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漫画、アニメその他諸々の感想がメインのブログです。現在は「ここだけの話」シリーズについての感想を中心に運営しております。毎日15時の更新は終了し、現在は再び不定期更新に戻っております。
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この日は休養日にしようとおもっていたのだが、寝て起きたら期待以上に体力が回復していた。
 ならば農市へ行こう。
 拙ブログを長年お読みいただいている方にはおなじみの存在であるこの農市。わかりやすく言えば産直市場である。台北市内では主に土日に開かれているのだが、台湾各地から割と出物が集まってくる。特に烏龍茶と珈琲は試飲をしてから買えることが多く、我々の楽しみのひとつである。
 
 まずは遠い方の花博農民市集へと向かった。MRT淡水信義線圓山駅で下車すると、改札を抜けてすぐのところに会場がある。というか、駅に近づくと車窓からでっかい看板が見える。
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 ここで目に付いたものを次々と購入していくとキリがないので必ず先に全ての売り場をチェックする事にしている。
 この時買いたくても買えないものとしては持って帰れない上に量の多すぎるものと冷凍のもの。例えばここで売っている台湾バナナは大抵一房にみっしり10本以上付いていて、滞在期間中に食べきれないほどの量なのだが、もしこれを日本に持ってかえろうとすれば検疫を受けなければならない。非常に手間である。
 そこで自然とターゲットは烏龍茶と珈琲になる。何軒か出店がある中で今回は台南の南山茶園というところで試飲させてもらう事にした。味が良いのは勿論のこと、澄んだ空気に育った茶葉の香りに魅了された。
 お互いにあまり得意でない(控えめな表現)英語を駆使して精一杯の意思疎通を行った結果、黄金桂花茶を1缶と3種の茶葉をブレンドしたもの150g入りを3袋購入。各々の茶葉だけならば同等のものはそれなりに出回っているのかもしれないが、オリジナルブレンドとなると今この場で買うことしかできない。本来であればもっと買いたかったくらいである。
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 この後、阿里山珈琲のドリップパックセットも購入。これも試飲させてもらって気に入ったものだ。
 
 そして。台湾南部の名産地玉井のマンゴーがワゴンいっぱいに並んで売られている。マンゴー自体は台北市内のスーパーでもお手頃価格にて入手可能なのだが、玉井からの産直である。これは欲しい。
 それこそこれが日本まで持って帰れるのであれば10でも20でも購入するのだが、あいにくと先述のとおり果物は要検疫物品なので台湾で食べてしまうしかない。
 となれば。他にもいろいろ買って食べることを考慮して1つだけ購入。この夜早速食べてみて「どうして2つにしておかなかったのか」と後悔したほどにはうまかった。
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 これで手仕舞いにしようと思っていたところ、落花生をその場で煎って売っているところに通りがかり香ばしい匂いに誘われて購入。その場で一口入れてみると素朴で軽い味わいだった。

 以上で撤収し、戦利品をホテルに置きに戻る。
 ここで疲労困憊していたら本日ここまでにするつもりだったがまだまだ活動可能なので続いてもう一つの農市、希望廣場(広場)へと向かう。
 こちらは暑くさえなければ徒歩圏内の近さなのだが、台北市内のこの日の最高気温は33度と日本ほどではないにしてもやはり要警戒。
 おかしな事を書いている自覚はあるが、私の住んでいる地域より3~5度も低いのでこう書かざるを得ないのである。
 MRT板南線で一駅隣の善道寺にて下車。記憶では1番出口が最寄りだったが、6番出口に「希望廣場農夫市集」と貼り付けた後もわかりやすく追加された表記があったのでここから上がってみる。
 結果、やはり1番出口が最寄りだった。
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 それはさておき。
 花博よりこちらのほうが会場が広い。おまけにミニフードコートみたいなものもある。条件としては良いのだが、しかし残念ながら烏龍茶はあまり扱いがない。こちらで多いのは果物と野菜。
 野菜はもうさすがにどうしようもない。まさかホテルの厨房を借りるわけにもいかないだろう。もしかしたら市中には持ち込んだものを調理してくれる店もあるかも知れないが、それを探したり頼んだりする語学力もない。「お前は大学で何をやっていたのか」という声が聞こえてきそうだが、17年も使わなければこんなものである。
 ここの場合、果物もマンゴー、グァバ、ドラゴンフルーツといった南国系のものばかりでなく桃やブドウ、梨という日本でもおなじみのものが目につく。
 その中でも特にブドウには惹かれたものの、やはり一房が大きすぎて食べきる自信がないのでその場で絞っていると思しきジュースを購入。
 暑さと疲労のせいもあっただろうが、爽やかな甘さのおかげで一気に飲みきった。
 
 結局ここで購入したのは竹山台灣珈琲(本当は台湾では王偏ではなく口偏表記)のドリップバッグのみ。ちなみに10袋入って400元。安い値段ではないが、味と希少性を考えれば高くもない。

 ちょうど昼飯時だったので併設されたミニフードコートでいただくことにする。葱餅(葱の揚げパイ)、四神湯(薬膳スープ)、肉圓(台灣風肉まん)等々。ちなみに秋刀魚の塩焼きも売っていたのだが、流石にここでそれを食べる気にはならなかった。

 荷物を部屋に置いて一息つくと、今度は疲労抜きも兼ねていつもの温泉へ行こうということになった。
 目指すは台北駅から一番近い行義路温泉。MRT淡水信義線石牌駅からバスで10分ほどの行義路三バス停で下車。
 降りてびっくり。いつも通っていた道が工事中で通れない。道路工事というレベルではなく、舗装を引っぺがして1からやり直している。なんたることだ。
 張り紙を読んでみると行義路二か行義路四のバス停から歩いていけるようなのでとりあえず四のほうに向かった。
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 これがまた結構な急坂である。山道と言っても過言ではない。その上狭い。車が行き交うたびに立ち止まって安全を確保しなければならない。
 ようやく登り切って、今度は脇の小道を下りる。すこしは楽ができるかと思ったが、日陰がないのであまり変わらない。本当にこっちであっているのかという不安に駆られながらも地図を頼りに歩いて歩いてようやく川湯温泉に到着した。

 こんな状況であるにもかかわらず風呂は混雑していた。入湯料200元というのは台湾の物価からすると決して安くないのであるが、泉質が非常に濃厚でその価値を地元でも認められているということだろう。
 歩いてにじみ出た汗をさっと流して湯につかると、打撲の傷にじんわりと沁みていくのがわかる。
 メインの浴槽は湯温が高いのでほどほどであがり、ぬる湯でクールダウン。あつ湯ぬる湯を交互に楽しむことしばし。今回飲み物を持参し忘れたので無理せず限界一歩手前くらいで撤収。
 上がってからしばらくしてもなお、拭いても拭いても汗が出る状態。川を渡ってくる風を浴びて茹だった身体を冷まさないと服も着られない。

 ようやく落ち着いたのはどれほど経ってからだったか。出入口の前にあるベンチで家人と合流して帰り道の相談をする。
 正直言って来た道を戻るのは避けたかったが、かと言って行義路二のバス停へ行くルートがそれよりマシという保証もない。
 スマホを駆使して地図を見てみるが決定打になり得る情報は出てこなかった。

 結局ダメならダメでいいからという結論になって地図にある温泉歩道とやらへ向かう。結論から言えば、これが当たりだった。細道ながらも整備された歩道は歩きやすく、眺めも良かった。

 バス停に着いて程なくやってきたバスで石牌駅まで戻り、あとはMRTに乗って台北駅経由でホテルの部屋へ。

 温泉の効果か体力気力もすっかり回復したので、この際買い出し出来るものは今日のうちに全部買っておこうということになり今度は歩いて老舗茶葉店の峰圃茶荘へ向かった。
 今回、毎年流暢な日本語で我々を迎えてくれた老人の姿はなく、別の方に説明されながら試飲する。この時「あの、いつものあの老人は?」とは怖くて聞けなかった。
 味と香りがいつも通りだったことに安心しつつ、凍頂やら阿里山やらの茶葉を大量に買い込み、さらにはここのオリジナル商品まいたけチップスも大量買い。

 続いて乾物や漢方薬の問屋街である迪化街にも向かった。明日は定休日で営業していないとの情報を得て、最後の気力を振り絞ることにしたのである。少し前までは結構不便なエリアだったのだが、今では台北地下街経由で行くと地上を歩くのが1キロ程度で済むので負担も軽くなった。
 ここにある黄永生及び六安堂という店が我々のお気に入りで、ドライマンゴーやパイン、そしてストロベリーは必ず購入するものリストに入っている。
 また。毎年乾物のおまけとしてここで喉アメをもらっていたのだが、これが滅法効くのでどこかで売っていないか探していたところ、そもそもの供給元である六安堂で袋詰めされて乾物と一緒に売っていた。なんという灯台下暗し。

 時はちょうど夕暮れ時。夕飯にしようということで次なる目的地は寧夏路夜市となった。

 その途上に足ツボマッサージのお店があり、足だけなら大丈夫だろうということで入ってみたのだが。
 しかし。足湯中にサービスで首、肩、背中をマッサージされた。首や肩はまだしも背中は押されると肋骨に響くので事前に丁重にお断りした。したのだが、うまく伝わっておらず遠慮したと思われたのか背中をグイグイ押されて痛みが走る。
 痛がる私を見て、施術者がようやく手を止めた。
 ちょっとしたアクシデントはあったもののやはり技術は本物で、終了後に靴を履くとその効果のほどが実感できる。靴ひもをギュッと締め直さないと脱げてしまいそうになる程、むくみが取れている。

 しかしこのアバラの状態では狭い通路を押し合いへし合いしつつ店を選ぶのはやはり無理であり。
 物珍しいガチョウ料理を食べただけで夜市のメインストリートからは撤収。その代わりに夜市エリア内にある鬍鬚張魯肉飯へ入店した。ここは台湾庶民の味魯肉飯をメインにしたチェーンの定食屋である。日本で言えばやよい軒かまいどおおきに食堂と言ったところだろうか。ちなみにやよい軒もまいどおおきに食堂も台湾に出店してたりする。
 
