスには乗るのか?」
「乗ってもいいけど、今日は乗らないで行きたい」
ガハラさんよろしく現地につくまでは秘密主義のようで、あんまり情報量が増えない。もしかしたら盛り上がっていたところで話をぶった切った事が機嫌を損ねたのかも知れない、ということにはこの時思い至らなかった。
 そうこうするうちに、いつも乗り降りしている最寄り駅を通り過ぎる。これまでより歩道に人が増えているため、3列横隊を解除して1列縦隊に隊列変更する。当然先頭は道案内役の和美で、中間に美都、殿(しんがり)が幸彦というパーティ構成となった。
 駅ビルを過ぎて、道すがら右手には巨大展示場、左手にはシティホテル群がそれぞれ強い存在感を示している。
 しかし、和美はそのまま直進する。
「ほら、もうすぐ見えてくる」
歩道橋の向こうにある施設は、1つしか無い。
「ここって、アレだ。野球場、だよな?」
「そうよ。海風と鴎のスタジアムよ」
このあたりは埋め立て地であるためか、他ではあまり見られなくなりつつある震災の爪痕を歩道のあちこちに残しており、さらには夕暮れ時ということもあって若干歩きづらい。
「ここに、あたしの宝物があるの」
「へぇ~」
感心するようなそうでないような、曖昧な感嘆。
「嫌なら別にいいのよ?」
「別に嫌じゃない。野球自体は、昔割と見てたし。せっかく来たんだから、久々に見てみたい」
素っ気なく言われてしまうと、幸彦は自分でもビックリするくらい早口で返した。
「部長はどうしますか?」
「私も異存はないわ」
「じゃあ3枚用意してきますから、ここで待っててください」
言うなり、肩まである髪をゆらして駆け出して行く和美。混雑しているのに、巧みにすり抜けていくからかそのスピードはほとんど落ちない。
「なんか、意外ですね」
「あら、そう?」
「部長は意外じゃないんですか?」
「どこかなんて想像もできなかったんだもの。意外という言葉には当たらないわ」
「ああ、なるほど」
静かにそう言われてしまうと、どう言葉を継いでいいのか分からず、幸彦はやや気まずく沈黙する。
 美都はそれを見ると、カバンから本を取り出して、ページをめくる。
 手持ち無沙汰な幸彦は特にすることも無いので、何とはなしに周囲を見渡してみると、自分の知っている球場の光景とはだいぶ異なることに気がついた。屋台だか出店だかがたくさん出ているのはまぁいいとして。関係者入口みたいなところの真ん前にはなぜか舞台がしつらえられていて、その上で歌ったり踊ったりしている一団がいる。右手には2階建てとおぼしき建物があって、どうやらグッズショップらしいのだがなぜか『ミュージアム』と書いてあるのが謎だった。
「そう言や、野球場に来るのなんて、何年ぶりだろう」
誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。思い返せば、昔はそこそこ見ていた方だったはずだ。ただ、徐々に興味が漫画やアニメにシフトして行き、そちらに意識が向かなくなったというだけのことで、それはある種自然なことだと思っていた。
「宝物、ねぇ…」
今ひとつ意味を掴みかね、口の中だけでそっと言葉にしたとき、和美が切符売り場から駆けて来るのが見えた。
「お待たせ!」
美都は素早く本をしまい
「お疲れさま。茜浜さん、いくら?」
とたずねる。
「いいんです。これ、実はタダ券使ったんです」
言いながら、内野自由席のチケットを見せる。
「お父さんがファンクラブに入ってて、特典でもらえるんです。でもお父さんは『俺は内野じゃ見ないから』ってあたしにくれて。で、もらったものの、あたしもずっと使う機会がなくて財布の中でほったらかしにしてたんです。だから気にしないでください」
「でも、それに甘えるのも悪いから、なんかおごるよ」
「言ったね?」
幸彦の提案に、和美の瞳がキラリと光ったような気がした。そしてそれは、気のせいではなかった。


  ☆


 入場口から階段を上って上って、ひたすら上って一番上まで。ようやくたどり着いた席からは、スコアボードがちょうど真っ正面に見えた。ライトスタンドやその近くの内野席はみっちりと満員だったが、この辺は若干のゆとりがある。3人分くらいの空きはすぐに見つかり、無事に腰をおろすことができた。
 美都、和美の順に座り、両手に食べ物を大量に抱えた幸彦が通路側に陣取った。ここに上がって来るまで、和美は3つの店で食べ物を買いこんだにも関わらず、なおも「野球観戦って、お腹が空くのよねぇ」と言っていたので追加のご用命がくだることに備えた為だ。
 まずは袋からあれこれと取り出して各人希望のものを配る。
「あ。あたしそのカツサンドね」
「はいはい。部長はどれでしたっけ?」
「コーヒーとパエリアを」
幸彦は2人に手渡した後、自分のカレーライスを取り出す。
 ひととおり行き渡ると、改めて眼下に広がる光景を見渡す余裕ができる。緑色のグラウンドでは、ホームチームの選手達が練習をしている。それがサークルライン照明によって浮かび上がると、日常から切り離された空間のようで幻想的ですらある。
「確かにいい眺めではあるな」
「そうね。ちょっと新鮮」
2人がそういうと、和美はやや照れくさそうに
「別に、そんなに熱心なファンって訳じゃないの。受験の年にちょうどチーム自体もごたごたしちゃってたりしてて、今はちょっと離れてる感じかな」
と言い、少しの間を空けてから言葉を継いだ。
「でも、今日あのシーンを見て思い出したの」
「知ってる?このチーム、何年か前に無くなりかけたことがあるの」
「えーと。アレか。合併騒動だかなにか」
小学生の頃の話なので、幸彦は若干あやふやな記憶を掘り起こすことになった。
「そう。うちはお父さんが熱心なファンでね。小さい頃からここによく連れてこられたの。あのニュースが流れた時は、もう大変だったわ。お父さんが家で大騒ぎしちゃって」
和美が若干目を細めた。
「あの時は、最初関西のチーム同士が合併するって話だったのに、そのあとチーム数がどうとかで、このチームが九州のチームと合併して移転だとか、1リーグ制に変更とか、言葉の意味はそのころのあたしにはよく分からなかったんだけど、私、そのとき生まれて初めて見たの。お父さんが、と言うより、大の大人が大声で泣くところを」
そう言う和美の瞳も若干潤んでいたように、幸彦には見えた。
「あたしはそのとき、お父さん泣かないでって一生懸命に言う事しかできなかったんだけど、色々あって結局ここのチームは残ったの」
「残って、その次の年にチームが優勝してね。どうやってチケットをとったのか日本シリーズにも家族みんなでここに来て、そのときに、和美、お前のおかげだって、お父さんが言ったの。おかしいよね。あたし、別に何にもしてないのにね」
「でも、この場所でお父さんに肩車されながらそう言われたら、なんだかこの眺めがとっても大切なものに思えて来て」
「以来、この場所とこの景色はあたしの宝物なのだ」