 チェーン店ではあるものの、その味は決して悪いものではない。ふたり揃って豚足定食を食べてご満悦で店を出る。

 歩いて雙連駅まで行き、MRTで台北駅に戻る。2階でKAVALANウィスキーの小瓶を買って部屋で飲む。今年は茶よりもマンゴーよりも楽しみになっていたKAVALANウィスキー。開封して香りを嗅ぐだけで心が弾んだ。
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 つまみは金門島で買い込んだビーフジャーキー。強い味付けが実にいい仕事をしてくれて、小瓶はあっという間に空になってしまった。

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朝、ホテルの前に停まっていたタクシーを拾って台北松山空港へと向かう。日本人客ということで国際線ターミナルで降ろされてしまったが、国内線ターミナルとさほど離れているわけでもないので苦もなく歩く。

 今回ここにいるのは他でもない。念願叶って金門島へと行けることになったためだ。利用するのは華信(マンダリン)航空という中華航空の子会社。
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 便利なものでチケットは日本にいる間にネット予約で簡単に抑えることができた。新婚旅行の時、まだ新幹線が開通していなかったので台北から台南に行くのに飛行機を使ったのだが、台湾の国内線を予約するのにどこでどうしたらいいかわからず大変苦労したものだ。
 それを思うと隔世の感がある。

 ただ。機材が小型機なので実にどうにも生々しい。窓からチラリと下を覗くと、久々にゾッとした。うっかり先日遊園地で窓のない遊具にて上空高くまで上げられるなどという体験をしてしまったためか。あの生々しい感覚が蘇ってきてどうにも座りが悪かった。
 それでも蒼海に浮かぶ澎湖島などを見ていると次第に心が落ち着いていく。着陸する頃には心のざわつきもすっかりおさまってくれた。

 金門島初上陸。台湾は現在でも正式には中華民国といい、その実効支配する領土は台湾省と福建省とに分けられる。ここ金門島は福建省に属するし福建省政府も置かれている(ただし現在省としての機能は凍結中)。自動車のナンバープレートにも福建省と書かれている。
 中華人民共和国の廈門市や泉州市とは2~3キロしか離れておらず、国共内戦台湾ラウンドにおいては最前線となった島でもある。
 今回はその攻防戦の跡地を中心に巡る旅となる。
 バスの本数や行きたい場所の問題を検討して出た結論としてはタクシーをチャーターするしかないのだがその交渉をタクシーとまともにできるだけの語学力がない。
 観光案内所に行って相談してみたものの、直接交渉してくれとのこと。

 仕方なく当たって砕けろとばかり作成したメモを見せながらたどたどしくお願いしてみたところ「3小時(3時間)1200元」との答えが返ってきた。
 勿論異論のあろうはずもなく。まずは八二三戦史館へと向かってもらったのだが、タクシーの運転手さんは我々がそういうものに興味関心を持つと知った為か、その前に途上にある成功坑道を案内してくれた。以前巡ったことのある足尾銅山や生野銀山よりも余程狭苦しい洞窟陣地の中を慎重に歩く。
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 実際に使用されたものと思しき大砲や機関銃、戦車なども兵士の銅像付きで展示されている。単なる過去の遺物としてではなく、ここに配備された一兵士の気分で銃眼から外を眺めると、長閑なはずの砂浜も敵の上陸地点として映り、グッと身の引き締まる思いがした。 
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 外に出ると眼下に広がるのは長閑な砂浜と穏やかな海。勿論そこには身を切るような緊張感など欠片もない。
 戦時中の空気がそのままパッケージ保存されたかのような光景に触れると、今現在車窓から見えている観光地化した姿の方に違和感を覚えてしまう。
 湖畔にたたずむ平和そのもののリゾートホテルの横を抜けて行くと八二三戦史館に到着する。
 しかし。あのホテルこそは戦いがすでに過去のものとなったことを何よりも雄弁に示しているだろう。おそらく、敵として戦っていた中華人民共和国の人々も宿泊するはずだ。それが平和というものなのだろう。
 閑話休題。
 さて。そもそもこの「八二三」とは何かとというところからお話しさせていただきたい。正確には八二三砲戦といい、1958年8月23日、中国人民解放軍がここ金門島及び隣の小金門島に対して行った砲撃を端緒とする一連の戦いのことを指す。
 全島で総計47万発の砲弾が撃ち込まれたものの台湾軍の粘り強い反撃により金門島は守り抜かれた。
 八二三砲戦に付随する戦いとして九二海戦(もしくは料羅湾海戦)という海上戦闘があるのだが、この時旧大日本帝國海軍所属の駆逐艦雪風改め中華民国海軍所属駆逐艦丹陽が活躍している。
 日本の元号で言えば昭和33年。東京タワーが竣工した年であり、もっと言えばプロ野球では長嶋茂雄が、鉄道界ではブルートレインあさかぜ号がデビューするなど太平洋戦争の傷跡もようやく癒えて新時代が幕を開けようとしていた頃。この島では全てが紅蓮と化しながらも戦っていたのである。
 その事実いうものをどう受け止めるべきなのか。
 その答えの一端なりとも見つかるだろうかと思い、また先述の丹陽の足跡に少しでも触れられればという気持ちから今回訪れてみたのだが。
 まず。九二海戦について触れている展示こそあったものの残念ながら丹陽に関する展示は一切なかった。この辺りは陸と海のセクショナリズムが関係しているのかいないのか。
 その分、という表現が正しいのかはわからないが、他の展示は充実していた。定番の年表や現場写真から始まって、宣伝のために大陸に投下されたビラや物品というちょっとニヤリとできるものから、島のどの地区に何発の砲弾が撃ち込まれたかを示した地図というゾッとするものまで幅広く揃っている。
 全てを見ての感想としては、たとえ泳いで渡れそうな距離しか離れていなかったとしても、陸続きでないことがこの島の命運を分けたと感じた。海というのは実に偉大だ。
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 続いてテキ山坑道という洞窟陣地へと行ってもらう。ここは八二三砲戦のあとに掘られた隠し水路で、小型の舟艇がそのまま海へと出撃できるような構造になっているとのこと。能天気で大変申し訳ないが画像を一目見たときからその秘密基地感に惹かれてしまい、どうにも行ってみたくてたまらなかったのである。
 途中、免税店や高粱酒の工場などの前を通るたび立ち寄るかどうかを確認されるが、今回は時間的にも体力的にも余裕が非常に限られた旅なのでパスせざるを得ない。次の機会があれば度数58という匂いを嗅ぐだけで酔っ払ってしまいそうな高粱酒にも触れてみたいとは思う。

 車は30分ほど走っただろうか。島を一気に横断して目指す坑道に到着した。
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 駐車場からちょっと歩くだけでも汗が噴き出すので、売店で水分補給をしてから中へと入る。今度はタクシーの運転手さんも一緒についてきた。
 固い岩盤の下り坂をゆっくり進んでいくとそこには確かに『秘密基地』があった。わずかな照明に照らされた水路の脇にある側道を慎重に歩く。
 「すごい」「すごいな」しか言葉が出ない。なにをどう言っても上手く表現できないような気がする。
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 幸か不幸かこの坑道が実戦で使われたことはないようだが、これが作られる必要性はこれまでに十分すぎるほど見てきたので大げさだか無用の長物だとかは微塵も思わない。

 地上に戻ってくると、タイムスリップでもしたかのような錯覚に陥る。芝生の広場には高射砲や上陸用舟艇等が展示されているが、露天展示の割には保存状態は悪くなくこの島を守った一員として大事にされていることが伝わってきた。
 さて。2カ所まわってみて台北へ帰る飛行機の時間までまだまだ時間はあるものの昼ごはんがまだということもあって、とりあえずフェリー乗り場である水頭碼頭で降ろしてもらう。
 ここからは隣の小金門島へと向かうフェリーと、「小三通」政策によって就航した中国大陸の廈門行きフェリーが発着している。我々はこのあと小金門島に渡るのでまず小さい方の乗り場へ向かい、時刻表を確認してから併設された食堂で遅めの昼食をとることにした。

 ここ金門島は石垣島と同じく離島ながら牛肉の産地。お土産売り場にもビーフジャーキーがずらりと並ぶほど。
 というわけで私は牛肉定食に台湾ソーセージ追加、家人はさっぱりとしたものを求めて牡蠣ラーメンを注文。
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 金門牛はいわゆる和牛的な箸で切れる脂身な美味さではなく赤身のしっかりした美味さだった。途中から薬味を足すなどして結構ボリューミーな分量を飽きずに完食できた。

 さて。食事と休憩が済んだところでいざ小金門島へ。ひとり60元の乗船料を払って乗り込む。
 20分ほどの短い船旅だが、見るべきものは多い。進行方向右手に見えるのが中国大陸。本当に近い。何しろ金門島と廈門市は最短で2キロ程度しか離れていない。この水道は日本の明石海峡よりもなお1キロ以上も狭い。

 日本で言えば石垣島と竹富島の関係に近いのだろうか。
 もちろんここにも金門島のような洞窟陣地や戦史館もあるのだが、フェリー乗り場から一番近い九宮坑道だけを覗いてトンボ帰りする。レンタサイクルで島一周とか出来ればよかったのだが、もはやそんな体力もない。
 坑道の一部がビジターセンターとして活用されているところなどは実にいい使われ方だと思った。
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 乗り場に戻って帰りのフェリーを待っている間、タクシーをチャーターして島を一周しないかとしつこく誘ってくる老婆がいたので暑さを我慢して外で待つことにした。にじみ出る汗を海風が荒っぽく乾かしていく。
 待つというほどのこともなく、船は入港してきた。スクーターが元気良く飛び出していき、そのあとから人波がどっと押し寄せる。
 その全てが帰りの船中でも景色を堪能するつもりだったが疲れから寝こけてしまい、気付くともう入港寸前だった。
 金門島に再上陸して時計を見ると残り時間が実に微妙。当初の予定では金門島の中心街金城鎮に立ち寄って買い物の一つでもと思っていたのだが、これだと立ち寄るだけになりかねない。ならばもう立ち寄らず空港に戻ろうということになった。
 港からはバスでも空港には戻れるのだが、面倒になってタクシーを拾う。道に広がる大陸からの観光客に行く手を阻まれながらも、それ以外は渋滞もなく快適なドライブで無事空港着。
 国内線でも飛行機に乗るのだからと早めに戻ってきたわけだが、チェックイン時に見事1時間のディレイを告げられる。

 ならばと土産物売り場でのんびりお買い物。貢糖というおこしのような菓子がある。これは台北でも買えるのだが、ここが本場なので1瓶買っておく。昼食で食べた肉の味が気に入ったのでビーフジャーキーも1袋購入。
 そして。ここではこの島に撃ち込まれた砲弾を材料に作られた包丁も売っていた。「毛沢東からの贈り物」とも称されるこの砲弾包丁は材料が材料だけに切れ味抜群と聞いており、私の好事家魂も騒ぐのだが日本には銃刀法というものがあり刃渡りの長いものは帰国時に没収される。
 一番小さい「フルーツナイフ」と書かれていたものでも悠々アウトな長さであり、断腸の思いで諦めることとなる。
 あとは地元紙の金門日報を観光案内所で無料配布していたのでもらって読んでみる。記事も広告も地元密着ばかりかと思えば米中(こちらの表記では美中)貿易戦争の記事が出ていたりもする。地理的に国際情勢に敏感にならざるを得ないのは国境の島ならではだろう。

 そんな感じで楽しく時間は過ぎていき、ちょっと早めくらいのタイミングで保安検査場を通過する。何しろ小さな空港なので立て込むと厄介そうだったので。

 搭乗口付近でベンチの空きを見つけ夕飯の算段などをしていると、華信航空から遅延のお詫びとしてお弁当とジュースが配布された。
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 良くも悪くもこれで夕飯については決まってしまった。
 他の乗客たちはその場で早速封を切り食べ始めていたが、我々はどうにも落ち着かないのでホテルに戻ってから食べることにした。

 遅延以外はトラブルもなく、無事飛行機は台北松山空港に戻ってきた。タクシー乗り場も空いていたので空腹を抱えて暑い中列に並ぶということもせずに済んだ。
 ホテルの部屋で開封した弁当はまだほのかに温かかった。

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結婚してから12年。新婚旅行で訪れて以来毎年毎年台湾旅行をしている。
 今年は12年で初めての事態が起きた。
 何かと言えば旅行1週間前に職場で転倒して右肋骨を打撲するけがをしてしまい、それが完治しない状態で出国しなければならなくなったのである。
 こうなると痛み止めを飲む関係からお酒も嗜めないし足つぼ以外のマッサージを受けるのも難しい。
 それでも一時は旅行自体が取りやめになるかも知れないと覚悟したのだから、そうならなかっただけでも良しとしなければならないだろう。

 この日の早朝。あの豪雨が嘘のような晴れ空のもと、自宅から高速で一路関空へ。
 駐車場を出たところで修学旅行生の一行と鉢合わせてしまい思わぬ迂回を強いられたもののあとは特段のトラブルもなくチケット発券とスーツケースの預け入れを完了。
 あとはWI-FIをレンタルして検査を通過するだけ、だったのだが。
 私はこの4月にパスポートを更新したばかりなので自動化ゲート使用のための指紋登録をやり直さなければならない。狭い通路にたむろする人、人、人をかき分けるように進んで入国管理局の事務所に出向くと、3人ほど先客がいた。また、係官が研修中の新人さんということもあって思いの外待たされたが、無事に登録は完了した。
 たったこれだけのことでもちょっとした疲れを覚えたのでサンマルクでコーヒーブレイク。私は痛み止めを飲むために固形物も胃に入れておく。

 店内、ざわざわとしてどことなく落ち着かないので飲み終えたらとっとと出る。目指すは保安検査場。去年までと比べて一部のレイアウトが変更になっていたが、その分審査そのものはスピードアップしていて想定よりも随分と早く通過することができた。

 あとは登録したばかりの指紋認証で自動化ゲートを通過して無事出国完了となる。
 それはよかったのだが、この出国後の所謂KIX AIRSIDE AVENUEというゾーンは飲食店の数が少なくどこも非常に混み合っているので、ゆっくりと時間を過ごせるのがラウンジしかない。だが我々はゴールドカードなど持っていないし航空券も一番安いエコノミーシートである。これではラウンジを利用することなど出来はしない。
 そこでちょっと休憩しただけで搭乗口まで行ってしまうことにした。
 我々の利用する13番搭乗口の周辺もそれなりに混雑はしていたものの、遥かにマシ。のんびりくつろぐというところまではいかないまでも、これからの旅の計画を話すくらいのことはできた。

 さてそろそろという頃合い、「空域混雑の為」なる理由で出発が遅れるというアナウンスがあった。これはおそらく被災地救援のために臨時で航空機が飛んでいる影響もあるのだろうと思うと何も言えない。

 少しの遅れは出たものの無事搭乗し、離陸となる。
 格安チケットなので4人並び席の真ん中に家人とふたり収まる。

 飛行機といえば必ずあるのが安全器具の使い方を説明した所謂セーフティービデオの上映なのだが。
 これがインド映画でも流し始めたのかと勘違いしてしまうような謎の演出をしており、動きと演出に気を取られて内容が全く頭に入ってこなかった。







 去年はこんな内容ではなかったはずだが。
 先日乗ったスターフライヤーといい、こういうのが流行っているのだろうか。
 機内食を食べ終えると、あとは本を読むか寝ておくかなのだが、今回は機内ビデオで『探偵はBARにいる3』をやっていたのでついつい見入ってしまった。
 当然短いフライトなので最後まで見終えることはできず、なんともすっきりしない状態で台湾桃園空港に到着。
 どうせイミグレは混雑していることであるし、喫茶店でもあれば先に休憩してから並びたいところだったが、あいにくとそういうものは存在せず。粛々と列に並ぶ。
 幸いにして進みは大変早く、10分ほどの待ち時間で私の番はやってきた。
 この時初めて「パスポート変わりました?」と聞かれていささか戸惑うもそれ以外は何事もなく無事通過。
 台湾ドルへの両替に外国人向けフリーWi-FiサービスiTaiwanの登録といつもの儀式を終えると地下のフードコートで休憩するのが我が家の習わしなのだが、今年は席が全て埋まっていて空きがなかった。
 やむなくスターバックスに入る。これまで台湾に来てまでスタバはなぁ、という思いから利用したことがなかったのだが、メニューを見ると阿里山烏龍茶や東方美人茶がある。となれば話は別だ。
 烏龍茶は品切れとのことで家人とふたり、ポットに入った東方美人茶をいただきながら今後の予定を相談する。加齢と共に体力的には下降線一方なのであまり無理をすることも出来ない。
 明日は初の台湾離島チャレンジとなる金門島行きを決行するので特に今日は体力の温存を図りたいところだ。
 セブンイレブンが異様な混み具合だったので飲み物の追加購入は断念してMRTのホームへ。空港から台北駅までは直達車(急行)で37分。市中に入ると渋滞に捕まってしまうバスと比べれば本当にあっという間だ。
 空港MRTの台北駅から滞在先のシーザーパークホテルはちょっとだけ離れているのだが、スーツケースを転がすのに苦になるほどの距離ではない。

 無事チェックインも完了して、ホテルの部屋でホッと一息。この12年、幾つかの例外を除いて大体ここを利用してきたのでやはり落ち着く。
 最低限の荷解きや確認をしながら相談した結果、この日の夕食は台北駅を挟んで反対側にあるQスクエアのフードコートへ行ってみることにした。
 台北駅2階や三越地下、台北101などのフードコートは既に経験済みだったが、ここはまだだったからというのが主な理由である。

 行きがけ、三國無双8や不可思議的幻想郷などの広告を目にして台湾があいわからずであることを再確認。





 賑わう人波をかき分けるように歩いて私がチョイスしたのは炒飯に牡蠣オムレツ、茹でた青菜に魚肉ボールのスープ。典型的な、というほどではないが十分台湾らしい食事ではある。味は大変良かったのだが、非常に残念なことには私の胃袋がそろそろこういうもので腹いっぱいにすることが苦しくなってきた。
 悲しいことではあるが、残さず食べられただけ良しとせねばなるまい。

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今年は台湾旅行は7月12日から17日になりました。もはや台湾でオタクネタというのも物珍しくなくなりましたが、今年はちょっとした変化があったそうなのでその辺を確認してきたいと思います。

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最終日。
 例年、温泉に行ったり買い物をしたり最後の悪あがきをする。今年は台北から北に2駅行ったところにある雙連の朝市へ向かった。基本的に地元の人がその日の食事用に肉、魚、野菜を買い込む場所なので帰国用の荷物に詰め込めるようなものはほぼ望み得ない。
 それでも、活気のある市場独特の空気感をたっぷりと楽しめた。
 しかし勿論、市場見物だけが目的ではなかった。
 豆漿という、豆乳に似た飲み物があるのだが、この雙連朝市近くにお気に入りの店がある。夏の暑い盛りではあるがホットで飲むのもなかなかに良い。朝食代わりにこれを飲んで帰ろうと足取りも軽く向かっていくと、店はシャッターが下りていた。
 どうにも今年は肩透かしが多い。
 飲めないと思うと空腹感が強くなるもので。雙連駅前に日本の『まいどおおきに食堂』雙連店があったりするが、ここもまだ営業時間前で入れなかったりすると余計に食欲が湧いてきた。



 しかし、店を探して歩くにもすでに気温はかなり高くなっており。うろうろしているうちに食欲どころではなくなってしまう危険性もある。
 となれば地下に逃げるしかない。幸いにして雙連駅からは地下街が台北駅まで延々繋がっているので、ここを歩きながら、どこか良さそうな店で軽く食べようということになった。

 途中、日本でもおなじみヤマザキパンのお店があり、店内にテーブルも備えたイートイン可能だったのでここにした。
 コーヒーとパンで朝食を取っていると、店員さんが何事かを言いながらパンを棚に並べていった。あれは多分日本語で言うところの「何々パン焼きあがりました、どうぞ~」なんだろうな、などと話しながら見ているとそれらしきプレートを値札の横につけていたので、おそらく当たらずとも遠からず。
 部屋に戻って時間ギリギリまで休憩し、チェックアウト。
 桃園行きのMRT駅にはインタウンチェックインと言って空港同様に航空会社に荷物を預け入れられる施設がある。
 今年導入されたばかりのこれを使ってみたくてわざわざホテルをシーザーパークにしたのだが、結論から言えば便利この上ない。
 20kg越えのスーツケースとおさらばして身軽になればもう1箇所くらい行ってみようかという気になった。
 とはいえ。
 温泉に入りに行くには気温が高すぎる。というかそもそも野外で何かをする気にならなかった。インドアで何かないかと探してみると、美食展というイベントが引っかかった。世界貿易中心(センター)ビルで開かれていて、距離としても手近である。
 確かに食には興味関心の強い私だが、それでもわざわざ貴重な帰国日の時間を割いてまで訪れようというのには理由がある。日本の鉄道会社がたくさん出展しているのである。
 美食展に鉄道会社がなぜ?と思われる方も多いであろう。答えはひとつ、駅弁である。もっとも、主目的は観光誘致であろう。JR東日本を初めとして駅弁のないはずの京浜急行や一畑電鉄まで出展しているのからも明らかだ。地元の台鉄や高鉄も負けじと軒を並べており、客引き用と思われる鉄道部品や切符の展示なども行われていた。