   ☆


 帰り道。球場前の歩道橋を越えると、ようやく人ごみもまばらになってきた。3人は長蛇の列になっていたバスをあきらめて、駅を目指して歩いている。
「どうだった?」
「いや、面白かったよ。ホントに。まぁ、なんだかんだ言っても、いい印象で帰れるのはやっぱりホームのチームが勝ったってのが大きいと思う。ホームだから、球場全体で喜ぶ感じになっててさ、なんか、ああ、こういうのいいなって思えたよ」
幸彦が珍しく大真面目な顔で言うものだから、和美は思わず噴き出しかけた。
「そうね。今度はもっと近くで見てみようかしら」
「え?部長、野球に興味が?」
「野球に、というか、あの選手達に。ああいう肉体のモーションを脳裏に刻んでおくことは創作活動にもきっとプラスになるわ」
若干、げんなりした顔になる幸彦と和美と。特に『肉体』というフレーズで何かを悟ってしまったために。
「まぁ、そういうジャンルで描いてる人達もいるみたいですけどねぇ」
ちょうど終わったばかりのコミケのカタログに、そんなジャンルのページがあったことを思い出してしまう。つくづく、人間はいらない記憶を選択して消去できない不便な生き物である。
「特に、私達の席から一番遠くに居た選手、あの人面白かったわ。まるでそこにボールが来るのが分かってるみたいに走り出して、当たり前みたいにジャンプしてボールを掴むところ、それこそまるでアニメか特撮みたいだった」
言いつつ、眼鏡をクイッと直す。
 センターを守っていた選手は野球という競技に詳しくない者ですら感嘆させるようなプレーを再三再四に渡って披露していた。フェンス際の大飛球も内外野の中間点ぎりぎりにふらふらと落ちそうな打球も明らかにレフトの守備範囲だろうという打球も、そうするのが当然であるかのようにグラブにおさめていた。
「あの人、確か打つ前に走り出してた事あったよな」
「何年ぶりとか言ってた割にはよく見てるじゃない」
「よく見てると言うか、目が引きつけられたんだよな。あんまりにも面白過ぎて」
そのプレーのあまりの見事さに、一度ならず相手チームのファンからも賞賛の拍手を受けていたほどだ。
「ま、ピッチャーでもなくバッターでもなく外野手が一番インパクトがあったってのもあの席ならではだったかもな」
「プレーそのものだったらまだいいのだけど、『応援が一番面白かった』なんて言われることだって珍しくないから」
「ま、確かにアレはインパクトあったな」
人の声が100メートル以上離れたところから押し寄せてきたことは強烈な印象として刻まれていた。耳に残るというより、脳に残る光景だった。
「それを言うなら、試合内容とは直接関係ないけど、食べ物もなかなかうまかったな」
「でしょう。でもいいチョイスしたわよ。あたしの知る限りで、ここで売ってるカレーライスの中じゃあれが一番おいしかったはず」
「あー、茜浜。お前、さっき、そんなに熱心なファンじゃないとか言ってたよな、確か」
「………だって、ヒかない?」
やや気まずそうに。おっかなびっくりな視線で、幸彦の表情をうかがう。
「別にヒかねぇよ。少なくとも、女子なのに女性キャラの萌えについて熱く語る方がよっぽどだと思うぞ」
「そんなん漫研の女子みんなやってるじゃない」
「だから、どっちもヒくようなことじゃない。俺にとっては、だけど」
 2つめの歩道橋を過ぎると、鉄道の高架橋が見えてくる。
「でも、最近ちょっと離れ気味だったってのはホント。だからチケットだって残ってた訳だし」
こういうのは誰とでもいいってもんじゃないし、と口の中だけで小さく小さくつぶやいてから、幸彦に目線を向ける。
「そうそう。東瀬くん?」
「ん?なんだ?」
「あなたの宝物も、もし良かったら教えてくれる?」
「……俺は至ってつまらん人間なので特に何もないんだけど」
一旦言葉を切って、空を見上げる。
「そうだな。今日のことが、きっと何年かしたら宝物になってるような気がするよ」