 今では貴重な鉄道電話やタブレット、サボ等々オークションにかけたら高値間違いなしのレア物件の数々に私の目は大いに輝いた。
 また、香川県や山形県も観光誘致のためにかなり力の入った展示をしており、うっかりすると日本なのか台湾なのかわからなくなりそうだった。



 このほか特筆すべきネタとしては細工菓子の展示コーナーにマリオがいたことであろうか。



 本来であれば台湾各地の名物料理を食べられる屋台コーナーに突撃をかけて名残を惜しむところであったが、冗談にもそんなことを口走れないような長蛇の列が構築されており、名残の台湾メシは空港にて、ということになった。

 ということで会場から撤収し、目の前の台北101駅から台北駅へ出、桃園MRTに乗り換えて桃園空港へと向かった。
 36分の乗車時間、緑豊かな車窓を楽しみながら1週間の長旅もまだ足りないと感じてしまう己の業の深さをしみじみとかみしめていた。

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昨日分にも書いたとおり、この日は唯一予定の決まっている日だった。

 起床するとまず身支度を整えて台北の北に位置する港町基隆へと出発する。これは本当に短時間の買物行なので私一人である。時刻表を調べたところ鉄道よりもバスの方が早く着くのでQスクエアというバスターミナルへ向かった。
 広い受付カウンターに高雄、台南、台中、台東等々台湾各地の地名が行き先として並ぶ中、目指す基隆の文字が見当たらない。おかしいなと思い調べてみると、どうやらここからは出ていない模様。隣、と言っていいのかわからないが、もう一つの台北バスステーションから乗るようなのでそこを目指す。
 それらしい建物があったかと首をひねりつつ地図の通りに歩くと、MRT空港線の建物にひっつくように別棟がひとつ建っている。
 Qスクエアとは比べるべくもないが、目当ての基隆行きはちゃんとここから出ていた。
 ちなみにこのバスは事前にチケットを買う必要もなく、乗るときに悠遊カードをタッチすればOK。

 車窓から希望廣場と書かれた建物が見えた。懐かしいその名前は以前光華商場の駐車場で土日のたびに開かれていた農業物産市場と同じもの。もしかしたら場所を変えて再開したのかも知れないと思い、あとで行ってみようと心に決める。
 そうこうするうちにバスは高速道路に乗り、一路基隆へ向けてグングン進む。それこそ車窓を楽しむ余裕もないほどあっという間に到着してしまう。

 バスから降り立てば、目の前には基隆港が広がる。とっとと買い物を済ませて台北に戻らなければならないのだが、これだけはと思い、何度もなんどもシャッターを切る。






 
 そのあと向かったのは李鵠餅店というお菓子屋さん。この店の名物であるパイナップルケーキとイチゴケーキを各々40ずつ計80個購入。買いすぎだと思われる方もおられるだろうが、私の前にいた方はほっそりした女性だったが50ずつ、計100個購入していたのでこれでも少ない方である。店員さんも驚いたりせず慣れた調子で袋詰めしていた。
 その間に、お店の方の許可を得て店内も撮影させていただいた。感謝。







 受け取るや否や、大袋を抱えて駅へと向かった。これは行きがバスなら帰りは鉄道、逆もまた然りという自分ルールによるもの。
 アップダウンのなかった旧駅舎から上って下りての新駅舎に変わったためひいひい言いながらホームへ。

 基隆~台北間はあまり本数がなく、通勤時間帯を除けば普通列車のみであるし20~30分に1本しか走っていない。走った甲斐あって間に合ったが、噴き出る汗が収まるまでしばらくかかった。

 帰りは各駅停車で45分の実にのんびりした小旅行。台北駅に着くと急いで部屋に戻り荷物を置いて、今度はふたりでMRT淡水信義線に乗り芝山駅へ。

 駅前に隣接する花博廣場で土日のみやっている『花博農民市集』という出張市場がお目当てである。この市場は産地直送どころか生産者直売なので毎年掘り出し物に出会えるありがたい存在。





 勇躍して乗り込んだはいいものの、今年はどうしたことか烏龍茶を扱っているところが少ない。その代わりに増えていたのはコーヒーである。確かに台湾コーヒーは美味で好きだが、あくまで主目的は烏龍茶だったのでいささか面食らう。果物や蜂蜜なども魅力的だったが、メインがないのでは。

 とりあえず教官珈琲というパッケージデザインが実に魅力的な珈琲を購入。軍帽かぶったおっさんのシルエットがトレードマークな上に英語名「Military Instructor Coffee」と書いてあるので単なる教師ではなく軍の教官がイメージキャラクターな模様。
 なぜこのような名前になったのか店番のおっちゃんに聞いてみたのだが、言葉の壁に阻まれて残念ながら答えは得られなかった。
 珈琲はいいとして、烏龍茶をどうしたものか。基隆へ行く道すがら、バスの車窓から見た希望廣場にそれこそ一縷の希望を賭けて行ってみることにした。
 場所はMRT板南線善導寺駅付近だったので電車を乗り継いでも行けそうだったが、迷った時のことを考えてタクシーで移動。
 スマホで地図を示せば運ちゃんは大きくうなずき、車は渋滞しらずのまま目指す希望廣場に到着する。
 来てみてわかったことだが、希望廣場のほうが規模が大きかった。中を一周してみて、割合として烏龍茶の扱いが従来よりも少ないのはこちらも同様だったが、規模が大きい分絶対数が多いので期待はできた。
 とはいえ、基本的に毎回違う農家さんが出店するので参考にすべき情報が何もない。まさに一期一会。阿里山や凍頂といったいわゆるブランド品でなくとも美味しい茶葉はたくさんあったので、産地というのも当てにならない。
 数軒の茶葉取り扱いブースで試飲させてもらったり香りを聞かせてもらったり。言葉はうまく通じなくても、こちらが真剣に選んでいることは伝わって、これはどうだこっちもいいぞとあれこれ勧めてくれる。それはまるで出来のいい子供の自慢をする親御さんのようでもあった。
 良いものも多かったのだが、今回はとにかく値段が張る。良いものだとしても市中の店と同価であればそちらで買ったほうが次も同じ銘柄を探せるので、無理に市場で買わなくてもということになってしまう。
 出会いの面白さという点ではここで買ったほうが楽しいが、あくまで実用品として買っているので、そのあたりのさじ加減は難しい。

 出店しているところを全て回った結果、なんのラベルも表記もない150gの袋を一つ購入。400台湾元なのでそれほど安いわけではないが、まずは成果と言える。
 このほか購入したものといえば。野菜や果物を扱っているブースで美人腿湯麺というカップラーメンを売っていた。マコモダケというイネ科の植物があるのだが、その形を女性の太ももに見立てたようだ。
 これを売っているのが農家の若奥さんっぽい女性だったのでちょっとためらったが味への興味には勝てず購入。



 帰国後食べてみたが、麺は普通の油揚げ麺だったがスープに独特のコクがあり、近所で売っていれば手の伸びるレベルではあった。ちなみに肝心のマコモダケだが、小さく刻んだレトルト品が入っているだけなのでスープの印象に紛れてしまって特に記憶には残らなかった。

 買い物を終えると、屋台ブースで三星名物のネギ餅を食べ、阿里山コーヒーを飲む。台湾でしか味わえないこの瞬間を今年も楽しめたことに感謝しつつ、ホテルに戻った。










 ただ、これでめでたしめでたしにはならなかった。今回買えた分だけでは茶葉の購入量が圧倒的に足らないため、荷物を整理してから峰圃茶荘という老舗のお茶屋さんへ。
 ホテルから歩いて10分ほど。
 いつもは試飲をさせてもらいながら購入するのだが、この日は試飲用のテーブルが先客でいっぱいになっており、カウンターで現物を確認しながらの購入になってしまった。ただ、お値段は据え置きだったので必要最低量を超えて大胆に購入することができた。
 また、お茶請け用の菓子なども扱っているため、ここで職場や実家、友人への土産も購入。
 
 例年とはだいぶ違う形になったものの、なんとか望む方向に解決して何よりだった。しかし、茶葉については来年以降やり方を変える必要性を痛感させられた。

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昨日の疲労はそこまで残らなかった。帰りが在来線特急だったのが良かったのだろうか。
 明日は台北市内でお買い物デーと決めていたので、遠出ができるのは今日まで。となると、お出かけ欲が満ち満ちてくる。
 ただ、昨日の今日なのではるばる遠くにというのは難しい。候補地リストを眺めていると、宜蘭の文字に目が止まる。そういえば初台湾以来11年、東部地域にはまだ足を踏み入れたことがない。

 ただ、昨日同様列車の指定席が確保できないと予定が立てづらい。

 時刻表を調べてみると9時20分発のタロコ号に乗れるとちょうどいい。JR九州の885系をベースにした振り子車両で、従来型よりも高速かつ快適ということで大変人気がある。

 ネットで検索してみると、どうやら空きはあった。急ぎ駅まで走って券売機にお伺いを立ててみると、なんとラス2。席は離れるが、乗れるだけでも良しとしなければ。

 乗れば宜蘭到着は10時30分と、なかなかに良い。

 改札内のセブンイレブンで買い物をしていたところ『MOE GIRL WAVE 萌娘電波』という台湾の萌え系雑誌を発見してしまう。



 今から短距離とはいえ旅に出ようというのにこんなものを買っていいのかといささか迷いもしたが、表紙に「童貞を殺す服」と思い切り日本語で書いてあったのでとりあえず購入。