                             終わり

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 変更点
・描写追加
・場面追加
・誤字修正


   ぼくときみのたからもの


『♪いつもどおりのある日の事~ 君は突然立ち上がり言った~』
巨大スクリーンには、エンディングテーマをバックに、満天の星空が映し出されている。
 スタッフロールが流れていくシーンを、5人の男女が見つめている。
『♪いつからだろう~ 君の事を~』
「いい最終回だったな~」
「もうええっちゅうの。何度めだよそのボケは。これ見るたびに言ってんじゃん」
静寂を破って、どうしてもこらえきれなかった、という風情で感嘆する太身の男に、隣に座っていた痩身の男がツッコミを入れる。凸凹コンビなこの2人のやりとりは、いつ見ても漫才師のようだ、と東瀬(あずせ)幸彦は思った。あいつらは漫画研究会じゃなくて漫才研究会だ、と評した者が居るのもむべなるかな。
 この2人、成本誠と河本明は高校の入学式で出会って意気投合して以来のコンビなので結成からまだ半年も経っていないはずなのだが、とてもそうは思えない。ちなみに大きい方が明で小さい方が誠である。
「あなたたち、余韻台無し」
と、冷たく静かに、だがしっかりと響く声がした。
『♪どうかお願い~驚かないで~聞いてよ~』
「あ、すんません部長。あと3回分ありますけどキリがいいからここで休憩にしていいですか?」
『火憐だぜ!』『月火だよ!』
「そうね、一旦止めて頂戴」
部長こと早川美都(みさと)が眼鏡位置を直しながらそう言うと、すばやく動いてリモコンを構える幸彦。
『予告編クイズ!』しかし、まだ止めない。タイミングを見計らうように画面を見据えている。
「にしても、あっちぃなぁ~」
「しょうがねーじゃん。節電節電」
凸凹コンビ、成本誠と河本明はそう言いながら扇子を動かす手を休めない。
『次回!つばさキャット 其ノ参!』『其ノ参とそもさんって似てる』ここで一時停止ボタンを押す。凸凹コンビによって手早くカーテンが開けられ、光とともにわずかだが室内に風が通った。臨海部特有の、潮の匂いを含んだ風だ。こういう時だけは、この部屋が4階にあることを感謝したくなる。
「部長がいなかったら今年はこうやって視聴覚室を使わせてもらえなかったかも知れなかったんだから、感謝し」
「宝物、かぁ」
それまで沈黙を保っていた茜浜和美が、急に口を開いて幸彦の話をぶった切った。しかし、切れ長の眼に宿る強い光を見ると抗議をする気にはなれない。
「見せてあげたい宝物…ねぇ」
おもむろに美都の方を向くなり
「部長はそういうのってなんかありますか?」
とたずねる。
「そうね。相手がドン引きしないって誓約するなら見せてあげてもいい秘蔵のハードBLコレクションとかはあるけど」
「やめてください。てかそういうことじゃないって分かって言ってますよね部長」
心底げんなりした顔ですがるように。おそらく、内容を想像してしまったのだろう。
「ええ、分かってるわ」
ごく小さく口元だけで笑う美都を見て、聞くんじゃなかった、と小さく口の中だけでつぶやく。
「そういうお前はどうなんだ?茜浜」
「あたし、あるわよ」
幸彦の問いに、即答が返ってきた。正直なところ『知りたいの?気になるの?』とじらされるだろう、くらいにしか思っていなかったので、せっかく放られたうまくボールを投げ返す事が出来ない。
「へぇ」
と言うのが精一杯だった。誰がどう見て間抜け過ぎるとしか言いようがない。
「……何よ」
「いや、茜浜が、ねぇ…」
「あたしがそういうロマンチシズムとは無縁だと?」
口の端だけで笑う仕草が良くない予兆であることは、この1年半弱で存分に思い知っているため、素直に引くことにする。
「すまん。失言だった」
「見たい?」
しかし、和美はそれ以上深追いしてこなかった。
「へ?」
その反応と言葉の内容とに、二重に意表をつかれ、思わずほうけた顔になる。
「見てみたいかって聞いてるの」
「……正直興味は、あるな。うん」
「ほほぅ」
ニヤニヤという音が聞こえて来そうないたずらっぽい笑顔に心底を見透かされたようでうっかり目をそらしてしまう。
 それが和美のニヤニヤを余計に助長することになるのだが。
「茜浜さん、見せてもらってもいいかしら?」
「もちろんです」
「部長は今日何時くらいまで大丈夫ですか?」
「別に何時まででも」
聞きながら、シチュエーションが違ったら若干ドキッとするセリフかもな、と思ったりする。
「で、あんたたちはどうする?」
和美はこの場にいた残りの2人にも声を掛ける。
「あ。俺、この後はバイトッス」
「同じく」
オタクをするにも金がかかるから。嫁のためにはありとあらゆる手段で!と気勢をあげて彼等は勤労青少年の顔つきになる。
「じゃあ計3人ね」
「いや、俺まだ行くかどうか答えてないけど」
「行くんでしょ?」
「はい、行きます」
我ながら無駄な抵抗だったな、と苦笑する。
「今が2時半で…あと3話ね。ちょうどいいわ。化を全部見たら行きましょう」
「じゃ、休憩は終わりってことで続きに行きましょうか。東瀬くん、お願い」
「はいはい。了解です」
幸彦は手元のリモコンを再度構えた。カーテンが閉まってから、再生ボタンを押す。

 漫研の夏恒例行事、視聴覚室を占領してのアニメ鑑賞マラソンは『化物語』の第十二話が終わり、間もなく十三話が始まろうとしていた。初日のこの日はコミケ終了の翌々日ということもあってか、事前に参加表明をしていた何名かの姿がない。結果、3年生で部長の美都、2年生では幸彦と和美、1年生は誠と明の計5人しかいない。
 そう言えば去年も初日は集まりが悪かったな、と幸彦は去年の夏を振り返る。まだあの時は茜浜は入部してなくて、凸凹コンビも勿論入学前だからいなくて。
 女子と一緒に、というか他人と見るにはいささか気まずいオープニングだからか、目は画面を追いつつもそんなことを考えていた。
 しかし、本編が始まるとさすがに画面に集中する。主人公が小学生浮遊霊にセクハラするシーンにぶち当たっても、微塵も揺らがぬ程に。