 この列車は2時間半前に彰化駅を発車してきているのですでに満席に近い乗車率。台北駅で多少の下車客こそいたが、その分当然のように乗り込んでいくので車内に空席は見当たらない。

 基隆方面との分岐駅七堵(厳密には隣の八堵)を発車すると次は宜蘭まで止まらない。
 鉄道よりあとに開通した高速道路は雪山山脈を貫いて台北から一直線に東海岸に及ぶため時間的距離的には鉄道が不利なのだが、このタロコ号が満席なことを見てもわかるように人気は高い。
 福隆駅を出て石城駅の手前で新北市から宜蘭県に入り、車窓に太平洋、というか東シナ海が広がる。いかにも南国の海という鮮やかな青に魅せられ、通路側の席だった私はデッキに出て夢中でシャッターを切り続けた。



 沖に見える島は亀山島というらしい。言われてみればたしかに大海原に横たわる亀のような姿をしている。



 一瞬与那国島かと思ったが、さすがにそこまで近くはない。そういえばこの辺りは石垣島よりも緯度としては北になるはずで、少しばかり不思議な感じがした。
 楽しい楽しい撮影タイムも宜蘭への接近を告げる車内アナウンスでおしまいとなる。妻の座っている号車まで出向いて合流。
 宜蘭には定刻どおり到着。
 嘉義の時ほどではないが、やはり日差しは刺すように強く、ホームに降り立つと一瞬クラッとした。
 テーマパークのような駅舎で、理由はよくわからないがキリンがいた。英名ジラフのことをキリンと呼ぶのは日本人だけで台湾では長頸鹿という名前になる。キリンは元々麒麟と書いて、霊獣を指す名前であったのを日本人がジラフを紹介するときに拝借したのである。
 閑話休題。
 まずは駅から少し離れたところにある観光案内所に向かう。
 建物は宜蘭およびその周辺が名高い観光地であることを示すかのようになかなか大きい。中にはちょっとした土産物や飲み物なども買えるようになっている。
 無料配布の地図を調達し、検討開始。
 ほど近い三星はネギで名高く、孤独のグルメseason5でも登場している。が、気軽に足を向けるにはいささか遠すぎるのでこれは断念。
 調べてみるとここ宜蘭は酒どころとして古い歴史を持つ土地で、宜蘭酒廠(工場)は100年を超える歴史を持ち、今なお稼働中という。中には紅麹を使った料理が食べられるレストランもあるとのことで、下戸ではあるが美味いものには目がない我々夫婦としては興味が惹かれる場所であった。
 また駅から酒廠に向かう途中にある宜蘭設治紀念館は日本統治時代の建物を再利用したものということで、酒廠に行く道すがらこちらに立ち寄ることも決定。

 宜蘭設治紀念館は旧宜蘭庁の長官官舎だった建物を利用しており、庭を枯山水にするなど当時の雰囲気を残してくれているのが興味を引いた。
 清王朝嘉慶帝の頃より現在までの宜蘭の歴史が展示されているのだが、ここで初めて上野公園の銅像でおなじみ西郷隆盛の息子菊次郎氏が宜蘭庁長官として赴任していたことを知る。ということはすなわちこの建物に住んでいたということでもある。
 ここの展示は数ある中でも特に菊次郎氏についての部分が手厚く、使用していた物品のみならず在任当時の新聞記事や亡くなった時の追悼記事、果ては彼の人事記録まで展示してあったのには驚いた。おかげで彼が西郷どんが奄美大島に島流しにあった際の子供であることや、西南戦争後に外務省へ入省しアメリカ公使館などで勤務していたことまで知ることができた。
 正倉院展などでもそうなのだが、我々夫婦はこの手の公文書にはやたら食いついて見てしまう。この手の一次史料を見るとやはり歴史マニアとしては大いに惹かれるものがあるのだ。
 屋内は畳敷きの板張り廊下で、とても台湾にいるとは思えない。枯山水の庭など眺めていると鹿児島の仙巌園にでもいるかのような錯覚に陥る。





 ふらっと立ち寄るくらいの軽い気持ちだったのだが、かなり堪能できた。
 続いて宜蘭酒廠へと向かう。向かうも何も見てわかる距離にあるので迷いようもなく到着するが、そんな短距離でも歩けば汗は自然と噴き出てしまう。
 宜蘭酒廠。台湾で最も古い歴史を誇り、そして今尚現役で稼働している酒造場である。現在は規模を縮小しているので、展示施設や売店にレストラン、そして酒銀行なるものまであった。
 さてどこから回ろうかとちょうど昼食の頃合いであり、レストランを探す。

 ちょっと奥まったところにあったのでうっかり手前にあるビールコーナーで済ましてしまおうかと思ったが、さすがにそれは思いとどまった。
 レストランは100人規模で利用できるほどに広く、ちょうど大口の客が引いた後で我々のほぼ貸切状態。
 紅麹チャーハンに三星ネギと牛肉の炒め物等々、計4品を注文。ほかにも魅力溢れる料理はメニューに並んでいたが、夫婦2人では量的にこれが限界。

 紅麹チャーハンは油っこくないのに独特のコクがあり、まさに本格中華。三星ネギは中華には珍しくシャキッとして歯応えが楽しい。また、見た目に比してさっぱりした食感であったのもありがたかった。





 いずれの品も美味しかったのは間違い無いのだが、中華料理の常として警戒していたとおり量が多いので食べきるのにいささか苦労させられた。
 食べ終えると、腹ごなしを兼ねて敷地内にある『甲子蘭酒文物館』という酒の博物館へと向かった。階段を上っていくと目の前に『中國歴代酒器介紹』と書かれたボードがある。
 見れば甕、壺、爵等々の酒器がどんな形をしてどんな用途に使われていたのかを分かりやすく表にしてある。


 今をさかのぼること15年以上昔の大学院生時代に『廣韻』という中国の古い辞書を現代中国語と日本語に翻訳する作業をやっていた為、この手の展示には当時を思い出してついつい一人で盛り上がってしまう。当時この一覧表があったらどれだけありがたかったか。
 
 このほか、酒の作り方から酒にまつわるあだ名(酒仙、酒鬼等)を持つ人物紹介、そして台湾で作られたビールやウィスキーの歴代缶やビンも展示してある。



 じっくり見れば半日くらいは優に楽しめそうだったが、そうもしていられないので駆け足気味に巡る。

 このほか、特筆すべきものとしては酒銀行などというものもあった。
 ここには買った酒を預けることができるとのことで、てっきり飲み屋のボトルキープみたいなものかと思いきや、解説を読むともっと情緒のあるものだった。
 そもそもの由来は、子供が生まれると酒甕を仕込み、娘ならば結婚式で息子の場合は志望校合格や就職決定の祝いの会でそれを割って振舞うという習慣からきているとのこと。
 そのほかにも小学校の卒業記念に酒甕を預けて成人式や同窓会で割るなどという使い方もあるようだ。今は金庫がいっぱいで長期間の預け入れはできないようだが、なかなかロマンがあって楽しい。
 わずか2箇所、しかも駅から徒歩圏内にあるところをまわったのみだが、結構充実していた。このまま台北に戻っても十分なくらい盛り沢山であったが、どうしてももう一箇所立ち寄りたいところがあったので互いの体調確認をした上で寄り道を決めた。
 それは礁渓という街で、宜蘭から鉄道でふたつ戻ったところにある。ここもまた温泉地として名高い。この小旅行の締めとして、ここで温泉に入るのである。

 礁渓駅前には足湯広場があったりして、山陰本線の浜坂駅を思い出させた。
 この街には所謂日本式の入浴ができるところがいくつもあって、どこにしようか駅前の喫茶店で休憩がてら相談する。
 その結果、日本人の設計技師がいる会社に委託したというところに期待を込めて礁渓温泉公園へ向かった。森林風呂と書かれた看板の奥にある窓口で料金を払い、暖簾をくぐる。




 中は屋根部分が少ない解放感溢れるつくりになっていて、いかにも南国の温泉地という楽園的雰囲気があった。その上お湯は比較的柔らかい肌触りで大変心地良く、人気があるのも納得だった。
 その後は公園のすぐ近くにあるバスターミナルから台北行きのバスに乗って戻る。
 鉄道より安いこともあり、あちこちでお勧めされているルートということで使ってみたが、リクライニングシートで104元は確かにお値打ちだった。道中の車窓については寝てしまったので生憎と覚えていないが。
 この日の夕飯は昼食が盛り沢山だったこともあって特にこれといった希望が思い浮かばなかった。いくばくかの候補をあげてはみたがピンとこず、結局バスターミナルからの道すがらに胡椒餅その他の台湾小吃をあれこれ買って帰り、ホテルの部屋でお酒と一緒に美味しくいただいた。

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前日前々日と保養に努めたこともあり、コンディションはかなり良い。いよいよ遠出のタイミングがやってきた。
 遠出といえば今年の希望の一つに「金門島に行きたい」というのがあったのだが、困ったことに飛行機の座席が確保できない。
 台湾入りする前からずっと毎日航空会社のサイトにアタックをしていたのだが、行きはともかく帰りである台北行きの午後便が空いていない。金門島に1泊して翌日の午前便で戻ってくるならともかく、日帰りしようと思うとどうしようもなかった。

 ダメなものは諦めるしかないので、旅行前に作っておいた候補地リストのメモを引っ張り出して可能な行き先を探す。
 その中に烏山頭水庫というダムの名がある。またの名を八田ダム。完成当時東洋最大の規模を誇り、嘉南平野を不毛の地から豊かな実りあふれる大地に変えたダムである。
 このダム周辺は結構な規模の公園になっており、敷地内にはダム完成に大きく貢献した技師の八田與一さんのユニークな銅像があることでも知られている。
 このダムに、新婚旅行以来11年ぶりに行ってみようということになった。

 前回は新幹線開通前ということで台南まで飛行機で飛んだ上、わざわざ1泊してから向かったのだが、今なら悠々日帰りできる。
 この旅行の前にちょっと気になる事件があったことも動機の一つとなり、行き先に決定。もし余裕があれば帰りに映画KANOで知られる嘉義か我々の大好きな林百貨というデパートがある台南に立ち寄ってみようというオプションプランも決定。

 行き方であるが、台北8時発の台鉄特急プユマ号に乗れば嘉義に10時31分の到着し、普通列車に乗り換えてダム最寄りの隆田駅11時21分に到着する。おそらくこれが最速。

 しかしこれは指定席が完売で断念。

 次善の策としては新幹線で嘉義に出て、台鉄嘉義駅までバスで移動。そこからやはり普通列車で入る方法がある。バスの乗り継ぎ時間がわからないのでなんとも言えないが、プユマ号で行くのと遜色ない時間で行けるはずだ。
 ダイヤを調べ、台北発8時21分発の613号に乗って行けば嘉義には9時48分に着くことが判明。

 身仕度を整えて部屋を出、駅へと向かった。窓口は大混雑なのでガラガラの券売機で目当ての切符を購入。大変スムーズで良かったのだが、機械購入だと座席が選べないのでB席C席並びになってしまいがちなのが残念なところ。

 毎年乗っているので新鮮味は無いが、それでも鉄道に乗るということは私にとって特別な時間なので飽きたりはしない。3人掛けの真ん中B席なので車窓もあまり楽しめないが、1時間があっという間に過ぎていく。定刻どおり高鉄嘉義駅着。

 連絡バス乗り場は駅前のロータリーにあったので迷うことなくたどり着けたのだが、台鉄嘉義方面のバス停とその逆方面行きのバス停とがほぼ同じ場所にあり、ちゃんと正しいバスに乗れるのかどうか不安になった。
 不安だったのは我々だけではなかったようで、台湾人のおばあちゃんも不安げな表情でいろんな人に何やら尋ねていた。

 実際、最初に来たバスは逆方面行きだったのでうっかり乗っていたらどうなっていたことやら。

 無事正しいバスに乗り継げて一安心。このあたりは新幹線が開通して10年も経つというのにまだ開発が進んでいない。おかげで車窓が大変ノスタルジック。

 そこにワビサビめいた何かを感じたので、カメラの設定をモノクロにして写真を撮り始める。いい感じになるものの、どうしても電柱と電線が写り込んでしまうためイマイチである。それを言ったら道路が舗装されている時点でモノクロ写真の時代とは噛み合わないのだが。

 そんなお遊びをしているうちに車窓は徐々に開けてきて、嘉義の市街地へと入っていく。嘉義自体は古くからある街ながら道幅は広く、建物も新しい。所謂新市街なのだろうが、こういう予想外もまた旅の楽しみ。

 快適なバスの旅はあっという間に終わり、10時半前には台鉄嘉義駅前に到着できた。
 これならば当初予定していた10時38分発の普通列車に乗れると勇んで飛び出す。短距離であるし切符は券売機で買えばいいだろうとタカをくくっていたら、何度入れても100元札が戻ってきてしまう。刻一刻と発車時刻が近づいてくるため、諦めて慌てて窓口へ走る。
 幸い先客が一人しかいなかったので無事隆田までの切符を確保できた。
 そんなこんなでホームにたどり着いたのは3分前。噴き出る汗を拭っている間に列車はやってきた。

 嘉義から台南の間というと、日本統治時代には砂糖の産地として名高くサトウキビ用の貨物路線も走っていた新營や牛乳のブランドで有名な林鳳營といった駅が有名で、豊かな農業地帯である。車窓一杯に広がる緑を焼かんばかりの日差しの中、列車は快調に走る。

 11時21分、隆田着。
 10年ぶりの隆田駅は駅舎がリニューアルされて、駅前にもロータリーができていて随分と小綺麗になっていた。そもそも前回来たときは道路が舗装されていなかったというのに。



 そのロータリーで客待ちしていたタクシーに乗り込み「烏山頭水庫」の文字を見ると運ちゃんは大きくうなずいた後、日本語が印刷された紙を見せてきた。
 細かいことは忘れてしまったが、800元の定額で2~3箇所回りますよ、という内容だったと記憶している。
 しかし我々は八田さんの銅像までたどり着けばあとは徒歩で回るつもりだったのでせっかくの申し出ではあったがお断りし、八田さんの銅像まで送ってもらいたい旨を改めて筆談で伝えた。

 運ちゃんは少し戸惑っていたが、最後は大きくうなずき車を発進させた。

 田園風景を快走すること15分ほど。烏山頭水庫の看板が見えてきた。
 ETC導入前の高速道路の料金所を思い出させるゲートで入場料400台湾元(二人分)を払うと日本語と繁体字併記の折りたたみ式リーフレットを渡された。
 タクシーはそのまま山道を登り、銅像手前の車止めまでつけてくれた。

 11年ぶりに来てみて、往時と大きく違うのは銅像及び八田さん夫妻のお墓近辺が立入禁止になっていること。これはおそらく先日起きた銅像切断事件の影響と思われる。





 やむなく日本で調達してきたお供えをロープの手前に置き、手を合わせる。




 最大の目的を果たせたので、あとはゆっくりとまわるばかりだ。
 銅像の少し先にはダム建設時に使用された蒸気機関車が展示されていた。ちゃんと日本語で解説されていたのでこれがベルギー製であることなどもちゃんと理解できた。





 展示場所には屋根も付いていたので休憩もできて何よりだった。さすが熱帯。大して歩いていないのに休憩したくなるくらいに暑かったのである。
 機関車を離れ、ダムの堰堤上に作られた道を行く。人造湖の上を駆け抜けてきた風が心地よいのだが、それをかき消してしまうくらいに日差しが強い。もっと言えば強すぎて皮膚が痛い。

 本来であれば八田さんを偲びながら歩道をゆっくり行きたかったのだが、そんな生易しい暑さではなかった。太陽から逃げるようにどんどん進む。
 そんな状況ながら、ふと見れば歩道横に桜が植えられていた。そしてそれには木製のプレートが掛かっている。刻まれた文字は「情牽臺日 邦誼永固(友情で結ばれた台湾と日本、国同士の絆は永遠に強固である)」。見れば「李登輝 題」と書かれている。あの残念な事件とその結果を見たあとだけに、深く深く胸に刺さった。


 
 ダムを建設する際に亡くなった方々を慰霊する殉工碑に手を合わせ、我々が来た時にはなかった八田與一記念公園へ行こうとしたが、途中まで行ってみたところで思ったよりも遠くにあることがわかり、たどり着ける自信がなくなり断念。あとで確認したところバス停一つ分以上離れていたので断念して正解だった模様。

 どこへ行くというよりもそろそろ戻らないと戻れなくなりそうな状態にまで疲弊していたので休憩場所である旅客サービスセンターを目指す。雪山登山のように細かくビバークしながら、どうにかこうにかたどり着けて、ようやく本格的に休憩。売店でポカリスエットを調達し、気力体力が蘇ってきた。

 ここでタクシーを呼ぼうかと算段していたのだが、そのために入れたアプリがうまく使いこなせずどうしたものかと思っていたところ、ふとパンフレットを見たら台鉄新營駅行きのバスがあることに気づく。
 今度は台湾のバスアプリを起動すると、20分もしないうちに新營行きのバスが来るようだ。バス停は入場ゲート前にあるようなのでそこまで歩いていかなければならないが、休憩とポカリのおかげでどうにかなりそうだった。

 ゲートまではほぼ全て下り坂なので帰りの方がはるかに楽で、無事バスより早く入場ゲートまでたどり着けた。料金徴収係のおばちゃんにバス停の場所を聞くと「すぐそこにあるが、暑いからここで待て」的なことを言われて木陰で待つ。

 待つというほどの時間も経たずにやってきたのはマイクロバス。狭い車内だが、冷房が効いているのでそれだけで十分だった。

 新營駅前のバスターミナル着。
 ここ新營は先述したとおり日本統治時代から糖業の街として発達しており、特急の自強号も停車する大きな駅だ。
 窓口で14時43分発の基隆行き自強号の切符を台北まで購入。ひとり650台湾元。新幹線が台北~嘉義間で1080台湾元だったので4割安い。
 その分スピードで劣り台北駅着が18時30分と4時間弱かかるのだが、嘉義で高鉄に乗り換えてバタバタするよりのんびり行った方が気楽である。そして何より、この乗車で台湾国鉄縦貫線全線及び山線制覇になるのが嬉しい。

 昼食をまだ取っていなかったので、駅構内のセブンイレブンであれこれと買い込む。中でも面白かったのは台湾カゴメのパインジュースで、思い切りカタカナで「パインジュース」と書いてあった。そのほか、エビ天おにぎりやアスパラガスのジュースなども買い、量的には昼食として十分と言えるだけになった。



 構内には駅弁の売店もあったのだが、昼食時間帯をとっくに過ぎていたこともあって既に完売していた。
 
 自強号は遅れなくほぼ定刻で入線してきた。
 乗り込むと車内はローカル線の雰囲気をたっぷりと匂わせている。縦貫線は台鉄における一番の幹線で日本で言えば東海道本線に当たるが、新幹線に客を取られてメインストリートからは陥落しているところも日本と一緒である。
 ただ、日本と違うのは新幹線と在来線の経営が別会社なので競争があり、こうして12両編成の特急列車も走っている。新幹線よりも遅い分、車窓もゆっくりと楽しめる。それが嬉しい。

 嘉義を過ぎたあたりで車内販売が回り始めるが、弁当は積んでいなかった。乗務員のおっちゃんは私だけでなく数人から弁当の有無を聞かれては「没有(メイヨウ。「無い」の意)」と答えていた。
 
 その弁当は台中駅で積み込んだようで、発車後に車販のおっちゃんから「便當(ビェンタン 「弁当」の意)!便當!」の声がする。
 ダンボールに詰め込まれた弁当が飛ぶように売れていくのを見て、つられて私も買ってしまう。おにぎり2つでは物足りなかったというのもあったが、夕飯のことを考えれば勇み足であった。

 中身は白ご飯の上に煮卵、味付き豚肉、青菜に漬物でこれぞ台湾メシともいうべきラインナップ。そして、出来上がって間もないのであろう、ほんのりと温かい。漢民族は習慣的に冷たい食事に抵抗感を覚えるため駅弁も温かいままで売るのだそうだ。





 さして空腹でもなかったのに、実に旨い。おかずもさることながら米がいい。台湾の米というと池上米や蓬莱米が知られているが、残念ながら食べて区別がつくほどの舌は持ち合わせていないので分からない。ただ、ふっくらと炊き上がった米がおかず各々の味をいっぱいに吸い込んで、これだけでも食べられるくらいに旨い。