   ☆


「あの十二話があったから、エンディングテーマをフルで聞いた時はビックリしたなぁ」
「勇気を出して告白する歌だと思ったら…ね」
全話見終えて、校舎を後にした時には時刻は4時半を回っていた。まだまだ夏の陽射しは強烈なまま。そこに蝉の鳴き声が追い討ちをかけてくる。立っているだけで汗が流れるほどで、むしろ歩いている方が少しでも身の回りの空気が動く分、涼しい。
 美都はショートカットな上に無表情気味なので涼しげだが、肩までかかる長さの和美は余計に暑そうに見えた。
 埋め立て地特有のだだっ広い歩道に3人並んで歩く。このあたりは、その横を人や自転車が通り抜けたりしても、避ける必要がないくらいに広い。それでも幸彦は車道側を歩く。隣に和美、一番内側に美都。
「で、さらにあのあとの展開がまた切なくてなぁ…」
「あたしは羽川派だから、余計にあの展開キツかった」
「ああ、羽川派なんだ」
「うん。確かにガハラさんとのカップリングはお似合いだとは思うんだけど、あの報われなさは…」
「まぁ、切ない展開だったけどさぁ。阿良々木暦はあの場合どうしたら良かったのかって考えると、俺は何も言えなくなる」
まさか二股なんてあの2人相手に通用しないだろうし、とまでは言わない。そういう言葉を口にする行為が『迂闊』の名に値する事はちゃんと学んでいる。
「その辺は思い入れするキャラの違いかもねー」
「いっそ、同人で描いてみたらどうだ?自分なりの羽川エンド」
「いや、羽川エンドってことはひたぎクラブ前に羽川とくっつくパターンでしょ?いやいやいや」
ないわー、という顔で手を左右に振る。
「単に切ないってだけ。物語としては納得してても、まだどうしても心がついていかないと言うか…。えっと。すいません。部長は誰派ですか?」
「メメ派」
「ああ、そうですか…」
話題を振った事を、一瞬だけ後悔した。
「忍野メメと阿良々木暦の関係性は弟子と師匠であり、歳の離れた友人であり、そしてパートナーでもある。そこが実に興味深い」
あくまで静かに、だが滔々と語る美都。
「そういう意味でしたか」
 所謂腐的な意味にとっていたため、拍子抜けする幸彦。
「そうよ。もちろん、腐女子的なアプローチもしていなくはないのだけれど」
「いやいやいや、そっちはちょっと」
「そう」
「ええっと、話を戻してもいいですか?」
ごくわずかだが残念そうな表情を見せる美都に、和美が若干食い気味に許可を求めた。
「何の話だっけ」
「戻すと言うか、さっきの続きで聞こうと思ってたんだけど。羽川エンドの前提として先に羽川翼のほうが告白するとして、その場合普通に阿良々木暦と付き合ってたかな?」
「どうかなぁ。阿良々木暦っていうキャラクターは羽川翼を神格化してた部分があると、俺は思ってるんだけど、まぁ、率直に言ってそういう相手とは付き合えない気がするなぁ」
「そういうもんなの?」
「少なくとも阿良々木暦っていうキャラはそうだと解釈してる。一応『そういう対象じゃない』って言い切るシーンもあったし。んで、これはもう間違ってる解釈かも知れないと思って敢えて言うんだけども」
「何?」
「神格化した存在が自分のところまでおりてきてくれるっていうのは嬉しい反面、やめてくれっていう気持ちもあるんじゃないかなぁ」
「本編ではいい笑顔で『誇っていいんだな』とか言ってたけど」
「もちろん、それも嘘じゃないだろう。でも、どこかで下から崇めて喜んでる部分があった気がするんだよなぁ」
「もうその辺は完全に受け手側によって解釈が分かれるレベルのお話ね」
うんうんとうなずいてから
「ちなみに私は別の理由で付き合わなかったと思うわ」
と、切り出した。
「おお、傾聴傾聴」
「だって、阿良々木暦にとって羽川翼は戦場ヶ原ひたぎに出会う前の時点では校内唯一の友人だったんでしょう。彼女にしてしまったら友人が存在しなくなるじゃない。阿良々木暦っていうキャラクターは、多分羽川翼の友人というポジションに心地よさを感じていたと思うの」
「ほほう」
「どう?」
「実に面白いと思う…っと、もうすぐ駅だけど、電車には乗らないのか?」
話に集中していて気付くのが遅れたが、視界にはとっくに鉄道の高架橋が見えていた。
「乗らない」
「じゃ、バスには乗るのか?」
「乗ってもいいけど、今日は乗らないで行きたい」
ガハラさんよろしく現地につくまでは秘密主義のようで、あんまり情報量が増えない。もしかしたら盛り上がっていたところで話をぶった切った事が機嫌を損ねたのかも知れない、ということにはこの時思い至らなかった。
 そうこうするうちに、いつも乗り降りしている最寄り駅を通り過ぎる。これまでより歩道に人が増えているため、3列横隊を解除して1列縦隊に隊列変更する。当然先頭は道案内役の和美で、中間に美都、殿(しんがり)が幸彦というパーティ構成となった。
 駅ビルを過ぎて、道すがら右手には巨大展示場、左手にはシティホテル群がそれぞれ強い存在感を示している。
 しかし、和美はそのまま直進する。
「ほら、もうすぐ見えてくる」
歩道橋の向こうにある施設は、1つしか無い。
「ここって、アレだ。野球場、だよな?」
「そうよ。海風と鴎のスタジアムよ」
このあたりは埋め立て地であるためか、他ではあまり見られなくなりつつある震災の爪痕を歩道のあちこちに残しており、さらには夕暮れ時ということもあって若干歩きづらい。
「ここに、あたしの宝物があるの」
「へぇ~」
感心するようなそうでないような、曖昧な感嘆。
「嫌なら別にいいのよ?」
「別に嫌じゃない。野球自体は、昔割と見てたし。せっかく来たんだから、久々に見てみたい」
素っ気なく言われてしまうと、幸彦は自分でもビックリするくらい早口で返した。
「部長はどうしますか?」
「私も異存はないわ」
「じゃあ3枚用意してきますから、ここで待っててください」
言うなり、肩まである髪をゆらして駆け出して行く和美。混雑しているのに、巧みにすり抜けていくからかそのスピードはほとんど落ちない。
「なんか、意外ですね」
「あら、そう?」
「部長は意外じゃないんですか?」
「どこかなんて想像もできなかったんだもの。意外という言葉には当たらないわ」
「ああ、なるほど」
静かにそう言われてしまうと、どう言葉を継いでいいのか分からず、幸彦はやや気まずく沈黙する。
 美都はそれを見ると、カバンから本を取り出して、ページをめくる。
 手持ち無沙汰な幸彦は特にすることも無いので、何とはなしに周囲を見渡してみると、自分の知っている球場の光景とはだいぶ異なることに気がついた。屋台だか出店だかがたくさん出ているのはまぁいいとして。関係者入口みたいなところの真ん前にはなぜか舞台がしつらえられていて、その上で歌ったり踊ったりしている一団がいる。右手には2階建てとおぼしき建物があって、どうやらグッズショップらしいのだがなぜか『ミュージアム』と書いてあるのが謎だった。
「そう言や、野球場に来るのなんて、何年ぶりだろう」
誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。思い返せば、昔はそこそこ見ていた方だったはずだ。ただ、徐々に興味が漫画やアニメにシフトして行き、そちらに意識が向かなくなったというだけのことで、それはある種自然なことだと思っていた。
「宝物、ねぇ…」
今ひとつ意味を掴みかね、口の中だけでそっと言葉にしたとき、和美が切符売り場から駆けて来るのが見えた。
「お待たせ!」
美都は素早く本をしまい
「お疲れさま。茜浜さん、いくら?」
とたずねる。
「いいんです。これ、実はタダ券使ったんです」
言いながら、内野自由席のチケットを見せる。
「お父さんがファンクラブに入ってて、特典でもらえるんです。でもお父さんは『俺は内野じゃ見ないから』ってあたしにくれて。で、もらったものの、あたしもずっと使う機会がなくて財布の中でほったらかしにしてたんです。だから気にしないでください」
「でも、それに甘えるのも悪いから、なんかおごるよ」
「言ったね?」
幸彦の提案に、和美の瞳がキラリと光ったような気がした。そしてそれは、気のせいではなかった。