 腹がくちくなると眠気に襲われる。初めて乗る路線、しかも台湾なのだから寝ている場合ではないのだが、睡魔というのは実に手強く抗いがたい。うつらうつらしているうちに都市と田園風景とが入り混じった景色が流れていったのが朧げな記憶として残っている。
 17時16分新竹着。台湾のシリコンバレーと呼ばれる一大工業地帯なのでどんな駅前だろうと思ったが、我々の席から見えたのは車両基地だった。これはこれで鉄道マニアの私にはありがたいのだが。


 そしてその新竹駅に併設された車両基地では普通列車用車両が1編成、職員によって手洗いされていた。日頃洗車機を見慣れているせいで実に新鮮に映った。
 17時18分、新竹を発車。乗車時間はいよいよ残り1時間半を切った。
 亜熱帯に属する台湾では7月でも既に豊かな実りの時期を迎えているので、車窓に見える田んぼはもう豊かな黄金色で満ちていた。
 しばらく走ると陶器の街鶯歌に差し掛かり、車窓が一変する。日本にも陶器の街でよくあるように、例えば中央本線の多治見~土岐市間に見られるような陶器工場や焼き物のディスプレイなどが目につくようになる。
 ここを通過すると、もういよいよ台北市内も目の前だ。
 板橋駅の手前で地下に潜ってしまうのでもう車窓は楽しめない。アナウンスを聞いてもよくわからないので台北のひとつ前、萬華駅を通過した時点で席を立つ。どちらの扉が開くかはわからないが、
 18時30分、定刻どおり台北駅に到着。4時間弱乗っていたが、疲労感はほぼ皆無。もっと乗っていたいほどだった。

 とはいえ、休憩は必要だったので部屋に戻り、仮眠を取る。
 目がさめると夜9時過ぎだった。本来であればどこかで夕飯をというところだが、小腹が空いた程度だったので、軽く何か食べて済ませることにした。
 遠くに行くのも面倒ということで台北駅地下にあるミニフードコートに行き、モスバーガーで台湾オリジナルであるレモンチキンタルタルバーガーを食べた。



 台湾のマヨネーズはアメリカ式で甘ったるいのだが、このタルタルソースは甘くなくクドくなく、甘酢とよくマッチしていた。台湾産と思しき緑のレモンも酸味がきつくなく、チキンにかけても良いがそのまま食べても美味しかった。

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温泉とマッサージの効果は如実に現れ、遠出ができそうなコンディションになってきた。
 しかし、まだ無理はやめておこうということになり、比較的近場に絞って本日の行き先を検討する。
 近場で行きたいところというと、真っ先に浮かんだのは総統府。アメリカで言うところの大統領府であるが、パスポートさえ持っていけば外国人である我々でも見学させてもらえる。ここは滞在しているホテルから徒歩圏内。
 強い日差し対策を万全にして出発。台湾銀行本店の道を挟んだ向かい側にそびえるのが元台湾総督府にして現中華民国総統府。

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 9時から開始ということなので少し前に到着するように歩いたのだが、たどり着いた時には既に長蛇の列が出来上がっていた。
 留学生っぽい一団や政治家の支持団体っぽい一団がずらりといる上に、後から後から人数が増えていく。挙句に列の最後尾が2つある。どこに並んでいいのか、何の案内もなく表示もない。日陰のない場所で当てもなく立っていると非常に心身ともに消耗したので20分ほど並んで諦める。
 さて、どうしたものか。とりあえず次の行動に移すにしても、ガイドブック等を置いてきたので一旦部屋に戻って練り直すことにした。
 こう暑くてはあまり外をうろつく計画は不向きだということになり、候補は二つに絞られた。片方のインドア企画故宮博物院見学は下手をすると外以上に消耗する可能性があったため却下となり、もう一つの烏來行きが採用となった。
 烏來。昨日行った行義路温泉とは方角的には逆の南にある温泉地である。しかもこちらも行義路同様高地にあり、台北市内よりは多少の涼を楽しめるだろう。

 ということで我々は部屋を出て台北地下街経由で北門駅に向かい、MRT松山新店線に乗った。これで終点の新店まで行き、さらにここからはタクシーに乗り換える。新店から烏來へはバスも通ってはいるのだが、バスの始発の台北駅からだと渋滞に捕まるが新店からだと混雑して座れないとの事。
 ゆえにここからタクシーで行くのが一番合理的なのだとか。

 料金もメーターではなく定価であり、渋滞等に気兼ねせず乗れるのも嬉しい。
 市街地を少し行くと徐々に道がウネりはじめ、それにつられるように標高も上がっていく。かと言って悪路ではなくしっかり整備がされているので車窓を楽しむ余裕もある。
 山と川と緑が織りなす景色は絶景という程ではないかもしれないが、道中が退屈知らずになるくらいには見事だった。
 変化に富んだ眺めのおかげで楽しいドライブはあっというまに終わり、タクシーは烏來老街(旧市街)の入口、ビジターセンターの前で止まった。
 谷に掛かる小さな橋はガイドブックで何度も見た覚えがあるので、ちょっと感慨深くなる。しばし眺めを楽しんでから街の中へと進む。

 旧市街なので街並みは実にこじんまりとしている。それは良いのだが、歩道としか思えない狭い道を当然のように車が入ってくるのは驚いた。それでも3台目が来た頃には平然と避けるようになったのだから、人間何事も慣れは大切だ。

 歩いて少し行くと駄菓子屋があったので入ってみる。陳列されている商品は当然日本のそれとは違うのだが、デザインに共通するものがあって初めて見るのになぜか懐かしさを感じる。

 店を出て再び狭い道を歩いていると山側の斜面にある細い平面に猫が潜んでいた。餌皿が用意されていたので地域猫のようだ。スマホを向けても逃げなかったのである程度人馴れしているのだろう。
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 日本の温泉街でもよくあることだが、狭い道幅をさらに狭くするように食べ歩き用屋台が並んでおり、その匂いに食欲をそそられたりするのもまた楽しい。
 端から端まで歩き、どの温泉店にしようかと相談タイム。何しろこればかりは外からではわからないので、ガイドブックや各種サイトで紹介されている有名店の小川源温泉というところにした。
 ここはレストランが併設されているので昼食込みの料金でお願いする。

 平日ということもあってか先客はおらず、リバービューの一番良い席につくことができた。烏來老街と新市街を南北に割り裂く南勢渓は豊かな流れをたたえているが、最近は雨量不足でこれでも枯れ気味らしい。
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 空いているために料理は簡単なコースで肉と冬瓜のスープ、キャベツの炒め物、油淋鶏に白ご飯。味は高級店と夜市の中間くらいだろうか。ボリューム面で言えば入浴前なのでこのくらいがちょうどありがたかった。

 満ち足りた胃袋を抱えて風呂へと向かう。先客がひとりいたが、程なくして出てしまったので途中から私ひとりの貸切状態になった。
 ここも行義路温泉の川湯温泉と同様に日本方式で水着不要なのがありがたい。行義路と違うのはお湯質で、ここは炭酸泉で刺激は少なめだった。長く入って楽しめるタイプ。4つの浴槽と打たせ湯があり、また給水機が設置されていて適宜水分補給ができるのもありがたかった。
 風呂好きの割にはじっとしているのが苦手で長湯をあまりしない私だが、ここではのんびりできた。
 
 湯温はそれほど高くなかったのだが、炭酸泉の効果か湯から上がってもなかなか体温は下がらず、休憩室代わりになっているロビーで扇風機を使わせてもらい、また冷茶のサービスを受けつつ涼を取る。

 街中に戻ると、汗が吹き出てくる。ラムネが置いている店を見つけた。2本購入すると店内の椅子を勧められた。歩きながら飲もうと思っていたが、せっかくのご厚意なのでここで飲ませてもらうことにした。

 瓶に思い切り「ダブル」「ラムネ」と書かれているのは日本人観光客向けだからだろうか。ちなみに繁体字では「彈珠汽水」と書くようだ。
 ちょっと強めの炭酸。有馬のように温泉由来の炭酸水かどうかまでは分からなかったが、風呂あがりの、しかも炒りつけられるような暑さの中で飲むラムネは格別だった。
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 続いて立ち寄ったのがご当地の先住民族タイヤル族の博物館。規模は小さいが展示は工夫されており、また土産売り場もなかなか充実していた。分けても独特のセンスでデザインされた織物は実に魅力的で、妻が友人への土産物として購入していた。
 また、タイヤル族は首刈りの風習を持っていたのだが、そういった過去の風習についても隠すことなく丁寧に解説されていたのは大変よかった。

 ちょっと立ち寄ってみただけのはずの博物館で割と時間を使ってしまい、出た時にはぼちぼちと戻る頃合いになっていた。
 帰りは始発で座れるということもありバスにした。同じ道を通るので山道がウネっているのは行きと変わらないが、タクシーよりも席の位置が高いので車窓の眺めは一段と良い。
 案じられた乗り物酔いも発生せず、むしろ涼しい車内で爆睡してしまい、危うく乗り越してしまうところだった。
 降りる手前で目が覚めて、無事新店駅で下車。ここから再びMRTに乗る。

 車内にはスマホゲームのものと思しき広告が。この手のものは艦これくらいしかやっていないのでよくわからないが、日本のものと正直見分けがつかない。

 

 出発した北門駅で下車したが、そのままホテルには戻らず迪化街へと向かった。この迪化街は古くから続く問屋街で、今でも漢方薬や布地の卸をやっている店が多い。そこで働く人や客を目当てにした飯屋も点在し、日本の飯テロドラマ『孤独のグルメseason5』にも登場している。
 この問屋街でドライフルーツを大量に仕入れて帰り、帰国後はそれをちまちまと食べては台湾を偲ぶのが毎年の慣わしのようになっている。
 店も決まっていて、黄永生參藥行でパインを六安堂參藥行ではマンゴーを買うのだが数が多すぎていつも倉庫に取りに行ってもらっている。
 今年は例年と違い、パインが輪切りではなく細かくかっとされたものになっていたり挙句台湾産のパインではなくタイ産のものに切り替わっていたりしたが、このあたりの有為転変は世の習いとして粛々と受け入れるのみ。
 せっかくだからと他の店を覗いてみたところ台湾産のドライパインもあったが、結構なお値段になっていたので購入断念。