  ☆


 入場口から階段を上って上って、ひたすら上って一番上まで。ようやくたどり着いた席からは、スコアボードがちょうど真っ正面に見えた。ライトスタンドやその近くの内野席はみっちりと満員だったが、この辺は若干のゆとりがある。3人分くらいの空きはすぐに見つかり、無事に腰をおろすことができた。
 美都、和美の順に座り、両手に食べ物を大量に抱えた幸彦が通路側に陣取った。ここに上がって来るまで、和美は3つの店で食べ物を買いこんだにも関わらず、なおも「野球観戦って、お腹が空くのよねぇ」と言っていたので追加のご用命がくだることに備えた為だ。
 まずは袋からあれこれと取り出して各人希望のものを配る。
「あ。あたしそのカツサンドね」
「はいはい。部長はどれでしたっけ?」
「コーヒーとパエリアを」
幸彦は2人に手渡した後、自分のカレーライスを取り出す。
 ひととおり行き渡ると、改めて眼下に広がる光景を見渡す余裕ができる。緑色のグラウンドでは、ホームチームの選手達が練習をしている。それがサークルライン照明によって浮かび上がると、日常から切り離された空間のようで幻想的ですらある。
「確かにいい眺めではあるな」
「そうね。ちょっと新鮮」
2人がそういうと、和美はやや照れくさそうに
「別に、そんなに熱心なファンって訳じゃないの。受験の年にちょうどチーム自体もごたごたしちゃってたりしてて、今はちょっと離れてる感じかな」
と言い、少しの間を空けてから言葉を継いだ。
「でも、今日あのシーンを見て思い出したの」
「知ってる?このチーム、何年か前に無くなりかけたことがあるの」
「えーと。アレか。合併騒動だかなにか」
小学生の頃の話なので、幸彦は若干あやふやな記憶を掘り起こすことになった。
「そう。うちはお父さんが熱心なファンでね。小さい頃からここによく連れてこられたの。あのニュースが流れた時は、もう大変だったわ。お父さんが家で大騒ぎしちゃって」
和美が若干目を細めた。
「あの時は、最初関西のチーム同士が合併するって話だったのに、そのあとチーム数がどうとかで、このチームが九州のチームと合併して移転だとか、1リーグ制に変更とか、言葉の意味はそのころのあたしにはよく分からなかったんだけど、私、そのとき生まれて初めて見たの。お父さんが、と言うより、大の大人が大声で泣くところを」
そう言う和美の瞳も若干潤んでいたように、幸彦には見えた。
「あたしはそのとき、お父さん泣かないでって一生懸命に言う事しかできなかったんだけど、色々あって結局ここのチームは残ったの」
「残って、その次の年にチームが優勝してね。どうやってチケットをとったのか日本シリーズにも家族みんなでここに来て、そのときに、和美、お前のおかげだって、お父さんが言ったの。おかしいよね。あたし、別に何にもしてないのにね」
「でも、この場所でお父さんに肩車されながらそう言われたら、なんだかこの眺めがとっても大切なものに思えて来て」
「以来、この場所とこの景色はあたしの宝物なのだ」


   ☆


 帰り道。球場前の歩道橋を越えると、ようやく人ごみもまばらになってきた。3人は長蛇の列になっていたバスをあきらめて、駅を目指して歩いている。
「どうだった?」
「いや、面白かったよ。ホントに。まぁ、なんだかんだ言っても、いい印象で帰れるのはやっぱりホームのチームが勝ったってのが大きいと思う。ホームだから、球場全体で喜ぶ感じになっててさ、なんか、ああ、こういうのいいなって思えたよ」
幸彦が珍しく大真面目な顔で言うものだから、和美は思わず噴き出しかけた。
「そうね。今度はもっと近くで見てみようかしら」
「え?部長、野球に興味が?」
「野球に、というか、あの選手達に。ああいう肉体のモーションを脳裏に刻んでおくことは創作活動にもきっとプラスになるわ」
若干、げんなりした顔になる幸彦と和美と。特に『肉体』というフレーズで何かを悟ってしまったために。
「まぁ、そういうジャンルで描いてる人達もいるみたいですけどねぇ」
ちょうど終わったばかりのコミケのカタログに、そんなジャンルのページがあったことを思い出してしまう。つくづく、人間はいらない記憶を選択して消去できない不便な生き物である。
「特に、私達の席から一番遠くに居た選手、あの人面白かったわ。まるでそこにボールが来るのが分かってるみたいに走り出して、当たり前みたいにジャンプしてボールを掴むところ、それこそまるでアニメか特撮みたいだった」
言いつつ、眼鏡をクイッと直す。
 センターを守っていた選手は野球という競技に詳しくない者ですら感嘆させるようなプレーを再三再四に渡って披露していた。フェンス際の大飛球も内外野の中間点ぎりぎりにふらふらと落ちそうな打球も明らかにレフトの守備範囲だろうという打球も、そうするのが当然であるかのようにグラブにおさめていた。
「あの人、確か打つ前に走り出してた事あったよな」
「何年ぶりとか言ってた割にはよく見てるじゃない」
「よく見てると言うか、目が引きつけられたんだよな。あんまりにも面白過ぎて」
そのプレーのあまりの見事さに、一度ならず相手チームのファンからも賞賛の拍手を受けていたほどだ。ほぼ成り行きとは言えホームチーム側に肩入れして見ていた幸彦からして見れば、それなりに心身を震わせられる経験ができた。
「ま、ピッチャーでもなくバッターでもなく外野手が一番インパクトがあったってのもあの席ならではだったかもな」
「プレーそのものだったらまだいいのだけど、『応援が一番面白かった』なんて言われることだって珍しくないから」
「ま、確かにアレはインパクトあったな」
人の声が100メートル以上離れたところから押し寄せてきたことは強烈な印象として刻まれていた。耳に残るというより、脳に残る光景だった。
「それを言うなら、試合内容とは直接関係ないけど、食べ物もなかなかうまかったな」
「でしょう。でもいいチョイスしたわよ。あたしの知る限りで、ここで売ってるカレーライスの中じゃあれが一番おいしかったはず」
と、ここまで言ったところで、今までとは微妙に違う視線に気付く。
 幸彦は熱を入れて語っていた和美を戸惑いとともに見やりつつ、やや言いづらそうに、たずねた。
「あー、茜浜。お前、さっき、そんなに熱心なファンじゃないとか言ってたよな、確か」
「………だって、ヒかない?」
やや気まずそうに。おっかなびっくりな視線で、幸彦の表情をうかがう。
「別にヒかねぇよ。少なくとも、女子なのに女性キャラの萌えについて熱く語る方がよっぽどだと思うぞ」
「そんなん漫研の女子みんなやってるじゃない」
「だから、どっちもヒくようなことじゃない。俺にとっては、だけど」
 2つめの歩道橋を過ぎると、鉄道の高架橋が見えてくる。
「でも、最近ちょっと離れ気味だったってのはホント。だからチケットだって残ってた訳だし」
こういうのは誰とでもいいってもんじゃないし、と口の中だけで小さく小さくつぶやいてから、幸彦に目線を向ける。
「そうそう。東瀬くん?」
「ん?なんだ?」
「あなたの宝物も、もし良かったら教えてくれる?」
「……俺は至ってつまらん人間なので特に何もないんだけど」
一旦言葉を切って、空を見上げる。
「そうだな。今日のことが、きっと何年かしたら宝物になってるような気がするよ」


                             終わり

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『♪いつもどおりのある日の事~ 君は突然立ち上がり言った~』
漫研の夏恒例行事、視聴覚室を占領してのアニメ鑑賞マラソンは間もなく『化物語』の第十二話が終わろうとしていた。この日はコミケ終了の翌々日ということもあってか、事前に参加表明をしていた何名かの姿がない。
『♪いつからだろう~ 君の事を~』
「いい最終回だったな~」
「もうええっちゅうの。何度めだよそのボケは。これ見るたびに言ってんじゃん」
凸凹コンビな細身と太身のやりとりは、いつ見ても漫才師のようだ、と東瀬(あずせ)幸彦は思った。あいつらは漫画研究会じゃなくて漫才研究会だ、と評した者が居るのもむべなるかな。
 この2人、成本誠と河本明は高校の入学式で出会って意気投合して以来のコンビなので結成から半年も経っていないはずなのだが、とてもそうは思えない。ちなみに大きい方が明で小さい方が誠である。
「あなたたち、余韻台無し」
と、冷たく静かに、だがしっかりと響く声がした。
『♪どうかお願い~驚かないで~聞いてよ~』
「あ、すんません部長。あと3回分ありますけどキリがいいからここで休憩にしていいですか?」
『火憐だぜ!』『月火だよ!』
「そうね、一旦止めて頂戴」
部長こと早川美都(みさと)が眼鏡位置を直しながらそう言うと、すばやく動いてリモコンを構える幸彦。
『予告編クイズ!』しかし、まだ止めない。タイミングを見計らうように画面を見据えている。
「にしても、あっちぃなぁ~」
「しょうがねーじゃん。節電節電」
凸凹コンビ、成本誠と河本明はそう言いながら扇子を動かす手を休めない。
『次回!つばさキャット 其ノ参!』『其ノ参とそもさんって似てる』ここで一時停止ボタンを押す。凸凹コンビによって手早くカーテンが開けられ、光とともにわずかだが室内に風が通った。臨海部特有の、潮の匂いを含んだ風だ。
「部長がいなかったら今年はこうやって視聴覚室を使わせてもらえなかったかも知れなかったんだから、感謝し」
「宝物、かぁ」
それまで沈黙を保っていた茜浜和美が、急に口を開いて幸彦の話をぶった切った。しかし、切れ長の眼に宿る強い光を見ると抗議をする気にはなれない。
「見せてあげたい宝物…ねぇ」
おもむろに美都の方を向くなり
「部長はそういうのってなんかありますか?」
とたずねる。
「そうね。相手がドン引きしないって誓約するなら見せてあげてもいい秘蔵のハードBLコレクションとかはあるけど」
「やめてください。てかそういうことじゃなくって」
心底げんなりした顔ですがるように。おそらく、内容を想像してしまったのだろう。
「分かってるわ」
聞くんじゃなかった、と小さく口の中だけでつぶやく。
「そういうお前はどうなんだ?茜浜」
「あたし、あるわよ」
幸彦の問いに、即答が返ってきた。正直なところ想定外だったので、せっかく放られたうまくボールを投げ返す事が出来ない。
「へぇ」
と言うのが精一杯だった。
「……何よ」
「いや、茜浜が、ねぇ…」
「あたしがそういうロマンチシズムとは無縁だと?」
口の端だけで笑う仕草が良くない予兆であることは、この1年半弱で存分に思い知っているため、素直に引くことにする。
「すまん。失言だった」
「見たい?」
しかし、和美はそれ以上深追いしてこなかった。
「へ?」
その反応と言葉の内容とに、二重に意表をつかれ、思わずほうけた顔になる。
「見てみたいかって聞いてるの」
「……正直興味は、あるな」
「ほほぅ」
ニヤニヤという音が聞こえて来そうないたずらっぽい笑顔に心底を見透かされたようでうっかり目をそらしてしまう。
 それが和美のニヤニヤを余計に助長することになるのだが。
「茜浜さん、私も見せてもらってもいいかしら?」
「もちろんです」
「で、あんたたちはどうする?」
この場にいる残りの2人にも声を掛ける。
「あ。俺、この後はバイトッス」
「同じく」
オタクをするにも金がかかるから。そう言って彼等は勤労青少年の顔つきになる。
「じゃあ2人だけね」
「いや、俺まだ行くかどうか答えてないけど」
「行くんでしょ?」
「はい、行きます」
我ながら無駄な抵抗だったな、と苦笑する。
「今が2時半で…あと3話ね。ちょうどいいわ。化を全部見たら行きましょう」
「じゃ、休憩は終わりってことで続きに行きましょうか。東瀬くん、お願い」
「はいはい。了解です」
幸彦は手元のリモコンを再度構えた。


   ☆


「ここって、野球場じゃないか!」
「そうよ。海風と鴎のスタジアム」
このあたりは埋め立て地であるためか、他ではあまり見られなくなりつつある震災の爪痕を歩道のあちこちに残しており、さらには夕暮れ時ということもあって若干歩きづらい。
「ここに、あたしの宝物があるの」
「へぇ~」
感心するようなそうでないような、曖昧な感嘆。
「嫌なら別にいいのよ?」
「別に嫌じゃない。野球自体は、昔割と見てたし。せっかく来たんだから、久々に見てみたい」
素っ気なく言われてしまうと、幸彦は自分でもビックリするくらい早口で返した。
「部長はどうしますか?」
「私も別に異存はないわ」
「じゃあ3枚用意してきますから、ここで待っててください」
言うなり、肩まである髪をゆらして駆け出して行く和美。混雑しているのに、巧みにすり抜けていくからかそのスピードはほとんど落ちない。
「なんか、意外ですね」
「あら、そう?」
「部長は意外じゃないんですか?」
「だって、どこかなんて想像もできなかったんだもの。どこだって予想外になるから、意外という言葉には当たらないわ」
「ああ、なるほど」
静かにそう言われてしまうと、どう言葉を継いでいいのか分からず、幸彦はやや気まずく沈黙する。
 美都はそれを見ると、カバンから本を取り出して、ページをめくる。
 手持ち無沙汰な幸彦は特にすることも無いので、何とはなしに周囲を見渡してみると、自分の知っている球場の光景とはだいぶ異なることに気がついた。屋台だか出店だかがたくさん出ているのはまぁいいとして。関係者入口みたいなところの真ん前にはなぜか舞台がしつらえられていて、その上で歌ったり踊ったりしている一団がいる。右手には2階建てとおぼしき建物があって、どうやらグッズショップらしいのだがなぜか『ミュージアム』と書いてあるのが謎だった。
「そう言や、野球場に来るのなんて、何年ぶりだろう」
誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。思い返せば、昔はそこそこ見ていた方だったはずだ。ただ、徐々に興味が漫画やアニメにシフトして行き、そちらに意識が向かなくなったというだけのことで、それはある種自然なことだと思っていた。
「宝物、ねぇ…」
今ひとつ意味を掴みかね、口の中だけでそっと言葉にしたとき、和美が切符売り場から駆けて来るのが見えた。
「お待たせ!」
美都は素早く本をしまい
「お疲れさま。茜浜さん、いくらなの?」
とたずねる。
「いいんです。これ、実はタダ券使ったんです」
言いながら、内野自由席のチケットを見せる。
「お父さんがファンクラブに入ってて、特典でもらえるんです。でもお父さんは『俺は内野じゃ見ないから』ってあたしにくれて。で、もらったものの、あたしもずっと使う機会がなくて財布の中でほったらかしにしてたんです。だから気にしないでください」
「でも、それに甘えるのも悪いから、なんかおごるよ」
「言ったね?」
和美の瞳がキラリと光ったような気がした。