 という感じで一応目的を達したので本来であればホテルに戻るところだが、以前から気になっていた店がこの近くにあったので立ち寄ることにした。
 そのお店とは森高砂珈琲店という大変珍しい台湾産珈琲の専門店。豆を売っているところは増えたのだが、こうしてお店で飲めるところはまだ少ない。
 妻は古抗、私は国姓郷の豆をどちらもホットコーヒーで注文。ここの店はアイスコーヒー向けにブレンドしているとのことで、わざわざテイスティング用に試験管に入ったアイスコーヒーも用意してくれた。
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 まずはそのテイスティング用のアイスを一口。
 美味い。酸味は抑えめで、後味さわやか。日本で飲むといくらになるか分からないが、こういう珈琲を出す店があればきっと流行るだろう。
 加えて、お茶請けとして注文したフルーツケーキも絶品だった。このケーキのためだけに店を訪れても良いくらいには美味。
 ホットの方も香り高く、これはこれで十分美味。思わず自分用の土産としてドリップ式のものを購入するくらいには気に入った。

 その後はドライフルーツを大量に抱えているのためタクシーでホテルに戻った。

 部屋に荷物を置くと、再び迪化街へと向かった。今度の目的は買い物ではなく夕食。上述の孤独のグルメseason5に出てきたお店を目指す。

 ちなみに該当回では永楽担仔麺と原味魯肉飯の両店が舞台だったが、妙に惹かれて後者の方へ。年齢的にハシゴ飯とかはもう出来ないので、前者の店は来年の楽しみとしてとっておくことにした。
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 悩んだ末に注文したのは筍絲(メンマ)と青菜、魯肉飯に下水湯。下水湯という字面がインパクト大だが、要は砂肝のスープ。これに具の砂肝に付ける用の辛味ダレがセットで出てきた。
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 このタレ、ドラマの中で主人公井之頭五郎がスープに入れていたため真似してスープに入れる人が続出し、店主のおばちゃんが日本語の分かる人に注意書きのメモを作ってもらったとのこと。
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 私もこっそり入れてみたのだが、正直この辛味ダレはスープに入れた方がコクとメリハリが出て美味しいと思った。
 
 食べ終えてから店内にある収録後の記念写真等を撮影させてもらった。原作者の久住昌之氏率いるバンド『スクリーントーンズ』も訪れたことがあり、そのメンバーの写真もあった。
 
 帰途、小南門に立ち寄って豆花を購入して部屋に戻り、デザートとした。移動距離としては少なかったが、食の面ではなかなか充実した日となった。

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明けて、台湾2日目。実質初日の朝。
 今回は朝食を抜きのプランにしたので、予め買い置きしていたバナナと飲むヨーグルトでさっと朝食を済ませてしまう。
 今日は移動の疲れを取るべく、温泉へ行くことにした。ひと口に温泉といっても台湾各地にあるが、疲れを取るのに遠出をするのもいかがなものかということで一番近い行義路温泉郷へ向かう。

 台北駅からMRT淡水信義線に乗って石牌駅へ出て、そこから路線バスに乗り換え、行義路三バス停下車すれば、すぐ目の前には温泉郷が待っている。

 ここには温泉に入れる風呂屋自体はいくつもあるのだが、我々のお気に入りは川湯温泉。日本風の作りで海外であることを忘れさせてくれるスタイルと、そしてなにより入湯券200台湾元の半券が入浴後に中の食堂での支払いに使えるのがありがたい。
 朝を軽く済ませたのはここでの昼食をがっつり行こうという腹もあった。

 とは言え、夫婦二人なのでそれほど量は食べられない。チャーハンに鱸の蒸し物ネギソースがけ、青菜炒めとおまけの握り寿司6貫の計4品で限界。
 これでもかなり頑張ったほうで、量的な面で言うなら正直寿司は頼まないほうが良かったかもしれない。
 味的な面で言えば、どれも実に美味かったので悔いは微塵もない。
 特に鱸の蒸し物は絶品で、中華料理の系統としてはさっぱりめな味なので風呂上がりに向いている。贅沢を言えばこれに白ご飯と漬物があれば言うことはないのだが、それはさすがに高望みというもの。



 強い満腹感に包まれ、「好吃了!(ごちそうさまでした)」と拙い言葉で謝意を示して店を出た。
 暑い。高台というか山あいにあるので湿度はそれほどでもないが、とにかく日差しが強い。スマホに入れておいた台湾のバス運行状況アプリによると乗るべきバスが間もなくやってくるようなので頑張って坂道を登る。

 我々がバス停に到着するとすぐにやってきた車両に乗り込み、石牌駅へ戻る。
 次に行くべき場所が特にあったわけでもないので、MRTで芝山駅から高島屋へ立ち寄ることにした。 
 本来であれば無料送迎バスがあるのだが、バス停が見当たらず、探す気力も湧かないほど暑かったのでタクシーを使う。
 
 着いてまず地下のフードコートへ行き豆花を食べつつ休憩と今後の相談。最初はコーヒーにしようかと思っていたのだが、移動中に満腹感が落ち着いたこととここの豆花屋が寧夏路夜市の近くにある名店・豆花荘だったことで予定変更となった。



 回転寿司屋とかカレーのCoCo壱番屋とか北海道ラーメンとかに囲まれ、「どこだここ」感に包まれながら美味しく豆花をいただき、店内の情報を確認する。スマホというのは本当に便利で、ここにヤマハ音楽教室や関西ではおなじみのABCクッキングスクールが入っていたりすることもわかる。
 とりあえず紀伊國屋書店から行ってみようという結論に落ち着いた。
 ここの紀伊國屋書店は日本で出版されたものと台湾で出版されたもの(日本のものの翻訳含む)が大体半々くらいの品揃え。
 さすがに日本で出版された本を台湾で買って帰る気にはならなかったので(やったことはある)、台湾本コーナーをメインにサーチする。

 第一目標は久米田漫画最新刊『かくしごと』の台湾版。
 ただ、角川と違って講談社は台湾の現地法人がないのでどこの出版社から出ているかわからない。絶望先生が東立出版で出版されているからといって同じとは限らないのである。台湾版のタイトルも事前に調べていなかったため頼りは作者名のみ。さほど売り場が広くなかったこともあって、ローラー作戦方式で片っ端からチェックしていくことにした。
 1から10までのうち9くらいまで当たってみて、ようやく発見。ちなみに台湾版のタイトルは『隠瞞之事』だった。なお日本語版は扱いがよく、最新の4巻が面出しで陳列されていた。
 ちなみに台湾版『なんくる姉さん』は見当たらなかっただけでなく、『隠瞞之事』の帯でも紹介されていなかったので別出版社で出ているのか、台湾では未刊なのか判然としなかった。







 あとは地下のスーパーで出物がないかを探索する。日本でも同じだが、こういう百貨店の地下スーパーは品揃えが充実しているので探索しがいがある。

 一番印象深かったのはお茶コーヒーコーナーで、売り場にウーロン茶の茶葉が思いの外少なかったのと、コーヒーにインスタントが減りドリップ式が増えていたのが意外であった。
 生鮮食料品や果物も充実していたが、さすがに買って帰れない。冷凍虱目魚などもあって、いずれウィークリーマンションにでも滞在する機会があれば自分好みに調理するなどしてみたいと思った。

 あれこれと惹かれるものはあったが、結局龍眼蜂蜜と四季春の茶葉のみを購入してお買い物は終了。

 店内の地図を頼りに無料送迎バス乗り場へ行き、芝山駅方面のバスを待つ。
 やってきたマイクロバスに乗る事10分ほど。芝山駅の送迎バス乗り場は私が記憶していた場所の真反対にあった。これは分からない。

 MRTで台北に戻り、ホテルの部屋で一憩する。
 少しばかりの昼寝の後これからの予定について話しあい、[食堯]河街夜市で足ツボマッサージを受け、その後に夕食をという事で一致した。


 台北地下街を歩いて北門駅へ。そこから松山新店線で終点松山へ。
 地上に出れば夜市はもう目の前である。混雑を避けて夜市ではなく大通りを歩き、マッサージ店のあるあたりで曲がった。
 火曜日ということもあってか人混みはそれほどでもなかったが店は賑わっていて、2人いっぺんには施術できないとのこと。
 体力的に余裕があった私があとに回り、妻を先にしてもらった。椅子自体には空きがあったので、座って足湯をしながら待つことに。
 ここの椅子にはテレビがついているので、待つのも苦にならない。まずは全チャンネルをチェック。台湾は他チャンネルなので3ケタ近くニュースやスポーツ中継に混じって当然のように日本のアニメを翻訳して流している。このとき確認できたのはBLEACH、暗殺教室、ドラえもん。

 






 そんな感じで待つというより長く足湯を堪能している気分でテレビを見ているうちに私の番がやってきた。
 施術するおばちゃんの腕が良かったのか足湯を長く受けたのが良かったのか。今年は痛みを感じることはほぼなかった。施術後に脚が軽くなりむくみが取れて靴が履きやすくなっていたのは例年どおり。

 すっかり元気を取り戻し、さて夕飯となる。[食堯]河街夜市といえば我が家では薬膳排骨と決めているのだが、毎年立ち寄っているお店がなぜか今年は見当たらなかった。
 店舗ではなく屋台に薬膳の店があったのだが、いつもの店とは名前が明らかに違った。とはいえ、完全に胃袋が薬膳腹になっていたので椅子に座り、注文をする。
 メニューの料理名もスープの味も肉の味もほぼ記憶どおりだったが、つけダレの辛味噌だけは若干違う気がした。ちなみに魯肉飯だけは明確に別物で、ここがいつもの店とは別であることを何よりも雄弁に語っていた。



 それなりの満足感と一抹の寂しさを抱えて席を立つ。帰途、『勝佳生活百貨』というディスカウントストアに立ち寄り、滞在中に必要となりそうなあれこれを購入。ここで入手したサンダルは割と重宝し、最初は最終日に捨てていくつもりだったのだが、値段の割に履き心地がよかったので愛着が湧いてしまい、スーツケースに詰めて帰国し、現在でも我が家で活躍している。

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四十路オタです。そんな年齢なので言う事やる事古くさくてすいません。
艦これ提督ですがリポートをここにあげたりとかいう事はしておりません。攻略記事を書けるほど上手でもないので。
一次創作及び二次創作に関してはpixivで発表しております。興味をお持ちいただいた方は上部のリンクからお願いいたします。
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