  ☆


 階段を昇って昇って、一番上まで。ようやくたどり着いた席からは、スコアボードがちょうど真っ正面に見えた。ライトスタンドやその近くの内野席はみっちりと満員だったが、この辺は若干ゆとりがある。3人分くらいの空きはすぐに見つかり、腰をおろすことができた。
 美都、和美の順に座り、両手に食べ物を大量に抱えた幸彦が通路側に陣取った。ここに上がって来るまで、和美は3つの店で買い物をした挙句「野球観戦って、お腹が空くのよねぇ」と言っていたので追加のご用命がくだることに備えた為だ。
 まずは袋からあれこれと取り出して各人希望のものを配る。
「あ。あたしそのカツサンドね」
「はいはい。部長はどれでしたっけ?」
「コーヒーとパエリアを」
幸彦は2人に手渡した後、自分のカレーライスを取り出す。
 ひととおり行き渡ると、改めて眼下に広がる光景を見渡す余裕ができる。緑色のグラウンドでは、ホームチームの選手達が練習をしている。それがサークルライン照明によって浮かび上がると、日常から切り離された空間のようで幻想的ですらある。
「確かにいい眺めではあるな」
「そうね。ちょっと新鮮」
2人がそういうと、和美はやや照れくさそうに
「別に、そんなに熱心なファンって訳じゃないの。受験の年にちょうどチーム自体もごたごたしちゃってたりしてて、今はちょっと離れてる感じかな」
と言い、少しの間を空けてから言葉を継いだ。
「でも、今日あのシーンを見て思い出したの」
「知ってる?このチーム、何年か前に無くなりかけたことがあるの」
「えーと。アレか。合併騒動だかなにか」
小学生の頃の話なので、幸彦は若干あやふやな記憶を掘り起こすことになった。
「そう。うちはお父さんが熱心なファンでね。小さい頃からここによく連れてこられたの。あのニュースが流れた時は、もう大変だったわ。お父さんが家で大騒ぎしちゃって」
和美が若干目を細めた。
「あの時は、最初関西のチーム同士が合併するって話だったのに、そのあとチーム数がどうとかで、このチームが九州のチームと合併して移転だとか、1リーグ制に変更とか、言葉の意味はその時のあたしにはよく分からなかったんだけど、私、そのとき生まれて初めて見たの。お父さんが、と言うより、大の大人が大声で泣くところを」
そう言う和美の瞳も若干潤んでいたように、幸彦には見えた。
「あたしはそのとき、お父さん泣かないでって一生懸命に言う事しかできなかったんだけど、色々あって結局ここのチームは残ったの」
「残って、その次の年にチームが優勝してね。どうやってチケットをとったのか日本シリーズにも家族みんなでここに来て、そのときに、和美、お前のおかげだって、お父さんが言ったの。おかしいよね。あたし、別に何にもしてないのにね」
「でも、この場所でお父さんに肩車されながらそう言われたら、なんだかこの眺めがとっても大切なものに思えて来て」
「以来、この場所とこの景色はあたしの宝物なのだ」

   ☆


 帰り道。球場前の歩道橋を越えると、ようやく人ごみもまばらになってきた。3人は長蛇の列になっていたバスをあきらめて、駅を目指して歩いている。
「どうだった?」
「いや、面白かったよ。ホントに」
幸彦が珍しく大真面目な顔で言うものだから、和美は思わず噴き出しかけた。
「そうね。今度はもっと近くで見てみようかしら」
「え?部長、野球に興味が?」
「野球に、というか、あの選手達。ああいう動きと肉体を脳裏に刻んでおくことは創作活動にきっとプラスになるわ」
若干、げんなりした顔になる幸彦と和美と。特に『肉体』というフレーズで何かを悟ってしまったために。
「まぁ、そういうジャンルで描いてる人達もいるみたいですけどねぇ」
ちょうど終わったばかりのコミケのカタログに、そんなジャンルのページがあったことを思い出してしまう。つくづく、人間はいらない記憶を選択して消去できない不便な生き物である。
「特に、私達の席から一番遠くに居た選手、あの人面白かったわ。まるでそこにボールが来るのが分かってるみたいに走り出して、当たり前みたいにジャンプしてボールを掴むところ、それこそまるでアニメか特撮みたいだった」
言いつつ、眼鏡をクイッと直す。
「ピッチャーでもなくバッターでもなく外野手が一番インパクトがあったってのもあの席ならではだったかもな」
「プレーそのものだったらまだいいのだけど、『応援が一番面白かった』なんて言われることだって珍しくないから」
「ま、確かにアレはインパクトあったな」
人の声が100メートル以上離れたところから押し寄せてきたことは強烈な印象として刻まれていた。耳に残るというより、脳に残る光景だった。
 2つめの歩道橋を過ぎると、鉄道の高架橋が見えてくる。
「そうそう。東瀬くん?」
「ん?なんだ?」
「あなたの宝物、もし良かったら教えてくれる?」
「……俺は至ってつまらん人間なので特に何もないんだけど」
一旦言葉を切って、空を見上げる。
「そうだな。今日のことが、きっと何年かしたら宝物になってるような気がするよ」


                             終わり

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 リハビリがわりに資料がなくても書ける話を書いてみました。最初にお断りをしておきますが、この物語はフィクションです。ええ、フィクションですとも…。100%ではないですけども。


   ぼくときみのたからもの

 先日、家でアニメ化物語を見た。休日を丸々使って全話見終えて、妻と感想を言い合っているうちに、第十二話のラストシーンに話題が及んだ。
「宝物ねぇ…。見せてもらったよねぇ」
妻が人の悪い笑みを浮かべる。
「悪かった、あの時は本当に悪かった」
私はこの話題になると、本当に弱い。


 記憶の糸をたどる。
 戦場ヶ原ひたぎにとっての宝物があの星空だとしたら、私にとっての宝物は何だったか。大切な人と一緒に見たい景色は何だったか。

 彼女が出来たら球場で一緒に観戦して盛り上がりたい、というのが長年の夢だった私は、その年一番になるだろうという試合の観戦に当日つきあっていた彼女を誘った。誘ったと言うより、拝み倒して来てもらったというほうが正確だ。

 時は今を去る事7年ほど前、8月末の日曜日。どうしてもこの日でなければならない事情があったため、交代制勤務の私は休みを確実に確保するため事前に根回しをしたりとちょっと面倒があったが、無事に休めて、最寄り駅で合流できた。
「今日はありがとう」「ホントだよ」
 関東と関西でそれぞれ離れているため、また互いに社会人ということで会える時間は限られている。その貴重な1日を野球観戦の為だけに費やすというのは、自分から言い出したことながらかなりの贅沢である。
 駅からは夕暮れ時の街をゆっくりと歩く。我々が向かったのは花火も見られる野外球場。海に面していることをその名に冠したスタジアム。懸念された雨も降らず、暑さもほどほどと観戦するにはなかなかの好条件。

「なに、これ?」物心ついてから野球場に来るのは初めてだと言っていた彼女は、球場周辺が屋台街になっている事に戸惑っていた。「野球場じゃないみたい」「最近こうなった」私は私でごく端的に説明し、お勧めの店の解説等をする。

 巧みに行列を避けて買い出しを済ませ、浮き足立ちながら入場ゲートをくぐり、いつもの場所へ向かった。

 数年前まではこの球場で席の確保に苦労する事等なかったのだが、この年は成績好調だった事もあって毎試合席の確保に往生させられた。この日は特に大一番となる試合だったので、観戦仲間の協力がなければ2人分の座席を外野に確保すること等出来なかっただろう。

 そう。
「お疲れ様です」「お疲れ様です」我々の周りにはいつもの仲間が居た。この日は私の自慢の彼女のお披露目にもなったのだが、これがまず彼女を怒らせてしまった。

 人見知りの彼女が、事前の覚悟もなく衆目にさらされたらどんな気持ちになるか、すっかり浮かれていた私は脳裏によぎる事すらしなかった。

「さぁ、これが、俺の愛して止まない眺めだ」精一杯格好をつけて紹介した光景は、間違いなく私の宝物だった。ライトスタンド中段から、眼前に広がるグラウンド。海風と鴎のスタジアム。マウンドにはようやく復帰なったエースが、球場中の声援を一身に受けてピッチング練習をしている。「チームが弱い頃必死に投げてくれたから、ケガで何年も投げられなくても、みんな待ってたんだ。つらい時に支えてくれた存在って大きいよな」と言うと、彼女は少し苦い顔をした。それを不思議に思ったものの、守備につくスタメン選手達がグラウンドに登場すると、彼等についてあれこれとエピソードを絡めつつ語る私は、そのことをすっかり忘却の彼方へと置き忘れた。

 試合は、ホームチームの有利に進んだ。1回裏、いきなり先制点が入った時には「やっぱり勝利の女神だった!」と彼女に抱きついたりもした。その時だけは、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ嬉しそうな顔をしていた。

 4回裏にも4番のホームランで追加点。6回にもさらにホームランが2本出て、一方投げてはエースが相手打線をゼロに抑えていた。応援のボルテージを上げる一方で、ほったらかしにされたと言われない程度には配慮していたつもりでいた。それが、どんなに愚かな勘違いだったかはすぐに思い知らされることとなったのだが。

 7回途中、ゼロに抑えたまま交代するエースの背中に割れんばかりの拍手を送り、後続のピッチャーがマウンドに上がったところで「もういいでしょ!」と一喝された。涙をぽろぽろとこぼしながらこちらを睨みつけ、その場から立ち去ろうとする彼女を訳もわからず引き止めようとしたが、それが余計火に油を注ぎ、手を振り払われてしまった。呆然とする間もあらばこそ、観戦仲間へのあいさつもそこそこに後を追った。

 引き止めては振り払われ、繰り返すうちに球場のすぐ外にある砂浜にたどりついた。大歓声が響いて来たので、おそらく試合は勝ったのだろう。しかし、今の私にはその事もあまり意味を持たなかった。ようやく立ち止まってくれた彼女に対して自分に何が出来るか、何をすべきか。
「ごめん。すまん。悪かった。許してくれ、とは言わない。気が済むようにしてくれ」
「ひどい!今日のはひどかった!」
お腹立ちはごもっともなので、頭を下げた状態で責められるままになる。
ほったらかしにされたこと、苦手な人ごみと大音量の中に2時間以上も居る羽目になったこと、そして。
「どうせ私は一番つらい時にそばに居てあげられなかったよ!」
と言われたとき、私は自分が踏んではいけない地雷を炸裂させた事にようやく気がついた。

 私の就職先が住み慣れた土地を遠く離れた先だったこと、ロクに運動もした事がないくせに体育会系な仕事内容だったこと、そしてそんな私を一時期だけとは言え支えてくれた別の女性が居たこと…。

 それをずっとずっと気に病んでいたのか。こうなっては私も全てをなげうって詫びるしかない。青ざめて土下座まがいの体勢までとって、10分以上をかけてようやくお許しが出た。

「もういい。もういいよ。今度は私の宝物にもつきあってもらうから!」
そうして、それから1年程の未来、嫁入り道具として我が家に運び込まれたガンダムWのDVDボックスは劇場版まできっちりと鑑賞することとなったのである。

                ぼくときみのたからもの  終わり

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○月○日
「笑っちゃいけないって言われると」「逆に笑っちゃうよね」
あの時、言いながら頭の中をよぎっていたことは
「好きになっちゃいけない人ほど、好きになってしまう」
ということ。
教師と生徒だとか、ライバルが多いとか、そのライバルが友達だったりとか、あんまり揉め事を起こしたくないタイプだとか…。
我ながら、厄介な人を好きになってしまったな、と思う。…………でも、好き。


日記を書きながら顔が赤くなるのって、どうなんだろう。先生が見たら、笑うかな。

(第二七集第二百六十七話「節電中の日本より」P95より)


×月×日
………聞き出されてしまった。



(第二七集第二百六十四話「あひあひゞき」P58より)


△月△日
雨女と晴れ男がいっしょに居ると、どっちが勝つんだろう。
なんだか、雨の方が勝つ気がしてならない。何だろう。並行世界の記憶かな?私と先生で、たくさんの人が雨の中並んでいるところを見たことあるようなないような…。夢かな?というか、夢であってほしい。もしくは忘れたい。


(第二七集第二百六十四話「あひあひゞき」P74より。また、絶望放送イベントネタも加味)

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艦これ提督ですがリポートをここにあげたりとかいう事はしておりません。攻略記事を書けるほど上手でもないので。
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